第5話『魔族の騎士団長』
青白い肌に角を生やし、黒の球結膜に、鳶色の瞳を持つ女性。
間違いなく人ではない。魔界から異界の門を開き、この世界に権限した種族――魔族だ。
それを見たラプチャーが驚愕する。彼女はここにいるはずがないからだ。
「エレナ卿! なぜ
甲冑に身を包んだ麗しき女性。彼女は『しれたこと』と鼻で笑い、こう答える。
「私を出し抜こうとは、身の程知らずもいいこところだ。勝手に城内から抜け出し、雑魚相手に
「エレナ卿。申し上げにくいのですが……それを言うなら
「や、やかましい! 敵の前で恥をかかせるな! ニュアンス的に合っていればいいのだ!」
「はぁ? あんたが間違えたんでしょうが! つーか『ニュアンス的に合う』ってなんだよ。合ってないから指摘したんだよ!
「んもう! あー言えばこう言う!
「素直だから注意したんですぅ!! そもそも。その口調だと、助けるタイミング見計らってたな!」
「すぐに助けたらありがたみないだろ! この! あんぽ……あんぽる? あんぽた……いや違う。あれは……えっと確か、あんぽ――」
「あんぽんたん?」
いい加減にしろ。安い夫婦漫才はうんざりだ。そう言わんばかりに、雷撃魔法が放たれる。その稲妻はラプチャーとエレナに向かって注がれ、炸裂した。膨大な魔力によって創電された雷。その威力は凄まじく、大きな爆煙が上がる。
――しかし相手は、魔族の騎士団を束ねる
攻撃を行った老齢の魔導師は、間延びした拍手でその剣舞を称賛――いや、侮辱する。
「お見事と言っておこう。さすが魔族の騎士団長 エレナ様々だ。男を魅了する
神経を逆撫でされたエレナは、声のトーンを落とし、見下すような口調で煽り返す。先程の夫婦漫才が嘘のように……。
「なんとも不敬な称賛だ。騎士である私を、娼館の踊り子扱いとは……ククク、いい度胸だ。その自惚れ具合はまるで、新人の冒険者ではないか。ああ、忘れていたよ――名は? 首をはねる前に名を訊いておきたい」
「残念。この首も命も、すでに神へと捧げ、何一つ残っておりませぬ。――しかし、エレナには私の名を知っておいてもらいましょう。魔族の騎士団長を葬った、枢機卿の名を――」
老齢の魔導師は高らかと名乗る。その名を胸に懐きながら冥界へ帰せよ と言わんばかりに――。
「我が名は 元、聖アーガルド学園都市の論理魔導学教授にして、現、聖リゼリア教団 “ 祝福されし魔鏡の枢機卿 ” ゼオール・ドブルシュバインだ」
「これはこれはご丁寧に。訊いてもいない前歴まで教えてくれてありがとう、ゼオール・ドブルシュバイン。これで、君の名は後世に残る事になったぞ。魔剣カインフェルノによって葬られた、愚者 兼 敗者としてな!!」
エレナはゼオールとの戦うため、剣を構える。しかし彼女が矛を交える相手は、彼ではなかった。――魔導師の少女だった。
魔導師の少女はロングロッドに魔力を注ぐ。すると先端部が光り、湾曲した刀身が出現する。群狼と同じように、魔力で質量を生成し、巨大な鎌を顕現させたのだ。
巨大な鎌は遠心力を付加させ、少女はエレナに斬り掛かる。
ほぼ不意打ちに等しい強襲だったが、エレナは彼女の動向を関節視野で確認していた。魔剣カインフェルノで、なんら問題なく受け止めた。
「修道女崩れが! ええい! 邪魔をするな!!」
その言葉に、魔導師の少女は勝ち誇った不吉な笑みを浮かべ、こう返答する。
「ひどい戦い方。……――眼に頼りすぎ」
「素人がアドバイスだと? 少しトリッキーな戦い方ができるからといって、調子に乗るな!」
「それは……どうかしら――」
魔導師の少女は、エレナの言葉を訂正するため、それを行動で指し示した。魔力によって構成された鎌は、重さがない。そのため、仰々しい見かけに似合わず、高速連撃が可能だった。
魔導師の少女は、エレナに負けず劣らず美しい剣舞で攻勢に出る。鎌は円を描き、回転しながら斬撃を繰り出す。時たま地面に剣先が触れ、火花が飛び散る。
エレナは終始圧倒されていたが、目で攻撃の軌道を読み、独自の癖を見抜いた。
体を回転させながら斬撃を繰り出す際、一瞬ではあるが、背中を見せる癖があるのだ。
エレナは回転斬りをやり過ごし、魔導師の少女が見せた隙に、渾身の一撃を注ぐ。
―――――ガキィイィイイィン!!!!!
しかし、エレナの攻撃は受け止められてしまう。
魔導師の少女は、再び勝ち誇った愉悦の笑みで告げる。
「『背中 がら空き』――って思ったでしょ?」
それは罠だった。彼女はわざと背中を見せ、意図的に癖を演出していたのだ。そしてここぞとばかりに、エレナの首に狙いを定め、鎌を振るう。
エレナは体を仰け反り、間一髪で斬撃を避ける。そしてその勢いを活かし、バク転しながら彼我距離を離した。
「ただの修道女と甘く見ていたが。厄介だな……」
「私の名は、ヴァジラ・ドブルシュバイン。その名をとくと脳内に焼き付けるがいい。後の世に語り継がれるであろう、至高の賢者の名を……」
「訊いてもいないのに自己紹介か。賢者だと? 小説の読みすぎで現実と妄想の区別がつかなくなったのか? にしてもその厚かましさは、家系の血筋だな。そう思うだろ? レイ――」
エレナはそう問いかけながら、ラプチャーの方を見た。彼女は絵に描いたような二度見と共に、『ブフッ!』と吹いてしまう。それもそのはずだ。ラプチャーが今まさに、ケルベロスに喰われようとしているではないか。
「うぉおおぉおおお?! ヤバイヤバイヤバイ! 死ぬ死ぬ死ぬぅううう!!!」
エレナは眼の前の敵――ヴァジラを警戒しつつ、ラプチャーに向かって怒鳴った。
「な、なにをしてるかぁ!!」
「見て分かんだろ! 喰われちまったんだよ! ワンコと遊んでいるように見えるかぁ?!」
ラプチャーはケルベロスに捕食されてしまう。しかし巨大な
ケルベロスはこの予期せぬアクシデントに、顔をブルンブルンと振り、口に挟まった石柱を払い除けようとする。しかし歯と歯の間にジャストフィットで挟まり、一向に外れる気配はなかった。ケルベロスは取り除けないと判断し、今度は石柱ごと、ラプチャーを噛み砕こうとする。
並々ならぬ顎の圧力に、石柱が亀裂の悲鳴を上げ始めた。
そのバキバキと鳴り響く崩壊音に、ラプチャーは焦る。
「おいおいおいおいぃ! 嘘だろ嘘だろ!! 耐えるんだ石柱! お前が耐えないと俺一人で支えなきゃならなくなるだろぉ!!」
イタリアの神曲になぞらえるのなら、『第三圏貪 食者の地獄 にて 大食の罪を犯した者は、ケルベロスに引き裂かれ泥濘にのたうち回る』――。古の詩の中では、そう謳われている。
ラプチャーの脳内にも、そんなうんちくが過る――のだが、彼にとって んなものどうでもいい。死ぬか喰われるかの瀬戸際。どうあがいても生存ルートが見当たらず、バッドエンド目前なのだ。
そうこうしている間にも、ゼオール・ドブルシュバインはラップトップとの距離を詰めている。あと四歩進めば、もうすぐ手に届いてしまう距離だ。
ラプチャーは血走った眼で、アダムとイヴの方向を見る。
アダムはイヴを抱きかかえながら、最後の禁じ手――ハンドガンを使おうとしている。イヴも力を振り絞り、ハンドガンを握るアダムの手に、そっと手を乗せた。
質量計算に支障が出れば、向こうの世界のどこに転送されるか、その一切が分からない。座標軸が歪めば、地面や壁でさえ凶器に早変わりする。ラプチャーの警告通り、壁や物質に張り付いたまま一生を過ごすことになる。
例え死ぬことになろうとも。例え死よりも苦しい痛みに苛まれようとも。時空転移装置を死守し、この世界だけでも救おうというのだ。
いつ、弾丸が放たれてもおかしくない。
ラプチャー
アダム と イヴ
――そして、エレナ。
魔族は劣勢に立たされ、絶体絶命の危機に陥っていた。
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