第15話 過剰と必然
「そもそも、
「そんなことは――」
「自覚がないだけだ。とにかく、しばらくは絶対安静だって言っただろう」
とりつくしまのないレアルードに内心途方に暮れる。
『シーファ』の記憶にあるよりちょっとだけ作りの良い部屋とやわらかなベッドになんだか微妙な気持ちになった。
――ここはレームの町。盗賊に荒らされたあの村から見ればリリスの町のちょうど反対側にあって、この周辺では規模の大きい部類に入る。そして、タキが請けた届け物の依頼を遂行した後に向かおうとしていた町だった。
今、
……いや、さすがに監禁は言いすぎたかもしれない。何もこの部屋から出してもらえないとかそういうわけじゃないし……。ただし絶対レアルードがついてくるけど。というかまず部屋を出る段階でレアルードにお伺いを立てないといけないけど。
なんでこんなことになったかと言えば、レアルードがなんか色々突き抜けちゃったからだ。
何がどう突き抜けたかを説明するには、まず盗賊の根城があった山から下りた後のことを話さないとならない。
身体がうまく動かせない状態の
明らかに他二人置き去りにする気満々だった。純粋な前衛向きの人間が本気出すとこうなるのか、と半ば現実認識を放棄しつつ思ったのは記憶に新しい。
曲がりなりにも仲間である人間を事実上置き去りにしながら村に着いたレアルードは、あれよあれよという間に
そして何をどうやったのか、戻ってきたレアルードは、そこそこ誂えの良い馬車(とその持ち主)を伴っていた。ヒッチハイク的なことをやったのかと思ったけど、持ち主との会話を聞く限りなんかちょっと違うっぽかった。持ち主っていいところのお坊ちゃん風だったんだけど、何て言うか……憧れとか尊敬とか「一生ついていきます兄貴!」的な崇拝とかそんな感じのキラキラした何かが出てた。一体何が……?
結局詳細は不明なまま、馬車に乗せられ(全員は入らなかったからタキが御者台に座ってた。ついでに御者の仕事までしてた。いや御者の人は居たんだけど、だいぶ気遣った感じに馬車を操ってくれたのはタキだからだと思うので正直助かった)、眠ったんだか気絶したんだか自分でも定かじゃない意識の消失から現実に戻れば、今現在居る宿の一室だったわけで。
ちなみに後から判明したんだけど、
だからまあ、レアルードのちょっと過剰じゃない?って感じの心配っぷりも仕方ないかな、と最初は思ってた。……最初は。
けど、いくらなんでも三日(実質四日)もこの状態なのはどうかと思うんだ……!
絶えず見張られているような生活はちょっとどうなんだろうと思って、レアルードにそれとなく旅を再開していいんじゃないか的なことを言ってみた結果が冒頭のやりとりなわけで。
丸一日寝てる間に身体は完全回復してたし、正直ずっとベッドで寝てるのは気が滅入る。
もう大丈夫だから、と何度言ってもレアルードは信じてくれない。確かに体調悪いコンボが続いた挙句に行方不明(仮)になって、なんかよく分からないけど戻ってきたと思ったら刺されて毒まで受けちゃうとか、色々アレな感じだったけど。でも毒は即効性だった代わりに持続性はあんまりなかったし、後遺症みたいなのもないみたいだし、絶対安静っていうほどじゃないと思うんだけどな。
全く外に出してもらえないわけじゃなくても、絶えず見張られてる――レアルードにそういうつもりがあるかどうかはともかく、私はそう感じる――のは精神的に辛い。……あれ、なんかデジャヴ?
「レアルード。本当にもう体調は悪くないんだ。心配してくれるのは有難いが、これでは身体も鈍ってしまう」
「――そう言うから予定通りに向かった村で、あんなことにならなかったなら信じた」
……それを言われると弱い。い、いやだけどここで引き下がったらまた同じ問答の繰り返しになるし!
「あれは、少し悪いことが重なっただけで――…もう、あんな失態は犯さない」
あそこで『ジアス・アルレイド』がちょっかいをかけてこなければ、流石にあんなことにはならなかった。そもそも『シーファ』は実力的にはかなり高いものを持ってる。盗賊に後れを取ることも本来はなかったはずだった。ましてや、丸一日寝込むなんてことも。
『私』が『シーファ』であること、それから『ジアス・アルレイド』の介入によって、その『ありえない』ことは起こってしまったわけだけど。
あの『毒』もまた、『ジアス・アルレイド』が手を加えたもの。本来ならば少し身体が痺れる程度のものだったのを、毒素を強めてより強力に『作り変えて』いたのだ。
道理で『シーファ』の記憶にあるより効きがいいと思った。……本当、悪趣味にもほどがある。
「――ッ、失態とか、そういう話じゃない!」
たまりかねたように鋭く言ったレアルードにちょっと驚く。でも、ここ数日でレアルードのそんな変化も慣れてしまっていた。
……ああ、また言葉の選択間違っちゃったか……。
「すまない、心配してくれているのは分かっている。怒らせたいわけじゃない。ただ、私は――」
続けようとした言葉は、強めのノックの音にかき消された。
どことなく張り詰めた部屋の空気にも頓着せずに軽やかな足取りで入ってきたのはタキだった。その手には胃に優しそうな食事の並んだトレイがある。
「食事のお時間ですよーっと。レアルードのは下に用意してあるから行って来い。シーファは俺が見とくから、な?」
「…………。……分かった」
少しの間を空けて、それでも頷いたレアルードが階下の食堂へと向かう足音を聞きながら、ちょっとだけ溜息を吐く。
耳聡くそれを聞きつけたらしいタキが、面白がってるんだか苦笑してるんだか微妙な声音で「お疲れさん」と言って、ベッド脇のテーブルに食事を並べてくれる。
「まーた頭に血ィ上ってたみたいだな、レアルードは」
「……私が言葉の選択を間違ったんだ。今日も怒らせてしまった」
「
「……どうすれば、もう大丈夫なのだと分かってもらえるだろうか」
言葉を尽くすだけ尽くしたし、外見的にはもう健康そのもののはずだし、打てる手が思いつかない。
思わず問いかけるような呟きを漏らしてしまった
「とりあえずは、レアルードが納得いくまで休んどくしかないんじゃね? ……ま、アレ以上に不安定にしたいなら無理に動くのは止めないけどな」
「……やはり、そうか……」
「四六時中見張られてんのはキツイだろうから、その辺はどうにかしてやるよ。
それは切実にお願いしたい。一も二もなく「頼む」と応えた
それにしても……これも一種の自業自得なんだろうか。
まさかここまでレアルードがシーファに精神的に依存してるとは思わなかった。多分、『シーファ』も思ってなかっただろう。
レアルードが『魔王』を倒しに旅に出るのが運命なら、シーファがそれを導いていくのは宿命だ。表だっては無理でも、それとなく彼が『魔王』の元に辿り着けるだけの力を手に入れられるように誘導していく。
それが『シーファ』――ただ一人のエルフの末裔に課せられた、役目だった。
『魔王』を倒すためだけに『世界』に幾つもの仕掛けを施し、いつかの未来の『勇者』を定め、そうして最後に『シーファ』だけを残して絶えたエルフという種。
その集大成こそが『シーファ』で、唯一であるが故に、どこにも、誰にも続かない存在。
ただ、『勇者』――レアルードを助け導き、『魔王』を倒すためだけに存在する『シーファ』。
だからこそ、レアルードが『シーファ』に信頼や親しみを抱くのは当然で(だってそうでないと共に旅に出ることはできないから)、だけど『今』のようになることだけはこれまで無かったのに。
いくつもの要因が絡み合って、『今回』のレアルードは『シーファ』に依存してしまった。それは本当は、表に出てこないだけで、『今まで』のレアルードだって似たり寄ったりだったのかもしれないけど。
それでもこんなに早い段階でそれが発露したのは――間違いなく『私』のせいで。
やっぱり自業自得か、と、諦めの境地で溜息を吐いた。
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