第46話 『迷宮(仮)』の後で




 最奥の部屋に辿り着いてからの、依頼人との顔合わせは滞りなく終わった。 ――否、滞りなく、というのは語弊があるかもしれない。報酬に関してのやりとりはスムーズに終わったけれど、レアルードの罠攻略(力押し)の腕にいたく感銘を受けたらしい依頼人のテンションがすごいことになっていた。ついでにラスボス的生き物の撃破に関して一部始終見ていたらしく、『聖剣』に興味津々だった。

 なし崩し的に、シーファ達が『魔王』を倒すための旅をしていることを教えたら、『前』の旅よりちょっと協力的な感じが増したので、結果オーライといえばそうなんだけど。……まあでもこの依頼人、元々ものすごくちょろいからな……話が通しやすくなったくらいの変化くらいかな……。



 ともあれ、依頼人とのあれこれは何事もなく終わった。――何事もなくは無かったのは、レアルードに関してだ。


 とはいえ、過保護再来とかそういう方面のアレじゃない。もっと単純な問題というか何というか。



「大丈夫か、レアルード」


「……だい、じょうぶ……だ」


「――既に呂律が怪しいようだが、本当に宿まで歩いて行けるのか。君を担ぐのは体格的に無理だとしても、肩を貸すくらいならできるが」



 そう、『聖剣』を使ったことによる、レアルードへの影響である。


 シーファは『聖剣』使用者でも所有者でもないけれど、『前』の記憶があるので、どういう原因で、どういう状態にあるかは理解できる。

 『聖剣』は使い手を選ぶもので、その『聖剣』がレアルードを選ぶのも既定された物事のうちだ。本来なら、まだレアルードは『聖剣』を扱えないはずだったのだけど、何故か暴走することもなく扱えた――その理由は後々考えることにする。今は宿まで辿り着くのが先決なので。


 というのも、『聖剣』使用には精神力的なもの使うらしい。ゲームとかでいうMPのようなものだろう。魔力とはまた違うものらしいが、詳しいところは『シーファ』もわかっているわけではないようだった。

 とりあえず、消費されるとものすごく眠くなる――と言ってしまうと何だかなぁな感じだけど、要は問答無用の疲労感みたいなものが襲ってくるらしいのだ。ちなみにこれは、『前』のレアルードの言である。

 つまり、今、レアルードはとんでもない眠気と戦っているということになる。この感じからすると、かなりギリギリのところまで精神力を消耗した状態に近いんだろう。『前』の旅での『聖剣』を使った後のレアルードの様子を思い出して、そう判断する。


 そして、そんなレアルードが、いつも通り危うげなく歩けるかと言ったら、そんなことはないわけで。

 結果、ふらふらと頼りなげで危うげな足取りで宿に向かうレアルード、というのが出来上がっているわけである。



「ひつよう、ない」



 見てられなくて、『シーファ』でもこれくらい言うだろうと口にした『肩を貸す』案もばっさり断られた。発音がだいぶ危ういところがますます不安を煽って来るものの、断られてしまってはシーファにはもうどうしようもない。


 正直とっても危なっかしいので、肩にでも寄りかかるなりどこか掴むなりしてほしいのが本音なんだけど、レアルードはなんで拒否するんだろう。前衛職としてのプライド云々とかそんな感じなんだろうか。


 でもふらつくのを見てる方ははらはらするので強引にでも寄りかからせたいくらいだ――って、なんか微妙に既視感……。

 あ、そうか、旅に出たばかりの時の、傍目からは不調そのもののシーファを見てたレアルードもこんな気持ちだったのかもしれない。

 そりゃあ心配で目を離せないだろうし度々声かけちゃうだろう。今はシーファのキャラじゃないからわりとドライなくらいの対応になってるけど、心情的にはわかる。わかるけどあの時はやっぱり放っておいてほしかったな……。



 ともかく、レアルードの方がシーファが手を貸すのを拒否する以上、無事に宿に辿り着けるような方法を他に考えないとならないんだけど、『聖剣』の影響に関しては『魔法』でどうにかするってことができないので、ぶっちゃけ打つ手がない。物理的に手を貸すしかなかったのにそれができないのだから当然である。


 まあ、流石に意識を失うとか倒れるとかする前に頼ってくれるよね、……頼ってくれると信じたい。



「――シーファ」


「なんだ」



 とか考えてたら名前を呼ばれた。なんだろう、やっぱり気が変わって肩を借りてくれる気になったんだろうか。

 そう思いながら見上げたレアルードの目は、ぼんやりと焦点が合ってなかった。……え、これ大丈夫なやつ? 意識半分くらいどっか行ってない?


 内心おろおろ、外面はいつもどおり鉄壁の無表情のまま、レアルードの出方を待つ。

 レアルードはふらふらと視線を彷徨わせて、相変わらず焦点の合ってなさげな目で『シーファ』を捉えた。……この近さで視線合わないの、だいぶ怖い。



「……いる、よな。おまえは、ここに」



 …………。

 こ、これはどういう意図の言葉なんだろう。脈絡がないどころの話じゃなさすぎて反応に困る。

 『聖剣』の影響で意識まで混濁してるんだろうか。それすごくやばくないか。


 とりあえずなんかこう、寝ぼけてるみたいな状態だと思おう、うん。そうでも思わないと対応の仕様もない。



「ああ」



 はっきり頷くと、レアルードはなんだかほっとしたみたいに目元を緩めた。

 しかし相変わらず焦点は合ってない。こわい。



「ときどき、……どちらが――か、わからなく、なる」


「……?」



 ぽつりと落とされた言葉は、不明瞭で聞き取れなかった。聞かせるつもりの言葉じゃないのか、意識がちょっとどっかに行っちゃってるっぽいからなのか。

 一応聞き返そうかと口を開いた瞬間――レアルードの体が大きく傾いだ。



「……っ!」



 咄嗟にレアルードの下に身体を滑り込ませて倒れるのは防いだものの、予想以上の重さに危機感を覚える。

 レアルード、完全に意識失ってるよねこれ。潰されはしないけど体勢を立て直すのも難しいところだ。

 シーファは一応性別男で通せるくらいには身長あるけど、ガタイがいいわけじゃない。ついでに非力とまではいかないけど、見た目より力があるわけでもない。つまり、支えるので精一杯だ。


 えーと、えーと、なんかこういうときに使える『魔法』……!


 若干状況に混乱気味の思考を宥めつつ考えて、――自分に身体強化の魔法を、レアルードに重力軽減の魔法をかけることを思いつくのと、虫の知らせ的勘の良さで近くまで来ていたタキがシーファたちを見つけるのは、幸か不幸かほぼ同時で。

 シーファたちの状況を見たタキの第一声が「……なにしてんの?」という心底不思議そうなものだったのは、できれば忘れたいところである。

 結果的にタキにレアルードを運んでもらって無事に宿に着けたので、もうなんでもいいよ、うん……。

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