第38話 レームの町での日々・1




 死角から飛んできた刃を察知して魔法で反転、それを囮として新たに生まれた死角から襲いかかってきた鋼糸を粉末レベルまで刻んで無力化させる。

 最近恒例になりつつあるパターンから、今日は更に第三撃、視認するのも難しいほどの細い針が首筋・脚・腕をめがけて飛来してきたのを消滅させた。



「――……やっぱりダメか」



 言葉とは裏腹に残念そうな響きは微塵もない平淡な声――それが終了の合図だった。


 ふっと瞬きの刹那に姿を現したのは、『今回』でも随分と見慣れた気のする人物――ユエだ。

 ……無意識なのかもしれないけど、立ち位置が暗がりだからちょっと怖い。

 ただでさえ薄暗い路地だ。銀の髪はぼうっと浮き上がって見えるし、逆に纏う衣服は沈んで見える。極めつけは無機物じみた赤色の瞳だ。……うん、ユエだってわかっててもこわい。

 しみじみ思いつつ、口を開く。



「そろそろ諦めてもらえないだろうか」


「なんで?」



 ……なんでとか言われても。



「不毛だろう」


「僕は楽しいよ」


「……そうか」



 一応、殺伐とした命のやりとりのはずなんだけど。

 というか楽しそうな素振りがちっとも見えないんだけど、そうか、あれで楽しんでるのか……。


 若干遠い目になりつつも、それならば仕方ないと自分を納得させる。

 情緒面機能してるのかも怪しいのがデフォルトのユエが、『楽しい』と自覚してるのはいいことだろうし。内容はともかく。



「あんたは楽しくない?」


「命を狙われて楽しいと言える者の方が少ないと思うが」


「僕はあんたの方からも僕を殺しに来てくれたらもっと楽しいと思う」



 ……これを真顔で言うのだから、ユエの感性はちょっとどころでなくズレていると思う。『前』に知った彼についての諸々を考えれば仕方ないことなのかもしれないけど。


 何せ暗殺これはユエにとっての一番のコミュニケーション手段である。剣士とかが「刃を交えれば相手の全てがわかる」とか言うのの亜種なんだろう。ユエの場合、大体において『次』のない付き合いになるけど。

 ……いや、一応ユエは正式な暗殺者になってないから、そんなに多くの人を暗殺対象にした――もとい多くの人とコミュニケーションをとった――ということはないはずだ。『師匠』とやらとのコミュニケーションは間違いなく対話<殺し合いのような気はする。


 少しの間、何かを思案するように――見定めようとするかのように私を眺めていたユエは、何やら区切りがついたのか、僅かに気配を変えた。



「ねえ、あんた、本当はもっと強いよね」


「そう買いかぶられても困る」



 問いかけの形ですらなく向けられた言葉には、とりあえず否定を返す。

 あえて実力を抑えている面は確かにあるけど、純粋な戦闘技能だとシーファはユエには敵わない。

 正面切っての一対一且つ、対魔王くらいの心持ちで魔法乱用すればそりゃあ勝てるけど、代わりに一面荒野とかそんな感じになる。無関係な人々を大量虐殺する趣味はないし――そもそも私がこうも的確にユエの攻撃を無効化できるのは、戦闘技能がどうとか気配がどうとかいう理由じゃないので後ろめたいというか何というか。

 ……まあ、そんな事情なんてユエは知らないので、勘違いしても当然なんだけど。


 シーファの言った意味が分からない、と言わんばかりに無表情のままこてりと首を傾げたユエに、内心苦笑しつつ考える。


 多少のイレギュラー要素はありつつも、ユエに関しては『前』と大して代わりない関係を築けている……と思う。

 ユエが仲間になるタイミングはまだ先だけど、順当に行けばそれは揺らがない。

 ユエが暗殺(という名のちょっかい)をしに来るようになった時点で彼の仲間入りは確定したようなものだし。

 『試験』を妨害した当人であるシーファを暗殺するのが代替試験になったというのはユエ本人から聞いている。私を暗殺できればユエは名実ともに『暗殺者』にジョブチェンジできるというわけだ。ちなみに今現在は『暗器使い』である。

 ……ユエにとってに暗殺に不向きな私を試験対象にされると、つまりユエは真っ当な『暗殺者』になれないということになるんだけど、今までの『記憶』からしてそれは大した問題にならない。

 というのも、ユエ曰くの『師匠』はユエが『暗殺者』になってもならなくても、どっちでもいいスタンスのようだからだ。

 『暗殺者』の肩書きがなくても『暗殺』はできる。一応師匠と弟子という関係性だから独り立ちの試験を課したようだけど、既にユエは独り立ちしてるも同然になっている。

 何故なら『師匠』は、代替試験についてユエに告げてから行方知れずだからだ。

 「試験クリアしたら『暗殺者』名乗ってもいいよ、私引退するし」みたいな伝言だけ残っていたそうだ。いろんな意味でどうなんだろう。


 そんなふうにつらつらと考えていたら、ふとユエが何かに気づいたようにぴくりと反応して――またふっと姿を消した。……いつ見ても魔法じみた移動っぷりだ。



「シーファ、ここにいたのか」


「……レアルード」



 何かを感じ取ったのか、さりげなく周囲を確認するレアルードに、何もなかったかのような顔をして(とはいえ、未だシーファは無表情がデフォルトだったりする)歩み寄る。

 若干怪訝そうな素振りは見せつつも、ユエの痕跡は見つけられなかったらしいレアルードは「待たせてすまない」と軽く頭を下げた。



「いや、大して待っていないから謝らなくていい。むしろ早かったように思うが」



 防具屋でいくつか装備を新調したいとのことだったので、別行動することにして店の周囲をぶらぶらしていたのだ。いくつか、と言うからにはそれなりに時間がかかるだろうと思っていたのだけど、案外早かった。



「……それは、」

「……?」

「一応、目星はつけていたからな」



 何故か一瞬口ごもったレアルードが気にならないわけじゃなかったけど、とりあえずはここから離れるのが先だろう。

 ユエは基本的に自分がいた痕跡を残さないけど、何か気付くような要素がないとも限らない。武器とかはいつの間にか回収してるから大丈夫だと思うけど。


 歩み寄った流れのまま路地から出る方向へと誘導する。レアルードにとっては逆戻りだけど、どっちにしろまだ買い出しは続くのだ。通りに戻るのが自然といえる。


 どうして路地にいたのかとか聞かれたらどう答えるかは一応考えてたんだけど、どうやらその辺りはつっこまれずにすみそうだ。元々通りにいるよりもあえて人気のない路地にいた方が安全だからなんだろうけど。

 通りに居る時は気を付けないと悪目立ちして路地に引きずり込まれそうになるからなぁ……美形すぎるというのも考えものだと思う。



「その言い方だと、目的のものは全て買えたようだな。では、次の店に―ー」



 言いかけて、日の高さに気付いた。



「その前に、昼食か」



 ちょうどお昼時だった。私はどうしても食事が必要ってわけじゃないから意識が薄れがちだけど、レアルードは真っ当に人間なので、三食きちんと食べた方がいいに決まっている。

 ……そういえばここ一日三食が基本でよかったなぁ。これで一日二食が常識の世界だったら、いくらエルフだとしても食事に付き合う関係上、何となく違和感を抱いただろう。ついでに言えば、昼食の概念がない世界で『昼食』なんて言ったら「何言ってんだコイツ」的な視線で見られること請け合いだ。



「ああ、それならいい店を教えてもらった。シーファが良ければそこへ行かないか?」


「私は別に、どこでも構わないが」



 ゲテモノとか生理的に無理な食材さえ使われてなければ。

 味についてはどんなものでも食べるのに問題はないシーファでも、さすがに見た目からして口に入れたくないなぁ、という代物は御免だ。

 まあ流石にレアルードがそんなお店に案内するとは思ってないけど。



「そうか。――じゃあ、行こう」



 ふ、とレアルードが笑うのに、なんだかんだレアルードって美形だなぁ、目の保養だなぁ、なんて思いながら、連れ立ってお店に向かったのだった。

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