第32話 辿る『未来』は




 しばらくじっとシーファを見つめていたユエは、おもむろに口を開いた。



「あんたは、魔法使いだよね」


「ああ。見ての通りだが」



 質問というより確認に近いそれの意図がちょっと分からなくて戸惑う。これで武闘派だとかはないよねっていう見た目なんだけどな、シーファ……。それを言ったらユエもだけど。



「でも、僕の攻撃に気付けるし、避けられる」


「まあ、否定はしない」


「その理由を探ると面白いことになるかもしれないって師匠が言った」


「…………」



 ――予想はしてたけど、やっぱり。

 っていうか『師匠』、絶対半分くらいはノリで言ってるよね。なんか楽しんでるよね。



「今日は観察するだけのつもりだったけど、あんたが気付いたから」


「この異常な状態の森で、単独で行動する人物に気付いたら忠告くらいはしようと思うだろう」


「……忠告?」



 あんまり表情変わらないけど、怪訝そうな目で見られた。変人を見る目と言ってもいい。……ちょっと傷つく。



「――確証と呼べるほどのものはないが、この森は思っていたより危険らしい。一度会っただけとはいえ、危険な目に遭うかもしれない可能性を見過ごすことは出来ないというだけだ」


「ふうん……やっぱりあんた、変」



 ……だから、その台詞は君にだけは言われたくないんだって。常識欠如してて基本的にマイルールでしか動かないパーティ内随一の変人(予定)に変とか言われるの凹む。本気で凹む。



「……その評価は正直納得できないんだが、まあいい。とにかく、叶う限り早急に森から出ていってほしい。今日は観察するだけのつもりだったと君も言っただろう。不都合はないはずだ」



 シーファの言葉にユエはぱちりとひとつ瞬きをして。



「そう言われて、僕がそれを聞くと思ったの?」



 当たり前みたいな顔をして、そんなことを言った。


 うん、分かってた。逆に興味惹くよねって分かってた。でも引き返してもらえる可能性があるのが真正面からの説得だけなんだから仕方ない。

 放置してれば当然帰らないし、実力行使で帰すのもこの時点でのシーファじゃ無理だ。そりゃ、これまでの記憶からして、巻き込まれて重傷を負うとか死ぬとかいったことはないんだけど、今回もそうだとは限らない。のだと知っているから、彼の異変に気付けない状況はお断りしたい。


 そこまで考えて、その内容にひっかかりを覚える。同時にちらつく赤色の幻。初めて彼と会った時に見えたのと同じ、彼の瞳の色に酷似した――。



 身体に刻まれた陣が熱を持つ。唐突で不自然な頭痛が思考を散らす。息がつまって、ああこれじゃああの時の二の舞だと変に冷静な頭で判断する。


 一度だけ強く目を瞑って、半端にちらつく記憶ごと、思考を断ち切った。

 ……この一連の流れも、なんだか慣れてしまったような気がするのが悲しい。


 ユエには特に不審に思われなかったようなので、とりあえずよしとする。ポーカーフェイス万歳。



「聞いてもらえないのなら、それはそれでいい。私の杞憂であればそれが何よりだ」



 まあ、戦闘中とかでもユエの様子に気を割くことになるけど、それはシーファがちょっと大変なだけだし。口にしたとおり、取り越し苦労ならそれでいいのだ。

 どちらにしろ、シーファの自己満足でしかないのだから。


 なんて思いながら言えば、ユエはやっぱり理解できないものを見る目を向けてきた。



「…………」



 多分何かを言おうとしたんだろう――そういう空気が一瞬感じ取れたけど、結局ユエは何も言わなかった。


 くるりと私に背を向けて、ほんの少し――だけど彼の常を思えば明らかにおかしい間を置いて。


 瞬きの間に、姿を消した。



 ……あれ、なんか森から出て行ってくれるつもりっぽい?

 気配というかなんというか、大体の位置がつかめるから分かるけど、何やら人間離れした速度で森の外に向かってるユエに内心首を傾げる。

 しかしどうでもいいけど、本気出したレアルードとどっちが早いかなーっていうレベルなんだけど移動速度。ここ森だよね。そりゃユエはどっちかっていうと障害物がある場所の方が本領発揮だけども。


 一体何がユエをそうさせたのかは正直わからないけど、とりあえず助かった。

 どっちにしろここでユエと深く関わることは無いはずだし、これで安心して森の調査――もとい森の攻略ができる。


 ええと、記憶によれば、このあと森の奥に進んでいくと、この森に巣食った『魔族』の影響でモンスターっぽくなった植物とか動物に襲われて、さらにそれを撃退するとグレードアップしたモンスター(仮)と『魔族』が登場。

 モンスターはなんとかなるんだけど、『魔族』には苦戦。辛勝できることもあれば、一度撤退せざるを得ない時もある。ただし撤退の場合、『魔族』による結界もどきをどうにかしないといけなくて、ぶっちゃけこの段階だと無理やり壊すしかないけどそうすると『シーファ』もただではすまない、という。


 まあ、何事もトントン拍子で進むのはおかしいし、絶体絶命のピンチから撤退するのにリスクがないのは不自然だ。そこは仕方ないだろう。

 そもそもこうして道筋が大まかにでも定まってるのが不自然なのはおいておく。



 総合的に見て、今のパーティだと『魔族』を撃破できるか撤退になるかは半々といったところか。

 レアルードとタキは記憶にあるよりも何か戦い慣れしてるっぽい感じがするんだけど、パーティでの戦闘経験が『前』に比べると少ない。

 色々イレギュラーが起こって、パーティ組んでからの行動が減ってたのが響いてるんだろう。そもそも森の調査も依頼自体は早かったし。おかげで危うくパーティで取り組めないところだったしな……。


 あれ、今更だけどよく考えたらタキ一人だけで森の調査とか死亡フラグ?

 でも『魔族』がタキにちょっかいかけるかは微妙……いやでも『世界干渉力』所持で、もしかしたら魔法素養もあるかもなら確実にちょっかいかけられてたよね。でもタキが居なくなったりしたら『道筋』から外れすぎるから、そのへんは適当に修正かかったりしたのかな。



 まあとにかく、こうしていろいろ考えてても仕方ない。どうせその場にならなければ、どっちになるかは分からないのだし。


 気を取り直して、そろそろ話し合い(って言っていいのかな、あれ)も終わってるだろうレアルード達の元へ向かいながら、とりとめなく思う。




 ……本当は、この程度の『道筋』なら、確定できると知っている。

 だけどそれはしてはならないのだと、してしまえばそれこそが『未来』の敗北に――どうしようもない終わりに繋がると身を以て知っているから、結局何もできないのだ、シーファは。



 ああ、どうしてこの『世界』は。

 こんなにも、ままならない。

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