第34話 異分子
「ここまで足を踏み入れた人間を、しかもずいぶんと面白い素養を持っている人間を、まさか見逃すわけがないじゃないか。とうにキミ達は檻の中だよ? 気付いてないだなんてそんなことはないだろう――ねぇ、『魔法使い』?」
向けられた視線に含まれた声無き言葉が何を示すか、分かったのは多分私だけだっただろう。
(そうか、『今回』は知っているのか)
――だったら、多少の痛手を被るのは覚悟しておくべきか。
「この森の大部分がそちらの手の内であることならば、気付いている。だが、出ることが不可能というわけじゃないだろう」
「それは宣戦布告ということかな、『魔法使い』」
「事実を言ったまでだ」
返した言葉に、愉しげに瞳を細められる。それを見たくなくて視線を逸らせば、図ったようなタイミングでタキが肩を引いてきた。僅かに焦ったような、それでもひそめられた声が耳元をくすぐる。
「おい、シーファ、挑発してる場合か!? アイツ、間違いなくヤバイだろうが」
ああ、うん。焦る気持ちは分からないでもない。前知識がなくても、目の前の存在から溢れ出る禍々しい『魔』の気配は感じ取れるだろう。『魔族』という存在に今まで触れたことがなければ尚更、それは脅威として映る。
「そうだな、危険な存在であることは間違いない。――彼は『魔族』だ」
「……ッ!」
告げれば、タキは息を呑む。レアルードもより緊張を高めた。
粗方察していただろうけれど、確定したとなればまた違うのだろう。
相手がまだ行動を起こさないのを確認しながら、脳裏に魔法陣を浮かべる。初撃を防がなければ、私達に活路はない。『シーファ』の支援があってこそ、この序盤で『魔族』とやりあうことが可能になるのだ。
勇者として成長したあとのレアルードとかもうちょっと経験を積んだタキとかならともかく、普通の人間であれば嬲り殺しにされるのが関の山だ。
まあ、この目の前の彼はそういうのを好まない方だから、せいぜい玩具扱いの末に『使える』部分だけ吸収されて殺される程度だけど。……あれ、嬲り殺しの方がマシかも? いや似たようなものか。
考えつつ、タキに目線で立ち位置をずらすように訴える。近すぎてこのままじゃ立ち回れないし(まあいざ戦闘に入りそうになったら即座に移動するつもりだったんだろうけど)、私もちょっと移動したかった。
意図を汲んでタキが立ち位置を変えてくれたのを把握して(やっといてなんだけど、アイコンタクト成功すると思わなかった。タキの洞察力すごい)、レアルードの方へ移動する。
警戒態勢のままこちらを気遣うような気配を見せたレアルードに、先のタキのように声を潜めて囁く。
「レアルード。初撃は必ず防ぐが、その後は保障できない。ピアを頼む」
「……お前は大丈夫なのか」
「私は『魔法使い』だ。『魔』への耐性そのものはこの中の誰よりもある」
だから大丈夫だ、と伝えたつもりだったんだけど、レアルードは何故かあからさまに険しい顔になった。
警戒態勢なのも相まってぶっちゃけ怖い。ほら身長差とかあるし威圧感が……。
とか内心引け腰になりつつ、なんでそんな表情をするのか訊こうと再度口を開いた瞬間。
「――さて、そろそろ仕掛けてもよいのかな?」
疑問の体で――だけど明らかに答えなんて求めてない言葉(宣戦布告)を放って、『魔族』たる彼は『小手調べ』を仕掛けてきた。
それは彼にとってのみ『小手調べ』であって、このパーティメンバーにしてみれば瀕死一歩手前くらいには十分の威力を持っているのだと知っている。
だから私は、それを防ぎきることが可能なのだ。
『呪』も紡ぐ間すらなく顕現させた魔法陣が――それが為した結界が他の皆を護る役目を果たしていることを確認して、内心ほっとする。防げることは確信していても、心臓に悪いことには違いない。
じわりじわりと締め付けられるような痛みが自身を苛むのを自覚する。偏頭痛に近いような気もするけどもちろん違う。というか理由は明白だ。
「おや、防ぎきるとは。口だけではないようで何よりだ、『魔法使い』」
「そう言われるような大言を口にした覚えはないが」
そんな会話をする間も、防御のための結界が不可視の圧力に軋む。それと同じだけ、痛みの強さも増す。
……ああ、本当に、どうしようもない。
「それよりも、随分顔色が悪いようだ。無理せず――抗うのを止めてくれても構わないのだよ?」
「そんな提案に乗るはずがないだろう」
反射で言葉を返しながら、確信する。……やっぱり今回の彼は、私という存在について知っている。
『シーファ・イザン』という存在が、絶えたはずのエルフの末裔であること――それから、何のために一人残され、今こうして旅をしているのか、を。
それは間違いなく『魔王』が為したことで。
規則性のない『知っている』彼と『知らない』彼に戸惑ったのも、もう遠い昔のことだ。
一番最初は、もちろん知らなかった。だって、『魔王』も知らなかったから。確証を得たのは、多分最後の戦いの時だったはずだ。
その次は、知っていた。ただでさえ『二度目』の旅に混乱していたシーファが、目の前が真っ暗になるような絶望を覚えたのが記憶にある。
その次も知っていた。その次は知らなかった。その次は知っていて、次の三回は知らなかった。六回連続で『知っている』彼と出会った後、シーファは彼が知っていても知らなくても、どちらでも同じことだと思うようになった。
彼と戦うという出来事は、ただの通過点――倒すことは変わりないのだから、と。
(――そう。だから、)
可能な選択肢と、その先の道筋を頭の中で並べ立てて。
『不自然でない』流れを選ぶのだって、造作無い。
結界が壊れる予兆を感じた瞬間に、二つ目の魔法陣を顕現させる。空間が揺らぐような感覚と同時、あちら側に異形が出現したのを確認する。
発した声は、内心の平静からかけ離れて、随分と切羽詰って聞こえた。
「レアルード、聖剣を抜け!」
「なっ、……聖剣をか!?」
「本来の力は出せないと言えど、それは『魔』の天敵だ。牽制に使える!」
「ッ、分かった!」
視界の隅で聖剣の輝きを認めて、次の手を考える前に口に出す。
「タキ、レアルードの補助を! レアルードは両手剣使いだ、君のように双剣で戦えない」
「了解。……ついでにピアの補助も、だろ」
「分かってもらえているなら説明する手間が省けて助かる。頼んだ」
「まともにやり合うつもり――じゃねぇんだろ? 成功率は?」
撤退するつもりなのを察したらしいタキに、意識して浮かべた笑みを向ける。
「百にするさ。でなければ選ばない」
「心強いこった――そっちは頼んだ!」
言葉とともに立ち位置を変えたタキを確認して、三つ目の魔法陣を顕現させる。――『今』で許される、ギリギリの拘束魔法。
「悪いが、少しだけ不自由な思いをしてもらう。大人しくしていてもらおう」
「構わないけれど――気づいていないのかい、『魔法使い』」
「……?」
不可解な言葉。思わず目線を合わせてしまった『魔族』は、不可視の鎖に囚われているというのに、やっぱり愉しそうな顔をしていた。
「気づいていないのならそれはそれで、とても面白い――気づいた時のキミがどのような顔をするのか、興味がある」
「……何を、言っている」
「それを見ることができないのが、残念だ」
「だから、何を――」
自分の分からないことを、知ったように口にされる苛立ち。重ねようとした問いかけは、形になる前に宙に消えた。
――『魔族』を、背後から貫いた、人物によって。
どうして。
……どうして、あなたが、ここにいる。
常では背に負っている大剣を、軽々と片手で扱って。
串刺しにした『魔族』を、振り捨てるように地面に落としたその人は。
「――『
ここでは絶対に会うはずがないと、ましてや手なんて貸すはずがないと、――少なくとも『記憶』の中ではそうであった、人だった。
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