第17話 再びの『対話』
「おい、……おい、シーファ?」
軽く肩を揺さぶられ、ハッと我に返る。どうやら茫然自失状態だったらしい。
「やっぱまだ体調戻ってないのか? ――それとも、オレが訊いたのってンなマズい事だったか?」
「…………」
問題があるか否かで言えば、特に問題はない。でも、あの黒い文様が見えることの意味を言ってしまっていいのか、私には判断ができない。
これまで『シーファ』が繰り返した旅の中、タキが保持したままだったことは無かった『世界干渉力』。それが、今回に限って残されている、その理由が分からないから。
どうして、と訊ける人はここに居ない。答えられるのはきっと、『ジアス・アルレイド』だけなのに。
「――いつか、」
気付けば、ぽろりと言葉が口をついて出ていた。
「いつか、話す。それでは、駄目だろうか」
タキがちょっと驚いたような、意外そうな顔をするのが視界に映る。
ここはさらっと躱すところだったんじゃないかって思っても後の祭りだ。口にした言葉は戻らない。
内心焦っていたら、タキは何だか困ったみたいに小さく溜息を吐いた。
「ンな顔して言われて、ダメだとか言ったらオレ冷血人間決定だろ? ワケありだろーなってのは分かってるから、アンタがいいって思ったら教えてくれればいいって」
……『ンな顔』って、一体どんな顔してたんだろう、
「ほら、メシ冷めるし、とりあえず食っちまえよ。……レアルードに見られながらメシ食うの、イヤだろ?」
その言葉にここ数日で嫌というほど晒されたレアルードの視線を思い出して、私は慌てて食事の手を早めた。
……いやだって、ガン見とかいうレベルじゃなく見られながら食べるのって苦行もいいところなんだよ! 味もろくに分からなくなって砂噛んでるような気分になるんだよ……!
* * *
食べ終えてタキと話してる時にレアルードが戻ってきて、タキがうまい具合にレアルードを誘導して四六時中監視状態からは脱却できることになって、一安心してベッドに沈み込んで。
……そして今、私は覚えのある場所に居る。場所、と言っていいものかどうかはちょっと怪しいけど。
真っ暗で自分の身体も見えない、感覚さえも危うい空間――『シーファ』と言葉を交わした空間に。
「これって、この間の、だよね……?」
呟いた声が『私』のものだったから、それはほぼ確信に変わる。
『シーファ』の声は聞こえない。銀色の文字も見えない。でも、なんとなく、『居る』んじゃないか――『繋がって』るんじゃないかと思った。
「シーファ? ……聞こえる?」
呼びかければ『シーファ』に聞こえるだろうと殆ど確信してたけど、これで返事がなかったらイタイ人だ。
反応を待つ間が、ものすごく長く感じた。……いろんな意味で。
【聞 えて る】
応えがあってほっとする。
……でもやっぱりちょっとホラー風味だ。安定してないってことなんだろう。
「聞きたいことがあるんだけど……」
【君が訊 としている事は 見当 ついている】
少しずつ、少しずつ。『シーファ』の声――脳裏に閃く銀色の文字が、明瞭になっていく。
【『ジアス・アルレイド』――それ ら、彼の兄弟 あるタキについて ろう】
「――あと、レアルードについても。ああなっちゃったのって、私のせいなのかな」
傍から見て『異常』に足を踏み入れ始めているレアルードの様子が気になって付け加えると、シーファは言葉に迷うみたいに間を空けて、それから答えた。
【君の抱く疑問の殆どは、究極的にはある一点を説明すれば事足りる。だが、それを君に教えることは、まだ出来ない】
「……どういうこと?」
【それを説明することが、君と、君の周りに危険をもたらす可能性が高いからだ】
『私』が知るだけで、私にも私の周り――多分これはレアルードとかタキとかのことだと思うけど――にも危険をもたらすって……どういうことなんだろう。
更に疑問は膨らむけど、シーファはそれが答えの代わりだとでも言うように、その内容については触れずに言葉を続ける。
【君には何一つ責はない。レアルードの変化も気にしなくていい。あの状態は長くは続かない】
「じゃあ、元に戻るの?」
【君が言う『元』がどこにあるかに依るが、少なくとも目的を見失った状態からは脱するだろう】
レアルードの目的っていうと、イコール旅の目的――『魔王』を倒すこと、だよね。
確かに
【それから、『世界干渉力』をタキが保持したままだったことについてだが、……真意はジアスにしか分からない。ただ――】
「……ただ?」
【……ジアスもまた、何かを為そうとしているのかもしれない。私が君を巻き込んだように、タキに『世界干渉力』を残すことによって】
……『何かを為す』。
『何か』って、なんだろう。タキが『世界干渉力』を持ってることで起こる変化が、それに影響を与えるんだとしたら――。
…………。
……うん、駄目だ。さっぱり分からない。そもそも『シーファ』が分からないことを『私』が分かるはずもない。
思考を打ち切って、シーファに別の話題を向けようとしたところで――『私』を『巻き込んで』、シーファが為したいことが何なのか、知らないことに気付いた。
え、今更? って自分でも思った。うっかりっていうレベルじゃないよねこれ。ちょっと落ち込む。いやでも状況についていくので精一杯だったし……。
『私』がやること自体は分かってたから深く考えたことなかったけど、そもそも『シーファ』が何を考えてこんなことをしたのか――『記憶』を探ってもよく分からない。
『私』=『シーファ』の状態で『魔王』の元に行く。
それが最終的な目標というか、そのために入れ替わりを行ったのは分かってるんだけど。
それがどういう意味を持つのかが、分からない。
「……あの、シーファ」
【……? 何だろうか】
「シーファは、何をしたくて、『チェンジリング』の魔法を使ったの?」
とりあえず気になったので、直球で訊いてみる。
『私』と『シーファ』の精神を入れ替える――それを為したのは『チェンジリング』の魔法だ。シーファオリジナルの『魔法』らしい、というのは『記憶』から分かる。
そもそも世界の枠を越える『魔法』っていうのはほぼ無い。そんな事象を起こせる力を持つ人自体が皆無に近いからだ。つまり『シーファ』はレア中のレアみたいな感じ。なんせ唯一のエルフだし。エルフの中でもずば抜けた『世界干渉力』を持ってるらしいし。
姿は見えないけど、シーファが何だか困ってる――緊張してる(?)みたいなのが伝わってくる。
……そんな難しい質問、してないよね? それともこれも『説明できない』ことに関わってるんだろうか。
だけど、しばらくの沈黙の後、シーファは一番初めに聞いた、あの悲痛な声を思い出させるような声音で、答えた。
【……終わらせたかった、からだ】
【どんな手を使っても、悲願を果たさねばならなかった】
【その結果、君を巻き込むことになってしまったのは、申し訳ないと思っている】
「あ、いや、別に責めてるわけじゃ……」
なんだかシーファの声音が沈んできたので、慌ててフォローを入れようとしたんだけど。
【すまない。――それでも、私は、】
【これ以外に、 けられ を解く 法を、 けられな た】
全部言い切る前に、思い詰めたみたいなシーファの声が閃いて――途切れて、しまった。
……唐突に切れるのは仕様なんだろうか。シーファにもいつ繋がりが途切れるのかは分からないっぽいけど。別れの挨拶とかこれから先もできなさそうだ。
またあの血の色の文字が現れるんじゃないかとドキドキしたけど、今回はシーファの気配はなくなったものの、空間自体はそのままだった。別の何かが現れる気配もない。……多分。
それにしても、シーファの答えはどういうことなんだろう。
『終わらせたかった』――これは多分、シーファの『記憶』にある『繰り返し』のことだろう。何度も何度も繰り返す『旅』を終わらせたかった、って考えるのが妥当だと思う。
『どんな手を使っても』は、私を巻き込んだことだとして、『悲願を果たさねばならなかった』って……エルフの悲願、だよね? 『魔王を倒す』ことが、エルフの悲願だったと思うんだけど。
『旅』を終わらせる=魔王を倒す――だとして、やっぱりなんで『私』が必要だったのかが分からない。その辺りの『記憶』がうまく探れないのは、やっぱりシーファが『隠して』るんだよね。
『魔王』を倒すために『私』が必要なのか、って考えると、答えはNoだ。だって『魔王』を倒すために必要なのは、究極的には『シーファ』だけだし、――って、え?
……あれ? 『魔王』を倒す役目を負ってるのってレアルードじゃないの?
だってレアルードはいわゆる『勇者』なわけで。『勇者』が『魔王』の元に辿り着けるようにエルフは世界に幾つも仕掛けをしていったわけで。
……ああ、そっか。『辿り着けるように』なんだ。『倒すため』に旅に出るけど、実際倒すのは『シーファ』ってことか……。いや、倒せなかったわけだけど。
そう、『倒せなかった』。その事実は『記憶』にある。でも、そこで何が起こったのか――起こるのかは分からない。
ってことは、その『記憶』が私に知られるとマズいってことなんだろう。
それが多分、『説明できない』って言ったことにも関わってる。
……うーん、これって多分深く考えないでいた方がいいんだろうけど、気になるなぁ……。
今度『繋がった』ら、こうやって考えるのがセーフなのかアウトなのかは訊かないと。
あ、そういえばこの間の最後、何て言ったかも訊いておけばよかった。忠告って言ってたし、確認しておいた方がいいよね。
でもいざ会話するってなると忘れそう。メモ帳とかこの空間に持ち込めればいいのに。
まあ夢(?)だし無理ですよね分かってる。そもそも私が忘れなきゃいい話だよね……。
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