第14話 予定調和
突然宙に現れて落ちてきた(ようにしか見えないだろう)
ジアスが
もし目の前にジアスが居れば、襟を掴んでがくがく揺さぶってやりたいくらいには趣味の悪い場面選択だった。そして『シーファ』が辿った中には一度もなかった状況でもある。
空中で体勢を立て直して着地する。『シーファ』の身体能力が高くて助かった。それでも着地点のまずさはフォローできないわけだけど。
「――っ、シーファ!?」
レアルードが驚愕に染まった声で
視線を前へと向ければ、盗賊の後ろ姿、震えるピア、
……つまり
やっと
「楽しませてくれよ」――そう言ったジアスの真意を知って、もし次会ったら思う存分『魔法』をぶちかまそうと心に決める。腹いせとしては可愛い部類だと思う。うん。
霧散しかけた『魔法陣』の構成を変化させて、軽い目くらましの『魔法』を発動させる。ギリギリなんとかなったけど、それが限界。
意識をそっちに振り分けたせいで自分の身体を支える余力もなくなって、元々近かった地面が急速に近づく。せっかく綺麗に着地できたのに地面と仲良こよしにならないといけないとか酷いと思う。
――じわり、とあの黒の文様が疼く。ジアスによる『確認』は、僅かに綻びかけていた『呪』を強化した。そこに加えて、『魔法』使用をトリガーにした仕掛けまでご丁寧に用意されたら、こうなるのは当然と言える。
隙をついたタキが盗賊に斬りかかって、それを辛くも逃れた盗賊から、レアルードがピアを救出する――その一連の出来事は、見えずとも分かった。そして、絶対的な優位を覆された盗賊が、その原因になった
どこかで見た情景。『シーファ』が何度も繰り返したそれを、少し変えただけの、予定調和の『危険』。だけどここに伏兵は――乱入する『タキ』はいない。
もう一度『魔法』を発動させようと試みるも、今度は『魔法陣』が形にすらならなかった。
もちろんまだ身体は思うように動かせるようにはなってない。
……ああ、これってもしかして『万事休す』ってやつ?
っていうか『私』が『シーファ』になってからこんなのばっかりな気がする。昨日今日で問題ない状態だったのって半日にも満たないよね。
痛いのはヤだなぁ、と思ったのと同時に肩口を鋭い痛みが襲った。
そのタイミングの悪さになんだか笑いそうになって、結構ヤバい精神状態なんじゃ、と今更思う。でも村の情景を見た時のような乖離は感じられないから、それほどでもないのかもしれない。『私』にとっての非日常が続きすぎて、ちょっとテンションがハイになってるだけで。
まずいかも、と思いつつも動けなくて地面に伏せたままでいたら、盗賊の気配が吹き飛ばされるように瞬間的に遠ざかった。次いで、刺さったままだった粗悪な剣が引き抜かれる感触。
「――っ…」
「痛いよな、悪い。でもちょっと我慢してくれな、シーファ」
うつぶせた状態から、傷のない方の肩を支えに起こされる。
視界が霞む――それから、傷のせいだけじゃない、じわじわと広がる熱。『毒』だ、と『シーファ』の記憶が告げる。
……なんか、もう、踏んだり蹴ったりだ。何か憑いてるんじゃないだろうか、私。
『シーファ』の尋常じゃない回復力のせいで既に塞がりかけている傷に気付いたタキが小さく息を呑んで、それからもう一度「悪い」と呟いたかと思うと――手早く取り出した短剣で、傷の付近を浅く切り裂いた。
痛い……はずなんだけど、毒が回って来たのか(随分即効性のある毒らしい)、傷を中心に痺れたように感覚が鈍くなっている。裂かれたことは分かっても、痛みには繋がらない。
傷を露出させるように片肌を脱がされて、新たに血が滲んだ傷口にタキが口を寄せる。ぼんやり知覚したそれに反応するべきなんだろうと思うけど(色々な意味で)、どうにもこうにも身体が思い通りにならなかった。
何度か血を吸いだしては地面に吐き捨てるのを繰り返したタキは、
随分必死な様子だったなぁ、と
『シーファ』は毒に耐性があるとか無効化できるとかはないけれど、毒によって死に至ることもない。それを『知っている』から、デフォルトの笑みも軽口もなく必死な様子で処置をするタキがなんだか不思議だった。いや、タキは『知らない』から当然なんだけど。
「ある程度は取り除けたと思うけど――気分は?」
真剣な様子で訊いてくるのにとりあえず言葉を返そうとしたら、ジアスのせいなのか毒のせいなのか、うまく口が動かなかった。それを察したタキが、「話せないなら無理はするなって」と問いを撤回してくれる。
……タキって何気に気遣いできる人だよねぇ。惜しむらくは、普段はあえてその辺スルーすることが多々あるってことだけど。
レアルードもタキくらい察しが良ければピアのこともうちょっとどうにかできるんじゃないのかな、と思ったけど、レアルードって日常生活以外はわりと鋭い方な気がする。注意力の使い方の問題なのかな?
そういえばレアルードはどこに、っていうか何してるんだろう。盗賊吹っ飛ばしたのは多分タキだから、つまりピアを助け出した後のレアルードの動向が不明だってことになる。
……あ、もしかしてピアも怪我とかしちゃったのかな。
なんて納得しかけたところで、速攻それが裏切られた。
「シーファ、無事か?!」
勢い込んで視界に入ってきたレアルードの腕に、可愛らしく涙目のピアがくっついている。どう見ても怪我はなさそうだ。予想は全く当たっていなかったらしい。
……あ、いつの間にか視界回復してる。でもまだちょっとぼやけた感じ。傷(もう塞がってるけど)周辺の痺れもまだ残ってるし、動けそうもないなぁ。あと返事も難しい。
「毒が少し回ってる。できる限り処置はしたから、安静にさせとくしかねぇな。喋るのにもちょっと影響出てるから無理に喋らせるなよ?」
「誰が無理強いなんてするか!」
……言いたいことは分かるけどその言い回しはどうかと思うよ、レアルード。
案の定、タキがなんか微妙な顔になった。
「あー……分かってんならいい。で、そっちの嬢ちゃんは?」
「――…怪我はないようだ。特に乱暴な扱いをされたわけでもないらしいし――」
淡々と答えるレアルードにちょっとびっくりする。テンションの落差激しくない……?
多少ショックは受けてるけど身体的な害はない、っていう内容のレアルードの報告(?)にどことなく不服そうなピアを観察していて、しきりにある場所をさすっていることに気付く。
……あ、盗賊に掴まれてたところ、ちょっと痣になっちゃってるんだ。
服で大部分は隠れてるけど、レアルードもタキも気付かないことはないだろうくらいには目立つ。
ってことは、レアルードはあれを『怪我』に数えなかったってことなんだろう。で、ピアはそれが不満、ってこと?
確かにあれは痛々しい。ピアは見た目かなり可愛い女の子だし、そんな子に痛々しい痣とかあると気になる――って思うのは、私が『私』だからだろうか。思い切り二人がスルーしてるってことは、この世界ではそんなふうには思わないのが普通なのかもしれない。
でも気になるものは気になるし、ついでにジアスの趣味の悪い仕掛けが無効になってるかを確認するのも兼ねて、威力の低い回復魔法を発動させてみる。
きらきらしいエフェクトと共に、ピアの肌に浮かんでいた痣がすうっと消えた。それに気づいたレアルードとタキがちょっと目を丸くしているのが見える。
……体調に変化がないところを見ると、どうやら仕掛けはなくなったと考えてよさそうだ。そもそもジアスの能力だと、長時間私シーファの『魔法』の発動を阻害することは難しい。今の『シーファ』だからこそ、ああいうちょっかいが可能だったわけだし。
「――ああ、そっか。魔法があったんじゃん。シーファ、自分に回復魔法すれば毒も抜けるんじゃ?」
「いや、それは無理だ」
「へ?」
タキの言葉を否定したのは私じゃなくて、レアルードだった。『シーファ』と付き合いの長いレアルードは、シーファの『魔法』についても多少知っているのだと『記憶』にある。まぁ、そうじゃないと一緒に旅に出るなんてことにはならないよね。
「シーファは自分を対象に魔法を使えないんだ。体質だと言っていた」
「体質……?」
怪訝そうに呟いたタキが
……レアルード、あれだけがっちり腕をホールドしてたピアを一瞬で置き去りにしたよね……。ある意味すごい。縄抜け的な才能ありそう。
「シーファ」
心底気遣うような目に、なんだかむず痒くなる。……まぁ、『シーファ』の表情には出ないんだけど。
「いつまでもこんなところにいても仕方ないし、回復も遅くなるだろう。休めるところに移動しよう」
今更だけど、現在地点は村に隣接した小さな山の一角にある、盗賊達の根城である洞窟だ。薄暗いし肌寒いしじめじめしてるし、長く居て気分がいい場所じゃない。
だからレアルードの提案は歓迎できるものだったわけだけど、残念ながら今の
……だからってお姫様抱っこ状態での移動は予想外でしたけどね! なんでそのチョイス……!?
明らかに面白がってるタキでもあからさまに嫉妬してきてるピアでもどっちでもいいから、誰かつっこんで……! 居た堪れないしものすごく恥ずかしいよこれ。新手の拷問レベルだと思う。本気で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます