本編 第一章『魔王の勇者は最弱最強』
プロローグ 01『レベル0な 最強の勇者』
魔族の少年は、この世の悪夢を目の当たりにしていた。
人々の悲鳴と怒号。そして倒壊した建物の数々。家屋に燃え移った火災。
焦げた臭いが充満し、煙が視界を遮っていく。そのどす黒い煙は、まるで明日への希望を包み隠すかのように……
今朝まであった見慣れた景色は、すでに過去のものとなり、あって当たり前だった平穏は、瞬く間に崩れ去った。
今日は記念すべき戦勝祭であり、本来なら、誰もが幸せな時を過ごすはずだった。
今まで人間たちに負け続けていた魔族。その敗戦癖を払拭させ、勝利の美酒に酔いしれる、至高にして至福のひと時。誰もがそれを思い描き、今日の戦勝祭を楽しみにしていた。
この興に水を差し、魔族の本土であるアルトアイゼンを奇襲した勢力。それは、魔族の仇敵である人間たちではない。
――巨人。
首から上のない不気味な存在が、街を闊歩していた。 全長22メートル。家屋の背丈よりも高い巨人が、進路上の構造物を潰し、我が物顔で蹂躙している。
魔族の少年の眼の前には、倒壊した建物の下敷きになった母親と妹がいた。妹は恐怖で金切り声のような鳴き声を上げている。母は気絶をしているが外傷はない。これだけの被害にも関わらず、二人とも無事だった。
しかし、倒れた建物が母娘の下半身に重く伸し掛かり、このままでは身動きできない。
少年は母と妹を助けるため、倒壊した建物をどかそうとする。しかし子供一人で撤去するなど、到底、無理な話だった。
――その時だ。 魔族の少年は誰かの視線を感じ、バッと後ろを振り向く。
「ハッ?! ひぃいいい!!!」
少年は恐れ慄く。この惨劇を招いた当事者である巨人が、膝を付いて しゃがみこみ、こちらを覗き込んでいたのだ。まるで子供が、足元の蟻を見るかのように。
覗き込むといっても顔はない。しかし顔の代用器官は存在していた。この巨人の体を支配する、
「うわぁああああああぁあぁあ!!」
魔族の少年は半狂乱で、近くに落ちていた木の棒を掴む。それはただの木の棒ではない。劇で使用されるはずだった、催し物用の松明だった。少年はその松明を振るい、近づいて来る触手を追い払おうとする。効果は絶大だった。触手の体表に松明が当たり、ジュッという焼ける音が響く。続けて豚の焼けたような、香ばしい臭いが鼻腔をくすぐる。
巨人は顔――いや、無数の触手を押さえながら立ち上がる。急所だったのか、それともよほどの痛さだったのか、顔を覆ったまま悶絶している。
そして痛みが引いたのだろうか。引っ込んでいた無数の触手が、首から再び這い出てくる。それはウネウネとのたうち回りながら、魔族の少年を見る。――厳密には目やそれに該当する器官はない。しかし独特の威圧感は、あきらかに一点へと注がれている。松明を持ったまま唖然としている、あの少年へと……。
顔のない巨人が、大きく足を振り上げる。狙いは言うまでもなく、あの少年だ。
人は過度な恐怖に晒されると、思考が停止し、体が萎縮してしまう。現に魔族の少年は、あまりの恐怖で動けなくなっていた。
少年は必死に声を絞り出す。
「た たす……けて――」
しかし、そのかすれた声は、誰にも届かない。
だがここで、女性騎士が姿を現す。魔族の騎士団長 エレナだ。彼女は市民の避難誘導を行っていたが、嫌な予感を感じ、この場所まで戻ってきたのだ。
エレナの予感は的中してしまう。茫然自失の少年に向け、声を張り上げて叫んだ。
「なにをしているの! 逃げて!!」
その間にも、振り上げられた巨人の足が、渾身の力を込め、一気に下ろされようとしている。
エレナは少年を助けるため走り出す――しかし、なにをするにも手遅れだった。
巨人は、一切の躊躇いもなく母親と妹、無力感に苛まれた少年を、押し潰す。
――――ズン!!!!!
まるで地震のよう大地が震える。それは街全体へと広がり、火災によって生じた煙でさえ、掻き消さんばかりの衝撃だった。
魔族の誰もが、少年とその家族を救えなかった。――彼を除いては。
「――――ッ!! …………? え?」
少年は恐る恐る瞼を上げる。そして彼が見た者は、意外な人物だった。スーツ姿にネクタイを締め、大剣で巨人の足を支える男の姿だ。
魔族の少年は、その男の名を呟く。彼は知っていたのだ。人間でありながら人間と戦い、この国に勝利を齎した英雄のことを。
「魔王に召喚された……勇者?!」
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