第23話『誤算(エラー)』




 地下迷宮を五人の勇者が進軍している――いや、もはや目的地を目指す進軍とは、あまりにもかけ離れた姿だった。


――徘徊。


 自分がどこにいるのか、どこに向かっているのかさえも分からず、地下迷宮をただひたすら歩き、時間を無意味に浪費する……。



 なんの成果も齎さず、ただ闇雲に歩く様は、まさに徘徊と呼ぶに相応しい行為だった。



 未だ、レパン出血熱に感染していると思い込み、『時間がない』と焦る勇者達。ワクチンを持つレイブンの行方は依然として知れず、道標となるはずだった地図もまったく役に立たなくなってしまう。


 そして、悪戯に時間が過ぎていく中で、不安だけが募り、勇者達の我慢も限界に達しようとしていた。


 彼等は勇者ではあるが、極限的状況を切り抜けなければならない、軍人とは一線を画する。メンタル面はまだ、10代の子供なのだ。


 重く伸し掛かる死の恐怖と向き合い、それに折り合いをつけ、絶望を処理できるほどの精神はなかった。


 死の恐怖が、本心を覆っている冷静さや理性を削り続ける……。そして抑えていた不満や憤りが露わとなり、ついに爆発してしまう。




「なにが抜け道の地図だ!! 全ッ然 役に立たねぇじゃねぇかクソが!」




 先導役のネクロマンサー死人遣いが、手にしていた地図を癇癪気味に叩きつける。そして愚策を講じ続ける無能な指揮官――ダエルに、罵声を吐きかけたのである。



「リーダー! それもこれも全部てめぇのせいだ! てめぇが意気がってなんの計画も無く行動したから、こんな事になっちまったんだろうが!!」



 ただでさえイラついているのに、身内とはいえ侮辱されて黙っているダエルではない。どすの効いた声で「あぁ?」と首を傾げながら、鞘から剣を引き抜いた。



「わりぃ、全然聞こえなかったわ。もう一度、その汚ぇ口で言ってみろよ。言える度胸があんのならなぁ、この糞野郎」



 狂人な笑みと明確な殺意を向けられ、ネクロマンサーも腹を括る。今まで言えなかった鬱憤を、ダエルにぶち撒けたのである。



「聞こえねぇのかよ、お宅の耳、腐ってんじゃねぇの? マジで使えない糞リーダー様だな!! てめぇがお間抜けのお調子もんだから! 敵の策略にまんまとハマってんだよ間抜け!」



「黙って聞いてりゃ良い気になりやがって。ネクロフィリア死体愛好者風情が、調子ぬかしてんじゃねぇぞ!!!」


 ダエルは『このバカに、誰がボスなのかを教えてやれ』という視線を、他の仲間へと向ける。自らの手を汚すのではなく、部下に始末をさせようというのだ。


 二人の口論を眺めていた仲間たち。彼等もまた、その戦列に加わる。

――だが、ダエルに賛同する仲間としてではない。ダエルをリーダーの座から蹴り落とす、敵として加戦したのだ。



 上半身裸の格闘士ファイターが、指の関節をパキパキ鳴らしながら、ダエルにこう告げる。



「良い気になってんのってさぁ、結局てめぇなんだよダエル。君主から覇王の名を頂戴されたくらいで浮かれてよぉ、肝心な時にこのザマだ。

 役立たずの裸の王様は、王座から引き釣り降ろされてギロチン台行くのが、宿命なんだよ」



 そしてファイターはダエルにガンを飛ばし、今まで喉奥に留めていた本音を曝け出した。



「そもそもお前をリーダーに使命したのは、お前がテコンドー部の副部長で、他に束ねる奴がいなかったから承諾したんだ。

 最初に魔法能力開花し、使える俺達に指導してくれたのも、すべてお前のおかげ。けど俺らはもう、お前以上の魔法が使えるんだよ。この意味分かるよな? 副部長さん」


 ファイターに続き、他の者達も今まで積もり積もった本心を吐き出す。



「今まで仕方なく付き合って来たが、ここまで使えねぇリーダーだとは思わなかった。そろそろお役御免のお払い箱。副部長もリーダーの座も“首”でよくね?」



「あんたが、『絶対に勝てる戦いだ』ってぬかしたから、俺らはこの戦いに参加したんッスよ。それが蓋を開けてみれば……なんなんッスかこれ。

 そもそもギルバルドの申し出を断っていなきゃ、今頃、あの勇者を捕まえていたかもしれないのに! こうなったのは全部、あんたが調子ぶっこいたせいッスよ!!」



 仲間の賛同を得たネクロマンサーは、部下達の代弁者として語る。



「いつも汚ねぇ仕事や面倒事は、こうして全部俺達に押し付けやがる! そのくせ自分の手は絶対に汚さねぇ! お前は最低の卑怯者だ!!」



 四人の勇者達は、差し迫った状況であるにも関わらず、ダエルに鬱憤をぶち撒け、反旗を翻した。


 冷静に考えれば、この状況下で権力抗争などしている場合ではない。

 だが勝てると豪語した戦いに付き合わせ、この泥沼な現状に導いたのは、何を隠そう彼なのだ。


 しかも神様が悪ふざけで創ったとしか思えない、レパン出血熱という死の刻印までもが押されている――。


 彼らがこうして、自暴自棄になってしまうのも無理はない。


 ただ敗北するだけなら目を瞑れる。それならば、退いてやり直すことができるからだ。だが血を吐きながら、のた打ち回って絶命するのだけは見過ごすわけにはいかない。



 どうせ死ぬのなら、せめて今まで味わった屈辱を晴らしてから、死んでやる――。



 その破滅的思想が、彼等の冷静な判断を曇らせ、常軌を逸した行動へと駆り立ててしまったのだ。

 これも自暴自棄に陥った、集団心理の成せる御業であろう。


 絶望に淀んだ彼等の心にあるのは、生に縋る事ではない。


 今までの受けた屈辱の精算。そして愚策を講じ、死の片道切符を無料でばら撒いた元凶――ダエルへの復讐である。



 宣戦布告を受けたダエル。思いもよらなかったはずの蜂起だが、ダエルは笑みを零した。



 待ちに待った秘剣の試し斬り――その絶好の機会が訪れたのだ。

 それもダークエルフや魔族といった、他愛もない雑魚とは違う。自分と同じ勇者で模擬戦ができるのだ。これほどの機会はそうそう訪れるものではない。


 ダエルはこのシチュエーションに狂喜する。そして自らに課せられたタイムリミットも忘れ、血に飢えた戦闘狂としての本能を呼び醒ました。


 彼は舌を出し、じゅるりと舌鼓を打つ。そして元部下達を一望し、彼等を嘲笑った。



「おいおい、こんな場所でリーダー選抜選挙すんのかよ。お前らがそこまでバカだとは思わなかったんだが……――、ほんとに殺っちゃうの? ここで?」



 四人の怒れる勇者達は、各々の武器を手に取ると「殺るに決まってんだろ」という殺気めいた視線を向ける。

 それを見たダエルは「OK上等だ」と鼻で嗤い、彼等から攻撃して来るのを待ち構えた。


「ほんと辛くて悲しいなァ~。お前らのブサ面が、もう拝めなくなるとマジで超辛ぇよ~」


 ダエルはヘラヘラと笑いながら、全力で彼らの神経を逆撫でする。


 どこまでも人をバカにしたダエルの態度に、四人の勇者達は激昂した。

 彼等は武器を手に、只ならぬ形相で口火を切る。戦いの火蓋が切って落とされたのだ。



「ほざけダエル!!」

「てめぇはもう、用無しなんだよ!!!」



 まず先手を打ったのはネクロマンサーだ。


 ネクロマンサーは杖を掲げ、死者蘇生魔法を詠唱する。

 魔法陣の光に呼び起こされたかのように、石畳を突き破り、死者が黄泉の国からの帰還を果たした。


 ネクロマンサーとて、ただ無駄に地下迷宮を歩いていたわけではない。彼は迷宮を彷徨いながらも、通路で朽ちていた骸一人一人に魔力を注ぎ、人知れず自らの駒を増やしていたのだ。


 死を恐れない――いや、すでに望まぬ死を受け入れ、ヴァルハラへと旅だったはずの騎士達。だが彼等はネクロマンサーによって現世に呼び起こされ、屍人アンデットとしてダエルに牙を剥いたのである。



 だがダエルは、その攻撃が来ることを完全に見切っていた。



「そう来ると思ったぜ! お前の攻撃は、あくびが出るほど芸がないからなァ!!」



 ダエルはレイブン戦で使用した、回転斬りを行う。前回の戦いとは違い、絶大な猛威を振るった。


 レーヴァテインの閃光が、鋭い円を描く。


 群れをなして襲い掛かったアンデッド達。彼等は光の輪の中で上半身と下半身へと分断され、無惨に飛び散った。

 この世に復活を果たした束の間、アンデッドは二度目の死を迎えたのである。

――だがアンデットは十分その役割を果たした。 


 飛散したその骸の間をくぐり抜け、勇者達が強襲を仕掛けたのである。



「芸がねぇのは、てめぇだよダエル! その技のモーション! 相変わらず隙が大きいなぁ!」 



 格闘士ファイターが、大きく振りかぶり、回し蹴りを繰り出す。跆拳道特有の戦法だ。


 だがダエルもまた、同じ跆拳道の経験者だ。彼は回し蹴りの軌道を見切り、手甲ゴーントリットで受け止め、それを腕当バンブレスで受け流した。


 ファイターの攻撃は、単なる蹴り主体の跆拳道ではない。

 脚部に限定的な加速魔法を施し、通常では不可能な高速蹴撃を繰り出していた。



 ファイターはダエルの頭部を狙い、連続で蹴りを繰り出し続けた。



「ダエル! てめぇのスカスカの頭は、叩いたらどんな音がするんだ? 蹴り飛ばしたらさぞ、いい音がするんだろうな!!」



 ダエルは「うぜぇ」と舌打ちし、防御に徹しながら反撃の機会を伺う。

 だがそれをさせまいと、他の勇者達がダエルの後方へ急いで回り、攻撃を仕掛けた。


「――背中がお留守っスよぉ!」


 勇者達はダエルの頭部目掛け、斧やショーテルを振り下ろした。


 ダエルは左手で蹴りを受け流しつつ、右手のレーヴァテインを逆手に持ち替える。そして剣先を石畳へ突き刺した。



「うざってぇ!! それで不意を突いたつもりかァ!!!」



――そしてダエルは圧縮した魔力を開放させ、憤怒の咆哮を上げる。




「この糞雑魚どもがァアァアア――――ッ!!!!!!」 




 ダエルを基軸に、衝撃魔法が展開される。


 四人の勇者は、咄嗟に距離を取ろうとしたが間に合わず、アンデットや石畳の破片共々、激しく吹き飛ばされてしまった。


 四人の勇者は石畳の上を転がりつつ、即座に態勢を立て直そうとする。立ち上がろうとした彼等の目に、猛然と迫るダエルの姿が目に映った。



「閉所で衝撃魔法が使えないと思ってたろ! バぁカ! 俺がこうして本気だしたら、お前らみたいな雑魚は吹っ飛んじまうだろ! だからあえて使わなかっただけだ!! てめぇらのレベルを考えろ! 俺とお前らじゃ勇者としての格が違うんだよ! 格がなァ!!」



 ダエルは嬉々としてそう語りながら、ファイターへと斬り掛かる。


 ファイターは果敢にも剣撃を避け、みぞおちに会心の一撃カウンターストライクを打ち出す――だがダエルの素早い身のこなしと、太刀捌きのほうが上手だった。



「これで終わりだ副部長ぉ!!」


「終わりはてめぇのことだよ! この糞マヌケがァアァ!!!」



 レーヴァテインから甲高い共鳴音が響き渡る――、ダエルは慟哭のような音を響かせながら、レーヴァテインを振るった。



 鋭い蹴りと剣が交差する。



 蹴りはダエルの髪先を擦れるに終わったが、ダエルの剣は見事ファイターへと喰らいついた。



 ファイターの鍛えあげられた肉脚は、レーヴァテインによって無惨にも分断される。分子レベルで斬り裂かれたことにより、ファイターは痛みすら感じず、宙を舞う自分の脚を目撃する事となった。



「え? あぁ?! お、俺のあしが?!!! あしがぁあああああァアァアア!!!」



 ファイターは悲鳴を上げ、大きくバランスを崩す。彼は咄嗟に近くに生えていた魔光石を掴み、転倒だけはなんとか免れた。斬り裂かれた脚の断面は、剣で斬られたとは思えないほど鋭利で、平らだった。


 ダエルは、ふとももを押さえて絶叫するファイターを嗤いながら、スッと腰を落とす。そしてファイターの頭部目掛けて、横薙ぎの一閃を振るった。



「俺の頭がスカスカだぁ? そりゃテメェのことだろ!」



 無慈悲な一閃――。


 レーヴァテインの刃が、ファイターの側頭部へと喰い込む。――その刃は、まるで軟な果実でも斬るかのように、恐ろしくスムーズだった。



 ズシュンッ!


   ――ビシャッ!!!



 ファイターの頭部は分子レベルで斬り裂かれ、頭の中身が飛び散る。


 ネクロマンサーはマントを翻し、飛散したその肉片から身を守った。そして改めてダエルの強さを実感し、その底知れぬ狂人さに畏怖を覚える。


 ダエルは勝利の雄叫びを上げる代わりに、レーヴァテインを咆哮させた。

 まるで泣き叫ぶ悲鳴のような音の中。後れを取っている勇者達を、挑発する。一切の緊張感のない、余裕の表情で――。



「んだよお前ら。この期に及んで遠慮とか手加減とかさぁ、ほんと水臭ぇじゃねぇか。今日は無礼講無礼講。遠慮なんていらねぇから、かかって来いよ」


 ダエルはファイターの亡骸にツバを吐きながら、最後にこう締め括った。


「そんでもってよぉ、てめぇらの豚みたいに泣き叫ぶハーモニーが、人生を締め括る最高のエンディングテーマになるんだ! なかなか、粋だとは思わないか?

 おっと礼を言う必要はないぜ! だって俺達、ト モ ダ チ じゃねぇか。 ククククク……ヒャヒャヒャ! ヒャァアアハハハハハッ!!」



 ダエルは戦いのカタルシスに酔いしれ、狂喜の笑みを浮かべる。


 心から殺戮を愉しみ、かつての仲間ですらなんの躊躇いもなく、平然と斬り捨てる――。その姿に、勇者達3人は改めてダエルの残忍さを実感した。



――だがその時だった。



 突如地鳴りのような音が、地下迷宮内に反響したのだ。それは次第に激しさを増し、石畳や壁、天井を震えさせるまでに至る。


 地鳴りによって天井の一部が崩落し、砕けた瓦礫が通路に散乱する。復活したばかりのアンデッド達も、その崩落に巻き込まれ二度目の死を迎えた。


 揺れが激しくなる中。勇者達は手近なものに捕まり、辛うじて転倒を免れる。そして立ち上がる砂埃から目を守りつつも、細目で周囲を警戒し、目を見張った。


 勇者の一人が、この予期せぬ事態に狼狽えながらも叫んだ。



「な?! この揺れはトラップじゃない!! じ、地震か?!!」



 だがそれは地震ではなかった。


 暗澹たる通路の奥から、その震源が高速で襲来したのである。


 その姿からは到底想像すらもできない、異様な俊敏さ。勇者達はその、のたうち回る者の奇襲に、為す術無く呑まれてしまった。


 うぞうぞと蠢く黒い群れが、ネクロマンサーの背後から覆いかぶさる。そして皮膚を喰い破り、ミミズのような触手が皮膚下を侵食する。彼の体は、その異形な者によって貪られていった――。


 あまりの激痛に、ネクロマンサーは人のものとは思えない、顎が外れんばかりに開口し、絶叫した。



「な?! なんだよこれ!! いッ!!! ぎ?! ぎゃあああああああああああああああ!!」




            ◆




 ネクロマンサーの悲鳴が地下迷宮を駆け抜け、鍾乳洞内にまで到達する。



 巨大なエンシェントドラゴンの骨――その下にいるレイブンの耳にも、反響するネクロマンサーの悲鳴は届いていた。



「所詮、彼らの口にする友情や絆といったものは、利害関係の一致におけるご都合主義の詭弁。互いに互いを喰い潰すその姿のほうが、相応しいですよ――」



 レイブンはレイジングウルフを装備し、岩陰で息を潜めている。


 仲間割れした勇者達が、この場所に雪崩れ込むのを先読みしていたのだ。彼はこの場で武装を整え、迎撃するため待ち構えている。


 レイブンは懐中時計を取り出し、時刻と未来予測値を確認した。


「――すべて予定通りですね。あとはダエルを仕留め、早急に大砦に戻らないと……。夜が明ければ、竜騎兵の大群が首都へ押し寄せる。さすがに魔族の竜騎兵だけでは、制空権を手に入れることはできない。

 それに失敗すれば、グレイフィアとアーシアは命を落とす事になる。それだけじゃない、他のみんなも……それだけは、なんとしてでも防がなければ――」


 時刻を確認し終えると、高機能端末デバイスを起動させる。そして彼にしか視認できない、無数の立体ホログラムが表示された。

 複雑な演算数値によって算出された、これから起ころうとしている未来。予言の書とも言えるデータが、レイブンの目の前に投影される――



「どういうことだ? これは……いったい――」



 レイブンはグラフの数値を目にし、愕然とする。


 予測精度値が下落していたのだ。


 予測精度が下がるということは、レイブンが歩もうとしている未来から反れ、別の未来へと進むことを意味していた。


 レイブンはグラフを凝視しながら、この算出結果に戸惑う。


(この高機能端末は、ゼロが私のために用意したものだ。私にでも使えるようにした分、処理が追いつかず、不完全なデータ処理がなされたのか?

――いや、それはない。

 今までは正常に、フローチャートを消化し続けてきた。ビジターに配給されている純正品には及ばないが、精度に関しても申し分ない。

 じゃあここに来てなぜ、これだけ大きな誤差が生じた? 外部的要因? それとも私が、なんらかのミスを犯したというのか?)



 レイブンはデバイスから目を離し、ある方向を見た。

 彼の目に映るのは、地下迷宮へと繋がる鍾乳洞の入口だ。


 計算上、勇者達はあの場所からここに逃げこみ、それを一気に仕留めるという計画シナリオだった。



「いや……奴らは必ず来る。あの未来は端末ポータブルではなく、自律発展型演算装置インターネサインによってシミュレートしたものだ。精度は“彼女”のほうが遥かに上。この携帯端末とは、比較にすらならない精度を誇る。

 森羅万象すべての事象を観測し、微細な病原菌から、政治・経済・天候、ありとあらゆるすべての変動パターンをも予測できる――あの究極機械ウルテクデバイス。その計算が、外れるはずがない」


 レイブンは『疑う余地はない』と自分に言い聞かせ、ビジターの世界で行ったシミュレートを信じる。

 そして彼はレイジングウルフを構え、その標準を鍾乳洞出入口へと定めた。




 レイブンは、この日をずっと待ちに待ち望んでいた。


 ダエルとの決着。


 すべてに終止符を打ち、犠牲になった者達の無念を晴らす――この瞬間をが来ることを待ち望み、信じていたからこそ、今まで戦い続けて来れたのだ。


 長年果たせなかった夢の成就。それを目の前にして、引き下がれはしなかった。 




「時間だ」



 レイブンは静かにそう告げると、立体ホログラムに表示されたタイマーを流し目で確認し、カウントダウンを開始した。



「会敵予想時刻までカウントダウンを開始。 10。9 8 7 6 5――」



 レイブンは数字を口にしながら、心の中でゴクリと息を呑んだ。


 彼がここまで緊張するのは、この世界に来てから初めての事だった。


 今までは、何がどう起こり、それがどういう過程を経れば、最適な形で収束にするのか――それが手に取るように見えていたため、緊張する要素が皆無だったのだ。


 だが今は違う。


 一秒先の未来すら不鮮明なものとなり、未来を覆い隠す暗黙が、彼の眼前に広がったのだ。


 レイブンが極度の緊張に苛まれたのは、未来が見通せなくなったという事だけではない。


 まるで呪いでも掛けられたかのように、ダエルに勝てず、敗北に敗北を重ねていた――あの悪夢のような日々。その無限地獄に舞い戻ってしまうのではないかという懸念に、レイブンは苛まれていたのだ。



――この時レイブンの脳裏には、アサシンのあの言葉が過っていた。




 『例え未来を予測する力があったとしても、そのおめでたい脳みそじゃ、永遠に俺には勝てない』



『そしてこれからも、同じ結末を繰り返すんだろうな。未来永劫、終わることのない無意味な人生を――』


 レイブンは心の中で、その言葉を振り払う。


「4 3 2 1――」




――そして、運命の瞬間は訪れた。




ゼロ





 カウントがゼロを刻んだ瞬間、予想通り鍾乳洞の出入口から勇者が飛び出す。


 それを目にしたレイブンは、半ば祈るような気持ちで、レイジングウルフの引き金を引いた。



  


 報復と終焉を齎すための凱歌が、鍾乳洞内に木霊した――。




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