第36話 帰路





「……何というか、まー、無事でよかった、な?」



 腑に落ちない、という表情をしながらもタキが言って。



「これで依頼については達成でいいんだろう。森を出よう。シーファを看てもらわないと」



 どことなく焦ったようなレアルードが急かして。



「ごめんなさい、待って、休、憩……っ」



 息を切らしたピアが続く。



「……レアルード。私よりもピアを抱えてやった方がいいと思うんだが」



 言外に降ろしてくれと何度目かの訴えを口にして、そして即座に「駄目だ」と簡潔に却下されたシーファは――つまるところレアルードに抱えられていた。



 ……うん、すごく、デジャヴです。






 体内の『魔』を根こそぎ抜き出した『闇の人シス・ディエッダ』は「こんなものか」と独りごちたかと思うと、足腰立たないシーファを地面に下ろしてさっさといなくなってしまった。同時にレアルード達の静止状態が解かれたのは良かったのか悪かったのか――正直、今の状況からして『悪かった』ような気がする。せめて自力で立ち上がれるようになるまでタイムラグがあればよかったのにと思ってやまない。


 何でかって、レアルードのいつぞやの過保護が再来しそうな予感がひしひしとするからだ。

 信頼というか信用というか平静というか……そういうのを完全に取り戻したとは言い難い感じだったのに、これちょっとマズいんじゃないだろうか……。でも、現状どうしようもないので後回しにせざるを得ない。

 とりあえず二度目だけど相変わらず精神にクリティカルヒットなお姫様抱っこ状態から早急に脱したいんだけど、前述のとおり聞く耳持ってもらえないのがつらい。本気で。


 せめて、既に限界ギリギリっぽいピアを気遣ってもらえるようにと言葉を尽くしたところ、タキのそれとない援護もあって何とか休憩を挟んでもらうことに成功した。

 これで少しはピアも回復できるだろう。戦闘でだいぶ消耗してたところに、休みなしで森を抜けようとかしたら、レアルードとかタキとかその辺はともかくピアは倒れかねない。


 一応レアルードも、前回とは違って速度をかなり落としてはいたけど、それはレアルードの基準で、であって、ピアには全力疾走とあんまり変わらなくなってたし……。



 小休憩の場として選ばれた、広さはそんなにない平地で、傍から離れる素振りのないレアルードに気付かれないように小さく溜息をつく。


 イレギュラーは小さいのから大きいのまで盛り沢山だし、シーファの知らないジアスと『闇の人シス・ディエッダ』の会話のこともあるし、考えるべきことは山のようにあるはずなんだけど、ちょっと今は考える気力がない。さすがに許容量オーバだ。


 ……いやいや、こうやって『まあ何とかなるよね多分』って後回しにしてたからこんなにイレギュラーが大量生産されてる可能性もある。一つの歯車のズレが他の大小様々な歯車に影響を及ぼすみたいに。

 いい加減ちょっと状況を整理してみたほうがいいかもしれない。――確実に街に戻るまで続けられるだろうお姫様だっこからの逃避じゃない。無いったらない。



 とりあえず、この森を支配していた魔族を『闇の人シス・ディエッダ』が倒してしまったことが当面一番の問題だというのは明らかだ。


 この世界で魔に纏わるモノを倒すと、経験値――とまであからさまなものではないけど、戦闘に関わった人に影響が現れる。

 わかりやすいところだと『魔』に対する耐性がついていくし、わかりにくいところだと精神力みたいなものが向上する。

 前者は『魔』に纏わるモノに対峙すればすぐ実感できるからわかりやすくて、後者は当事者には『戦いに慣れてきたような気がする』程度の感覚しか及ぼさないのでわかりにくい。わかりやすくてもわかりにくくても、その影響が『旅』に有利に働くのには変わりない。


 そういう、倒すことで得られるはずだったいろんなメリットが丸々失われたのは痛い。

 例によって例のごとく、シーファはそれでも問題はないけど――あと多分タキもそこまで影響はないけど――レアルードとピアに関しては、ここで『魔』への耐性を跳ね上げられなかったのは結構痛い。

 ここでの『魔族』との戦いは、どうあがいてもかなり苦しいものになる代わり、リターンも大きかった。特に『魔』への耐性っていうのは、『魔族』と戦った場合と『魔』に侵蝕されて変異したものと戦った場合とでは、向上の仕方に天と地ほどの差があるのだ。……まあその成り立ちを考えれば当然なんだけど。


 ちなみに『魔王の眷属』の場合は一概には言えないけど、やっぱり『魔族』に比べると影響具合はかなり劣る。こっちも成り立ちを考えれば――納得できてしまうのが複雑なところなんだけど。


 まあ、過ぎてしまったことはどうしようもないので、これに関しては『記憶』と『知識』と、あとは『教会』の情報網を利用して、地道に『魔』への耐性を上げていくしかないだろう。他に得られるはずだった経験値(仮)については、そのついでで十分だろうし――とかつらつら考えてたんだけど。



「………………」


「…………何だ、レアルード」



 うっかり思考に没頭しすぎていたらしい。気遣わしげ――というには強すぎる視線がぐさぐさ刺さってきて、仕方なく思考を中断した。というか流石にそんな視線を向けられながら平然と考え事に集中はできない。

 とりあえず言いたいことがあるなら言って欲しいとの思いを込めて促してみたんだけど、レアルードは一瞬迷うような間を置いて、「……いや、」と目を伏せた。


 ……煮え切らない。

 『記憶』にある『今回』のレアルードが元々こういう性格だったということはないので、『旅』に出てからのレアルードがおかしいということになる。困ったことに原因は不明だけど。


 何かシーファに言いたいことがある素振りを見せては、それを飲み込む。……何に躊躇いを覚えているのかが分からないと、こちらとしても何をどうしようもない。

 それがレアルード自身の問題なのか、それともシーファ側の問題なのか。せめてそこが分かればなぁ……。



「――無言で顔突き合わせてどうしたよ?」



 傍目からは大分奇妙な状態だっただろう私達に、首を傾げながら声をかけてきたのはタキだった。



「別に、どうしたということもない。――ピアの様子はどうだ」


「んー……まー、あとちょっと休めば森出て街に着くくらいまではもつだろ。っつーか人の心配するより自分のこと考えた方がいいだろ、アンタは」



 その言葉が単純に体調のことだけを示しているのではないことは、その意味ありげな視線で分かったけれど、あえてそこには触れないことにした。少なくとも、この場で口にするのは適切じゃない。



「体調の方はもう問題ない」


「お前のそれは信用できない」



 即答だった。

 当たり障りのない言葉選びを心がけたのが一瞬で無に帰してちょっと遠い目になる。

 というか一応今のってタキに向けて言ったんだけどな……そこまで聞き過ごせない内容だったんだろうか、レアルードにとっては。まあそうじゃないとお姫様抱っこなんていう凶行には及ばないだろうけど。



「そこはオレもレアルードに賛成だな。アンタちょっと自分に無頓着すぎる感じするし」



 にっこり笑ったタキに追い討ちをかけられた気分で、私は心中で溜息をついた。

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