第44話 『迷宮(仮)』・2




 無事レアルードの了承も得て、ところどころのトラップ解除をさせてもらうことになった。『記憶』とのすり合わせというか、勘を取り戻したかったので複数挑戦してみたわけだけど、どれもこれもあっさり解除できてしまって拍子抜けする。……いや、シーファの積み重ねを考えたら当然なんだけど。

 なので、失敗して罠が発動したときに備えて一応待機してくれてるレアルードを、ただ待たせるだけになっていてちょっと申し訳ないような気がしなくもない。


 で、でも普通罠のある『迷宮』だったらこういうものだし……! 解除スキルある人が解除しながら進むのが普通だし、申し訳なくなる必要はない、はず……!


 けど、そろそろコツも掴めてきた――もとい、勘も戻ってきたっぽいから、この罠の解除終わったら、またサクサク(力押しで)進む方法に戻ってもいいかもしれない。


 なんてぼんやり考えつつ、淡々と罠を解除していたんだけど。



「……シーファは、」



 ぽつり、とレアルードが言った。

 今までずっと黙って作業を眺めるだけだったのにどうしたんだろう。流石に暇すぎて黙ってられなくなったんだろうか。


 内心首を傾げつつ、続く言葉を待つ。一応手元は止めて、軽く背後を振り返った。

 聞こえなかったのでも無視してるわけでもないよ、という意思表示だ。



「シーファは、何でもできるな」



 …………。

 ……いきなり何事だろう。脈絡がな……くもないのか。危うげなく罠を解除するシーファを見ての感想、なんだろうけど。



「そんなことはない」



 とりあえずさくっと否定しておく。率直な感想だとして、そこに含みも何もないとしても、それはちょっとスルーできない。スルーしちゃうと必然的にナルシスト的なことになるとかそういうのは別にして。



「何でも、はできない」



 重ねて言い置く。

 積み重ねた、繰り返した分だけ、シーファにできることは多いけれど、それでも当然できないことは多々ある。『何でもできる』ようになれればよかったけど、現実としてパーティ内の人間関係すら上手い具合にいってないんだから、むしろダメダメだよね……。


 けれど、レアルードはどうもそうは思わなかったらしい。



「……でも、旅をするなら、シーファだけの方がよかったんじゃないのか」



 流石に予想外の言葉すぎて目を瞬いた。……なんでそんな結論に? ちょっと理解できない。

 というか、そもそもシーファが旅に出るのはレアルードの付き添いというかそういう感じでなので、一人で旅をするという選択肢はないし、そういう流れにもなりようがない。


 ――一人で旅ができるのなら、だってそうしたかったけれど、できないものはできないのだ。そういうふうに古のエルフたちが仕掛けをしたのだし、そういうふうにいるのだから。



「そもそも、私は一人で旅に出ることを考えたことはない。今回だって、君が旅に出るから、一緒に出てきただけだ」



 いったいどういう思考回路を経てこんなことを言い出したかは謎だけど、ひとまず率直な事実を伝える。

 ……言ってから思ったけど、この言い方微妙だな。レアルードに誘われたっていう流れはあったけど、元々シーファは誘われなくてもついていくつもりだったし。



「――……そう、だったな」



 レアルードは頷いて、それきり黙り込んでしまった。


 ……じ、地味に気まずい……!

 レアルードの真意は分からないにしろ、なんか思うところがあったみたいだしな……。もうちょっとフォローのしようがあったかもしれない。


 というかこういう機会でもないとゆっくり話せないんだし、ちょっと突っ込んでもよかったんじゃ?

 ピアもタキもいなくて横槍入る可能性ゼロってそうそう無いし。


 よし、『シーファ』としておかしくない程度にちょっとフォロー兼探りを入れてみようかな。この流れならいける、気がする。



「その、……少し気になっていたんだが」


「……? なんだ?」



 若干歯切れの悪い切り出しになってしまったけど、まあ許容範囲だろう。不自然にならない程度の間しか置けないので急いで思考をまとめて口を開く。



「村を出てから、君は少し私に気を遣いすぎていると思う。もし、旅に誘ったことを負い目に感じてのことなら見当違いだ。旅に出ることを決めたのは私自身だし、巻き込んだふうに考えているのなら認識を改めてもらいたい」



 旅が始まってからこっち、体調不良もどきに始まり、負傷の度合いがダントツなのが私シーファになっちゃってるから、変に気にされてるんじゃないかと思うんだよね。度を越しすぎな過保護っぷりの一端はそこから来てるような気がする。守る対象枠に寄りつつあるっていうか……。元々見た目がアレな上、出来事が積み重なった結果、虚弱じゃないけど虚弱扱いされてる感もあるし。


 そういう諸々を込めて言うと、レアルードは思ってもみなかったことを言われたみたいに目を瞠った。



「そんなつもりは――」



 焦りを含んで紡がれた否定は、けれど途中で不自然に途切れ、少しの間を置いて「……そうかもしれない」と覆された。



「旅に誘ったこと自体を、負い目に思っているわけじゃない。けど、お前を気にしすぎてるのは自覚してるし――お前は旅に出ない方が良かったんじゃないかとは、思う」



 自覚あったんだなぁ……ないはずないか、とか思いつつ、そこについてはうかつに突っ込めないので、とりあえず後半について言及することにする。自覚があってアレっていうのに突っ込めるほどの材料はない。



「その、……前半については、君の意識の問題だからひとまず置いておくが。私が旅に出ない方が良かった、などというのは、所謂余計なお世話というやつだろう。そもそも、多少体調が悪いのが続いたり、負傷したりしただけでそう思われるというのも、君の中での私の立ち位置というのを再考する必要性を覚えるんだが」



 『シーファ』としては饒舌気味かなとは思うけど、ここはちょっと言葉を尽くさないとならない場面のような気がするので多少は仕方ない。



「そうじゃない、シーファ。……いや、体調や怪我のことも確かにあるが、そうじゃなくて」



 レアルードは、そこで少しだけ言うか言うまいか迷うような仕草をした。


 体調とか怪我以外で何かあったっけ……? 村にいた方がシーファが幸せそうだとかっていうのは無いはずしなぁ……(それもどうかと思うけど)。旅に出るよりは村にいた方が平穏といえば平穏だけど、別にシーファが平穏を愛する言動をしていたわけでもないし、この線は薄いだろう。かと言って他に何があるかは思いつかないんだけど。


 考えているうちに、レアルードは腹を決めたらしい。外されていた視線が戻って、真剣な色を宿した碧眼とかち合う。



「この道行が、あまりお前にいいものになるような気がしなくて、――……その、根拠は、ないんだが」



 ……。

 …………。

 この思わせぶりな流れで、それはどうなんだろう……。

 ギリギリ表には出さなかったけど、ちょっと拍子抜けしたというかなんというか。


 い、いや、でもレアルードって『勇者』だもんな……。『前』の記憶からするに、レアルードの勘って侮れないし。勇者補正なのかどうかはよく分からないけど、直感とか閃きが優れてるのは確かだ。

 そういう方面から、シーファのめんどくさいあれこれについてなんとなーく勘付いて――はないと思うけど(本人も根拠はないって言ってるし)、よろしくない気配は察知しちゃってるのかな。

 思い返す限り、この時期にこういうこと言われたことないんだけど、そこはタイミングの問題と考えればありえない台詞ではない、かな。うん。



「夢のこともあるから、余計に気になってしまうんだろうな……」



 ぽつりと落ちた呟きは微かで独り言めいていて、気になりはしたものの、内容的にうかつにつつくこともできない。

 以前言われた、シーファとレアルードの共通認識になっているらしい『例の夢』とやらことなのか、そうじゃないのか。

 未だ『例の夢』の詳細が不明なままだし、不自然な受け答えをしてしまいかねないから追及はできない。


 これ以上話を続けるのも『シーファ』としては微妙なラインだし……ここまで、かな。

 切り上げ時だと判断して、トラップ解除に戻る方向に会話を持って行くことにする。


 今やってるのの解除終わらせたら、あとはもう『迷宮(仮)』攻略に向けてさくさく進もうそうしよう。この『迷宮(仮)』、人造だからわりと簡易だけど、彷徨おうと思えば一日二日余裕で彷徨える規模だったはずだから、早く攻略するに越したことはないよね。

 あとピアに余計な隔意を抱かれないためにもさっさと帰った方が身のためだろうし。……二人だけで依頼に向かった時点でアウトかもしれないというのは考えないことにしよう……。


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