第6話 交渉→説得




 タキの提案を聞いた瞬間に踵を返して宿に戻ろうとしたレアルードを何とか説得して、話し合いの場を設けた、のはいいんだけど……。


 宿の一階のレストラン――というか軽食屋と言うか、とりあえずアットホームな感じの食事処の片隅。周囲からは食事時の楽しげなざわめきが聞こえてきているけど、私達のいるテーブルには残念ながら和やかさはかけらも存在しない。


 正面にはにこにこ、というよりにやにやと笑うタキ。隣にはむっつりと押し黙って不機嫌さを隠そうともしないレアルード。



 ぶっちゃけ超空気悪い……!



 いやまあ、初対面の様子からしてこうなることはわかってたんだけど。

 そこをどうにかして話す空気に持って行かなきゃいけないんだけど、とりあえずレアルードにそれを求めるのはなかなか無理難題そうな気がする。もう諦めちゃっていいかな。



「――タキ、だったか」


「うん?」



 タキに話しかけた途端、横から視線が突き刺さる。痛い痛いそんな非難を込めた目で見ないで下さいレアルード。

 なんでここまで敵対心(?)芽生えちゃったのかな。幾ら第一印象悪かったからってここまであからさまにはならないと思うんだけど。

 そもそもレアルード、『シーファ』の記憶からすると好悪を率直に表に出すタイプじゃなかったっぽい、というか好悪自体そんなに強く抱かないタイプだったっぽいのに……。


 それはともかく、さくさく話を進めることにする。できればタキの唐突発言の真意を探りたいところだけど、どうかなー。タキ、真意とか隠すの上手そう――っていうか『シーファ』の記憶からして間違いなく上手いし。何気に腹芸担当だったっぽい『記憶』が……。



「仲間に入れる気はないか、と先程言っていたが、何故いきなりそんなことを?」



 切り出し方を考えるのも面倒になって、ストレートに尋ねてみる。タキはちょっと目を見開いて、それから楽しげに笑みを深めた。



「そりゃ、なんか面白そうだったから」


「……それだけか」



 ……うん、『記憶』にある通りのレアルードの動機そのままだ。言われる場所が変わっただけで、何にも変わってない。



「ああ――」



 何か思いついたみたいに金色の瞳が煌めく。……あ、デジャヴ。



「アンタに興味が湧いたから、ってのもあるぜ?」



 みしべきばきっ、と不穏な音が隣からした。そっと視線を向けると、木製のテーブルがひび割れて一部粉砕された上陥没していた。ちょうど、レアルードが手を置いていた辺りだ。……素手で粉砕圧縮って、恐っ……!


 視線を上げてレアルードの様子を窺えば、背筋が凍りそうな迫力のある無表情でタキを睨んでいた。なんかいろいろ臨界点突破したらしい。宥められる気が万が一にもしないんだけどどうしよう。


 ひとまずタキの発言を放置するわけにもいかないので、言葉を返しておく。

 って言っても、『シーファ』の『記憶』通りに返すしかないんだけど。


「……そうか」


 リアクション薄いなぁ、って自分で思わないでもないけど仕方ない。

 実はこのやり取り、そのまま『シーファ』の『記憶』にあるんだよねぇ。つまりこれは『シーファ』が繰り返した『旅』における不可避イベントなわけで。多分よっぽどアレな返答をしない限りは――タキは仲間になるのが確定している、と言ってもいいわけで。場所と状況が変わったからって、道筋が大きく変わるようなことはないんだろう、多分。


 ……まあ、ここまでタキとレアルードの間の雰囲気が険悪だったことは『シーファ』の記憶にもなかったけど。多少の警戒とか不審はあれど、今みたいにほぼ敵認定とかはさすがに。

 どうしてこうなっちゃったかな……、いやわかってる。『私』がイレギュラーな動きしたからだよね。だから多少の苦労とか精神的ストレスは甘んじて受けるべきですよねー……。



「――レアルード」



 呼びかけると、纏っていた底冷えるような空気を霧散させたレアルードが、なんか犬が高速で尻尾振ってる幻覚が見える勢いでこっちを見た。

 ……『シーファ』、一体どういう風にレアルードに接してたんだろう。なんか刷り込みとかそれ系のレベルで懐かれてない?



「彼の申し出だが、私個人としては受けた方が後々のためになると思う。彼は当人の申告通り剣士のようだし、珍しい『魔法の無効化』の能力も持っているようだ。それに、今のままだと戦闘時のバランスが悪いのは以前にも言っただろう。一時的にでも前衛が増えることは、これからのことを考えても良い方向に働くはずだ」



 長々と(『シーファ』にしては)言い連ねたけど、これもまた『記憶』にある『シーファ』の言葉だ。ほぼ初対面で仲間に入れないかって聞いてくるのがタキの常だったので、毎回『シーファ』はこんなふうにレアルードに提言していた。

 ……でもやっぱり、今回はレアルードの反応が悪い。いつもの――『シーファ』の記憶における――やりとりだと、この辺でタキのパーティ加入が決定するんだけど。

 どことなく不満そうに唇を引き結ぶレアルードに、今度は『私』の意見を付け加えて言ってみる。



「レアルード。君の強さは知っているが、だからと言って、前衛の負担が君一人に集中する状態は良くない。彼は物言いこそ真剣味に欠けるし、軽薄そうな印象も拭えないが――」


「ちょい待て美人サン、それは酷ぇだろ」


「自分の言動を顧みてからそういう台詞は口に出した方がいいと思うが」


「……容赦ねぇなー」



 茶々を入れてきたタキは、別に気を悪くしたとかではないらしい。浮かべた苦笑は表面だけのことらしく、成り行きを興味津々で見守っているのがありありと分かる。

 放っておいても全然大丈夫そうなので、再びレアルードに向き直る。



「彼の剣士としての腕は、私よりも君の方がよく分かるはずだ。ならば、彼が加わることの有益性も分かると思う。何も、君だけでは不安というわけではない。ただ、この旅に更なる安全を求めるならば、彼の申し出は願ってもいないものだというだけだ。それに――」



 言おうか言うまいかちょっと悩む。だけど、『私』だけじゃなく『シーファ』も思ってたことだったので、言ってしまうことにした。



「出来るだけ、皆が怪我をする可能性を減らしたい。君が傷つくのは、あまり見たいものじゃない」



 言った瞬間、レアルードはきょとんとした。美形は多少の間抜け面すらカバーするのか、と感心してるうちに、みるみる赤くなっていく。……なんで?

 前衛故にやたらめったら怪我をするレアルード(『旅』が進むごとに怪我の程度もレベルアップしていくんだよね、『記憶』によると。本当見たくない。いろんな意味で)だからこその台詞だったんだけど……。


 反応に納得いかないけど、何やら意見を受け入れてもらえそうな雰囲気なので、畳み掛ける。



「無理にとは言わないが、彼――タキを仲間に加えてみないか」



 説得にはまず目線を合わせないと、と思ってじっと見てたのに、レアルードは何だか慌てたみたいに視線を逸らした。

 そのまま微妙な沈黙が続くこと、数十秒の後。



「…………。……シーファが、そう言うなら」



 頬を赤くして相変わらず視線を逸らしつつ、渋々って感じの態度を崩さずに言ったレアルードに、「どこのツンデレですかあなた」と思ったのは致し方ないことだと思う。うん。

 ……あと正直言って、わりとガタイの良い西洋風美形の赤面顔って、色々微妙です。


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