第21話『勝利と敗北の狭間で』




 どんな無敵を誇る勇者や騎士も、確実に油断する時がある――、


 勝利だ。


 勝利を手にした者が残心を解く瞬間。その一瞬に、戦況を一変させる最高の好機がある。


 アサシンはレイブンの不意を突くために、闇と同化して機会を伺った。そして彼の思惑通りに事は進む。レイブンは武器を手放し、次の戦いに備えて準備を始めたのだ。


 すべては勝つため。


 アサシンは仲間を捨て駒として利用してまで、この機会を待ち望んでいた。今、その彼に絶好の機会が訪れたのだ。


 アサシンは影から這い上がると、忍刀を音もなく鞘から引き抜く。そしてレイブンの背後に向かって、ゆっくり、ゆっくりと近づいていった。

 魔光石によって煌めく刃。その輝きを鮮血で染めるべく、アサシンはレイブンの背中に斬り掛かる。



 ガキィイィンッ!!



 甲高い金属音が鍾乳洞内に反響する――忍刀はレイブンに喰らいつく事はなかった。代わりに、その刃はM82バレッドの弾倉へ喰い込んでいる。


 アサシンの暗殺サイレントキルは失敗に終わったのだ。


 防がれると思っていなかったアサシン。彼は『そんなはずは!!』と喫驚の目色で凝視した。


「――――ッ?!」


 レイブンは得意げな笑みを浮かべ、アサシンに暗殺の講義を行った。


「覚えておきなさい。暗殺は最初の一撃がすべて。それに失敗すれば、もう二度と暗殺する機会は失われるのです。――あと忍者の格好するくらいなら、せめて刀につや消しを施しておきなさい。攻撃する時に、光が反射してましたよ」


 アサシンはレイブンの忠告に対し、なにも答えない。まるで蛇のような瞳で睨みつけ、寡黙を貫き通していた。


「…………」


「それとも、わざわざ攻撃する合図を送ってくれたのですか? 親切な方なのですね。ダエルに爪の垢を煎じて、呑ませてあげたいくらいですよ」



 アサシンはなにも告げることなく、軽やかな身のこなしで後方へと跳び去る。

 レイブンはその後を追わず、交戦するための獲物を手にした。今まで使用していた銃火器ではない。――双剣だ。先の戦いで敵が使用さしていた双剣を、自分の武器として拝借していたのだ。


 着地したアサシンも、使用武器を変更する。忍刀を鞘に戻し、手甲鉤を左腕に装着した。



「…………参る」



 アサシンは低語で宣戦布告すると、その姿を消す。――空間転移や不可視化といった魔法ではない。

――視認できないほどの、驚異的な速度で移動しているのだ。

 魔力を媒介に自らの速度を極限まで上げ、空間跳躍と錯覚させるほどの、尋常でない移動速度を得ていた。

 その証拠に、アサシンの軌道を追うのは困難だが、淡い紫色の軌跡を残している。鍾乳洞内に輝く微かな残光が、なによりもの証だった。


 アサシンは銃器による不意打ちを警戒しているのだろう、一直線ではなく直角な軌道を何度も描き、レイブンを翻弄させようとする。


 レイブンは双剣を手にしたまま移動することなく、アサシンからの攻撃を待ち続けた。そしてアサシンの軌跡を目で追い、相変わらずなその速さを称える。


「やはりこのスピードは……厄介ですね」



 レイブンは幾度と無く、このアサシンに苦水を飲まされていた。


 過去にダエルと戦い、トドメを刺す寸前のところまで追い込んだところを、アサシンに討ち取られたことがあった。


――そういった事は、一度や二度ではない。


 平原で敵味方入れ乱れた合戦の最中。アサシンが電光石火の如く駆け抜け、すれ違いざまに首を斬られたこともあれば、闇に紛れた奇襲を受け、鎧通しで動脈を貫かれたこともあった。


 勝利や好転した状況。――ほんの僅かな油断という隙間を走り抜け、このアサシンが現れるのだ。そして暗殺者に恥じることのない技量と素早さで、数多くのレイブンを亡き者にしていた。


 その速度を存分に活かした攻撃と、不意打ちを得意とする巧みな戦法。そして奇襲する抜群のタイミングの良さ。

 ある意味アサシンは、ダエル以上の脅威だった。

 だからこそレイブンは、アサシンを孤立させ、一騎打ちを行えるこの状況を作り出したのだ。



 暗殺に失敗したアサシンは、レイブンに一対一の戦いを挑む。

 本来こうした戦いは、アサシンが請け負うべきものではない。しかし他の者達と同様、レパン出血熱という時限爆弾が起爆する前に、なんとしてもワクチンを押さえる必要があった。


 この機会を逃せば、もう後はない。


 死の刻が迫っているアサシンに、戦法を選り好みしている猶予はなかった。

 彼はこの世界で培ったすべての能力を、この戦いに注ぎ込む。


 アサシンは真正面から挑むと見せかけ、レイブンの左側からフェイントを仕掛けた。視線がこちらに向けられていないのを確認し、手甲鉤による連撃を繰り出す。


 残像すら生み出す超高速連撃。


 だがレイブンは、その連撃をすべて見切っていた。

 レイブンは左手の双剣を振るい、アサシンが繰り出す攻撃を次々に受け流す。それも顔色一つ変えることなく、左腕だけで攻撃を斬り払いしていた。


 防いだ攻撃によって火花が飛び散り、耳障りな金属音が反響する。


 このままでは斃せない――そう見越したアサシンは戦法を変えた。レイブンの足元に煙幕を展開、後方へ跳び退いて一旦距離をとる。


 レイブンは煙幕の中で目を閉じ、アサシンの戦法を解す。


「追撃をさせないために、視界を塞ぎましたか。同じ手を使われると、パクられたみたいで癪にきますね……」


 だが、アサシンはただ退却したのではなかった。


 煙幕を貫き、アサシンが攻撃を仕掛ける。

 鎖鎌だ。

 鎌の柄尻に、鎖分銅が取り付けられた特異な武具。それが鎖の音色を唸らせながら、レイブンへと襲い掛かったのだ。


 レイブンは鎖分銅による攻撃を、跳躍でやり過ごそうとする。鎖分銅は生きた蛇のようにのたうち、予測困難な軌道を描いた。

 本来なら、鎖を持つ者の腕の動きを見て、軌道を先読みして避けるのだが、煙幕によって塞がれているためそれができない。そのため、レイブンは煙幕の流動を便りに、攻撃軌道を先読みして躱す。

 レイブンは煙幕外から繰り出される鎖分銅を、最小限、最低限の動きで避け続けた。

 アサシンは鎖分銅で攻撃しつつ、本命を叩き込む。


 煙幕の向こう側から、一筋の光が煌めく。その光はレイブンの首筋目掛けて放たれた、一振りの短刀だった。


「鎧通しか」


 鎧通しとは、鎧の隙間から刺すことに特化した、近接戦用武器だ。このような投擲武器として使われるのは異例である。


 レイブンは上半身を捻って避けようとするが、仰け反りが甘く、頬を少し裂かれてしまう。

 レイブンは頬から流れる血を拭いながら、その攻撃に感心する。


「攻撃の難しい鎖分銅で注意を逸してから、本命を叩き込む。相変わらず、ムカつくほど良い腕です」


 少しずつ煙幕が晴れ始め、視界が開けて来る。


 アサシンは鍾乳岩の影に身を隠し、レイブンの様子を伺った。レイブンの頬から血を流れているのを確認する。それを目にしたアサシンは、口元覆った包帯の下で、ニヤリと笑みを浮かべた。



           ◇



――ダークエルフの村


 魔界のヒルを焼却するため、天空石が燦々と輝いている。


 その巨大な結晶の下には、襲来の爪痕が残る村があった。瓦礫などが未だ手付かずで、放置された状態である。

 村人が大砦に避難すると同時に、兵の動力源となる家畜類も砦に移動していた。そのため、かつて生活感と活気に溢れていた村は、戦場跡のような静寂を保っている。


 そんな廃墟と化したその村で、散策を行っている二人のダークエルフいた。


 瓦礫の中を漁っていた一人が、額から流れる倦怠感と汗を拭い捨てる。


「こっちにはない……か。ねぇ! そっちはどう!」


「駄目! ないわ!」


「このままじゃ私達のせいで、敵に侵入を許してしまうわ! 早く回収して大砦に戻らないと、トラップが作動できないんだから!」


「そうね! 早く見つけ―――あ、……あった! あったわ!」


 瓦礫の下にある革製のケースを見つけ、それを急いで引きずり出す。

 そして中身が無事であることを祈りながら、ケースを開ける。革製のケースの中には、三本の矢があった。


 その鏃は七色の光沢を放ち、それ自体が微弱な光を放っている。この村の象徴である、天空石を加工して造られたものだった

 もともとは祭事用のものであるが、放たれた際に生じる光が閃光矢としても機能できる。それどころか、並みの閃光矢を凌ぐ光量が秘められていた。

 それを薄暗い場所で使えば、敵の視力を奪い、戦況を打開するほどの決め手になる。

 彼女達はシルエラに頼み込み、大砦から村へ続く道を確保してまで、この矢を取りに来ていたのだ。


 ケースを手にしたダークエルフの少女が安堵の息を漏らし、傷ついた村を見渡す。その時、なにか違和感を抱く。彼女はケースをギュッと抱きしめ、もう一度、ある点に注意しながら周囲を見渡した。


「…………」


「どうしたの?」


「あ、いえね。気になることがあって……」


「気になること? なにが?」


「ツノツキの死体は? 遺棄されたままだったわよね?」


「えぇそうよ。村人や家畜の避難を優先してたから、ツノツキの死体なんて誰も手を付けていないはずよ。蛮族というだけでも触りたくないのに、その骸となれば尚更イヤだもの」


「じゃあ、その死体は……どこ?」


 二人は周囲を見渡し、転がっているはずのツノツキの亡骸を探す。血溜まりは確認できるが、その上にあるべき死体が忽然と消えていた。


「ここは封鎖されていたはず。 いったい誰が、ツノツキの死体を持って行ったの?!」


「嫌な予感がする……は、早く戻りましょう! この事を姫様に報せないと!!」


「ええ!」


 二人は背筋に嫌なものを感じ、村を後にした。探しものを見つけたこともある。だがそれ以上に、長年戦場と共に過ごした故の直感が、『この場所が危険だ』と訴えかけていたのだ。


 その予感は的中していた。


 天空石の光が届かない、彼女達の足の下――。ツノツキが使用した抜け道の中で、蠢く存在があった。


 “それ”は地下迷宮奥深くを目指し、進撃を開始する。



          ◇



 鍾乳洞内を駆け抜けていたアサシンが、宙へ跳び上がる。そして空中で腕を振るい、鎖分銅を放った。


 代わり映えのない戦法に、レイブンは憤りと呆れを言葉に乗せた。


「同じ手が二度も通用すると思うな!」


 レイブンは双剣を振るい、襲い掛かる鎖分銅を無力化する。

 双剣から甲高い共鳴音を響かせ、鎖分銅を分子レベルで切断した。自由の身となった錘だけがその勢いのまま、壁面にボスッとめり込む。


 だがこの攻撃は本命ではない。

 双剣を振るった隙を突くように、忍者の代名詞とも言える苦無が襲い掛かる。


 レイブンは双剣を振るい、降り注ぐ殺意をすべて斬り払いする。役目を果たせなかった苦無が、鍾乳洞の壁や柱に突き刺さった。


 アサシンは追撃の手を緩めない。

 飛び道具で隙を作ったアサシンが、レイブンとの彼我距離を一気に詰める。そして忍刀を手にすると、先程よりも素早い連撃をレイブンに浴びせた。


 レイブンは双剣で忍刀を受け止める。


 鍾乳洞に火花の灯火が散り、金属の狂騒曲が鳴り響く。


 アサシンはなにかを確信したのか、唐突に連撃を止め、後方へと飛び退く。そして距離を置きつつ魔力で加速すると、前触れもなく、八方手裏剣を三枚投擲した。


 レイブンは一枚目の手裏剣を双剣で逸し、残り二枚を屈めてやり過ごす。


 だが手裏剣は高速回転を保ったまま、軌道を変更――再びレイブンへと襲い掛かった。


 その手裏剣はアサシンの魔力によって操作され、敵を執拗に追尾する魔装具だった。


 元来はチャクラム型の形状で、ここまでの追尾性能はない。

 せいぜい投擲後に若干の軌道修正するのが、本来の使用目的だった。仮に追尾しようにも、並みの使い手ではチャクラムまで魔力が届かないのだ。


 だが異世界から召喚された勇者には、この世界の人間では到底及ばない魔力がある。そのため、アサシンの魔力が届く範囲内なら、自在な追尾攻撃を仕掛けることができるのだ。


 三枚の手裏剣は、紫色の軌跡を描きながら、レイブンを執拗に追い回す。

 レイブンは飛翔する手裏剣を目で追いながら、追撃から逃げるため駆け出した。


「チャクラムをわざわざ手裏剣型に改造したのか。酔狂なことを――」


 レイブンは走りながら、手にしていた双剣を手裏剣目掛けて投げつけた。双剣は見事手裏剣を迎撃して見せたが、残り一つがその間をすり抜け、レイブンへと向かっていく。

 レイブンはその軌道を見極め、最後の手裏剣を真剣白刃取りで掴んだ。



「そうやって外装だけ真似ても! 本質が理解できなければ意味はない!」



 レイブンはそう叫びながら、受け止めた手裏剣を投げ返す。


 アサシンは投げられた手裏剣を操作し、再度レイブンに向かわせようとする――が、手裏剣がレイブンに向かうことはなかった。それどころか持ち主であるアサシン目掛け、迷いもなく突っ込んで来るではないか。


 飼い犬に手を噛まれると思っていなかったアサシンは、この予期せぬ事態に戸惑いながらも、忍者刀で手裏剣を退く。

 攻撃は間一髪で防げたものの、レイブンの魔力によって加速した手裏剣を殺しきれず、防御に使った刀は折れてしまう。


 レイブンは手裏剣を自分の元へ引き戻しながら。驚愕するアサシンになにが起こったのかを説明した。


「手裏剣に施されていた魔法を解呪し、使用権限を私に移しました。できるはずがないと思っているでしょうが、私もあなた達と同じ、異世界からの来訪者イレギュラーなのです。この世界の人間ですら畏れを抱くであろう、その魔力や力は、あなた方の専売特許ではありません」


 レイブンはそう言いながらも、双剣に向かって走りだす。


 アサシンはそれをさせまいと、双剣に向けて苦無を投げた。


 だがそれはフェイントだった。レイブンは進路を変更し、飛び込み前転で別の武器を手にする――手にしたのは双剣が弾き落とした、二枚の手裏剣だった。


 手裏剣を手にしたレイブンは、急いで手裏剣を解呪し、アサシンから使用権限を剥奪する。そして自分の武器として手裏剣を投擲した。手裏剣はレイブンの意志に沿い、元所有者であるアサシンに牙を剥く。


 皮肉にも、アサシンは自分の武器に追い回される形となった。


 手裏剣は魔力を源に高速回転しながら、アサシンに向かって加速を掛ける。アサシンはその攻撃を躱しながら、鍾乳洞の中を疾走した。


 アサシンは三角飛びで手裏剣を避けつつ、レイブンに苦無を投げた――だがレイブン本人に向かってではない。鍾乳洞内の天井に向かって投擲されていた。


 そして空中へ飛び退くと、素早い手つきで九字の印を結ぶ。



「臨 兵 闘 者 皆 陣 裂 在 前!」



 それを合図に、苦無が桔梗色に発光し始める。苦無柄尻の輪状部から光の線が伸び、苦無と苦無の間を結んだ。それらの線が五芒星の魔法陣として天井に具現化する。


 それは独自の魔導学で編み出された、強力な拘束魔法陣だった。紫色の五芒星魔法陣から、魔力によって構成された鎖が降り注ぐ。

 それはレイブンの腕や胴体に絡まり、彼の動きを封じた。


 天井からだけではない。地面にも五芒星が現れ、下から無数の鎖が出現する。

 アサシンが今まで投擲した苦無は、すべて、この魔法陣を形成するために放たれたものだった。


 レイブンは突如出現した鎖によって、雁字搦めになってしまう。


「この程度で!」


 だがレイブンにはすべての魔法を無力化する、強制解呪スペルブレイカーがある。それを発動させようとする――だが、なぜか体に力が入らなかった。まるで英気を吸い取られたかのように、力がすぅと抜け落ちてしまうのだ。


「か、体が……」


 アサシンは五芒星魔法陣の中に踏み入り、困惑しているレイブンへと歩む。

 そして、身動きのできなくなったレイブンの前に立つと、彼の懐からワクチンとSAA、そして未来を予測する高機能端末デバイス――懐中時計を奪う。


 ワクチンのキャップを外し、注射口を首元に押し当てる。

 プシュッ! という音と共に、スプリングで圧縮された薬剤が高速・高圧力で噴出される。その威力によって皮膚に穴を開き、ワクチンが体の中に流し込まれた。



 死の恐怖から開放されたアサシンは、暗殺者としての残心を解きながら口元の包帯を下ろす。



「――その様子だと、なぜ体が動かないのか、分かっていない様子だな。話は簡単さ。お前の頬を切ったあの鎧通しに、全身を麻痺させる毒が塗られていたんだよ」



 レイブンは定まらぬ視点でアサシンを睨みながら、今までの戦いを振り返る。思えばアサシンの戦い方には、不自然さがあった。



「神経毒。だから一つ一つの攻撃が浅かったのか。今しにして思えば、まるで様子を伺うかのような攻撃だった」



「毒の効き目には個人差がある。効果が現れるタイミングを見計らいつつ、戦ってたのさ。気づかなかったろ?」


 アサシンはSAAの銃口を、レイブンの眉間に押し付けた。


 レイブンは殺すにはまだ早いのではないかと、アサシンに苦言を呈す。


「待て。ダエルや他の仲間達はどうなる。今ここにあるワクチンは、それが最後だ。私をここで殺せば、仲間を救うことはできないぞ」


「ん? あぁ、あいつらか。あいつらにはココで死んでもらう。なんせエストバキアは小国だ、あれだけの勇者が好き勝手贅沢三昧すれば、国内の財政が圧迫されるんでね。早めに消えてもらったほうか、こっちとしてはありがたい」


「仲間を損得で切り捨てる気か?! なぜそんなことを……」


 戦闘中あれだけ寡黙だったアサシンは、まるで別人のように語り始める。まるで教えでも説くかのような口調で。


「この世界にはドラゴンやエルフ、魔法が存在するファンタジーではある。だが夢と希望の溢れるメルヘンな世界ではない。所詮は現実の延長線に存在している、別の世界リアルに過ぎないんだよ。

 仲間? 友人? だからなんだ。

 弱い勇者は死に、強い勇者は国家から優遇され、祭り上げられる。――それが、この世界の掟であり現実なんだよ。ここで死ぬダエルや他の連中には、その資格がなかった――ただそれだけの話だ」


「見捨てる事に、罪悪感はないのか?」


「だからあるわけないだろ。そういうのは、お前のような弱い連中の特権なんだよ。むしろ今の俺の中にあるのは、謝罪ではなく感謝の気持ちさ」


「感謝?」


「そうだろ? なんせお前のおかげで、邪魔者なかまを消す手間が省けたんだからな。あれだけ抱えてた在庫を、レパン出血熱で一気に処分してくれた。こっちとしては、感謝の気持ちでいっぱいさ」


 アサシンはレイブンから距離を置くと、再びSAAの銃口を向けた


「――聞けば、何度も人生を繰り返しているそうじゃないか。本当かどうかは知らんが、これだけは言っておこう。

 『勝利を手にする瞬間こそ、獲物が一番油断する時』だ。

 お前は最初から勝てると意気込み、バカ面下げて浮かれていた。例え本当に未来を予測する力があったとしても、そのおめでたい脳味噌じゃ、永遠に俺には勝てない――」


 そう語りながら、アサシンは左手に持っていた懐中時計を落とす。地面に転がる懐中時計を踏みつけて潰し、完全に破壊する。懐中時計の蓋はひしゃげ、秒針や歯車が散らばった。


「――そしてこれからも、同じ結末を繰り返すんだろうな。未来永劫、終わることのない無意味な人生を」


 アサシンは嗤笑しながら、SAAのハンマーを上げ、引き金を引いた。




「同情してやるよ。未来が見えているのに負ける、その愚かさをな!」




 銃声が鳴り、一発のマズルフラッシュが炸裂する。――レイブンの眉間が、銃弾によって射抜かれることはなかった。


 アサシンはなにが起こったのか分からず、銃口から立ち上る硝煙とレイブンを交互に睨む。


 レイブンはニヤリと口角を上げ、呆気に取られたアサシンを嘲笑った。



「空砲だよ!」



 麻痺しているはずのレイブンの身体が、唐突に息を吹き返す。スキルブレイカーで拘束魔法を破壊し、千切れた鎖をアサシンへ叩きつけた。

 鎖は魔力で構成されているとはいえ、金属の鎖と同じ質量はある。


 紫色に光る鎖が、アサシンの手の平にピシャン!と叩きつけられた。SAAが衝撃で弾き飛ばされ、地面の上を転がる。


 アサシンはその激痛に顔を歪めながらも、体勢を立て直そうとする――しかしレイブンがそれを許さなかった。アサシンの顔面に、渾身の右ストレートが炸裂したのだ。


 一発や二発ではない。


 今まで積もり積もったヘイトを精算すべく、レイブンは怒りを凝縮させ、アサシンに拳を叩き込む。


 レイブンは一方的な攻勢の中で、アサシンに説明する。


「残念でしたね。あなたが苦無で魔法陣を形成するのも、SAAの引き金を引くその瞬間も、すべては計算の内。麻痺は解毒薬ですでに治癒してあります。私の三文芝居に騙されるなんて、アサシンが聞いて呆れますよ!」


 アサシンはそれに答えるだけの余裕はない。彼は脳震盪気味にふらつきながらも、テコンドーで応戦しようとする。しかし、意識も視界も定まらない状態では、どうすることもできなかった。


 アサシンは一方的に攻撃を受け続け、ついに抵抗すらできなくなる。


 拳で脳を揺らされ続けたアサシンは、朦朧とする意識の中で跪き、そのままうつ伏せに倒れこんだ。


 レイブンは拳に付いた血を拭い捨てる。殴打によってこびりついた血が、地面にピシャッ! と広がった。そして戦意喪失したアサシンに、辟易した顔でこう告げる。


「『勝利を手にする瞬間こそ、獲物が一番油断する時』――でしたっけ? あなたは今回が初めてでしょうが、毎回殺される私にとって、それはもう何万回も聞かされたフレーズなのです」


 レイブンは地面に転がるSAAへと歩み、それを拾い上げる。そして隠しポケットから本物の懐中時計を取り出し、演算の進行具合と誤差修正に目を通した。


「――あぁ、忘れてました。あなたが踏み壊した懐中時計、受講料代わりに進呈しますよ。何度も殺されはしましたが、こちらとしても良い勉強になりましたので。壊れてはいますが、大切に使ってください」


 レイブンはそう言いながら、足元に転がっていた偽の懐中時計を蹴る。転がった懐中時計は、倒れているアサシンの頭にコツンと当たった。


 侮辱されたアサシン。彼は最後の力を振り絞り、振るえる脚でなんとか立ち上がる――そして懐に忍ばせていた苦無を握りると、一際大きく振りかぶった。



「うぅ……グッ!! 最後に勝つのはァ! この俺だぁアアァああぁ!!!」



 レイブンはアサシンに銃を向ける。だがそれは本物の銃ではない――人差し指と親指を立てたものだ。

 レイブンは指で作った銃をアサシンに向けると、銃声を口にした。



「 バンッ 」



 するとアサシンは、苦しげに咳き込み始める。そして嘔吐しながら首を掻き毟り、悶絶した。

 

「ゲホッ! ゲホッ! そんなバカな! ワクチンを! ワクチンを投与したはずなのに! なんでだ?! なんでなんだ!!」


 レイブンはペン型注射器を見せながら、事の真相を語る。


「あなたが投与した“コレ”。実はワクチンではありません。この中にはレパン出血熱が含まれていたのです。

 それと、第二防衛砦で感染させたと言いましたが、あれは全部嘘です。最初から、誰も感染なんてしていなかったのですよ」


「ゲホッ! ゲホッ! 嘘? そんなバカな!! 現に一人、目の前で死んでいるだぞ!!」


「あの感染者ですか。彼にはこのスピアガンを使って、レパン出血熱に感染させました。あの時使用した煙幕――その本当の目的は、スピアガンに気付かせないための目眩ましカモフラージュ。しかも弓兵の少女達を救うと同時に、感染したと錯覚させることができる。まさに一石三鳥でした」


 レイブンはそう言いながら、証拠である単発式のスピアガンを見せる。それはウクライナ製の折り畳み式ハンドガン、『ドワーフ』。それを改良して作られたスピアガンだった。 


「ただでさえ致死性の高い感染症を、改良してバラ撒くなんてことはできません。ようは、あなた達が感染したと勘違いすれば、それで良かったのです」


「ゴホッ! ゴホッ! そんな……俺たちは最初から……お前の手に中で踊らされていたのか――……」


 アサシンは目や鼻から血を流し、白目を向いて地面へと崩れる。


 レイブンはアサシンの死を見届けることなく、次の戦場に向かって歩き出した。


「私はあなた方と違って、こんな殺し方は嫌いなんです。ですが、あなた方がどれだけ非道で残虐な事をしたのか。それを分からせるには、他に方法がないのです。だからたっぷりと苦しんで下さい」



 レイブンは悲しげな口調でこう言った。



「――その慟哭を、あなたが殺した人達への、追悼として捧げます」



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