第22話『復活のエレナ』





 地下宮殿 大砦 『タルヌングフェーニクス』 円卓の間



 円卓の間の中央部に、魔力を帯びた球体が浮かんでいた。

 この地下迷宮を守護する象徴――フェーニクスツァイヒェンである。エステラはその中で地に足を付けず、詠唱に成就していた。


 エステラは球体の中で浮遊し、神々しい光に包まれている。その背には後光が射し、魔力の奔流フローによって風もなくスカートが靡いていた。

 まるでその姿は、神々の祝福を受けた聖女――もしくは神々の世界アスガルドから遣わされた、蒼天の戦巫女ヴァルキリーである。



 シルエラとゼノヴィアは、その下で戦況を見守っていた。魔力によって光り輝く立体マップは、ほぼリアルタイムで状況を確認できる。

 だがこの場所から把握できるのは、あくまでトラップの状況のみに限定されていた。


 どの箇所が侵入者によって破壊され、どれだけの損傷を受けたのか。

 そしてどれだけの数が起動状態にあり、故障の有無、修復が必要なのか――。そういったメンテナンス情報しか、この場所では確認する事ができない。

 トラップが次々に破壊されていく様子が、立体マップとして映し出されていた。この立体マップには、レイブンや勇者達の居場所は表示されていない。得られる情報はトラップの状態のみだ。



 トラップの損傷を意味する黄色。

 破壊された事を意味する赤い点滅。

 そして青い表示は、問題なくトラップが稼働していることを意味する。



 表示されているマップは、青色から少しずつ、赤色へと塗り潰されていた。

 この破壊されていくマップを見れば、勇者達侵攻ルートや居場所は、概ね把握することができた。

 レイブンには未来を見通す力がある。相当な理由がない限り、まずトラップを破壊することはないだろう。

 こうして進行上のトラップを破壊するのは、敵である勇者達を置いて他にない。つまり立体マップ上の青から黄色、そして赤へ塗り替えられるこの狭間。この色が変化していく場所に、勇者達はいるのだ。


 エステラも、ただ黙って見ているわけではない。レイブンが発案した妨害工作を、すでに実行していた。


 やることは実に単純明快シンプルである。


 勇者達が内通者から得たであろう、地下迷宮の地図――それを逆手に取るのだ。

 フェーニクスツァイヒェンで地下迷宮を組み換え、構造レイアウトを変えてしまう。そうすれば、内通者から渡された地図は意味を成さなくなり、かえってその地図が混乱を招く元凶となるのだ。


 道に迷い、方向感覚を喪失した勇者達。彼らはまったく見当違いの方向へと進んでいた。

 それもそうだろう。あまつさえ、勇者達は安全とされた抜け道で、トラップの奇襲を受けている。さらに混乱に拍車を掛けるように、今度は抜け道を示す地図そのものが、まったく意味をなさなくなった。


 勇者達は、狂った羅針盤を手に地下迷宮を彷徨う。あるはずのない道が突然目の前に現れ、怖気づいて戻ろうとしても、先程まであったはずの道がない。そして自分がどこにいるのかさえも分からなくなり、完全に方向感覚を見失うのだ。


 見事、作戦は功を奏す。


 シルエラは立体マップを見つめ、勇者達の翻弄具合を確認する。彼女はそれに安堵しつつも、同時に悲しげな表情を見せた。



「順調ね。すべてレイブンの予言通りに、事は進んでいるわ……」


 ゼノヴィアはその意見に賛同しつつも、釈然しない様子で告げる。いや、釈然としないと言うよりも、複雑な想いだった。


「何万回も人生やり直してるんだ。事がどう運ぶのかなんて……自ずと分かっちまうんだろうな。

 その上今のレイブンには、未来を見通す力まであるんだ。そんなもんまで手にしているあいつは、千里眼を持つ魔導師か、神託を告げる預言者様だぜ……」


 本来なら、順調に進んでいる事を喜ぶべきだろう。

 だがしかし、二人は素直に喜べなかった。それだけレイブンが死を経験し、人生をやり直したという証なのだ。


 いくら長寿の魔族やダークエルフとはいえ、与えられる死は一度しかない。

 だがレイブンは違う。

 神が定めた法則を無視し、生と死の狭間を何度も行き来している。そして永久の安らぎを得ることなく、死ねば強制的に時間を巻き戻され、ゼロからやり直さなければならない。

 それまでレイブンが築き上げた、友情や仲間との信頼――そして固く誓い合った絆でさえも、すべて無かったことになるのだ。



 永遠の孤独。



 死から目覚めるその時。レイブン以外のすべての要素がリセットされ、召喚された瞬間へと戻される。――しかも、ただゼロに戻されるのではない。人間であることで差別や迫害を受ける、マイナスからのリスタートなのだ。


 それでもレイブンに、立ち止まる事は許されない。

 無限に繰り返す輪廻の中。ただ一人、仲間と共に過ごした日々を振り返りながら、生きていかなければならないのだ。

 

 シルエラとゼノヴィアはそれを想像し、その壮絶な人生に胸を痛めていた。それは人間よりも遥かに長寿な魔族やエルフでさえ、想像を絶する地獄に他ならない。その過酷な人生を、人間という短命な種族が送っているのだ。発狂し、廃人になっていてもおかしくない。


 シルエラは重い溜息を吐きつつ、懐中時計を取り出す。その姿を見たゼノヴィアが、シルエラに問いかけた。


「そろそろ、あの時間か?」

「ええ。彼の予定通りに事が進んでいるのならば、もうすぐここに……」


 二人はそんな会話を交えながら、扉の方向を見る。針がその時刻を指し示した瞬間――大扉が開き、来訪者が姿を見せた。


 兵士たちに連れられ、円卓の間に現れた人物。それはレイブンが助けた、エストバキアの弓兵達だった。


 彼女達は毅然とした姿勢を保ってはいが、その顔には、若干の不安と緊張を宿していた。

 無理もない。

 成り行きとはいえ、攻め込もうとしていた敵陣のド真ん中へと、逃げ込んだのだ。しかも空中には、得体の知れない球体が浮かんでいる。初めて訪れた彼女達にとって、それがなんなのか検討もつかないだろう。


 そういった異質かつ荘厳な空間が、弓兵達により強い警戒感を抱かせてしまっていた。


 シルエラはエストバキア弓兵の不安を和らげるため、笑顔と友好的な態度で歓迎した。


「ようこそ、タルヌングフェーニクスへ。私がダークエルフの族長、シルエラです。エストバキアの皆様を、来賓者として心より歓迎します」


 ダークエルフに敵意はない。その姿勢にエストバキア弓兵達は安堵し、仲間同士で目を見合わせて喜んだ。一見すると表情に出てないように見えるが、その口元が微かに緩み、笑みを浮かべている。

 弓兵を代表し、ポニーテールの少女が前に出た。そしてシルエラと握手を交わしつつ、ある事を質問する。


「手厚い配慮、心から感謝の意を表します。助けて頂いたのに、こんな不躾な質問をするのをどうかお許し下さい。私達の待遇は、捕虜……ではないのですか?」


 シルエラは顔を横に振り、それを否定した。


「いいえ、捕虜でも人質でもありません……」


 シルエラは少女の肩に手を置くと、エストバキア弓兵が置かれた立場に深く同情する。勇者達に捻じ伏せられ、辱められていた事を知っていたからだ。


「さぞ、苦しかったでしょう。ここにあなた達を傷つける者はいません。今は事が収まるまで、傷ついた心と身体をお休めて下さい……」


「どうして……私達人間は亜人戦争以降、他の種族や亜人を虐げて来ました。それなのになぜ、ここまで尽くしてくれるのですか?」


 弓兵達は戸惑う。人間である自分達が、ダークエルフに恨まれる理由はいくらでもある。だがこうして、優しく接せられる覚えは毛頭なかったからだ。


 シルエラは慈愛に満ちた表情を浮かべると、少女の手を取る。そして優しい口調でこう答えた。


「同じ女であるからこそ……分かる痛みがあるのです。

 勇者ダエルとその一味には、必ずや、裁きの鉄槌が下るでしょう。貴女達の身は、我々ダークエルフが必ず護ります。勇者は誰一人、一歩たりともこの砦に踏み入ることを許しません」


 ポニーテールの少女は、まるで胸を射抜かれたような感慨に襲われる。


 自軍の男連中ですら、ダエルの蛮行を見て見ぬふりをし、手を差し伸べようとしなかった。

 そして直属の上官だったギルバルド。彼もまた、どんな辱めを受けているのかを知っているにも関わらず、彼女達の伸ばした手を振り払った。

 それなのにダークエルフは、異種族であるにも関わらず手を取り、こうして優しい言葉を投げかけてくれた――。


 理不尽な仕打ちに心身共に疲弊し、文字通り身も心もボロボロになった少女達。そんな彼女達にとって、シルエラは救済の女神ミューズと言って過言はない。

――そして。その機会を与えてくれたレイブンは、彼女達にとって本物の勇者だった。


「ありがとう、本当にありがとう……」


 ポニーテールの少女は、声を震わせて感謝を告げた。涙を流すまいと心に誓っていたが、シルエラの優しさと救われた安堵からか、止め処なく涙が溢れ出してしまう。


 それは彼女だけではなかった。


 エストバキア弓兵全員が、種族を越えた慈悲に感謝し、肩を震わせ涙を流していた。



          ◇



 エストバキア兵士達との話しを終え、シルエラとゼノヴィアは一息つく。


 ゼノヴィアは、今まさに閉まろうとする大扉に視線を送る。その扉の先には、弓兵達の背中があった。それを淋しげに見送りながら、溜息とやるせなさを溜息に乗せた。


「地上の勇者どもは、いったいなにを考えてんだ? 仲間の――しかも女に暴力を振るうなんて……。俺には全然理解できねぇ」


 シルエラは、エストバキアの国内情勢を潜思する。いや、そこまで深く考察する必要もなかった。涙を流す弓兵達を目にすれば、勇者に振り回される重臣や国王の姿が、まざまざと目に浮かぶというものだ。


「子供が勇者様とおだてられ、その上、大人たちがへこへこ媚びへつらっていれば、こうにもなります」


「ガキが調子乗ってバカやらかす前に、大人が叱ってなんとかするもんだろ。情けねぇ……」


 ゼノヴィアはボリボリと頭を掻きながら、エストバキアに対して憤慨する。エストバキアで発生した火事が、こちらにまで飛び火したのだ。

 巻き込まれた魔族とダークエルフにとって、なんとも、はた迷惑な話でしかない。


「ちっとは量を考えて召喚しろって話さ。手に余る量の勇者を、勝手気ままにバカスカ召喚しやがって。それを相手にしなきゃいけねぇ、俺達の身にもなれッてんだ」


 その冗談にシルエラは笑みを零す。

 異世界から召喚魔法は、どんな人物が召喚されるのか、どれだけの人数が召喚されるのかも分からないのだ。

 博識で善良な者もいれば、善人の皮を被った殺人鬼という可能性もある。そういった人間達が神の如き力を宿し、この世界で体現するのだ。国を救う一手にもなれば、ダエル達のように国に災いを齎す癌にもなる。


 異世界からの勇者召喚。それは国家の命運を左右する壮大な博打だった。


 エストバキアの国王は他国に対して強大な発言権を得た。だがそれは、亡国の棺に片足を入れる事も意味していた。




 二人がそんな話しをしていると、まるでその会話に水を差すかのように、重々しい扉の音が響き渡る。

 シルエラとゼノヴィアが大扉の方を見た瞬間――二人は言葉を失い、固まった。この場所に訪れるはずのない人物が、目の前に現れたのだ。




 騎士団長エレナである。




 予定にない来訪者に、二人は硬直してしまう。今まで百発百中だったレイブンの予言が、ここに来て外れてしまったのだ。


 まるで部外者でも見るような二人の視線に、エレナは呆れた表情で肩を竦めた。



「まるで死人でも見るような顔だな。私が生きていたら、そんなに不満なのか?」



 シルエラは滅相もないといった表情で、それを否定した。

 そしてゼノヴィアが口火を切る。彼女は「信じられない」といった表情で言葉を詰まらせながら、エレナに問い質す。


「エレナ?! お、お前まだ寝ているはずだろ!」


「この非常事態に、呑気に寝てなどいられんだろう」


 エレナはそう答えながら、二人に向かって歩き出した。


 魔族の騎士団長という存在に、警護にあたっていたダークエルフ達は立膝を付き、一斉に頭を下げる。

 族長であるシルエラも例外ではない。国土を分け与えてくれた魔族に対し、その姿勢を持ってして、最大限の敬意と感謝を示した。


「エレナ卿、挨拶が遅れてしまい大変失礼しました。まずは我々が置かれている現状と、戦況について御説明致します。現在勇者レイブンが――」


「いらん。ここに来るまでの道中、貴様の部下から説明してもらった。お前たちダークエルフが、神機を隠し持っていた事もな」


 シルエラはゴクリと息を呑んだ。


 当時の族長――つまりシルエラの父は、魔族に対する離反と分かっていながら、新連合軍に追われていた神兵を匿い、神機を鳳凰の間に封印したのだ。


 その存在が、魔族に知られるわけにはいかなかった。

 もし神機の存在が知られれば、敗戦の雪辱を晴らすため、神機の構造は徹底的に究明される。そして更に強力な神機として産声を上げ、新たな戦争の火種となる――それが目に見えていたからだ。

 そして人類に味方し、戦況を覆した神兵には凄惨な末路が待っている。国民の報復感情を満たすため、生贄となるのは避けられないだろう。

 前族長はそれを回避するために、処刑台に上がる覚悟で、神機と神兵の痕跡を消し去ったのだ。


 シルエラは顔を上げ、エレナに説明しようとする。

 自分の父が何を考え、どうしてこの行為に至ったのかを。

――そして、すべての責任は、族長の座を引き継いだ自分にある。それを、エレナに伝えようとしたのだ。 


「エレナ卿! それにつきましては――」


 だがエレナの言葉が、シルエラの言葉を遮る。


「シルエラ、お前を責めはしない。一切の痕跡すら残さず、神機と神兵を隠したその御業。そんな大それた事を行える人物は、君のお父上を置いて他にないからな」


 先に言い当てられると思っていなかったシルエラは、目を見開いて驚く。そして申し訳なさそうに、コクリと頷いた。

 それを見たエレナは、「やれやれ……」といった表情で微笑んだ。


「やはりそうだったか……。前族長が犯した行為は、魔族に対する明確な離反だ。

 だが前族長の判断は、正しかったと言えよう。魔都には現実を見ない好戦派や、ガッドナーのような危険分子が存在している。そういった輩の魔の手から、神機を守り通した功績は大きい。

 シルエラ、今回の件は不問とする。そもそもこれは、お前が行ったものではないし、それで処分されるのは不当と言うものだ」


 その恩情に、シルエラは深々と頭を下げる。領土接収にすら値する大罪を、エレナは赦したのだ。


 だがエレナは最後に、こう念を押した。


「――だがシルエラ、これだけは覚えておくことだ。私にはダークエルフを監督し、陛下に報告する義務がある。『魔族を信用しろ』とは言わない。だが騎士団長である私のことは信用しろ。さもなくば、お前達を守ってやる味方は誰一人として、いなくなるぞ」


 エレナは忠告を言い終えると、その視線を円卓へと移す。投影されたマップを注視しながら、忌々し気に眉をひそめた。


「それにしても……レイブンめ。たった一人で勇者15人と渡り合おうなどと。いくらなんでも無謀すぎるぞ!」



 ゼノヴィアはエレナの横に立ち、その見解を否定した。



「いや、そうでもないぜ。地図をよく見てみろよ。確実に勇者の数は減っている。アイツ、ひょろいくせに善戦してやがるんだ。大したもんだぜ」


「ゼノヴィア、それが好戦派の言う台詞か? 実に情けない。国家の危機であるにも関わらず、円卓の間で傍観者に徹しているとはな」


「あ? お前なんでそんなに不機嫌なんだよ。もしかしてあれか? 美味しいとこレイブンに取られて、悔しいのか?」


 ゼノヴィアは単に、売り言葉に買い言葉で茶化したつもりだった。だがそれに対し、エレナは感情的な声で反論してしまう。


「これは“戦争”であって“戦い”ではない! 個人の戦歴など、なんの意味もないのだ! そもそも国を守るべきお前が、なぜここにいる。いつもの好戦的な姿勢はどうした。まさかこの期に及んで、怖気づいたのではあるまいな!」


 ゼノヴィアは、まるで食って掛かるようなエレナの勢いに押され、たじろいでしまう。


「お、落ち着けって! 俺がここにいるのはレイブンの指示で――」


「レイブンの指示だと? 四天王が素直に言う事を聞いて待機組か。聞いて呆れる! 肝心な時にこれでは話にならんな!」


 エレナの怒りは収まらない。


 いくらこの作戦がレイブン発案とはいえ、自国の戦争を他人に丸投げした事実が、どうしても許せなかった。

 そしてなぜ、誰も彼の側にいてやらなかったのか。

 レイブンの口車に乗せられたのだろうが、少なくとも好戦派のゼノヴィアは、彼の側にいなければならない。

 それが腕を組み、さも当然のように円卓の間にいるではないか。


 エレナは静かな口調で、ゼノヴィアに不満と怒りを口にした。


「そもそもなぜ、レイブンの独断専行を許した。――あぁ分かっている。彼は何万回も人生を繰り返していると言うのだろう。バカバカしい! そして挙句には、未来を見る力と来た! お前だけでなく、誰一人としてこれに疑問を抱かず、信じきってしまうとはな! 度し難いにも程がある!」


 エレナは、自分が冷静さを欠いている事に気づく。落ち着かせるため、ゼノヴィアから視線を外した。そして円卓に両手を付くと、深く呼吸をして荒ぶる心を静める。


 エレナは気付いたのだ。

 本当に許せなかったのは自分自身――護るべきレイブンの側にいられなかった、自分のことなのだ、と。


 ゼノヴィアはそんなエレナを気に掛ける。静かに深呼吸をしているエレナに、素っ気ない態度を装いつつも、優しい言葉を投げかけた。


「気は済んだか?」


「あぁ……少しな」


「いつも冷静なお前が、そうやって感情を曝け出すなんて珍しい。なにかあったのか?」


 さすがに『夢の中でレイブンが殺されるのを見たんだ。どうしてもそれが気がかりで』――とはさすがに言い出せず、エレナは適当に濁した。


「少し……胸騒ぎがしただけだ」


 冷静さを取り戻したエレナは、魔剣カインフェルノに向けて歩き出す。そして台座に突き刺さった剣の柄に、手を伸ばそうとする。


「とにかくレイブンが心配だ。彼の身になにかあれば、陛下に合わせる顔がない。早く彼の元に急ごう――」


 それを見たシルエラとゼノヴィアが、血相を変えて制止した。



「エレナ卿! お待ちください!」

    「エレナ待て!! その剣を抜くな!」



「いったいなんだ? これは私の剣だぞ!」


「そうじゃねぇ! この地下迷宮は、その剣の魔力で動かしてんだ! それを引っこ抜いちまったら、トラップが全部止まっちまうんだよ!!」


 それを聞いたエレナは、妙に納得した様子で呟く。


「なるほどな。修復と称してカインフェルノを接収したのは、これが目的だったか。あの策士め……」


 シルエラは武器を用意させるため、壁際で待機していた警備兵に向かって叫んだ。


「エレナ卿に武器をお持ちしろ! 大剣ヘビーブレードだ! 急げ!」


 その時、カタカタと蝋燭立てが揺れ始める。蝋燭立てだけではない、壁や石畳、そして天井が微かに震えていたのだ。


 ゼノヴィアがその異変にいち早く気付き、天井を見上げた。


「ん? ……地震か?」


 円卓の間にいた者達も気づき始める。ある者は天井を、ある者は足元へと視線を向けた。



カタカタ……カタカタカタ……

   ゴゴゴ…… ゴゴゴゴゴ……ゴゴゴゴゴゴッ!!

           


 地鳴りのような音は激しさを増し、大砦全体を揺るがすまでに増大した。天井から砂埃がパラパラと落ち、それに恐怖した少女達が、絹を裂くような悲鳴を上げる。

 エレナは崩落を警戒しながら、ゼノヴィアに向かって叫んだ。


「これもレイブンの予言通りか!」


「いや! こんなこと一言も言ってなかったぞ!!」


 大きな地鳴りの音に対し、幸いにも揺れそのものは大きくなく、わずか数秒たらずで終息した。


 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間――、扉が乱雑に開き、二人のダークエルフが駆け込んでくる。

 廃墟と化した村で、天空石の矢を探していた二人だ。

 二人は全力疾走で走って来たのだろう、結露したコップのように汗を流しながら、肩で息をしていた。


「姫様大変です! ツノツキの死体が! 村に放置されていたツノツキの死体が、全部消えています!」


「な、なんですって?!!」


 思いも寄らない報告に、シルエラは耳を疑った。


 ツノツキの死体は魔族とレイブンの活躍により、処理に困るほどの量に至っていた。それがすべて消えるなど、物量的に有り得ない話だった。


 ツノツキの仲間が回収した線も考えられるが、数が数である。あれだけの数を、この状況下で持ち出すのは不可能だろう。

 そもそもそれだけのリスクを冒すほど、ツノツキの同族意識は固くない。やるとしてもせいぜい、仲間の骸から装備品を剥ぎ取るのぐらいだ。


 一方エレナは、その報告を聞きながら、円卓上に投影されたマップに目をやる。するとそこに、意外なものが映っていた。


 エレナは、報告を受けているシルエラとゼノヴィアに向かって叫んだ。そして彼女達の視線を、立体マップへと向けさせる。


「見てみろ! コイツが、その犯人だろう」


 マップ上には、トラップの損傷を示す赤い表示が点滅していた。

――問題はその場所だ。

 それはエルフの村から大砦真下を経由し、ダエル達のいる方角へと伸びていた。

 つまり何者かが、魔都側から地上出口方面――ダエル達のいる方向に向かって、侵攻していたのだ。


 それはエストバキアでも、魔族の軍勢でもない。未知の勢力アンノウンだった。


 おそらく先ほどの揺れも、大砦の真下を通ったコイツが原因と見て、まず違いないだろう。


 シルエラは村から伸びた侵攻ルートから、その正体を推測する。地下迷宮のトラップを破壊しながら進んでいるのは、どう考えても“アイツ”しかいない。


「まさかバルド?! でも奴は天空石の光で焼き殺したはず!!」


 喫驚するシルエラの横で、エレナは台座に突き刺さった愛剣へと手を伸ばす。そして柄を強く握り締めながら、シルエラにこう告げた。


「あのツノツキの頭か。それとも別のなにかか。それは実際にこの目で、確かめるしかあるまい!」


 エレナはゼノヴィアにアイサインを送りつつ、カインフェルノを台座から引き抜いた。

 急激な魔力の減少によって、フェーニクスツァイヒェンの球体が消滅し、エステラが落下してしまう。だがゼノヴィアが真下へ先回りしており、彼女を無事受け止めた。


「よっと!」

「きゃあ?!」


 ゼノヴィアはエステラをお姫様抱っこしたまま、沸き起こるデジャブ感から、こんな独り言を呟いてしまう。


「ん~なんか今日は、空から振って来る娘を受け止めてばっかだな……」



 エレナは困惑するダークエルフ達に向け、指揮官として命令を下した。



「シルエラ! お前は引き続き防衛の指揮に当たれ! こうしてレイブンの予言が外れた以上、もはや奴の占いは当てにならんぞ。

 総員聞け! 予測不能なあらゆる事態に備えろ! ゼノヴィアと私はこれより、レイブンの援護に向かう! ここは魔都防衛の要である! ダークエルフの底力を、人間たちに見せつけてやるのだ!!」


 エレナはカインフェルノを背中の鞘に収めながら、ゼノヴィアに問いかける。


「ゼノヴィア! 好戦派の意地というものを、この私に見せる覚悟はあるか? それともここで臆し、震えながらご主人様レイブンが帰って来るのを待つか!」


 二者択一だが、ゼノヴィアの答えは決まっていた。ゼノヴィアはエステラを下ろしつつ、その挑発染みたその誘いに乗る。


「フンッ! 穏健派のくせに、ずいぶんと舐めた口効くじゃねぇか! 四天王の名は飾りじゃねってことを、てめぇに見せてやるよ!」 



そんなやり取りを交わした二人は、互いにほくそ笑み、未確認勢力アンノウンの後を追った。


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