第6話『邪教の雷神』
もはや手段を選んではいられなかった。
ラプチャーは一か八かの勝負に出る。ケルベロスの上顎から左手を離し、即座にホルスターからハンドガンを取り出す――そして眼にも留まらぬ疾さで、弾丸を目的地へ送り込んだ。
一歩間違えば、弾丸を撃つ前に、ケルベロスの強靭な顎で噛み砕かれていただろう。しかしそうなる前に、ラプチャーは瞬速で先手を打ったのだ。
放たれた弾丸は、やはりただの弾丸ではない。前任者の得意技だった解呪――その性能を模倣し、可能な限り再現した魔弾である。
これにはケルベロスもたまらず、遠吠えのように体を仰け反らせ、悲痛な断末魔を上げる。
魔弾の効果は絶大だった。ラプチャーを喰らおうとしていた頭部が、凍りついたように凝固する。そして巨狼の顔面に、ピシピシと光の亀裂が走った――そして遅延信管が起爆でもしたかのように、盛大に爆発する。魔術回路の修復限界値を超えたのだ。それにより、ケルベロスは頭部を形成できなくなり、行き場を失った魔力が大気中の魔素と反応。爆発したのだ。
渡りに船。――拘束から解かれたラプチャーは、爆風を背に受けながら、そのままゼオールに向かって吹き飛ばされる。
ゼオールの背中に、ラプチャーの飛び蹴りが炸裂した。その衝撃でゼオールは破壊しようとしていたラップトップごと、地面を転がる。
ラップトップの液晶モニターは、これだけの衝撃を受けても無傷だった。そして健気にも、時空転移に向けたカウントダウンは継続している
――時空転移開始まで、残り10秒。
ゼオールは何事もなかったかのように立ち上がると、ラップトップを破壊するため、再び杖を振りかざした。ゼオールは、そのノートパソコンがなんなのかは分かっていない。しかしラプチャーの立ち振る舞いや、シーフの少年の視線の先には、常にあの見慣れぬ器具があった。
――素人でも分かる。つまりあれこそが、魔力を使わずに逃走を可能とさせる神機、その要であると見抜いたのだ。
その根拠を元に、ゼオールは他の器具には見向きもせず、執拗にラップトップにだけに固執し、破壊しようと目論む。
「させるか!!」
ラプチャーは爆風の衝撃で脳震盪気味になりながらも、朦朧とする意識を無理やり叩き起こす。そして彼は果敢にも、ゼオールに殴りかかったのだ。
渾身の右ストレートが、ゼオールの頬にヒットする。顔面にこれでもかと拳が喰い込む――本来なら、気絶しても良いほどの衝撃だ。しかしゼオールは、ギロリとラプチャーを睨むと、彼の右拳を掴む。
「なに?!」
ラプチャーは喫驚しつつも、即座に拳を引き抜こうとする――だが、ゼオールの指は鋼鉄のように固く、がっちりとホールドされていた。
「それで終わりか?」
ゼオールはラプチャーの手を握りつぶすため、少しずつ握力を強めていく。ギリギリと、痛みをじっくり染み込ませるように。
「――ッ?! ぐあああぁあぁあぁあぁああ!!!!」
これにはたまらず、ラプチャーも悲痛な声で叫んでしまう。指の骨が軋み、激痛が脳に突き刺さった。
「くそがぁああぁあぁ!!」
ラプチャーは胸に下げていたカイデックス製の鞘から、ナイフを取り出す。そしてゼオールの太ももに突き刺した。深い斬創にも関わらず、ゼオールは苦悶の表情どころか、顔色一つ変えず、目的を達成しようとする。
時空転移装置に採用されたラップトップは、軍用ノートパソコンであり、タフブックの異名を持つほどの、衝撃に強いデバイスである。しかしそれも、魔法という未知なる要素の前では、無力だった。
ゼオールは自身の持つ杖に雷を纏わせる。まるで北欧神話の雷神トールのように、稲妻に包まれしハンマーが、無情にも振り下ろされる。
もはやそれは、叩き壊すという次元ではなかった。
魔力によって創電されたエネルギーを、杖の先端部に内封させ、それを対象へ一気に振り下ろし――爆砕する。魔法による桁外れの荒業だった。
現にその衝撃は、打撃とは思えないほど凄まじいものだった。破壊はラップトップだけに留まらず、地面までもを無慈悲に抉り飛ばした。その破壊力は並々ならぬもので、まるで神話の再現だった。
破壊は地面だけに留まらず、鍾乳洞の落盤を誘発させてしまう。
竜の唸り声のような音が、鍾乳洞内に木霊し始めた……。
魔族の騎士団長エレナは、修道女ヴァジラとの戦いを取り止め、飛び退いて距離を離す。そして爆発のした方向を凝視する。
「あの爆発は魔力を帯びていた。――まさか! 殺られたの?!」
エレナの脳裏に、ラプチャー戦死という悪夢が過る。
まるでその悪夢が具現化したかのように、舞い上がる砂埃の中からゼオールが姿を現す。
ゼオールは魔力に衝撃波で、体についた砂埃を払いながら告げる。自らが勝利者である――と。
「我々を裏切り、魔族に組みした愚物。そんな卑劣な男が、この私を手負いにするとは……実に忌々しいものだ」
ゼオールはなんの躊躇いもなく太ももからナイフを引き抜く。そしてそれを、まるでスローイングナイフのように、エレナに狙いを定めて投擲する。
エレナは油断していた。――いや、油断というよりも、仲間の死を宣告され、束の間、呆然としてしまったのだ。
ゼオールは、絶望に浸かるエレナを見逃さなかった。
彼の職業柄、そういった傷ついた者の臭いを嗅ぎ分けるのが、得意中の得意である。もはやそれは、生き甲斐と言っても過言ではない。宗教勧誘も戦場でも同じだ。すべては人の心が動かしている。その心を掌握できれば、自らが表舞台に立つことなく、様々な事柄を処理できる。彼はそうして今の地位まで上り詰めた。
エレナがナイフに気づいた時には、もう手遅れだった。すでにナイフはゼオールの手から離れ、眼前に迫っていたのだ。防御しようにも間に合わない。
――しかしナイフは思わぬ挙動を見せる。まるで持ち主であるラプチャーの意志に沿うかのように、突如 軌道を逸らしたのだ。一発の銃声と、甲高い金属音と共に……。
エレナとゼオールは、その銃声がした方向を見る。投擲後のナイフを弾丸で迎撃する――物理的には可能であっても、現実味は限りなく薄い。こんな常識外れな偉業をやってのけるのは、世界広しと言えど彼一人だろう。
エレナは命の恩人の名を叫んだ。舞い上がる粉塵から現れた、魔王に召喚された男の名を――。
「レイブン!!」
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