第12話 それは不可避の、





 改めて眠りについた翌朝の体調は、すこぶる快調とまではいかないものの、まあ旅に支障ないくらいには回復していた。


 寄る予定の村までは一日かからないくらいの距離ということで、朝のうちにリリスの町を出るということは昨日話し合ってあったんだけど、あっさり出発というわけにはいかなかった。

 昨日の前半の体調不良と夜中の悪夢による不調のせいか、やたらと心配してくるレアルードを軽くあしらい(まともに相手をすると出発を遅らせようとか言い出しかねないレベルだった)、突き刺さるピアの視線を意識から除外し、「抱えて行ってやろうか?」とかふざけたことを言うタキをいなして、どうにかこうにか町を出て。


 道中は特に問題なく――シーファにちょっかいかけてくるタキと、それに不機嫌になるレアルードと、それに輪をかけて不機嫌になるピア、という何とも言い難い構図はあったものの――順調に進んだ道程の先、辿り着いた村は。





 ……略奪の真っ只中にあった。





 泣き叫ぶ声がする。親を呼ぶ子どもの声。恐怖と嫌悪に震える女の声。子を守ろうとする親が逃げろと叫ぶ。それを嘲笑するかのように響く、下卑た笑い声。

 簡素な木造の家の扉が破壊されて、見るも無残に傷ついた男性がそこから転がるように出てきた。――違う、投げ出された。



「……ッ!!」



 息を呑んだレアルードが、今まさに連れ去られようとしている女性を助けるために駆け出す。一瞬後に別の方向へと走り出したタキが、すれ違いざまに「アンタらはここから動くなよ」と鋭く告げた。




 ……何、これ。



 問いにすらなっていない思考に、『シーファ』の記憶が『盗賊による略奪』だと告げる。



 ……知っている。それとも、『知っていた』?

 ――そう、深く考えていなかっただけで、『私』は知っていたはずだった。この村が盗賊に荒らされる『運命』にあることを。


 『シーファ』が幾度旅を繰り返しても、それを回避することはできなかった。旅の『はじまりの日』は決まっていて、『シーファ』はレアルードと旅に出ることしか許されてなくて、だからどうしてもこの村を救えない。



 『シーファ』の記憶の中、何度も何度もこの村は蹂躙されて、荒らされて、搾取され、そしていつか再生する。生々しく、陰惨な光景を経て、『日常』を取り戻す。


 そうであってくれと『シーファ』は願って、繰り返し繰り返し復興に手を貸した。気付かれないように、エゴであることを知りながら、己の持てる力を一握りだけ。それすら本当は赦されないと、身を以て思い知る。その繰り返し。




 『シーファ』の苦しみを『思い出す』。まるで自分のことのように。



 ――なのに、どうして。




 『私』は、目の前の光景を、遠い映画の出来事のように思ってるんだろう。




 叫び声。悲鳴。人間ヒトが、殴られる音。


 昨日の『血の色の声』より、生々しく身に迫る――そして『私』が体験したことのない、暴力で彩られた光景。

 ショックを覚えて、悲鳴の一つでもあげて、逃げ出してもおかしくないこの光景を、どうしてこんなに平静に見ているんだろう。


 混乱してる? ショックを受けて動けない? 自覚のないパニック状態?



 そのどれもが違うのだと、どうしようもなく『分かって』しまう。



 ――…シーファ。



 きっと、呼びかけても届かない名前を、唇だけで呟いた。

 笑い出したいような、泣きたいような――心の中がぐちゃぐちゃでどうしたいのかすらわからない。



「……これも、『出来る限りのこと』のうち、か」



 『私』の世界がここと比べてあまりにも平和で、平和すぎるから。

 こんなふうに『私』の常識とかけ離れた光景が日常茶飯事に起こるから。


 『私』の精神が壊れないように、狂わないように、『シーファ』は制限をかけたのだ。

 『基準』を超えた感情が、『私』に認識されないように。


 『シーファ』に悪意なんかなくて、全くの善意によるものなのは分かってる。

 ……だけど、この、今の『私』の状態が。



 『異常』で、『怖い』としか、思えない。



 『感覚』でそうあるべきだと思う『自分』と、実際の『自分』が乖離する。


 無意識に握りこんだ指先が、震えている。なのにただ荒らされる村の様子を見続ける自分がいる。



 気持ち悪い。怖い。いやだ。なんで、こんな、――




「――離してッ!」



 唐突に近くから聞こえた怯えを含んだ声に、はっと我に返る。

 いつの間に動いたのか、村の奥に近付いていたピアが、屈強な男に捕まえられていた。なんとか拘束を逃れようともがいているが、相手はびくともしない。

 近くにはレアルードの姿もタキの姿もない。何人か盗賊と思われる男が倒れているところを見ると、この辺りを制圧した後に奥に向かってしまったらしかった。ピアを捕らえている男は、タイミング悪くレアルード達と会わずにこちらに来たんだろう。


 タキが「動くな」と言ったのは、シーファとピアが近接戦闘に長けていないからだけじゃなく、ちょうどこの場所が死角になるからでもあったのに――どうしてピアはあそこにいるんだろう。

 思考に沈んでピアに気を配っていなかったことを悔やみつつ、自分のとるべき行動を考える。


 やみくもに出て行っても勝算はない。まったくできないわけじゃないけど、『シーファ』は接近戦に向いてない。かと言って、魔法を使うには二人の距離が近すぎる。『シーファ』の『魔法』は基本的に範囲指定だから、巻き込まないで済む保証はない。やりようによっては不可能ではないかもしれないけど、細かい指定までできるほど『私』はまだ魔法に慣れてない。



「離せって言ってるでしょ!? はなッ――」



 不自然に途切れた声に目を凝らすと、当身でも食らわされたのかぐったりとしたピアを、男が抱え上げるところだった。

 このままだとピアもこの村の人達のように連れ去られてしまう。多少巻き込むのを覚悟で『魔法陣』を顕現させかけたところで、



「おっと、オイタはダメだぜェ、『シーファ・イザン』?」



 一瞬で背後に現れた圧倒的な気配と、楽しむような声、そしてねっとりとした『闇』が視界を覆い潰すのを認識したのを最後に。


 『私』の意識は、途切れた。


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