【音声ログ】 私から 君へ
――と。ココまでが、私の歩んできた大まかな
いや……もはやこの物語は、私ではなく、
にしても、妙な気分だよ。こうしてまだ生きているのに、死後の自分に向けて、メッセージを残すのは。
厳密には違うがね。君が生きているのだから、死んではいない。
だが実質、ここで音声ログを録音している私は……そこにはいない。すでに消えている。だから、死んだようなものだろ?
君が目を覚ますと、魔族たちは君を讃え、感謝し、英雄として迎えられるだろう。きっと、身に覚えのない君は、目を丸くしてこう言うはずだ。『ラノベだって、ここまでご都合主義な展開はないぞ!』――ってね。
ライトノベル。ジュブナイル小説。まぁ呼び方は様々だが、ああいった夢のある小説は、実に素晴らしい。凄惨な現実から目を逸らし、束の間、夢のような時間を与えてくれる。
ジャンルも色とりどり。ファンタジーやSF、ミステリー……。それら、人の創り上げた物語によって、生きる鋭気を養えるんだ。
――しかし今、君がいるその世界は、ゲームや映画の世界ではない。ファンタジックな世界ではあるが、間違いなく現実だ。そしてもはや、
現実はいつも冷たく、残酷なものだ。
死ねば、そこで
その世界は見ての通り、ドラゴンやエルフが当たり前のように存在している。それはまるで、ファンタジーゲームのように……。
だがこれは現実。主人公補正も、ご都合主義もない。
ステータス画面も、レベルも、攻略本だって存在しないんだよ。なにせ、本物の世界だからね。
そして世界は……君を拒絶する。
人間はもとより、魔族からもね。
とくに魔族は、その傾向が顕著だ。人間である君を、最初こそ賞賛はすれど、受け入れないだろう。つまり敵は、外部だけでなく
先に説明した通り、魔族の心情は、君にも理解できるだろう?
私は――いや君は、先の大戦で魔族と敵対した国の人間だ。俗に世間で言われている、異世界からの救世主……『超空の神兵』。
魔族がそう簡単に、異世界の人間を受け入れるものか。この世界の人間でさえ、魔族は毛嫌いしているというのに……。
不安かい?
だがすべてが、敵になったわけではない。だからこそ私は、かつて経験した数多の世界――そこで助けてもらった、彼女たちを救ったのだ。
エレナを始めとする彼女たちは、人間である私を受け入れ、時として身を挺して庇い、支え、守ってくれた。
その恩を返すべく、私はインターネサインであらゆる可能性を計測し、今、君のいる結末へと辿り着くよう、
そして今も、私は自ら描いたシナリオの上を、こうして歩いている。
すべては、これを聞いている君のため――。そして、彼女たちのために……。
私にはもう、日本で過ごしていた、あの遠き日々の記憶は……ない。
あるにはあるが……。こちらの世界で過ごした日々のほうが、あまりに長くてね。
信じられないかもしれないが、自分に両親がいたのか、兄妹がいたのかさえ、もう忘れてしまっているんだ。自分が、どんな名前で呼ばれていたのかさえも。
こちらの幻想的な世界のほうが、私にとってもはや現実だ。日本で過ごしていたかつての現実こそが、すでにフィクションのように感じる。こればっかりは、なんとも不思議な感覚だ。
まぁこうして記憶が抜け落ち、ボヤけてたり、時にノイズが走ったりするのは、異世界召喚における記憶の欠如症状と似ている。だから一概に、『長生きしたから記憶が消えた』とは言い切れぬがね。
だが、ここまで来るのに気が遠くなるほど――、それこそ、発狂するほど遠い道のりだった。
……思えば、遠くに来たものだ。
自分が何者かも判らなくなるほど、私は戦い、傷つき、悲しみ、慰められ、そして愛した。
だから最後に……自分に対する皮肉を込めて、私の歩んだ物語の目撃者である
すべてのカタストロフを覆し、このエンディングを迎えることができたのだ。
「この芝居がお気に召したのなら、どうか 拍手喝采を」
さぁ、新しい私よ。
その眠りから覚める時が来た。
====【 №9683-F-9 音声ログ再生終了 】====
―――――――――………………
―――――――……………
―――――………
――……
――――これより覚醒シークエンス 最終段階へ移行します
▶各受容体 L.F.ブースター作動開始
▶迷走神経に向け ショックパルス送信中……
▶ノルアドレナリンの分泌を確認
▶覚醒までのカウントダウンを開始します
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1――
――――
▶バイタルサイン オールクリア。
意識の覚醒を確認しました。
すべての音声ガイダンスを終了します。
それではレイブン――『良い旅を』
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