第10話 夢



 その後のことは、まあ詳細には語らない。

 軽く町を散策してちょっと買い物して食事なんかをしてから各自就寝した、とだけ。

 ちなみに部屋割りはシーファとタキとレアルード(とってた二人部屋に一人プラスする形で落ち着いた。追加料金は発生したけど新たに部屋を取るよりは安いらしい。まあベッドとか足りないしね)、そしてピアが1人部屋、ということになった。

 元々ピアは自分で部屋をとっていたらしい。まとめてレアルードがとっちゃえばよかったのに、と思ったけど、何か理由があるのかな?


 レアルードとタキが同席するとどうしてもギスギスする空気は、もう仕方ないと割り切ることに決めた。どうせ『シーファ』の記憶でも、タキ参入後しばらくはぎこちない空気だったし。

 それにしても、レアルードは妙に『シーファ』に過保護と言うか、意識を傾けすぎてると言うか……そんな感じなんだけど、理由がよく分からない。タキに対して隔意があるっぽいのも、多分それが関係してのことじゃないのかと思うんだけど。

 もしかしたらまだ思い出してない『記憶』にそのヒントがあるのかもしれないけど、ちょっとした知識を思い出すだけならともかく、『シーファ』の体験した出来事そのものを『思い出す』のは結構な負担になるみたいだから(一気に追体験するみたいな形になるからだと思う。タキのことを思い出した時が良い例だ)、しばらくは理由不明のままでいいかもしれない。



 ……それにしても。



「――この不思議空間って、何? 夢……なの?」



 真っ暗な、自分の姿も確認できないような空間で呟く。

 思わず独り言を言ってしまうくらいには動揺してるんだな、と頭のどこかで冷静な自分が判断する。でもどっちかっていうとパニック気味だ。

 状況とか、覚えてる限りの最後の記憶とかを考えるに夢なんだろうけど、ここまで意識が鮮明な状態の夢は多分初めてだ。明晰夢ってやつだろうか。


 ……って、あれ。今、言おうと思ったそのままの言葉が声になったよね?



「気のせい? それとも、夢だから?」



 今度はあえて思ったことを口にしてみる。やっぱりそのまま言葉になった。

 そんなの当たり前のはずなんだけど、それが『当たり前』じゃないのに慣れつつあったから驚いてしまった。誰かに伝えようとしながらだと手が勝手に翻訳した文章を書くのと同じ原理なんだと思うけど、言葉を発するときには勝手に『シーファ』の口調になっていたのだ。

 『シーファ』は妙にお堅い口調だけど、あの外見と声で(見た目もさることながら、『シーファ』は声もよかったりする)私の口調だと違和感ありまくりだから良かったのかもしれない。



「で、結局ここがどこかはわからないわけだけど――」



 ぐるりと辺りを見回した……つもりだったけど、真っ暗なうえ自分の身体さえ見えないし、正直感覚もあやふやだったりする。とりあえず見回せたかどうかも不安になるくらいに何も見えない。闇なんだか何なんだかわからないものしか見えない、というか見えてるのかもわからないレベル。


 っていうか今更気づいたけど、これ『私』の声だ。

 『シーファ』の声じゃなくて、『私』の声。ということは、今の私って『私』自身の姿なんだろうか。見えないけど。あ、触ればわかるかも。

 そう思って、実行に移そうとしたところで――。



【伝  て る ろうか】



 途切れ途切れの声が耳に届く。同時に、虫食いのような文字が脳裏に閃いた。

 錯覚かと思ったけど、もう一度聞こえた――そして見えた文字に、そうじゃないと確信する。



【――伝わって、いるだろうか】


「え、えーと……?」



 錯覚じゃないのはわかっても、理解がまだ追いつかない。正直ちょっとしたホラーに近い現象だと思うし。

 でも、その『声』に聞き覚えがある気がして――そして気付く。



「シーファ……?」


【ああ、そうだ。……伝わっているのなら、良かった】



 どこかまだ遠い声と、掠れたような銀色の文字。今にも消えてしまいかねないような、そんな印象を受ける。



【まだ安定していないから、そう長くは会話をすることができない。すまない】



 続けて伝えられた言葉に、その印象が間違っていなかったことを知る。

 シーファの言い方は、これから先安定することもある、安定すれば長く会話することができるっていう感じだったけど、何だか不安になる。本当に消えてしまうと思ったわけじゃないのに、何でなのかは自分でもわからなかった。



【恐らく君は私に聞きたいことも言いたいことも沢山あるだろうと思うが、】

【時間がない。だから、忠告を少しだけ】



 申し訳なさと焦りとが滲む声に、気にしないでいいと口にすれば、ほっとしたような気配が伝わってきた。

 ……そういえば、この空間の中にシーファは居るんだろうか。声はどこから聞こえてるのかもよく分からないし、頭に浮かぶ文字は判断の手助けにならない。

 まあ、今は特に重要じゃないから気にしなくてもいいか。



【私の辿った道筋は、あくまで目安程度に考えておいた方がいい】

【必ず辿る道筋もあれば、一度や二度しか辿らなかった道筋もある】

【君は君の思うまま、進んで行ってほしい】


「気にしすぎるのは駄目だってこと?」


【それもまた、君の選択だ】

【全く同じ道筋を辿れたことは、私にもない】

【君が君であるという事実によって、君は私と同じ道筋を辿れないだろう】

【……ただ、危険を避ける参考にはなるはずだ】

【巻き込んだ私が言うことではないが、極力君に危険な目には遭ってほしくない】



 私が『私』だから、『シーファ』と同じ道筋を辿れない。それはすごく納得のいくことだった。タキとあの場所で出会ったことだって、その一環なんだろう。


 ……危険については、あまり考えないようにしていたことだったから、ちょっと気持ちが沈む。

 シーファの『記憶』では、シーファ自身が死にかけるような目に遭ったことはないみたいだったけど、私から見れば大怪我程度は普通にしていた。エルフだからなのか何なのか、尋常じゃない回復力が備わってるから大事にはならなかったみたいだけど。だからって痛みまで軽減されるわけじゃないし、私はマゾじゃないので痛かったり苦しかったりは極力お断りしたい。



【それと、魔法についてだが】

【私が『魔法』と定義づけしている程度のものならば問題はないが――】

【  の枠を える  な『世界   』を うの 、  だ】



 本当に、唐突に。

 最初に聞こえた時のように、途切れ途切れの言葉と虫食いのような文字だけを残して。


 不思議な真っ暗な空間も、シーファの気配も、何もかもが消えてしまった。



「――え?」



 思わず漏れた間抜けた『声』が、『シーファ』のものになっているのに驚く。

 さら、と視界の隅を流れたのは、見慣れてきた銀色の髪だった。



 ……どういうこと? 単に、『会話』が続けられなくなっただけ?

 首を傾げつつ、現状を把握する手がかりがないか周囲を見てみようと顔を上げる。と。




【 は や く 】




 嫌になるほど鮮明に聞こえた……見えた言葉に息を呑む。

 シーファの言葉を表す文字が清廉な銀色なら、今見えた文字は淀んだ赤色。見るだけで不吉さに総毛だつような――濁った血の色だった。




【 はやく ここまで おいで 】




 伝わってくる感情は、どこまでも愉悦に塗れていて。

 まるで無邪気で残酷な子どもが、お気に入りの玩具で遊ぶのを心待ちにするような。

 そんな、声だった。



【 おいで 『シーファ・イザン』 】




 そして、シーファの名前が呼ばれた瞬間、は始まった。


 頭の中を、血の色の文字が、無秩序に、ぐちゃぐちゃに、掻き回す、ように、踊って、踊り狂って、侵食して、めちゃくちゃに、すべてを、壊して、蹂躙する、ように。


 壊れる、壊れてしまう。壊されて、しまう。



 わけがわからないまま、恐怖とそれを上回る何かに、叫び出しそうになったとき――必死な誰かの声が聞こえた、気がした。




 そしてまた、全てが遠く消えていって。

 ああ、目が覚めるんだと――助かったんだと、そう思った。

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