第48話 枕元にて





 レアルードは昏々と眠り続けた。


 日中はピアが傍についていたいというので任せていたけど、さすがに夜もそうさせるわけにはいかないのでご遠慮願った。

 ただでさえ私とレアルードが二人だけで依頼に向かったことで傾いていたピアの機嫌がますます傾いたけど、常識的に問題があるので仕方ない。


 というかレアルードどれくらいで目覚めるんだろう……。『記憶』を参考にしようにも、この段階――『聖剣』を使えるはずのない時期――にレアルードが『聖剣』を使った結果意識を失ったことはないので、予測がつかない。以前の『旅』では一昼夜が最長だったから、それくらいで目が覚めてくれるといいんだけど。


 ちなみにタキは用事があるとのことで酒場に行っている。大方、情報収集ついでに知り合いと会って来るとかそんな感じだろう。元々タキはそういう単独行動が多かった。


 つまり、この部屋にはシーファとレアルードだけだったりする。意識を失った理由が理由なので看病の仕様もないけど、だからって放っておくこともできず、とりあえずベッドの横で様子を眺めているのが今の状況だ。


 とはいえ本当にやれることはないので、ただ座っているだけだけど。


 ある意味では私のせいでこうなったわけなので、早いところどうにかしたい気持ちはあるんだけど……うーん、無力だ……。



 改めて眠るレアルードを見遣る。

 レアルードの寝顔は穏やかとは言えないけれど、険しくもない。これで苦しんでる様子とかだったりしたら今以上にオロオロと何もできないことを気に病むことになってただろうから(とはいえシーファなのでそこまで表面には出ないんだけど)よかった――なんて考えたのがいけなかったのかもしれない。



 急にレアルードの寝息が乱れた。眉間に皺が刻まれ、唇を噛みしめ、苦しそう――というか辛そう? どこがどうとは言えないけれど、『辛そう』というのが近いような表情になる。

 掛布から出た手が何かを探すようにさまようのに、咄嗟にその手を掴んだのはただの反射的な行動だった。だけど、結果的にそれは正解だったらしい。


 レアルードの表情がやわらいだ。それはいい。こっちとしてもほっとしたし。

 しかし、レアルード握力強いな……握り返された手がちょっと痛いレベルである。前衛職の筋力舐めてた。いや筋力の問題でもないかもしれないけど。



「…………シー、ファ……?」



 掠れた声で名前を呼ばれた。レアルードの目がうっすらと開いている。



「目が覚めたか」


「……よかった、無事で…………」


「レアルード?」


「――いて、いたから…………」



 なんか会話が成立してる気がしないと思ったら、レアルードの目は焦点が合ってなかった。まだ夢うつつの状態らしい。

 無事がどうとか言ってたけど、一体どんな夢(?)見てたんだろう。『迷宮(仮)』のあたりと記憶が混濁してるわけではなさそうだ。シーファ、どこからどう見ても無事だったはずだし。


 『聖剣』を使った結果眠りに落ちたレアルードが目覚める時は寝ぼけたりすることもなくしゃっきり起きていた(というか元々レアルードは寝起きがいい)という『前』の記憶があるので、これは多分ちゃんとした覚醒ではないのだろうと結論付けて、また眠りにつくまで刺激しないようにそっと見守ることにする。



「おかしいな………お前が泣いたことなんて、ないのに――」



 先ほど聞き取れなかった台詞は「泣いていたから」だったらしい。

 シーファがレアルードの前で泣いたことはない。というか誰の前でも泣いたことはない。そういう情動が備わってなかったり『繰り返し』の中すり減ったりしたせいではなく、元々そういう機能が無いのだ。

 笑うことはできるのになぁ、と思うけど、その『笑う』も、その表情の有用性を知ってそれらしいのを真似てたのがようやく自分シーファ自身のものになってきた、くらいのものだったので、そもそも『シーファ』はそういうものとして生まれてきたのだろう。

 エルフ自体に感情がないとかそれを表すことが必要なかったとかではないので、『最後のエルフの末裔』の役割的に不要だと判断されたのかもしれない。実際には、人間社会に関わる中で必要だったわけだけど。でもまぁ、最初の方とか考えるに、無くてもそこまで支障はきたしてなかったしな……。


 なんてつらつら考えてるうちに、レアルードはまた寝入ったようだった。とりあえず寝顔は健やかだったので安心する。

 しかし手は未だがっちりと握られている。

 あれ、このままだと私ここから離れられないんじゃ、と思ったものの、それで何か問題が発生するかといったら否だ。とりあえず夜の間――というかタキが帰って来るまでは、だけど。

 よくわからないけどよくない夢を見てたみたいだし、手を握るくらいで安眠できるならいいかな――と一瞬考えて、いやよくないと思い返した。


 一応シーファは対外的には男で通しているのだ。そしてレアルードは言わずもがな男。

 それなりの年齢の男と男が、手を握り合っている図を客観的に考える。


 ……ない、な。うん、ない。

 いくらシーファが中性的な美貌でレアルードが十人中十人が認める男前だったとしても、ちょっとどうかと思う。というか第三者が見たらこう……訝しむ程度の反応で終わってもらえる気がしない。

 せめてシーファじゃなくてピアだったら絵になったのに。


 それに『シーファ』としての行動としても微妙だ。まぁ、一方的に握られたならあり得なくはないけど(基本『シーファ』は害にならない行動はスルーするのでこういう状況にならないとは言えない)、そもそも傍についてること自体よく考えたら微妙なところだった。今更だけど。


 というわけで、そうっと手を引っこ抜くことにする。

 『聖剣』を使用したことによる眠りの間は何をしても起きなかったという『記憶』があるけど、経緯や状況が違うし、さっき中途覚醒したからにはまた目が覚めることも考えられる。起こしたいわけじゃないので慎重に、慎重に……。



 そうしてがっちり握ってくるレアルードの手と格闘し、その末に穏便に引き抜くのは無理だと悟った時点で、帰ってきたタキに微妙に物言いたげな目で見られるのは確実だった――――けど、そういう目で見られたかったわけではもちろんなかった。


 だから、いっそ突っ込んでくれれば弁解のしようもあるのになんでタキは勝手に納得した素振りを見せるの……! と八つ当たりじみた気持ちになったのも仕方のないことだと思う。

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