第7話『復活のレイブン』
レイブンは手にしていた
「今の俺の名はラプチャーだって言ってんだろ! なんのためのコードネームだ!!」
「フン! 私に黙ってコソコソなにかをしているから、そうなるんだ!! そもそもそんなに、レイブンという名が嫌いか?」
「前任者の名だろが! 何度も言うが、俺は彼じゃない! そうやって同一視してくるけど、そんなことしても、万能スーパーヒーローには戻らないんだ!!」
また夫婦漫才ならぬ、口論のドッジボールが披露される――と思いきや、思わぬ人物に邪魔をされる。ゼオールの娘であるヴァジラだ。彼女は定位置である父の横で、妙に間の空いた拍手を捧げる。無論、称賛を意味する拍手ではない。愚弄だ。
ゼオールが嫌味にも、わざわざその拍手の意味を説明する。
「呑気なものだ。私の
ラプチャー……いや、
「僧侶ゼオール。イチャつくと口論の区別がつかないのか? その頭の中にある辞書、新しいのに買い替えたほうがいいな。なんなら喜んで手伝うぞ。めちゃんこ痛いけどな」
レイブンは、なにかと物騒な外科手術の提案をしつつ、クラシカルな懐中時計を取り出す。そして蓋を開け、ホログラムモニターを空間上に投影させる。
映像には、七色に輝く無数の光の線が映し出されていた。その光の線は一つや二つではない。あまねく光の線は束となり、まるで極光の渦――もしくは光の柱を彷彿とさせる映像だ。
その光の線を横切るように、一粒の光が移動していた。その姿はさながら、まるでゆったりと
レイブンはその光の礫を指差し、それがなんであるかを説明する。
「これは時空を視覚化したものだ。世界は我々が目にし、感じ取れる世界だけではない。敢えて小説ように定義するならファンタジーやSF、世界が荒廃したポストアポカリプス などなど、ジャンルは様々。似たような世界もあれば、唯一無二も存在する。こうして俺たちが感じ取れず、目に見えずとも、それは確かに存在しているんだ。
この光の線、一つ一つが、その世界だ。
そしてハイ! ここに注目! このゆったりと移動している流れ星! これこそが、君が殺したと断言した元娘とシーフの少年だ。――無事、この世界を脱出できたよ。ゼオール、残念だったな。君の負けだ」
そう告げられたゼオールは『バカバカしい』と鼻で笑った。
「絵空事を。その光の線一つ一つが世界を意味するだと? それを信じろと? ……ククク。嗚呼、なんと馬鹿げた負け惜しみか。即興で演じる稚拙な芝居に等しいぞ。 では仮に、君の言ったことすべてが真実だとしよう。見たまえ。それを可能とする神機は破壊された。あの残骸が敗北の証だ」
「神機? ああ、時空転移装置を制御するラップトップのことか。実のところ、あれを壊すのが一秒早ければ……ゼオール、あんたの勝ちだった。
あの時空転移装置は、厳密には適切な例えではないが、時空間に、ある種のトンネルを創る装置なんだ。ラップトップを破壊した時、あの二人はもう、すでにトンネルの中に居た。つまり あんたがやったのは、トンネルの入り口を塞いだだけに過ぎない。さぁ、これで分かったろ? 二人は無事に逃げ出したってことを」
ゼオールは不快感極まりないと、眉間にシワを寄せ、杖の柄尻で地面を叩く。
すると頭部の一つを失ったケルベロスが、わらわらと、また青白い群狼へと戻る。そして素早い機動で間髪入れず、エレナとレイブンの周囲を取り囲んだ。
ゼオールは、レイブンとエレナの退路を絶つ。そして俗物風情がと見下した視線で、『それでも強がれるのか?』と問う。
「なるほど……。では仮に私が負けたとしよう。だが、君たち二人は誰が救うのかな? この圧倒的戦力差で、増援もなしにどう戦う?」
レイブンとエレナはニヤリと笑った。
二人は目配せどころか声をかけることもなく、ただ自然と互いに背中を預ける。そして互いの
その姿にゼオールは「いいだろう。ならば、この絶望の中で溺れ死ぬがいい。この目で、事の顛末を見届けてやる」と告げる。そして狼の群れに下知をくだすため、杖を天高く掲げようとした――
――その時だった。
ゼオールに向け、何者かが焔の球弾が放ったのだ。魔力によって生成された火炎弾は、薄暗い鍾乳洞を朱色に塗り替えつつ、ゼオールへと迫る。
絵に描いたような、完璧な奇襲。
側にいたヴァジラでさえも、兆候を予知できず、反応すらできなかった。
しかしゼオールは、それを難なく防ぐ。まるで最初から予知していたかのように……。
――
しいて弱点を上げるのなら、効果時間の短さだろう。
異世界から召喚された存在――勇者という、反則的な魔力量を誇る者でなければ、そのデメリットは補えない。故にリフレクトカウンタースペルは、使い時を厳選しなければならない魔法だった。
ゼオールは、蔑むような視線で、奇襲を行った人物を睨む。
彼の視線の先にいた人物。それは駆け出しの冒険者丸出しの、年端もいかない少女だった。少女は魔術師なのだろう。体は震え、掲げている杖もどこかぎこちないものを感じる。そんな彼女が、勇気を振り絞り、鍾乳洞に響き渡る声で叫ぶ。
「誠司! 早く逃げて!!」
聞き慣れない名に、レイブンは思わずエレナを見た。
エレナは『ちょ?! なんで私を見るのよ! 呼ばれたのあなたでしょ!』という視線を向けるが、レイブンは肩をすくめて『いやいや知らんがな。だって俺、記憶喪失だもの』と、顔を横に振り、簡素なボディ・ランゲージでそれを伝える。
しかし無言の談笑はそこまでだった。
度重なる激戦。そして先の攻撃が最終的な引き金になった。ついに鍾乳洞の落盤が始まったのである。崩落した天井が、一切の例外なく、その場に居合わせた者たちへと降り注ぐ。
天井を見上げるエレナ。彼女は落下物に注意を払いながら、いつもの真面目な口調で撤退を促す。
「引き際だな。レイブン、作戦は成功したのだな?」
「ええ無事に。ご足労おかけしました」
「この礼はたっぷりしてもらうぞ。ゼオールは撤退したようだな」
「向こうも引き際を心得ているらしい」
「深追いはしない……か。ああいう連中は厄介だぞ。生き残る知恵がある分、執念深いからな」
「いやはやおっかねぇ。くわばらくわばら」
レイブンはふと、自分を『誠司』と呼んだ少女のほうを見る。なんと彼女はまだ留まっていた。仲間と思われる少年たちに手を引かれているが、少女はその手を振り払い、拒否する。そしてしきりに、離れた場所にいるレイブンに向けて叫び、伝えようとしていた。なにかを……――
しかし落盤による轟音で、すべての声はかき消される。
崩壊による轟音渦巻く中。レイブンは派手な手振りで『なにしてんだ! 早く撤退しろ!!』と伝える。それを見た少女は、冷静さを取り戻したのだろう。名残惜しそうな足運びで、仲間たちと一緒に出口である、地下迷宮の方へと向かっていった。
それを見届けたレイブンは安堵しつつ、その場を後にする。
本格的な落盤が始まり、地の底が唸り声を上げる。それはまるで地震のような振動。レイブンとエレナはそんな中、必死で駆け抜けた。そして、魔王城へと繋がる地下迷宮の入り口を、目視で確認する。
無事に逃げ遂せたエレナが、後続のレイブンに向かって叫んだ。
「なにをしてるの! 早く!! ここの天井も時期に崩れる!!」
エレナから少し遅れていたレイブン。意を決し、スライディングで地下迷宮に飛び込む。
――間一髪だった。
そのすぐ後に、巨大な鍾乳柱が落下。地下迷宮への入り口を塞ぐ。轟音は徐々に遠のいていく。そして大規模落盤は、しだいに沈静化していった。
レイブンがあの時、少しでも躊躇っていたら、その命はなかっただろう。
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