第3話『最強の魔導師 VS 最弱の勇者』




 鍾乳洞の真ん中に、一人の老人が立っていた。




 魔光石に照らされていた彼の横には、年端もない側近――もしくは若き補佐官と思われる少女が付き添っている。



 佇む二人は、リゼリア聖教団の白きキャソックに身を包み、魔導師の杖を手にしている。老齢の男は円錐型の三角帽子を被っており、蓄えられた髭も相まって、いかにも強者の魔法使いというイメージだ。



 不気味なのは追撃者であるにも関わらず、服装には泥どころか、シミ一つ付いていない。まるで『本物の聖者は泥すら寄せ付けない』と、無言で訴えかけているかのようだ。




 その老人は微笑みながら、イヴに向かって語りかける。




「さぁ 帰ろうコーネリア! 我々家族も、君の愛した姉妹たちも心配している。みんな悲しんでいるんだよ、三日三晩泣き続け、『妹に裏切られた』『どうしたら戻ってくるの?』と嘆いている。あの痛々しい姿は、とても見ていられない……胸が張り裂けそうだ。今ならまだ間に合う。育ての父であるこの私の信頼は、何度裏切っても構わん。だが、君が愛した妹だけは裏切るな!!」




 老人は戻ってくるよう懇願している――端から見ればそう聞き取れる内容だ。しかし違う。故意にイヴの心を刳り、罪悪感を植え付け、甘い言葉でその傷口を癒そうというのだ。



 洗脳の基本テクニックである。



 イヴは彼らのやり口を知っていた。だからこそ聞く耳を持たぬと、毅然とした態度でそれを拒絶する。


 たしかに妹たちのことは心配でならない


 だが自分の身には、世界を滅ぼす魔ノ胤を孕んでいるのだ。仮に宗教という家に戻れば、今までの葛藤や苦労も――そして何よりアダムを裏切ることになる。できるはずがなかった。




「言ったはずです! 私は戻らない! この悪しき呪いと共に、この世を去ります!!」



「この世を去る? これぞまさに、親の心子知らずというものか。どうか考え直してくれ。私は多くの娘を育て上げた。その中でもとりわけ、お前を一番に愛しているだ。溺愛と言ってもいい。――だからこそお前に、魔導学の粋を刻み込んだ。コーネリア。お前は神に愛されし、選ばれた娘なのだよ。この至極にして慈悲深き愛が届かないとは……」



「あなたが本当に愛しているのは、私でも、ましてや神でもない! この呪いでしょう!」



「その時点で、認識の乖離が生じている。そもそもそれは、呪いではない。言ったはずだ、世界を平穏に導く灯火だと。そこにいる少年に兵器と吹き込まれたのだろうが、断じて呪いや、兵器などではない。愛する娘や家族を守るための、神の息吹なのだよ」




 その言葉に、アダムが激昂したかのように叫び、否定する。




「嘘だ! 俺は見たぞ!!」



 その言葉を聞いた瞬間、老人の側にいた側近が、わずかに目を細め、不快感を表す。



「若い冒険者を騙して監禁し! 教会の地下で、呪いの実験台にしていたことを!!」





 老齢の魔導師はイヴの顔を見る。彼女の怒りに満ちた瞳――それを見た瞬間、もはや言葉は意味がないと悟る。


 今まで聖女にだけは、絶対に知られないよう幾重にも予防線を張っておいた。だが少年に真実を語られ、実際に目にしたのだろう。決して見てはいけない、地下実験場を……。



 聖女の瞳には怒りに混じり、裏切られ、利用されたことに対する、深い悲しみの色が混じっていた。



 聖女の心はもう届かない。今までの苦労は水泡に帰してしまった。ここまで知られて、もはや説得できるはずがない。




 愛娘は二度と戻ることはない。


 敵の手に渡ってしまう前に、対処する必要があった。




「そうか。ここまで育てた恩を仇で返し、我々の希望を他国の……それも、魔族に委ねるとは。つくづく社会を知らない子供というものは、御しがたいものだよ」




 老齢の魔導師と側近である少女が、杖を掲げ、詠唱を開始する。すると青白い魔法陣が展開し、蒼き追跡者が姿を現す――群狼だ。だが攻撃はそれだけではなかった。




 イヴが悲痛な叫びを上げる。その声にラプチャーとアダムが視線を向ける。すると彼女の体全体に、赤い紋様が浮かび上がっていた。イヴはあまりの激痛に耐えかね、気を失って前のめりに倒れ込む。


 地面と衝突するか否かの寸前で、間一髪、ラプチャーが受け止める。



 ラプチャーはイヴの体表を凝視する。痛々しく浮かぶ光る紋様――間違いなくそれは、件の呪いだった。



「正気か?! ここで呪いを発動させる気か! 目的を果たせなくなるぞ!!」




「敵の手に渡り、解読されるくらいなら破壊したほうがマシだ。我が愛しき娘を誑かし、無垢なる魂を穢した蛮勇の徒よ。 さぁ! 牙狼の洗礼を受けよ!!」



 ラプチャーは舌打ちしつつ、戦うため、アダムにイヴを預けた。



「アダム!」


「ラプチャーどうしよう! このままじゃイヴが!」


「大丈夫だ。呪いを発動した術者から、この子を切り離せば助かる!」


「切り離すってどうやって……――そうか! 時空転移装置がある!」


「飲み込みが早くて助かる。イヴを頼むぞ! 装置作動まで、ここを死守する!!」




 ラプチャーは抱えていたイヴを託すと同時に、リモートでラップトップを操作し、時空転移装置を起動させた。ディスプレイに文字が走りった後、カウントダウンが開始された。



『時空転移開始まで、残り10分』



 その表示を見たラプチャーは、重い溜息を吐きつつこう呟く




「やれやれ……長い10分になりそうだ」




 隠し部屋の隅に置かれた四本の三脚。その頭頂部に設置されている、四角い板状の物体が光り始める。




 魔導師と側近は、それが魔力を使わない転移魔法の類と推察。逃すまいと、霊獣に下知を下した。




「逃さん!!」




 狼の群れが次々にラプチャーへと襲いかかる。


 そうはさせまいと、ラプチャーは雄叫びを上げた。




「させるかロリコン糞爺ぃ!!」




 ラプチャーは背中に背負っていたショットガンで応戦する。ベネリM1014 銃身バレルよりも長い、ロングマガジンチューブを搭載したカスタムガンだ。



 銃口からペレットと呼ばれる散弾を放つ。しかもそれはただの散弾ではない。ペレット内に高魔力を内封しており、着弾と同時に銃創内部で拡散するのだ。これにより、対象の魔術回路に干渉――もしくは破壊することができる。電化製品に高圧電流をながすようなものだ。



 効果は絶大だった。ショットガンの猛攻に晒される狼たち―― 銃弾の衝撃で吹き飛び、魔素になって拡散していく。



 しかしラプチャーは優勢ではない。戦場で君臨する絶対要素は数だ。狼たちは群狼の名に恥じることなく、まるで波のように押し寄せる。そしてついに、ショットガンのマガジンが底をつく。


 猛攻が止んだ。老人の側にいた侍女が、絶好の好機を見逃さなかった。



「今よ! ここで畳み掛ける!!」



 オオカミたちはラプチャーの喉を掻き切るため、一斉に飛び掛かる――しかし彼らの牙は、ラプチャーには届かなかった。




 アダムがハンドガンで援護し、飛び掛かる猛狼を撃ち落としたのだ。


 彼としては、親の仇である魔導師の額を撃ち抜きたかったが、狙撃するには、いささか距離が遠かった。それよりも優先すべきは、ここまで導いてくれた恩人――ラプチャーの命だ。




 ラプチャーはその隙に、クイックローダーを使用する。これはショットガンのマガジンチューブに弾薬を一気に装填ガジェットだ。ショットガンの弾を一発一発装填するタイムロスを、わずか数秒まで短縮できる。



「サンキュー アダム! これで反撃できる!!」



 ショットガンは殺意の息吹を取り戻す。マズルフラッシュと銃声が轟き、狼の群れを駆逐し、蹂躙していく。


 その間にも、時空転移装置が転移シークエンスを実行していた。位相差フィールドが形成され、世界の隔絶が開始される。アダムとイヴがいる隠し部屋は、この異世界から切り離されようとしていたのだ。



 老齢の魔導師は、これでは駄目だと手の内を変える。





「ではこれならどうだ?」





 狼の群れは例外なく、すべてが魔素へと変換される。そして煌めく粒子となった群狼たちが、一箇所に集結し、姿を再形成していく。




 その姿は3つの頭を持つ地獄の番犬――紫闇のケルベロスだった。




 吉報か、それとも悲報か。時空転移装置の操作インターフェイスであるラップトップが、警告音を奏でる。




『警告 領域内の質量計算終了しました。時空転移装置が最終シークエンスへ移行。転移対象物質を領域外に移動しないで下さい』





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る