第39話 レームの町での日々・2






 レアルードが案内してくれたお店の食事は美味しかった。シーファが食べ物を食べるのは、実のところ味を楽しむ以外の理由はあってないようなものなので、美味しい食事というのはとても嬉しい。エルフだかららしいんだけど、ご飯を食べることでの満腹感とか幸福感が得られないのだ。うまく言えないんだけど、とりあえず食べたり飲んだりすることでの幸せは半減どころじゃない。美味しいか美味しくないかとかは判断できるくらいの味覚があってよかった。これで何食べても同じ感覚しかしないとかだったらさすがにやってられない気分になったと思う。


 そんなこんなでのんびり食事を終えて、買い物を再開した……のはよかったんだけど。



「おにーさん、かっこいいね! ここらじゃ見ない顔だけど、旅の人? どこから来たのー?」



 ちょっと薬草専門の店を覗くために離れただけだった。すぐに目的のものがあるかは確認できたので、実際離れてた時間っていうのはそんなにないはずだ。

 だというのに、レアルードが目の前でナンパされているのはどうしたことだろう。


 ……いやナンパと決め付けるのは早い。ちょっと世間話してる可能性もある。初対面だとしたらハードル高いんじゃないかと思うくらいの近付き具合なのはとりあえず目を瞑るとして。


 ええー……これ声かけるの? かけなきゃダメなの? モーションかけてます!な雰囲気の中空気読まずに割り込むべきなの?

 ……まあでも一応連れだもんなシーファ……置いていくわけにもいかないしな……。


 ちょっと気が進まないながらも声をかけることにして、近付く。



「シーファ!」

「レアルード!」



 ……こちらが声をかける前に、レアルードが気付いた。

 そしてその呼び声に重なるように、聞き覚えのある声も。



「……ピア?」



 レアルードが軽く目を瞠って呟いたのが耳に入る。

 そう、その声の主はピアだった。駆け寄ってくる姿は待ち合わせていた恋人の元に走り寄る女の子さながらだ――とかいうふうに見えるのは、私がピアからレアルードへの矢印を日々痛感しているせいだろうか。


 目の前で可愛い二人の女の子によるレアルードの取り合いじみたものが繰り広げられるのを見ながら、ちょっと遠い目になった。


 レアルードは、どこからどう見ても西洋風美形だ。だから、こういう風景を見ることは珍しいことじゃない。

 なんというか、王子様……じゃないな、騎士っぽい雰囲気があるのだ、レアルードは。『私』の知識の上でだけど。つまりは高貴そうな顔立ちっていえばいいだろうか。その辺の有象無象にはない魅力があると思う。でも近寄りがたいわけじゃなく、気さくそうな感じがするのでよく声をかけられる。

 ちなみにこれがタキだと、気安いけれどどこかミステリアスな雰囲気、となる。危険な男っぽい感じだろうか。

 ……シーファ? 近づきがたい美貌ってところだろう。しかも女の子には敬遠されて何故か男を引っ掛ける系だ。


 ともかく、レアルードはモテる。初見さんでもちょっと声かけてみちゃおうかなーってなる程度には外見だけでも魅力的だ。まあ、それはパーティメンバーみんなそうかもしれないけど。それぞれタイプは違えど整った顔をしてるし。


 そしてこういう状況に陥った時、私のとる行動は二つに一つ。

 合流するか、そっと姿を消すかだ。


 しかし今回においては、レアルードに既に気付かれているので後者はちょっと選びづらい。だってそれってつまり見捨てるようなものだし。

 かと言って普通にあの中に割り込むのもなあ……ナンパ(仮)してた女の子はともかく、ピアがどういう反応するかはなんとなくわかるので躊躇してしまう。


 なんて思案している間に、ナンパ(仮)してた女の子が離れていった。もともとの知り合いが現れてしまったのなら分が悪いと思ったんだろう。

 ……あれ、よく考えるとさらに割り込みにくくなってしまったような。



「すまない、シーファ」



 さてどうしたものか、と考えてたら、レアルードがピアを引き連れてこっちに来てしまった。

 ……うん、気持ちはわかってるからそんな邪魔者を見るような目で見ないでくれないかな、ピア。一応元々の同行者は私だからさ……。


 最近はもう、如何にしてピアを刺激しないかという方向で付き合い方を考えるしかないかと諦めつつある。明らかなライバル視にどうしてこうなった、って気分ではあるんだけど、仕方ないのかもしれないと思う面も確かにある。

 先日の『魔』に浸食された森から帰ってからしばらくは、レアルードはシーファにべったりだった。過保護再来もいいところだった。

 好きな相手が、自分以外の特定の人物ばっかり気にしてたら確かに面白くないだろう。それが想い人と同性(実際は違うが)であっても。

 だからまあ、ある程度はピアのこういう態度については目を瞑ろうと思っている。思ってはいるけど、好き好んでこういう態度を取られたいかって言ったら取られたいわけがない。

 なので極力、関わらない方向性でいきたいところなのだけど、そうは問屋がおろさない。というか「レアルードと関わる=ピアを刺激する」なのでどうしようもない。


 ちなみに今日は、シーファが使った消耗品の類を補充がてら買い物に行くと言ったら、自分も用事があるから同行するとレアルードが申し出たのだ。さらに言うなら、その場にピアはいなかった。

 そこからどこをどうしてこの場にたどり着いたのかは、とりあえず愛の為せる業なんだろうと思っておく。


 レームの町では、最初の頃はともかく、今は比較的自由行動だ。いい集団用依頼があったら他の人達にお伺いを立ててから受けたりはするものの、ひとまず個人である程度依頼をこなすことにしている。依頼とかで得たお金の一部は旅の費用として共用資金に入れてもらうけれど、それ以外のお金は個人のものになる。

 共通して使うような消耗品とかは共用資金で買うけど、個人の武器とか防具とか服は個人資産で買うということで話はついた。食事については、レームの町では個人資金から出すことになっている。長めの滞在だと決まっているからだ。


 シーファは、便宜上だけど薬師みたいなことをして暮らしていたので、薬草とか薬とかの出来不出来を見分けるのに長けてるし、そこそこいろんなものの相場を知っている。だから、というのもなんだけど、共用のものの買い出しは基本的に私が行くようになっていた。時々タキもついてくるし、今回みたいにレアルードが同行することもある。

 今回は特に嵩張るものもなかったし、一人で行くつもりだったんだけど、同行を断る理由もなかった。……今まさに、それを後悔しているけれど。


 ……傍目から二人を見てる分には、「お似合いだなぁ」で済むんだけどなぁ……。



 内心溜息を吐きつつ、如何に自然に離脱するかを考えながら、レアルードと当たり障りのないやりとりをする。

 ……ちょっとだけ、なんでこんなことに、と思ったのは、秘密である。

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