第26話『空戦! 閃撃のフォルクスイェーガー』
竜騎士達が次々に飛び立っていく。その数120。
先の大戦時に比べれば数は少ないが、壊滅した部隊を再編成したのを考慮すれば、歴史的快挙と言えよう。なにせ激減したドラゴンの個体数を、ここまで増やしたのだ。
再編成された竜騎兵団――その陣形の先頭にいるのは、部隊を指揮する軍師 ゴボラだ。
ゴボラを先頭とした
出陣の際、指揮官が国旗を掲げて陣形の先頭を飛ぶ――魔王竜騎兵団ここにあり。これは竜騎士に伝わる伝統であると同時に、目にする地上の騎士達や国民を勇気づけ、鼓舞する意味合いがあった。
しばらく飛行した後、国旗は仲間へと手渡され、その後ゴボラは、部隊を指揮するため陣形の後方へと戻るのだ。
竜騎兵は高度を上げ、崩落した天井から地上へと出る。眼下には鬱蒼と生い茂る森が広がっていた。
本来なら地上の人間たちに知られないよう、竜騎兵専用の地下洞窟を飛行し、地上へと抜ける――だが星すら見えない夜であれば、わざわざ裏口から出る必要はない。漆黒の闇が、彼等の姿を隠すのだ。そのため表口からでも、こうして堂々と出陣することができた。
竜騎兵団は安全のため、さらに高度を上げる。
本作戦は数が勝負となるため、竜騎士見習いや、学徒兵も動員されていた。手慣れた竜騎士ならば夜間でも問題ないが、ドラゴンに乗るのが精一杯の彼等に、それは無理な話である。
竜騎士見習いや学徒兵の乗る竜騎兵は、おぼつかない様子で、陣形を崩さないで飛行するのがやっとだった。
なぜこうした経験の浅い者たちまで、本作戦に駆り出されたのか。
それは野営地を奇襲する際、攻撃の面をより厚く、広範囲に広げるためである。
攻撃の範囲――つまり面を大きくすれば、地上への被害はより甚大なものになる。逆に十分な面を確保できなければ、仕留め損ねたエストバキアの竜騎兵から、手痛い反撃を喰らってしまう。
学徒兵まで作戦に投入したのは、エストバキアの竜騎士を一人でも多く屠り、奇襲の成功率をより確固たるものにするためだった。
第一陣が上昇する中。第二陣、第三陣もその後に続く。
そして最後尾を護るのは、アーシアの駆るフォルクスイェーガーと、グレイフィアが騎乗する、シュバルツヴィントだ。
陣形の最後尾を守るグレイフィア。だが彼女は、どこか浮かない様子で手綱を握りしめ、徐々に遠ざかっていくアイゼルネ・ユングフラウ城を眺めていた。
「………――」
「お姉さま? お姉さま! ……、グレイフィアお姉さま!」
アーシアに呼ばれているのに気付かず、三度目の呼びかけでようやくグレイフィアは反応する。
「――ッ?! ごめんなさいアーシア! どうしたの?」
「先程からなにか、思いつめた様子ですが……なにか気になることでも?」
友人の心配する言葉に、グレイフィアは感謝の笑みで返答する。
「いえ大丈夫よ、なんでもないの。今は、この戦いに集中すべきだったわね。この第三陣を護衛するのは私達。念には念を入れて、警戒を怠らないようにしましょう」
「了解です、お姉さま……ほんとに大丈夫なのですか?」
「んもう、アーシアったら心配性ね。私なら大丈夫、平気平気☆」
グレイフィアはそう言いながら、竜騎士として心を入れ替える。目つきが鋭いものとなり、その眼から迷いが消え去った。
実は彼女の中である懸念があった。――しかしそれは、この戦争が終結してから解決すればいい。
今は国家存亡の危機を回避し、目の前の戦争に集中するべきだ。グレイフィアは優先順位を守り、ドラゴンを駆る竜騎士としての職務に徹しようと、自らの心に誓った。
――だがその時である。
ビクンと体を萎縮させてしてしまう轟音が、突如、漆黒の闇夜に木霊した。
「今のは!!!」
グレイフィアとアーシアは、音がした方向へ視線を向ける。
音の発生源は、先陣である第一陣――二人の上空で鳴り響いた爆発音だった。
第一陣の先端が、夜明け前にも関わらず暁色に包まれる。炭を溶かしたかのような闇夜も相まって、華咲いた炎が一際明るさを際立たせた。
咲き乱れた炎の花弁が、森に向かって墜ちていく。
メラメラと燃え盛る花弁の一つが、風に舞い、グレイフィア達がいる方向へと流れてくる。それがグレイフィアとアーシアの間を通り抜けていく瞬間――二人は、心臓を抉られたかのような感覚に襲われる。
炎に包まれたもの。それはゴボラが高らかと掲げていたはずの、国旗だったのだ。
「お姉さま、今の!」
「ゴボラが墜とされた?!」
グレイフィアは視線を張り巡らし、ゴボラの姿を探す。
陣形から落伍した炎の塊から、ゴボラが騎乗していたドラゴンと思しきものを発見する。
だが見つけたところで、どうすることもできない。
ドラゴンが今まさに鬱蒼と生い茂る森へ、吸い込まれる瞬間だったのだ。落下の衝撃でドラゴンの火炎袋が避けたのだろう。森の中で大爆発を起こし、死散した。
奇襲するはずの部隊が、逆に敵からの襲撃を許したばかりでなく、指揮統括の要となるゴボラを墜とされてしまった。
――断じて偶然ではない。
出撃の際、ゴボラが先陣に着く事を知っていたからこそできる、狙い澄ました奇襲だった。
グレイフィアが見上げた先では、すでに敵味方入り乱れての空中戦が始まっている。ドラゴンのファイヤブレスが交差し、その燃え上がる炎が、闇の中にいる竜騎兵の輪郭を、克明に浮かび上がらせていた。
グレイフィアは嘆きの顔で憤懣を吐く。裏切り者が情報を漏らすことは、ある程度想定していた――しかしよもや、ここまで速い伝達網を持っているとは、夢にも思わなかったのだ。
「よくもゴボラを殺したわね!! 魔族を売り渡した裏切り者め!!! この高い借りは必ず返すわ!! 絶対に!!」
最新鋭騎であるフォルクスイェーガーを駆っていながら、なにもできなかったアーシア。彼女は例えようのない無力感に苛まれながら、グレイフィアに叫んだ。
「でもなぜ! 作戦を立てたのは、竜騎士が招集をかけられた後――ついさっきですよ!! 裏切り者が情報を流すにしても、この短時間にエストバキアに知らせる術はありません! いくらなんでも早すぎます!!」
アーシアの言う通りだった。
例え裏切り者が野営地奇襲という情報を手に入れても、それをエストバキアに報せる時間はないはず。
仮に狼煙を使おうにも、月明かりのない夜では意味を成さない。そして裏切者がミューリッツ湖へと飛び、野営地に直接知らせたとしても、距離や時間を考慮すれば、待ち伏せは不可能である。出来る事と言えば、せいぜい野営地上空で待ち構えるぐらいだ。
『魔族は必ず奇襲作戦を決行し、この時間帯に飛び立つ』
裏切り者は、それを先読みできるほどの類稀な戦略家か、運命の女神に狂おしいほど愛された、天性の博打屋かのどちらかだろう。
だが炎が交差する戦場である。終わりなき推論や仮説に時間を費やしても、意味はない。今解決すべきは、軍師ゴボラを喰い逃げした敵に、死の鉄槌を下す
「詮索は後回しよ! 奴らが来るわ!!」
ゴボラを討ち取ったエストバキアの竜騎兵が、急降下で戦線を離脱しようとしている。おそらくこのまま闇夜に紛れ、駐留地まで逃げ遂せようという魂胆だ。
軍師を斃し、戦闘空域から離脱しようとしているエストバキアの竜騎兵。
急降下している彼等の目に、大型のドラゴンの姿が映る。
それを見た竜騎士は、あろうことかいらぬ欲をかいてしまう。目的を果した帰りがけの駄賃に、大型ドラゴン――フォルクスイェーガーも仕留めようと思い立ったのだ。
今更ながら、奇襲を受けた第一陣から、『敵騎襲来』を報せる照明弾が上げられる。
本来、いの一番にしなければならない事だが、第一陣は指揮中枢であるゴボラを失い、混乱状態に陥っていたのだ。
照明弾の光に照らし出され、敵の戦力が露わになる。その数10騎。一個分隊による奇襲だった。
その照明弾を背景に、エストバキア竜騎兵が襲いかかる。ゴボラを奇襲した際と同じ戦法で、単騎に狙いを定め、梯形陣による波状攻撃を敢行しようとしていた。
それを阻止するため、グレイフィアは陣形崩しに掛かる。
重力を味方に加速する竜騎兵に向け、グレイフィアは詠唱を行いながら手をかざした。そして、シュバルツヴィントを覆うほどの巨大な魔法陣が展開――、その魔法陣の中心に、魔力を収束させた球体が出現する。
「
グレイフィアの叫びと共に、球体から無数の針が飛び出す。魔力によって構成された針が、先陣を駆る敵の竜騎兵へと注がれた。
――だが、その攻撃が届くことはなかった。
エストバキア竜騎兵達は、グレイフィアの攻撃を察知し、梯形陣から単従陣へと移行。そして先頭の竜騎士が、大きな防御魔法陣を展開させたのである。
グレイフィアの放った無数の針は、その防御魔法陣により、すべて防がれてしまった。
先陣を駆るエストバキアの騎士は、攻撃ではなく、防御魔法を専門とする魔導師だった。奇襲、及び強襲の際、空の重盾兵として機能する役割を担っていたのだ。
そして先陣の魔導師は十分な働きを見せる。後続の竜騎兵を、弾幕のように降り注ぐ針から守り通したのである。
一方グレイフィアは、一騎でも墜とそうと攻撃を繰り出し続ける。だがその攻撃は依然として、強固な魔法陣によって防がれていた。防御魔法陣を無力化しない限り、斃すどころか威嚇にすら及ばない。
そうこうしている間にも、グレイフィアと敵竜騎兵の距離は、見る間に縮まっていく。
単従陣を形成していたエストバキアの竜騎兵は、攻撃が弱まった瞬間を見計らい、梯形陣へと編隊を組み直す。そしてフォルクスイェーガーに向けて手をかざし、砲撃魔法を詠唱し始めた。
だがアーシアの駆るフォルクスイェーガーは、彼らが思い描いているような、兵站輸送を行うドラゴンでも、対地攻撃用ドラゴンではなかった。
グレイフィアは「この時を待っていた!」という笑みで、アーシアに向かって叫んだ。
「アーシア! 今よ!!!」
「了解ですお姉さま! ソードフィッシュ! 行ッけぇ!!」
フォルクスイェーガー各所の鱗が開き、その内部から鋭利な光が飛び出す。その光は不規則な軌道を描きながら、エストバキア竜騎兵に向かって飛翔した。
その光跡が竜騎士と重なった瞬間――あれだけ規律を保っていた隊列が突如として乱れ、バラバラに逃げ惑い始める。
フォルクスイェーガーが放った光が、ドラゴンに跨る竜騎士の首を刈り落としたのだ。
その証に、ドラゴンの背中には首のない竜騎士の死体が、力無く、ぐったりと崩れる。剣創からドクドク血を流しながら、亡骸はドラゴンの背中から落ち、樹海の中へと消えていった……。
エストバキアの竜騎士を葬った閃光。その煌めきが、フォルクスイェーガーへと戻っていく。
竜騎士の首を刈った光の正体。それは、フォルクスイェーガー内部に搭載されていた魔界の魚――ソードフィッシュである。
その名の通り、ソードフィッシュは魚に剣が生えたような外見を持つ、異形のクリーチャーだ。
魔力によって飛翔するこの
彼はソードフィッシュを改良し、フォルクスイェーガーの脳波とリンクした、自動追尾型兵器として開発。次世代の空戦を担う覇者――フォルクスイェーガーに搭載したのだ。
エストバキアの竜騎士達が、それを知る由もない。
彼等の幸運は、退路上にある大型ドラゴンも墜とそうという、欲を出した時点で終わりを告げていたのだ。
初陣を華々しい戦果で飾ったアーシアが、喜びの声を上げる。
彼女がここまで喜びを露わにしてしまうのも、無理はない。なにせぶつけ本番の初陣で、この戦果を上げて見せたのだ。
フォルクスイェーガーを乗りこなせるのか?
仮に乗りこなせたとしても、お姉さまの足を引っ張るのではないか?
そういった不安が一気に払拭され、喜びと共に自信へと変わった。
「やったぁ! やったわお姉さま!! 私の戦い、見ててくれましたか!」
「見てたに決まってるじゃない! 上出来よ、アーシア!」
グレイフィアもまた、アーシアの戦果に喜ぶ。
空を飛ぶ事を夢見た友人の夢。それが叶ったばかりか、今まさに、空戦の歴史に残る偉業を成し遂げたのだ。
ハイタッチしたい衝動に駆られるほど、グレイフィアの心は喜びに包まれていた。
だがここは戦場。一喜一憂を常とする場所である。
第一陣が急降下を行い、なにかを追い回していた。おそらく別ルートで逃げ果せようとした、エストバキアの竜騎兵だ。
グレイフィアはその声が届かないと知りながら、第一陣に向かって一喝する。
「なにを考えているの! 深追いするなんて!!」
第一陣の最重要目的は対空戦である。
つまり、野営地を攻撃する第二陣・第三陣を、敵の竜騎兵から護るのが彼等に課せられた使命なのだ。
空の用心棒が護衛対象から離れ、目先の敵を追い回す――これがどれだけ危険な事か、容易に想像できよう。
おそらく第一陣は、この奇襲を『たまたま哨戒に出ていた竜騎兵に遭遇。偶発的に奇襲を受けてしまった』――と判断。そして本陣に知られないよう、目撃者はなんとしても排除すべき、という結論に至ったのだ。
だが冷静に考えれば分かるはずだ。月すら見えないこの夜に、哨戒騎を飛ばすはずがない。
彼等が冷静さを欠いていなければ、敵に情報が漏れたことによる奇襲である事は、容易に見抜けたはずである。
しかし先の大戦の英雄であるゴボラを、あろうことか自分たちの目の前で失ってしまった。
英雄を殺されてしまった虚無感。そして騎士として、なにもできなかった無力さと情けなさ。先手を討つはずが、逆に手鼻を挫かれてしまった屈辱と敗北感……。
それらの感情が織り混ざり、彼らの冷静な目を濁らせてしまう。そして眼前に転がっていた報復感情に、その身を委ねさせてしまったのだ。
まさか第一陣のおもりをすることになるとは――グレイフィアは複雑な心境で重い腰を上げる。
「アーシア! 第二陣と第三陣の護衛をお願い! 私は目的を見失ったあのバカどもを止めて来るわ!!」
「了解! 無理はしないで!!」
「ええ、お互いにね!」
グレイフィアはシュバルツヴィントを駆り、第一陣の後を追う。
さすがは魔王の愛騎。黒き旋風の名は伊達ではなく、他の竜騎兵を圧倒的に凌ぐ速度を見せる。
第二陣を追い越し際、護衛部隊に「厳戒態勢を維持! 守備対象から絶対に離れるな!」とキツく念を押す。これ以上、余計な手間をかけさせる問題児を増やさないためだ。
そしてグレイフィアは、第一陣の後を追いつつ、不満と憤りを愚痴として零した。
「――まったく! 好戦派の私が、穏健派を制止する側に回るなんて! 皮肉だとしも笑えないわ!」
そんな彼女の気苦労も知らず、第一陣は未だ、生き残りを追い回していた。
エストバキア竜騎兵の生き残り――ドラゴンに跨るその騎士の名は、スペッサルト卿。この奇襲作戦の立案者であり、魔族の竜騎兵を淘汰し、その名を世界に轟かせようする名声の権化である。
彼もグレイフィアとおなじように、思い通りにならない現状に不満と憤りをぶつけていた。
「内通者め、話が違うではないか! なんなのだあの戦力は?! 単騎であの性能……まさか魔族の秘密兵器か? まったく、あれを仕留めるとなると、相当骨が折れるぞ!」
奇襲部隊壊滅――それはスペッサルトのシナリオにはなかったものだ。それも勝利に浮足立った若い竜騎士が、目先の欲に目が眩み、独断専行した結果だった。
スペッサルトとしては、魔族の指揮官を仕留めた時点で目的は完遂――奇襲作戦は成功していたのである。
部隊壊滅といういらぬ借金が増えたが、彼には返済のあてはあった。
その返済の糧となるのが、スペッサルトを追撃している魔族の竜騎士達だ。第一陣を任された名立たる騎士達。それを壊滅させれば、彼の望む竜騎士の名声は、世界各国に轟く事になるだろう。
後に残された第二陣・第三陣は、護衛を除けば、飛ぶのがやっとの学徒兵や見習いばかり。まさに赤子の手を捻るようなものだ。
問題は魔族の新兵器だが、敵はすでに指揮官を失っている。統率の乱れた部隊ほど脆いものはない。仮にどれだけ単騎が優れようとも、400という兵力の前では、新兵器も敵ではないのだ。
現に過去の戦争において、実例がある。
先の大戦後勃発した亜人戦争において、ベルカ率いる列強国は圧倒的国力――その暴力的なまでの物量を持ってして、エルフや獣人といった亜人族を蹂躙し、人類を勝利へと導いた。
そして先の大戦の功労者にして、亜人の側についた裏切り者――超空の神兵。得体の知れない力を振るった兵団だが、大国の物量の前では為す術がなく、亜人もろとも殲滅されていった。
グエムの言葉を借りるなら、『物量こそが、戦争に勝つための法則にして要。兵站や兵力といった数を支配すれば、どんな戦争も必ず勝利できる』――だ。
スペッサルトはその言葉を脳裏に過ぎらせながら、追撃する竜騎士に視線を向ける。そして邪な笑みを浮かべ、嬉々と叫んだ。
「いいぞ……そうだ! 追ってこい! このスペッサルトが、冥府への案内役を務めてやろうぞ!!」
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