第9話 道筋




「レアルード――それにピアも」



 戸を壊す勢いで開けたのはレアルード。遅れてその後ろにピアが現れた。

 ……えーと、なんで二人とも不機嫌そうなのかな?


 部屋に入ってきたレアルードが無言で近付いてくる。妙な威圧感を発してるけど本当に何がどうしたの……!?


 シーファの後ろに回って威嚇するようにタキを睨むレアルードに困惑する。あと前方から悔しげな面持ちでこっちを見てるピアにも。

 一体どういう流れでこんなことに……謎だ。


 まあ何も言わないってことはそう重要なことじゃないのかもしれない。

 せっかく二人も来たし、タキに確認したかったこととか言っておきたかったことはあらかた話し終わったし、これからの話をしちゃっていいだろうか。なんかそういう雰囲気じゃないっぽいけど、かといってこのままぼけっとしてるのもアレだし。



「ちょうど良かった。今、旅の目的についてタキに説明していたところだが――」



 言いつつ立ち上がる。他に椅子がないから全員座ることはできないし、そんな中平然と座り続けるなんて芸当もできない。だって落ち着かないし居心地悪いよ絶対。


 どうぞお座りください、的な感じにレアルードの方に椅子を動かしたけど、相変わらずタキを睨んでて気づいてくれない。

 どうしようか考えてたらタキも立ったので、もうそのまま話に入ることにした。



 思い浮かべた魔法陣を指先で宙になぞりつつ、短い呪を口にする。

 そして現れるのは、この周辺の地図。通ったところ以外は簡易もいいところで、おおよその方角を見るくらいにしか役に立ちそうにない――まあRPGではわりとお馴染みな感じの代物だ。

 これまたお約束的に、自動マッピングシステム搭載だったりする。つまりこれから新たに行くところは、訪れた順に詳しい地図へ更新されるらしい。

 どこまでもRPG風なことになんだかちょっと微妙な気分になるけど、まあ便利は便利だ。


 地図を出したことで全員の注目が集まったので、机の上に地図を広げて本題に入る。



「私達が今居る……リリスの町はここだ。そして魔王が居ると言われているのはこの辺りになる」



 言いながら、ちょうどリリスの町から正反対の場所にある広大な空白の部分を指し示す。

 地図上で見るだけでうんざりするような距離と種々様々な天然の防壁は見ないことにした。まともに考えると心折れそう。



「ひとまずは、このまま次の町に行こうかと思うんだが――」


「あ、ちょっと待ったシーファ」


「……何か問題があったか?」



 遮ったのはタキだった。地図を覗き込んだタキは、行こうとしていた町とリリスの町のちょうど中間くらいの地点を指先でトントンと叩く。



「この辺にひとつ村があるらしいんだよ。オレ、そこに届け物する依頼受けててさ。直接向かうよりちょっと遠回りになるけど、寄ってもらえるか? 品渡すだけの仕事だから時間はとらないし」



 そのタキの言葉にまたレアルードの機嫌が微妙に降下した気配がしたけど、それよりも問題は。



「やっぱり変わらないのか……」


「ん? なんか言ったか?」


「……いや。大きく道から逸れているわけではないんだな?」


「ああ、そのはずだけど。ただ、あえて立ち寄るには離れてるし、商売とかするにも村の規模が小さいから、あんまり行商人とかが寄りつかないんだと。だからわざわざ依頼がきたってわけ」



 この辺りでは、届け物といえば信頼のおける行商人……商隊などに頼むのが主流だ。その巡行ルートにかからない場所となると、届ける手段が限られてしまう。

 だからこそ、タキのような流れの剣士に依頼が来たんだろうけど――。



「――お前は『証』持ちの旅人なのか」



 少し驚いたようなレアルードの言葉に、ハッとした。

 『証』というのは、俗に『教会』と呼ばれる組織に認定を受けた者が持つ、ある種の身分と資格の証明みたいなものだ。『教会』の本義は別にあるけれど、ゲームとかでいうギルドのような役割も果たしているので、そこを通して今回のような依頼を受けたり出したりもできる。


 『シーファ』にとってタキが『証』持ちなのも『教会』に繋がりがあるのも当然だったから全く疑問に思わず流しちゃったけど、今のつっこむなり驚くなりするところだったよ……!

 何故なら『証』持ちはそれなりに希少だからだ。『教会』に依頼を出すのも依頼を受けるのも基本的には誰でも可能なんだけど、それは一定区域内――つまりひとつの『教会』支部(みたいなもの)の管轄内で済むもののみらしい。


 リリスの町にある『教会』の管轄区域はリリスの町の中だけ。つまりタキの言った村は管轄外に関わらず、タキはその依頼を受けてるってことになる。それはタキが『証』持ちだという事実を示すわけで。



 見れば、レアルードもピアも少なからず驚いた顔をしていた。……え、シーファ? もちろん相変わらずの無表情ですが。

 あれだよね、『シーファ』がこれまで表情筋使わなさすぎたから感情が顔に出にくいんだよ絶対。



「まあ、一応そうだけど。確かめるか?」


「……別にいい」



 途端に嫌そうな顔になったレアルードに内心苦笑する。というのも、『証』は身体のどこかに刻まれるものだからだ。

 パッと見でわかる場所にないなら、どこかしらを露出してもらわないとならないかもしれない――それを想像してレアルードは嫌がったんだと思うと、ちょっと笑えた。



「……話を戻すが、大して距離も変わらないだろうし、私は君の言う村に行くことに異論はない。レアルードとピアはどう思う?」


「シーファがいいなら、俺は構わない」


「……レアルードがいいならいいけど」



 なんか似たような返答をした二人(とはいえある意味全然違うことを言ってるわけだけど)に微妙な気持ちになりつつ、「……だ、そうだ」とタキに向き直れば、にっこりと――胡散臭いくらいの満面の笑みでお礼を言われた。


 ……裏しか感じられないっていうのもある意味すごいよ、タキ。そしてレアルード、一応今のはみんなにお礼言ったはずなんだから、ブリザード発生させるの止めてください。


 未だ広げたままの地図に目を落とす。タキが示した村がある辺りを指でなぞって、気付かれないように溜息を吐いた。



 さっきここから次の町にそのまま向かうことを提案したのは、『魔王』が居るという場所に向かうのに効率的だからだけじゃなく、確かめたいことがあったからだった。


 何度も『シーファ』が繰り返した旅の中、絶対に辿る道筋がある。その一つが、リリスの町から次の町の間にある、小さな村――盗賊に荒らされる村、だった。

 そこで出会うはずのタキとリリスの町で出会ったから、もしかしたら、と思ったけれど、結局はその村に立ち寄ることになってしまった。



 変わらない。変えられない。それが『運命』だとでもいうように。



 だとしたら――その『運命』は、誰が決めたものだっていうんだろう。


 ……その答えを、多分『シーファ』は知っている。だけど、『私』の『知識』には、ない。それはきっと、『シーファ』が答えを隠したから。

 ただ、時が来ればわかる、とだけ『知識』が告げる。


 ……本当、『シーファ』はなかなかに面倒で厄介で複雑な身の上らしい。『運命』とかもう一般市民の手に負えないんですが。


 まあ、ひとまずは『旅』を進めていくしかなさそうだよね……人間関係もちょっとアレな感じなのに大丈夫なのか不安だけど、仕方ない。

 やれることをやるしかないか、と開き直って、顔を上げた。


 ……とりあえずは、シーファとタキの睨み合い(睨んでるのはレアルードだけだけど)を止めさせるべきだよね、うん。本気で先が思いやられる……。

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