第43話 『迷宮(仮)』・1





 問題の依頼というのは、言ってしまえば金持ちの趣味人の道楽だ。

 そして金持ち故に繋がりができると利益になる。ちょっとどころかかなり変わり者の部類だけれど、発想がちょっとおかしいだけで能力は高い人物なので顔が広いのだ。欠点を補って余りある優秀さとそれに付随する権威と財力の持ち主なので、依頼一つで繋がりができるのなら安いものである。

 しかも依頼を達成すれば、それだけでかなりの好意を抱いてくれるというちょろさだ。ちょろい。ちょろすぎる。古のエルフ達の仕掛けに関わるから、というのを差し引いても、そのちょろさがちょっと心配になるレベルだ。助かるけど。


 そしてその依頼の内容というのが――『迷宮(仮)攻略』である。


 この世界には『迷宮』というものが存在する。ただし、『迷宮』という名前だからって必ずしも宮の形をしているわけでも、訪れた人を迷わせるものであるわけでもない。

 森の形の『迷宮』もあるし、人を迷わせる要素が皆無の『迷宮』も存在する。多種多様な『迷宮』と呼ばれるものが存在するが、それらに共通するのは、それが『攻略すると成果を得られるもの』であるということだ。

 成果というのも様々だ。売れば高価な武器や装飾品だったり、変わった性能を持つ武具だったり、本人の適正に関わらず使用できる魔法を得られることだってあるという。ついでに言えば、完全に攻略せずとも、ある程度内部を進むことで何らかの恩恵を受けられたりする。広く知られてはいないが。目に見えない経験値が溜まる、みたいなものが多いようなので当然かもしれない。

 これに関しては古のエルフがどうこうではなく、元々は自然発生していたものだという『記憶』がある。どうやら古のエルフと同じように力ある存在が、人間のためにそういうシステムを作り上げたようだ。ただ、後からエルフも手を加えたらしく、元々よりかなり数を増やしていたりする。


 だけど、今回依頼で訪れた『迷宮(仮)』は、そういう『迷宮』とは違う。『迷宮(仮)』と表したように、純正の『迷宮』ではないのだ。

 件の変わり者の金持ちの趣味というのは『迷宮』研究で、そして道楽は――『迷宮』作成。

 「人工的に『迷宮』を作ろうとしている」ことこそが、かのちょろい変人を変人たらしめている要素である。

 つまり、この依頼は、金と技術と頭脳を持った迷宮好きが作り上げた『迷宮(仮)』にチャレンジして、その改善点などを浮き彫りにさせるという実験台タイプの依頼なのだ。

 それだけなら、まあ魔法の実験台になるのと似たようなものなので、そこそこ依頼を受ける人がいてもおかしくない。本来なら。


 そう、何を隠そうこの依頼、『教会』でわかる情報だけで見ると、ものすごく――得体が知れないのである。

 必要最低限というか……むしろ最低限にすら達してないんじゃないかっていう情報しか得られない。報酬は高額だけど、それが怪しさを助長している。真っ当な思考をしていたら避けるだろうというくらいには怪しい。

 『前』と『今回』で変わったのは、その依頼がどういう人材を求めているかの部分だった。


 『前』までは、『幅広い知識を持つ者、あるいは機転が利く者が望ましい』だった。

 そして『今回』は――。



「……レアルード」


「? どうしたシーファ。歩き通しで疲れたか?」


「言うほど歩いていないだろう。これくらいで根をあげるほど軟なつもりはない。……そうではなく」


「……?」


「……依頼主の意向として、このような進み方は想定していないんじゃないか?」



 レアルードが踏み出した足の下で、ガコッという音がした。同時に右手の壁から仕込み矢が飛んでくるが、レアルードは危うげなくそれらすべてを剣の腹で叩き落とした。見事な手際だ。見事な手際なんだけど。


 軽く首を傾げたレアルードは、叩き落とした矢に目を落として、それからまたシーファを見た。……ダメだこれわかってない顔だ。



「そうか?」


「……恐らく、罠を見抜いて無効化したり回避することを想定していたんじゃないかと」


「『罠に精通し解除の技能を持つ者、あるいは他の攻略手段を持つ者が望ましい』だから、こういうやり方でもいいと思ったんだが」


「それは否定しないが……」



 でも確実に想定外ではあると思う。現状のレアルードのやり方は完全なる力押しだ。発動させた罠を手傷を負わずに確実に回避はしているので、ある意味では罠に精通しているし、間違いじゃないとは思うけど、……なんか違う。普通にトラップ解除の技能に長けた人を求めてたんだと思うんだこれ。


 まあでも依頼主は変人なので、むしろこの事態を喜んでいそうな気もする。想定外から着想を得られるタイプの人間だったので、今頃嬉々として新しい『迷宮(仮)』の仕様を考えてるんじゃないかな……。


 と若干遠い目になってる間も、レアルードはさくさく歩を進めているしいっそ見事なまでに的確に罠を発動させては連動した仕掛けを無効化している。レアルードの希望で後ろをついていく形になったシーファはやることもなく歩いているだけだ。……居る意味ないよね?


 レアルードが発動させなかった罠があれば解除とかやってみようと思ってたんだけど(今までの『旅』の中でそういうスキルも得ている)、今のところひとつ残らずレアルードが発動させているのでそれすらできない。逆にすごいよレアルード。わざとやってるんだったら怖い。というかどこでそんな技術を身につけたのか謎だ。

 狩猟用の罠とはまた勝手が違うから、村にいた頃の経験云々ではないと思う。ということは……勘? 勘なの? 野生の勘的なものなの?


 ……わざとでもそうじゃなくても怖い、という結論に至ったので、それ以上考えるのはやめた。



 この依頼で挑むことになる『迷宮(仮)』は、『前』までは謎解き仕様だった。要所要所にある謎を解かないと先に進めない仕組みで、レアルードと一緒の時はシーファメインで、タキと一緒の時は協力して謎解きをしていた記憶がある。

 今回は、要所要所にもそれ以外にも罠が仕掛けてあって、謎解きっぽい要素と言えば、正しい順序で扉を開けないと罠がお出迎えしてくる、とかそういう部分くらいだ。それにしたって、罠を力技で壊したり無力化させたりしているレアルードのおかげで、障害という障害にはなっていない。


 『迷宮』にはそれぞれ攻略したと見做されるための条件がある。『迷宮』を模したこの『迷宮(仮)』にももちろんその条件は設定されていて、『最奥まで辿り着く』ことがそれだ。この『迷宮(仮)』は大きな屋敷の形をしているのだけど、その最奥と依頼主がいる部屋が繋がっていて、完全攻略すれば、そこで顔合わせと依頼達成報酬+αの受け取りをすることになるのだ。


 ちなみに完全攻略が不可能でも、救済措置(?)はきちんとある。リタイア宣言をすればいい。別に完全攻略を依頼達成条件にされているわけじゃないので、途中でも報酬は出るのだ。色がつかないだけで。

 そもそもこの依頼、怪しさ満載すぎて何回も依頼を出しているのに受領されたことがない曰くつきなのだ。受けてくれる人間がいない間、地道にコツコツ改良を重ねていたらしいんだけど、その前に依頼の文言を改良すればよかったのに、と心から思う。……古のエルフ達のお膳立てが関係してるんだったら申し訳ないと思うけど、多分それがなくても変わらなかっただろうなぁ……当人からして。


 先を行くレアルードを見る。相変わらず迷いなく危うげなく、さくさく罠を力技で処理して進んでいる。

 ……そろそろ行程も半分以上過ぎた頃だし、いい加減私も後ろをついていくだけは飽きてきたので、ちょっと手を出させてもらおうかな。

 考えつつ、手出しについて交渉するために早足でレアルードに近づく。


 っていうかレアルード、罠解除できないんじゃなくてやらないだけなんじゃ。脳筋ってわけじゃなかったと思うんだけど、なんでこんな頑なに力押しなんだろう。単に面倒なのかな……?

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