第25話『竜騎士グレイフィア』



――魔法都市 アルトアイゼン 竜の厩舎前。



 魔王ガレオンから、竜騎士大隊に出撃命令が下った。それにより厩舎周辺は慌ただしく人が行き交っている。


 ドラゴンの調教師達が、厩舎から次々にドラゴンを出し、慣れた動きで鞍や竜勒を装着していった。日々戦争に備えた賜物だろう。




 一方その傍らでは、竜騎士達が臨時の指揮所に集まっていた。

 温かな灯りの下、本作戦の指揮を任された宮宰ゴボラによる、作戦会議が行なわれていたのだ。


 テーブル上には地図が敷かれ、その上に、魔王軍とエストバキア軍をあしらった駒が置かれている。ゴボラは作戦の概要を説明しながら駒を動かし、敵が行使するであろう戦法と、その対処法を検討していた。


 宮宰であるゴボラであったが、常日頃から竜騎士との親睦が深く、彼が指揮を取ることに、なんら不満を口にするものはいなかった。

 なにせ彼は、卓越した指揮で防衛網を構築させ、連合軍の猛攻を退けた名将である。彼の奮闘がなければ、魔族はより甚大な被害を被っていただろう。


 最前線の英雄が黒騎士ガレオンならば、戦闘指揮官の英雄は、間違いなくゴボラだ。そんな英雄と共に戦える――竜騎士にとってこれほど名誉なことはない。竜騎士達は皆、感無量の面持ちだった。

 現に竜騎士達はゴボラの説明に聞き入り、その眼には、愛国心と闘志を宿していた。


 そんな彼等の元に、六人のメイド達がやって来る。銀製のお盆の上には、仄かに湯気が昇るティーカップが並べられていた。

 メイドたちは薬膳効能を持つハーブティーを、これから戦地に向かう竜騎士達に振る舞っていく。半ば伝統化しつつある、出陣前の儀式のようなものだ。


 竜騎士達はメイド達に感謝の言葉を添えつつ、ハーブティーで英気を養っていった。



           ◇



 ハーブティーを届けたメイド達は、戦士達に深々とお辞儀し、その場を後にする。


 指揮所から出た六人のメイド達。彼女達は使用した食器を洗うため、アイゼルネ・ユングフラウ城に戻ろうとした。


 その中一人が、ふと、戦支度をしている兵士達に目を向ける。多くの兵士の中から、敬愛するグレイフィアの姿を見つけ出す。メイドは仲間に「荷物をお願い」とティーセットを預け、グレイフィアの元へ向かった。



「お姉さま!!」



 フォルクスイェーガーの横で、戦支度をしていたグレイフィア。彼女は戦地に赴く者とは思えない、年長者特有の気品ある笑みを浮かべる。そしてこちらに向かってくるメイドを、心から歓迎した。



「あらあら、どうしたの?」



「戦に向かう竜騎士様に、ハーブティーを届けたのです」



「それはご苦労様☆ ところで私の分は……ないのかしら?」



「も、申し訳ありません!! お姉さまが竜騎士として出陣なされるのをつい知らず――少々お待ちを! 今すぐ用意しますので!」



「うふふ、冗談よ。ちょっとあなたに、イジワルしたかっただけ☆ ところで、指揮所にハーブティーを届けたのよね?」



 フォルクスイェーガーを所持しているグレイフィアとアーシアは、竜騎士とゴボラから作戦会議に参加することを許されず、部外者という扱いを受けていた。

 ドラゴンを神聖視している彼等からすれば、『陛下のご命令だから同伴は許可する。しかしドラゴンを穢したお前達は、決して我々の仲間ではない』という無言の圧力だった。


 したがって、ゴボラがどのような作戦を立案し、それをどう行使するのか――その一切を知らないのだ。



 その作戦に聞き耳を立てていたメイドは、コクリと頷く。

 

 グレイフィアは続けて質問した。



「ゴボラがなんの話しをしてたか、覚えてる?」


「えっと、たしか……敵が哨戒網を構築していない夜に飛び立ち、湖の野営地に奇襲を仕掛けるそうです」


「夜に竜騎兵を出撃させるなんて……ゴボラも、ずいぶんと危険な賭けに出たものね」


「どうしてですか?」


「夜間飛行は、よほど熟練者でないと危険なのよ。今日みたいな月や星のない時は、とくにね」



 メイドは夜間飛行の危険性が理解できず、恐る恐る、グレイフィアに尋ねた。



「あの、お姉さま。例え今宵の夜のように暗くても、空には障害物がありません。十分な高さをとっていれば、安全だと……思うのですが」



 空戦の未経験者ゆえに、抱くことのできる疑問。ドラゴンに搭乗した事のない者ならば、誰しも、初めはそう思い描くだろう。


 問いを投げかけられたグレイフィアは、竜騎士の経験のないメイドにも分かるよう、丁寧に解説する。



「フフッ、そう思うでしょ。実は空中戦になった時、夜間だと咄嗟にどちらが上なのか下なのか、判らなくなる時があるのよ。接近戦やもみ合い、敵味方入り乱れる乱戦時には、とくにね


――そしてもう一つ。夜間出撃で危険なのは、地面との接触よ。


 陽のある内は、地面との距離感は簡単に掴めるけど、漆黒の闇の中ではそうはいかないの。気がつけば地面にデイープキスしてた――なんて事ザラなんだから。まぁドラゴンが利口さんなら、勝手に引き戻してくれる場合もあるけどね」


 グレイフィアの説明に、メイドは深く納得した。


「夜間の飛行は、それだけ危険なのですね……でもなぜ、そんな危険な時に出撃するのですか? 夜明けを待って出撃したほうが、安全なのですよね?」



「それは簡単な話よ。ほら、ゴボラも言っていたじゃない。敵が哨戒網を構築していない夜間にって。

 きっと敵はこう思っているに違いないわ。『この星明かりすら見えない夜間に、魔族が竜騎兵を飛ばすはずがない』 ――ってね。ゴボラはね、その裏を掻くつもりなのよ」 



「敵の意表を突くのですね!」



「そういうこと。暗闇に紛れて湖の野営地を奇襲し、竜騎兵が空に上る前に制空権を掌握する。空を抑えれば、エストバキアの指揮は地に落ちるわ」



「さすが、皇帝陛下に仕えた軍師。敵の心情を手に取るように読むなんて……すごい」



「まぁ温厚で人当たりもよく、人望も厚いのだけれどね。――唯一の欠点は、ドラゴンのことになると見境がなくなることかしらね。王家の守護獣だからって、ゴボラったらムキになりすぎなのよ」


「きっとそれだけじゃないと思います。だって戦場で命を預ける、大切な相棒パートナーですもの。きっと心から……大切に想っているに違いありません」



相棒パートナーねぇ~。それってつまり……あなたが私のことを、想っているように?」



 グレイフィアはそう言いながら、メイドの手を取り、自分の元へと抱き寄せる。そしてメイドの顔を、胸の谷間へ押し当てた。


 メイドは何が行ったのか分からず、豊満な胸の中で慌てふためく。



「お、お姉さま?!」


「うふふ☆ なぁに?」


「ここじゃダメです!!」


「なんでかしら?」


「だって人が! 見られてしまいます!!!」



 だがグレイフィアの悪戯は、さらにエスカレートする。メイドの声を無視し、彼女の背骨を指先でツーとなぞる。そしてその指が臀部まで達すると、スカートをたくし上げ、ショーツの中にゆっくり、ゆっくりと、手を忍び入れ始めた。



「うふふ……ハーブティーを用意しなかった罰に……あなたで英気を養おうかしら――」



 グレイフィアの悪戯心に火が着き、それが一気に燃え上がりそうになる。


 だが、その炎を吹き消す人物が現れた。

 フォルクスイェーガーの背鱗が上下に開き、中からアーシアが現れたのだ。


 とても戦争前とは思えない、グレイフィアの平常運転っぷり。その姿に、アーシアは敬服と辟易を溶かした表情を浮かべてしまう。



「グレイフィアお姉さま、人目があるのですよ。そういう悪戯は、ほどほどにして下さいまし」



 グレイフィアは、これからというところで邪魔され、ぷぅとむくれる。



「もう! せっかく良い所だったのにぃ!」


「公衆の面前で、メイドを漁る人がいますか!」



 グレイフィアは母親に怒られた幼子のように、さらに頬をぷぅと膨らませ、ふてくされてしまう。



「ぶぅ~。アーシアのけちんぼ! 別に良いじゃない! 愛を分かち合うことぐらい!」


「お姉さまの場合のそれは、“愛”じゃなくて“情欲”でしょうに……。あのですねぇお姉さま、憚りながら言わせて頂きますが、これから空戦で体力を消耗するというのに、その体力をこんなことで使ってどうするんです!」



 滾々と説教するアーシア。だがグレイフィアはどこ吹く風と胸を張った。



「それなら平気平気☆ この私が、夜中に何人のメイドを相手にしていると思っているの? あれだけの量を捌けるんだから、一人や二人で萎れるわけがないじゃない!」



 グレイフィアは「ムフー」と荒々しく息を吐き、目を星色に輝かせながら熱弁する。

 なんとも歪みない姿に、アーシアは彼女と真逆の表情で、ガックリと肩を落とした。


「お姉さまったら……でもお願いですから、そういった事は還って来てからにして下さい」



「ま、それもそうね。どうせならフカフカのベッドの上で悦しみましょう。だ・か・ら、私が還って来るまで、お留守番お願いね☆」



 グレイフィアはメイドにそう告げると、彼女の前髪をかき上げ、おでこにキスをプレゼントする。

 突然渡された贈り物に、メイドは「ぴゃ?!」という可愛らしい声を上げ、おでこに手を当てた。


 そんなやり取りをしていると、場外からのブーイングが入る。



「「「あぁああぁ! ずるいずるい!!」」」



 そのシュプレヒコールに、グレイフィアとメイドは何事かと、その方向を見る。するとそこには、グレイフィアを慕うメイド達の姿があった。



「帰ってくるのが遅いから見に来たら、これだもの!」

「抜け駆けなんてズルい!」

「お姉さま! 私も! 私も欲しいです!」



 どこで噂を聞きつけたのか、グレイフィアと親密な関係にあるメイド達が、一斉に押し寄せてくる。


 さすがのグレイフィアも、情事を見られては隠し通せるはずがなく。メイド達の猛アタックに、たじたじになってしまう。



「アハハ…… あらあらどうしましょう」



 グレイフィアはアイサインで『助け舟を! 助け舟を頂戴!』と救援要請を送った。

 しかしアーシアは要請を却下する『私は知りませんから、自分でなんとかして下さいね』と、プイッとそっぽを向く。


 グレイフィアはメイド達の御機嫌を取ろうと、必死に弁明に弁明を重ねている。だがそれは、自らを埋葬する墓穴を掘る行為に等しい。



 グレイフィアがしどろもどろになっていると、意図せず、それに助け舟を出す人物が現れた。



 その存在に気付いた者たちは、作業を止め、その場で膝をついて頭を下げていく。



 近くにいた兵士や騎士、ドラゴンの調教師、そして先程まで騒いでいたメイド達も例外ではなかった。皆、一斉に口を紡ぎ、最大限の敬意と共に迎え入れる。



――グレイフィアの前に現れた人物


 それはこの国を統べる魔王 ガレオンだった。



「グレイフィア。フォルクスイェーガーの守備はどうだ?」



 グレイフィアはガレオンにひれ伏さず、毅然とした態度を持ってして答える。



「問題ありません陛下。いつでも出撃可能です」


「そうか……」





 ガレオンとグレイフィアの間に、無言の空気が流れる。





 その場に膝を付いているメイド達は、このバツの悪い空気に冷や汗を流し、嵐が過ぎ去るのを、今か今かと待ち続けた。


 なにせ逃げたくても、陛下の御前であるため顔すら上げられない。


 どちらかが折れるか、この話しを切り上げでもしない限り、メイドたちはこの夫婦喧嘩(?)から、身を引くことを許されないのだ。




 メイド達が祈るような気持ちで見守っていると、その静寂に一石が投じられる。



 この冷たい沈黙を破ったのは、グレイフィアだった。



 彼女は冷やかな口調で告げる。




「陛下、要件はそれだけですか? 私、戦の準備で忙しいのですが。もしこれ以上用がないのでしたら、作業に戻ってもよろしくて?」




 グレイフィアとガレオンの国を統べる王と、四天王を統括する部下という間柄である。しかしそんな彼等が、こうした着飾ることのない、裸の言葉を使う時がある――それは誰の目にもつかない、寝室の中だけだ。


 もしこの場に重臣達が居れば「口を慎めグレイフィア!」と怒鳴り散らしている場面だろう。仮に宮廷恋愛や愛人といった間柄でも、国王に無礼を働けば容赦なく首が飛ぶ――それは四天王であるグレイフィアとて例外なかった。



 だが彼女は決して、見識のない女性ではない。


 本来のグレイフィアであれば、人前では必ず、敬意と尊重を持った言葉を用いる。そして国の最高権限を持つ魔王ガレオンに対して、最大限の忠誠を尽くしていた。


 ではなぜ、グレイフィアは公衆の面前であるにも関わらず、裸の言葉を使ったのか。それは彼女に明確な不満があるという、ガレオンに宛てた意思表示メッセージだった。



 ガレオンは彼女の不機嫌さを見かね、思わずその原因を口走ってしまう。



「レイブンのことか……」


「あら良いの? その議題に触れても」


「この件を話さなければ、永遠に食い下がるつもりなのだろう」


「もちろんですわ。誰だって興味ありますもの。そうまでして魔王を虜にする男――レイブンに。もしかして陛下は、彼と寝たのかしら?」



 いくら親密な関係にあったとはいえ、さすがに度を越えた言葉であり、王を侮辱する発言だった。

 ガレオンは声のトーンを落とし、グレイフィアに警告を下す。



「怒りに身を任せたとはいえ、口が過ぎるぞグレイフィア」


 ただ不快感に訴えかけた言葉だったが、魔王という絶対権威を持つ者の言葉だ。ほんの一匙の威圧が、まるで殺意すら帯びているように感じさせる。


 偶然この場に居合わせ、俯いているメイド達。彼女達にとって、もはやこれは災難と言うしかない。この修羅場が最悪な方向に向かっていると勘ぐってしまい、メイド達の青い肌が、より一層青ざめていった。


 だがグレイフィアは臆することなく、いつもの歯に着せぬ態度でガレオンをからかう。



「ごめんなさい。あまりにも陛下がレイブンにご熱心だから、つい」



「つい――か。人間であるレイブンが気に喰わないのであろう。お前の気持ちはわかる……十分にな」



「分かるですって? 勝手に分かったふうな口をきかないでもらえるかしら。誰にも相談なく独断で勇者を召喚したばかりか、エリス殿下を亡き者にした、あの忌々しい人間なんかに救いの手を求めるなんて! それが私達にとってどれだけ屈辱なのか、分かるっていうの?」



「違うのだグレイフィア、これには――」



「――“わけ”があるって言いたいのでしょう。男っていつもそう。そうやって理由をつけて逃げるのね。私に真実を話さず、鎧の下に素顔を隠し、独りでなにもかもを背負い込む……」



 ガレオンは彼女の言葉に耐え切れず、思わず目を逸らしてしまう。




「…………」




 グレイフィアは四天王としてのグレイフィアでなく、ガレオンを慕う一人女として向き合う。




「ガレオン、私から目を背けないで。どうして私に話してくれないの? 話してくれなきゃ……なにも分からないじゃない」




 グレイフィアの目に涙が浮かび上がり、その声は消え入るようにか細かった。


 だがそれでもガレオンは沈黙し、すべてを語ろうとしない。


 グレイフィアはガレオンに近づくと、透き通るような青い腕を伸ばし、ガレオンの兜にそっと触れた。そして彼にやさしい言葉を投げかけた。




「ガレオン。貴方は自分を責めているのでしょう? 目の前で我が子を殺され、助けられなかった自分の無力さを――。

 違うのよガレオン、責められるべきなのは貴方ではない。エリス殿下とイレーヌの関係を知っていながら、それを止められなかった私にあるのよ。

 よくよく考えてみれば、殿下とイレーヌの出逢いは出来過ぎていた。あれは偶然なんかじゃない。最初からエストバキアの仕掛けた、戦争への布石だったのよ」




 グレイフィアは悔しげに歯を食い縛り、顔を見上げる。

 彼女の視線の先には、崩落した天井――その奥にある星空の見えない夜空が映っていた。



 そして静かな憎悪を宿した目で、星の見えない深淵のような空に、ぽつりと呟く。



「イレーヌが持ち込んだ不可侵協定。それにわずかな希望を抱いた時点で、我々は敗北していたのよ。まさかエストバキアが、王女であるイレーヌを捨て駒おとりに利用するだなんて。ほんと、夢にも思わなかった……」



 それでもエリスは、イレーヌの言葉を信じてしまう。密会という名の秘密裏に行なわれた講和会議。それが、人類との共存へと繋がる橋掛かりになると、心から信じていたのだ。



 人類との共存共栄。



 だがエリス殿下の想いは無惨に打ち砕かれ、誘き出すための囮となったイレーヌと共に、炎の中へ没した――そんな彼女の無念さを想い、グレイフィアの目から涙が零れ落ちる。



 頬を伝う涙と共に、グレイフィアは笑った。



「フフフ……ククククク……。人間というイキモノは、心底腐っているわ。王女もろとも焼き殺してまで、私達と戦争をしたいだなんて……ほんと……狂ってる。そこまで救いようのない連中だったとは――」



 ガレオンは物言いたげな瞳でグレイフィアを見ているが、彼女はその寂し気な視線に気付かない。



 グレイフィアは、ガレオンとは相反する憎しみの眼で、黒き空を睨んだ。



 親愛なる王女であり、無二の親友であったエリス。彼女の言葉が、グレイフィアの心を掻き毟る。









『彼女と分かり合えたのだから、人と魔族だってきっと分かり合えるはずよ。友人という小さな視点から、国家という大きな視点に発展させればいいだけじゃない』









 亡き親友の遺した、あまりにも無垢で純真な夢。その穢れなき言葉が、グレイフィアの憎しみを増長させ、復讐心を駆り立てた。


 グレイフィアは、胸の内からこみ上げる復讐心に耐え切れず、ガレオンに背を向け、その場を去ろうとする。




「忌々しい人間ども。あんな連中と、分かり合えるはずがないわ――」





 その言葉を聞いた瞬間――ガレオンは立ち去ろうとするグレイフィアの腕を掴み、強引に自分の元へと引き戻した。




 唐突な出来事に、グレイフィアは目を丸くし、短い悲鳴を上げてしまう。




 ガレオンはグレイフィアの目を見据え、こう告げる。




「グレイフィア、この戦いが終われば、お前が望むすべてを話そう。なぜ私がレイブンを召喚し、人間である彼の言葉に耳を傾けているのかを。

 だがお前は真実を知る時、私のことを……恨むだろうな」




 グレイフィアは驚嘆の眼差しで、ガレオンを見つめた。兜の奥にある、その瞳を――。




「どういう事? なにを言――」





 だがその時である。まるで二人を引き裂くかのように、騎乗開始のファンファーレが鳴り響いた。




 ガレオンは遠くで待機していたドラゴンの調教師に合図を送る。



「グレイフィア、お前の乗るドラゴンは?」


「いえ、まだ準備は整っておりません」


「ならば私の愛騎、シュバルツヴィント黒き旋風を使え」


「シュバルツヴィントを?! でもあのドラゴンは旗竜アドミラルスシフとして、ゴボラが乗るはずじゃ――」



「そのゴボラからの頼みであり、これは私からの頼みでもある。シュバルツヴィントは、私と共に大戦を生き抜いた最強の竜騎兵ドラゴン。きっと、お前を守ってくれるはずだ」



 グレイフィアは、ガレオンとゴボラの間で何が話されたかを思惑する。



 おそらく旗竜となるシュバルツヴィントをグレイフィアに譲るのは、ゴボラが持ち込んだものだろう。なにせゴボラは、竜騎士としてグレイフィアの技量を知らない。


 国内最強と謳われるシュバルツヴィントには、竜騎兵を指揮するゴボラが乗るのが賢明である。しかしゴボラや他の竜騎士には、長年連れ添った自分の愛騎があり、乗り慣れないシュバルツヴィントよりも扱い慣れた愛騎のほうが、本来の力を遺憾なく発揮できる。


 ならば搭乗者のいないシュバルツヴィントには、竜騎士として未知数なグレイフィアが乗るのが妥当――そう判断されたのだ。



 グレイフィアは、なんだかんだでこうして気遣ってくれるゴボラに、感謝する。



(あのツンデレ軍師……ほんと、素直じゃないんだから)



 グレイフィアは髪をかき上げながら、自信に満ちた微笑みで力強く断言した。

 



「守るですって? 私の竜騎士としての技量も、ずいぶんと舐められたものね。ドラゴンの乗り方は、――ガレオン、貴方が教えてくれたのよ。そう簡単に墜とされると思って?」



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