第11話 夜話



「シーファ!」



 開けた視界の中、最初に認識したのは月光に煌めく金色だった。

 回らない頭とやけに重い身体を意識しながらなんだろうと思って、気遣うような碧眼と視線がかち合って気付く。

 ……ああ、レアルードだ。



「よかった、目が覚めたか。随分魘されてたけど――また例の夢か?」



 ……『例の夢』? なんのことだろう。

 疑問に思うけど『記憶』は想起されない。ただ、こういうふうにレアルードに起こされるのが初めてではないということだけが分かった。


 身体を起こしながら考えたけど何て答えるべきか分からなくて、曖昧に首を振る。それをどう解釈したのかは分からないけど、レアルードはほっと息を吐いた。



「……すまない。私のせいで起こしてしまったか」



 言うと、「違う」と即答された。どことなく必死な否定に不思議に思うけど、理由を訊くことはできなかった。

 コンコン、と小さなノックの音と共にタキが部屋に入ってきて、レアルードがベッドから離れてしまったから。


 シーファとレアルードを交互に見たタキは、ちょっと肩を竦めてからこっちに近付いてきた。



「目、覚めたのか。……とりあえず、ほら」



 差し出されたカップを反射的に受け取る。鎮静作用のあるお茶か何かなのか、気持ちが落ち着くような香りがした。



「それでも飲んでちょっと落ち着けよ。アンタ、今にも死にそーな顔してんぜ?」



 それはおおげさじゃ、と思ったけど、やけに真剣な顔でレアルードが頷いてるのが見えたからおとなしくお茶(仮)を口に運ぶ。やっぱりハーブティみたいな味がした。


 あの『夢』――そう呼んでいいかもわからないような、禍々しい『誰か』の『声』から抜け出せたのは、多分レアルードのおかげ、なんだろう。覚める間際に聞こえた声は、レアルードのものによく似ていた。

 『シーファ』のものはともかく、あの血の色の言葉の主は誰だったのか――何だったのかが気にかかる。思い出すと嫌悪感なのか恐怖なのかよく分からないものがこみあげてきて、振り切るようにぎゅっと目を閉じる。血色の文字の残像が、まだ瞼の裏や頭の中に残っている気がした。



 気分を変えようと、少し離れたところに移動したレアルードとタキを見れば、何やら小声で会話してるみたいだった。内緒話だろうか。


 もしそうならあまり見ない方がいいのかもしれないと思って、窓の外へと視線の向きを変える。眠る前よりも中天に近付いた月が夜空を照らしていた。寝ていたのはそこまで長い時間じゃなかったみたいだけど、ぐっすり眠っているべき時間なのには変わりない。

 レアルードは否定したけど、やっぱり起こしてしまったんじゃないだろうか。二人の話が終わったら、その辺りを改めて訊こうかな。



 やることもないので、少しずつお茶を飲みながら『シーファ』の言ったことを反芻してみる。

 最後の方は聞こえなかったけど、聞こえた分だけでも結構重要なことを言われていた気がする。


 私は『シーファ』の記憶全てを見たわけじゃないし、そんなことしたらなんかヤバそうなのだけは分かるからやるつもりはないけど、ある程度は思い出したい――というか、把握したいと思ってる。シーファが言ったように、危険を避ける指標にはなるだろうし、ある程度の『道筋』は知っておいた方がいいと思うから。

 タキとかレアルードに関係する出来事とかは断片的に分かるんだけど、例えば何度も戦ったはずの『魔王』についてとか、これから先のパーティメンバーについて(仲間になりうる人が他にもいることだけは分かってる)とか、知っておきたいのに思い出せてないことはたくさんある。


 ――……それに。


 『意図的に』思い出せないようにされている『記憶』もいくつかあるみたいだってことは、何となくだけど感覚で分かっていた。『運命』を決めた『誰か』のことのように、『シーファ』が隠した『記憶』――『知識』が。

 理由があってのことだろうっていうのは簡単に予測がつくから、またあの不思議空間で会話できたとしても、『シーファ』に直接聞くつもりはないけど。



 なんてことをぼんやり考えていたら、無意識にお茶を飲み干してしまっていたらしい。傾けたカップから馴染み始めていた味が流れ込んでこなかった。


 ちょっと間抜けだな、とか内心苦笑しつつ顔を上げたら、いつの間にか話が終わったらしいタキとレアルードがこちらを見ていた。どっちもどことなく気遣わしげなのが少し居心地悪い。

 タキ曰くの「死にそーな顔」も大分回復したんじゃないかと思ってたけど、そうでもないのかもしれない。



「――話は、終わったのか」


「……あ、ああ」


「飲み終わったんなら横になれば? どうせまだ起きる時間じゃないしな」


「いや。目が冴えてしまった。しばらくは起きている。……先程レアルードにも言ったが、私のせいで起こしてしまったのならすまない」



 シーファの言葉を、レアルードが口を開くのより一瞬早く、タキが軽い口調と仕草で否定した。



「いーや? オレもレアルードも、元々起きてたからアンタが謝ることじゃねぇよ」


「……起きていた? だが、二人とも私より先に眠ったのでは――」



 二人が寝静まった後にシーファは就寝したはずだ。『私』はともかく、『シーファ』の知識と経験からして気配を読み違えるはずはないのに、どういうことだろう。

 その疑問には、レアルードが答えてくれた。



「……一度、お前を抜きで話したほうがいいと思って、夜中に下の食堂で会う約束をしていたんだ」


「オレとしてもずっとあんな調子でやりとりすんのはゴメンだったからな。了解したワケ。――途中で血相変えて部屋に戻るからナニゴトかと思ったけど」


「それは……」



 レアルードが口ごもる。ちらりとシーファを見て、そのまま黙ってしまった。


 ……なんだろう。気になる。


 でも聞いてほしくなさそうなレアルードの様子に躊躇ってたら、そういや、とタキが声を上げた。



「汗とかかいたんだったら着替えといた方がいいんじゃねぇの? 着替えくらいあるだろ?」


「――ああ、そうか。そうだった、な」



 確かに少しべたべたする、気がする。とはいえ、『人間』に比べたらエルフはあんまり汗とかかかないみたいだけど。

 そんな『シーファ』の身体でこれなら、人間の身体だったら汗びっしょりになってたに違いない。


 だけど、せっかく気遣って(?)くれたんだし、着替えようかと立ち上がって――くらり、と視界が傾いだ。

 ……あ、違う。単純にシーファが倒れたのか。


 うまく身体に力が入らない。なのになんで完全に倒れてないんだろう、と思って、そこでやっと、タキに支えられてるのに気付いた。



あっぶねーな。言えば着替えくらい取ってやるから、大人しく寝とけって」


「す、――すまない」



 予想外に近くにあったタキの顔に、一瞬動揺する。声が上擦りかけたの、気付かれてないといいんだけど。



 タキがシーファをベッドに逆戻りさせる間に、レアルードが着替えを取ってきてくれた。……あれ、またどことなく機嫌悪そうな気がするんですがなんで?


 ……あと、着替えづらいので二人ともガン見するの止めてくれませんか。ちょっとくらい視線逸らしてくださいお願いします。

 それともこの世界って他人の着替えをガン見する文化でも……いや、ないな。




 ……一応、じっと見られたの最初だけで、一部始終余すところなく観察されることはなかったことは、双方の名誉のために付け加えておく。

 なんか、気絶でもするんじゃないかって気になったが故のことだったらしい。それにしても半端ない目力だったけどね……。

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