第20話『重火器VS重騎士』



 エレナは暗闇の中にいた。




 灰暗い水底のような場所で、彼女は武器どころかブーツすらも履いていおらず、その場に立ち尽くしていた。


 身に付けている服は、いつも寝室で使用している純白のシュミーズ。

 なぜこんな姿なのか、なぜこんな場所で立ち尽くしているのか、皆目見当もつかなかった。



「ここは……どこなの?」



 とくかくエレナは周囲を確認し、ここがどこなのかを探ろうとする。


 だが手掛かりになるようなものは、どこにもない。

 そこは暗闇が支配する漆黒の世界だった。


 このまま立ち尽くしていても埒が明かない。エレナは出口を探すため、漆黒の闇への一歩を踏み出した。




 ヒタ…ヒタ…ヒタ……




 終わりのない深淵の世界。聞こえるのはエレナの足音だけだった。


 しばらく歩いていると、遠くに人影を見つける。


「ん? ――誰かいる」


 エレナは小走りで人影の元へ向かった。その人物との距離が狭まるにつれ、徐々に全貌が露わになる。


 人影の正体は、人間の老人だった。

 なにかブツブツと独り言に興じながら、地面に文字を書き綴っていたのだ。

 この場の雰囲気と相まって、その不気味さが妙に際立っている。思わず声を掛けるのを躊躇わせる程だ。

 だがこの場所に関する手掛かりを知るのは、現状、彼しかいない。エレナは声を掛けたくないという本心を脇に寄せ、老人に向かって尋ねた。



「そこの老人、一つお尋ねしたいのだが――」



 老人はエレナの声に反応しない。まるでエレナが存在していないかのように床に喰い付き、一心不乱に数式を刻んでいる。まるで式に心を奪われ、それにすべてを捧げてしまった廃人だ。


 老人は意味不明な独り言を捲し立てながら、乱雑に数式を書き殴っている。


「選択だ。選択によって世界は変化している……。反復現象から抜け出すには……。この数式では駄目だ、駄目なんだ……いや、このまま進行すれば、誰かを間引くことになる、それだけはなんとしても……――」


「おい! 聞いているのか!」


「歴史に意志や感情はない。だが、この復元性は人為的であり、なんらかの意志さえ感じる――……、まただ。駄目だ、やり直しだ……やり直し、修正を、修正しなければ――」



「おい人間! 問いに答えろ!!」



「次こそは成功させる。探せ、探すんだ……なにか必ず方法はある。諦めるな。ここで諦めたらすべてが無駄になる。駄目だ、やり直すんだ。無駄にしてはならない……決して、無駄にしてはならない………」



 なにもかもが不鮮明な世界のはずなのに、その人物は、まるで切り取られたかのように鮮明に存在していた。彼は真っ暗な世界でブツブツと独り言を呟きながら、地面に数式を書き綴っている。


 エレナは老人との会話を諦め、その場を後にしようとした。


「気鬱の病か……」


 エレナは他の手掛かりを探すため、老人に背を向けて歩き出す――だがその時、老人のある言葉が彼女の足を引き留めた。


「アルトアイゼンを亡国の危機から救うには……なにか方法はあるはずだ――」


「なに? アルトアイゼンが――」


 エレナは踵を返し、老人へと向き直る。


「今の言葉聞き捨てならんな。我が祖国が亡国の危機に瀕しているとは、どういう事だ」


 エレナは老人に向かおうとしたのだが、それができなかった。見えない壁が阻み、彼女の行く手を遮ったのだ。


「くそ! なんだこれは?!」


 エレナは見えない壁に手を添え、それがなんなのかを探ろうとする。だがその猶予は彼女に与えられなかった。



――それは突如として、なんの前触れもなく現れる。



 見えない壁を隔てた向こう側で、闇に中から狼のようなクリーチャーが現れたのだ。



  そのクリーチャーは登場の仕方も異様なら、その様相もさらに異様だった。老人と相反して輪郭がボヤけており、周囲を取り巻く闇とほとんど見分けがつかない。そして太く、攻撃的な前脚に輝く爪は、エレナの場所からもくっきりと見て取れた。


 エレナは壁を叩き、老人に逃げるよう叫んだ。


「逃げろ! 早く逃げるんだ!! おい聞こえないのか! 後ろだ! 後ろを見ろ!」


 なぜ彼に――人間である老人に対し、ここまで必死になるのかエレナにも分からない。

 ただどうしても『死んでほしくない』 『彼を守りたい』という想いに駆られ、必死に声を上げていた。


 突如闇の中から出現した怪物。四つの不気味な眼を輝かせ、赤い稲妻を身に纏った巨体を揺らしながら、老人との距離を詰めていく。


 そして老人を斬り裂く――いや、押し潰すために、その巨大な前脚をゆっくりと振り上げた。まるで老人を殺す様を、エレナに見せつけるかのように……。


 エレナはその間にも、なにもできない歯痒さを噛み締めながら、見えない壁を叩き、何度も何度も老人に向かって叫んだ。


 だが老人にエレナの声は届かない。老人は叫ぶエレナに目もくれず、床の数式に目を奪われている。



 そして怪物は、振り上げた前脚を気に振り下ろした。



 エレナは騎士という仮面を脱ぎ捨て、一人の少女として老人の名を叫んだ。




「――お願い私の声を聞いて!! レイブン!!」




           ◇




 エレナは自分の声に驚き、「ハッ?!」と目を覚ます。そしてベッドから飛び起きると急いで、周囲に目を見張った。


 そこは見覚えがある部屋だった。


 かつて魔都最終防衛ラインの一つであり、前線基地として機能していた地下宮殿、タルヌングフェーニクス――。その中にある救護室に間違いない。病室とは思えない壁面の装飾は、かつてここが宮殿だったことを物語る無口な証人だった。


 エレナはかつての古巣を懐かしむ事なく、先程見た夢を思い起こす。あの夢のせいで、彼女の鼓動は未だ高鳴ったままだ。

 エレナはその鳴り止まぬ心臓を押さえ、憂慮する


「レイブン……あの夢はいったい……」


 他愛もない夢だ。そんなものに初めから理屈も意味もない――、そう頭では分かってはいるのだが、例えようのない胸騒ぎがそれを掻き消した。


――なにか良くない事が起こる。


 あの夢は、その前兆に思えてならなかったのだ。






第20話『重火器ヘビーアームVS重騎士ヘビーナイト



 


 魔光石の少ない洞窟を七人の勇者が進む。この場所はほとんど舗装されておらず、岩肌が剥き出しの状態だった。


 重騎士ヘビーナイトが二人、

 重盾騎士シールダーが三人、

 付与術師エンチャンターが一人、

 そして彼等から少し離れて先行し、護衛している暗殺者アサシン――計七人である。

 

 足元は石畳が敷き詰められているが、その足取りは重い。

 彼等の足並みを重くするのは、先程から地下迷宮全体に響き渡る嘯き声だ。

 距離が遠いため微かではあるが、悲痛な呻き声がここまで届いていたのである。それは捜索している勇者達の心を逆撫し、心理的に追い詰めていった。

 常に勇者達の目として戦場を駆け抜け、不死身の偵察隊と謳われ、常に勇者達の眼として働き続けた弓兵と双剣士。そんな二人が、敗北という憂き目を見たのである。


 重騎士は呻き声を耳にし、行軍する仲間に話しかける。


「先に出て行ったあいつら、まさか殺られたのか?!」


「この声は魔族の勇者のじゃねぇ。あいつら……仕留め損なったんだよ」


「だから一緒に行こうって言ったんだ! 最強コンビとか調子ブッこいてっからこうなる! ヘマやらかした挙句、勝手に死に急ぎやがって!」


 彼らが先発隊から出遅れ、距離を離されたのには明確な理由がある。

 巨大なランスに身の丈を越えるシールド。そういった重量装備ゆえに、どうしても足並みが遅くなってしまったのだ。


――だがその防御力は、移動速度を犠牲にしただけの甲斐はあった。


 ハルバートやスパイクの猛攻を防ぐばかりでなく、攻城用大型弩砲『バリスタ』の直撃さえも防ぐ、強靭さを手に入れたのだ。

 そしてそれを可能にしたのが、彼らがこの世界に召喚された際に授かった、防御魔法である。防御特化型のスキルをふんだんに用い、鎧の硬度を飛躍的に向上――他の攻撃を一切寄せ付けないのだ

 それを確固たるものにするため、エストバキアは最高の鎧を勇者達に用意した。並みの重騎士ですら、めったにお目にかかることできないベルカ製大鎧だ。

 さらにそれに加え、付与術師のチート染みた防御エンチャント能力も加算されるのだ。


 高級な装備に高度な能力。そして高尚な魔導師によるサポート。

 それによって重騎士と重盾騎士は、あらゆる魔法・物理攻撃を凌ぐ、凶悪なまでの防御力を手に入れていた。


 そんな重装備のシールダーの一人が、付与術師を小突く。


「おい、お前先に行けよ」


「ハァ?! お前なに言ってんだ、ふざけんなよ! シールダーは俺を護るのが仕事だろぉが!」


「鍾乳洞の魔光石だけじゃ、灯りが足りねぇんだよ! この暗闇の中に敵が潜んでるかもしれねぇじゃねぇか!」


「そもそもアサシンが先行してるんだから、あの勇者がいれば、笛とか閃光弾で知らせてくれるはずだろぉが!」


「あのサイコパスを信用しろって言うのか? バカ言え! なにか企んでいるかもしれない戦闘狂なんか、あてにできるかよ!」


 仲間に対する不信感を訴え、松明代わりになれとわめく重騎兵達。付与術師は彼らに強要されるように背中を押され、仕方なく前に出る。そして気後れした役立たずの用心棒を、小さな声で罵った。


「腰抜けめ……取り柄は図体のデカさと重さしかない、腐ったウドの大木だ」



 六人の勇者はレイブンの姿を探しながら、鍾乳洞のさらに奥へと探索を進めた。


 薄気味悪い、巨大な鍾乳洞。天井までの高さは有に100メートルはあり、まるで巨人の住処を連想させるほど豪壮な景色だった。


 本来ならこの場所は、巨大なクリーチャーが待ち構え、魔都を目指す勇者や騎士達の前に立ちはだかる、運命の地だった。


 しかし今、ここにクリーチャーは居ない。


 魔族がダークエルフに地下迷宮を譲渡した際、ここを死守していた大型クリーチャーも引き払ってしまったのだ。


 莫大なコストが必要になる大型クリーチャーは、熾烈な攻防戦が行われていた戦時中ならいざ知らず、戦争が終結した今となっては、財源を圧迫する、採算の合わない無用の長物と化してしまったのだ。


 そもそもダークエルフに大型クリーチャーの維持・管理は、あまりにも荷が重い。大型クリーチャーのほとんどは気性が荒く、躾、運用にはそれなりのノウハウが必要である。そして巨体を支える餌台もばかにならないのだ。


 ならば練度の高い兵士を揃え、統率・士気の高いマンパワーで押し切ったほうが、コストが安く十分に採算が合う。


 おどろおどろしい鍾乳洞ではあるが、冷静な観点から見れば、こうして魔族の懐事情が垣間見られる貴重な場所でもあった。


 六人の勇者達は、ここに大型クリーチャーが配備されていない事は知っている。内通者を通じ、グエムから提供された地図と情報を得ていたからだ。


 本来ならば、彼らは順調に快進撃を続け、この場所を意気揚々と進軍するはずだった。

 それがレパン出血熱という時限爆弾を抱え、仲間の慟哭をBGMに敵地の奥へ、奥へと進んで行かなければならない。それも朽ち果てた勇者の骸や、得体の知れない骨が散乱する中を――。

 まるで犯した罪と向き合いながら地獄へ進む、贖罪行脚だった。


そんな彼らの目の前に、死の恐怖を具現化したような光景が現れる。


 巨大なドラゴンの骨だ。


 かつて地上を支配していたエンシェント神竜クラスのドラゴン。神竜として栄華を誇っていた彼らが、神々との戦いに敗北し、その生き残りがこの地下で無惨に朽ち果てたのだ。

 絶対的な力を持つ者の敗北――その成れの果ては、まるで自分達の末路を暗示しているかのような、不吉極まるものだった。


 いつ襲撃を受けるかもしれない恐怖に、勇者達の額に不快な汗が流れる。



――その時だ。



 カラン!



 静寂を突き破り、金属的な音が響いた。


 勇者達は一斉にその方向へと向き直り、攻撃を繰り出す。

 生け捕りにしろとの命令だったが、死への恐怖が冷静な判断力を失わせていた。

 付与術師はシールダーの後ろへ後退しながら火炎魔法で牽制し、その間に重装騎兵は魔法陣を展開――ランスの先端から城壁破壊用の砲撃魔法を放つ。


 それはたった一人の人間を仕留めるには、あまりにも大げさな攻撃だった。


 砲撃と爆風によって鍾乳石柱が倒壊し、壁面を抉り飛ばす。


 だが手応えのなさと応戦する気配すらない現状に、勇者達は勘違いである事を悟った。彼らは「ビビらせやがって」と溜息を吐き、再び進軍しようと進行方向へ向き直る。


 重騎士の一人が舌打ちし、吐き捨てた。


「クソッ! ネズミか……」




「私になにか用か!!」


 勇者達の真上に近い後方から、レイブンの声が響く。

 レイブンは勇者達を見下ろすことのできる、天井桟敷のような場所で待ち伏せしていたのだ。


 振り向き、後方を見上げる勇者達――、


 だがすでにHK51Bの銃口は、一人の勇者に狙いを定めていた。

 勇者の一人に銃弾が浴びせられ、胸から血飛沫が吹き出す。――撃たれたのは、防御力の低い付与術師だった。


 ドドドウッ!!


「うぎぁッ!」 


 ドドドウッ!!


「がっ?!」


 ドドドウッ!!


「ぎゃあ!! ぐぷ………ぁ…」



 弾丸はスリーバーストで放たれ、無慈悲に貫いていく。付与術師は肺に風穴を開けられ、口から逆流した血を吐き出す。そして後方にいたシールダーへと、弱々しくもたれかかった。

 シールダーは急いで付与術師を守ろうとしたが、時すでに遅かった。



「クソ野郎ぉお! よくも殺りやがったなァ!!」



 頭に血が登った重騎士が、攻撃を躊躇っている仲間に怒鳴る。



「なにしてんだ! 砲撃魔法で殺すんだよ! 撃て! 撃てぇ!!」


「ワクチンは! あれが無きゃ、俺ら死んじまうんだぞ!!」


「アホか! 殺されちゃどの道ワクチンだって意味がねぇだろ! いいから撃ちまくれ!!」



 再びランスの先端に魔法陣が展開し、砲撃魔法の火蓋が切って落とされる。


 重騎士から次々に放たれる砲撃魔法――爆発に呑まれ、鍾乳洞内の魔光石が砕け散り、光源が絶たれていく。

 レイブンは砲撃によって生まれた闇の中へ飛び込み、勇者達の目を欺いた。


 レイブンを見失った勇者達は、彼が逃げ込んだ暗闇目掛け、なおも砲撃魔法を放ち続ける。


 だがその攻撃は、まったく見当外れな場所に向けられていた。

 レイブンは彼等に気づかれないよう、闇から闇へ速やかに移動し、鍾乳洞の岩陰に隠した武器を回収しつつ、勇者達の背後へと回った。


 その微かな気配に、シールダーが気づく。



「い、いたぞ! 奴は後ろだ! 後ろに回り込んでいる!」



 シールダーは重騎士の背面を守るため、重々しいシールドをレイブンへ向けようとする。だがそれよりも先に、レイブンの手にしていたHK51Bが吠えた。

 フルオートの連続射撃により、薄暗い鍾乳洞内が朱色に染まる。


 次々と放たれる銃弾が鎧のブレストプレートやランスレスト、バンブレスに命中する――だが弾丸が鎧を貫くことはなかった。物理的な貫通力なら、HK51B のNATO弾に軍配があがるが、勇者達のチート染みた魔力が加わると、その優劣は一変する。


 防御魔法が銃弾の攻撃力を上回るのだ。


 勇者達はある程度身構えていたが、現代兵器の登場はさすがに予想外だった。彼らは防御陣形を再編しながら、弾幕の中で狼狽える。



「あの野郎ぉ、なんで銃を持ってんだ!! いったいどうやって手に入れたんだ!!」


「ビジターとかいう奴らだ! 奴らが武器をこの世界に持ち込んだに違いない!!」


「そんなの有りかよ?! いくらなんでも卑怯すぎんだろ!」



 その言葉を耳にしたレイブンは「人の事言えないでしょう」と呟きつつ、手にしていたHK51Bを放棄する。弾を撃ち終えた事に加え、長時間の連射で銃身が焼き付いてしまったのだ。真っ赤に焼き付いたHK51Bが水たまりに落ち、ジュワ!という音と共に水蒸気が上がる。


 だがレイブンはここで撃ち終える予め計算していた。彼は溝下に隠してあった二挺のHK51Bを拾い上げると、二挺拳銃アンキボスタイルで攻撃を再開した。


 先よりも勢いづいた攻撃に、勇者達は怯む。


 勇者達は邂逅時こそ、銃火器の登場に驚いていた。だが次第に、自分達の防御魔法が、銃弾を凌いでいる事に気付き始める。鎧に命中しても跳弾するだけで、貫通には至っていない。現代兵器の代名詞といえる銃が、防御魔法の前では、無力な存在と化していたのだ。

 

 勇者達は銃弾の猛火に晒されているにも関わらず、互いに顔を見合わせて色めき立つ。

 そして勇者の一人が銃弾を受けつつ、仲間たちに向かって叫んだ。



「弾が……効いてない? ハハッ、おい! 弾が全然効いてねぇぞ!」



――銃弾すらも凌駕してしまう力。


 その現実を目の当たりにし、勇者達は改めて、自分達がとんでもない力の持ち主である事を実感する。

 もし元の世界に帰ることができれば、軍隊と渡り合う事もできる――そう考えただけで、彼らの胸は高鳴り、優越と高揚感に浸ることができた。



 レイブンは弾切れになるまで撃ち続けると、手にしていたHK51Bを投げ捨てて退却する。


 そんなレイブンの背に向け、勇者達は逃がすまいと罵声を浴びせた。



「野郎、逃げやがったぞ!」


「おい待てコラァ!! 喧嘩売っといて逃げんじゃねぇぞ腰抜けぇ!」


「今度はこっちの番だ! 重装騎士の恐ろしさを思い知らせてやる!!」



 薄暗い魔光石の少ない鍾乳洞を、勇者達が駆け抜ける。


 本来なら、負担を軽減する魔法エンチャントを重装騎士に施すのだが、それを行うはずの付与術師は、すでにこの世にいない。

 重装騎士達はエンチャントの有り難みを実感しながら、レイブンの後を追った。


 その最中、勇者の一人が唐突に立ち止まる。



「――ッ!? なんだ?!」


「おいどうした!」


「助けてくれ! か、体が……動かない! 動かないんだ!!」



――立ち止まったのではなかった。なにかによって強制的に制止させられていたのだ。


 仲間の一人が、身動きできなくなった勇者に近づく。そしてなにが起こったのかを把握した。暗くて見辛いが、細長い銀色の線が巻き付いていたのだ。


「これは……ワイヤーか?!」


 シールダーはこれがトラップであることを悟り、仲間たちに向けて「これ以上進むな!」と叫ぼうとした――だが、すでに後の祭りだった。


 重装騎士達は次々にワイヤーの餌食となり、身動きがとれなくなる。


 鎧を外して逃げようとする者もいたが、チェーンメイルにまでワイヤーが喰い込み、さらに状況を悪化させていた。まるで蜘蛛の巣に囚われたハチのような有り様だ。激しく動く度に他の糸が絡まり、余計に身動きがとれなくなる。

 

 ただ一人トラップに引っかからなかったシールダー。彼は仲間を助けるため、ギチギチに絡まったワイヤーを引き千切ろうとする。だがタングステン製のワイヤーはビクともせず、彼の力ではどうする事もできなかった。

 とてもじゃないが、ワイヤーカッターでもない限り、切断することはできない。


 唯一自由の身であるシールダーは、仲間を助けられないと知るや否や、彼等を置き去りにして逃げ出してしまう。


 仲間たちがここに留まるよう叫んだ。



「てめぇ逃げんじゃねぇよ!」

「行くな!! 頼む待ってくれ!!!」

「ダチを見殺しにする気か!! おいふざけんじゃねぇぞ!!」



 そんな彼等に向け、シールダーは自由を行使する権限があると告げた。


「こんな場所で仲良く死ねるかよ!! 恨むんだったらなぁ! てめぇの不運を恨むんだな!!」


 そして逃げ出したシールダーは、自らの不運を呪う事となる。


 対物狙撃銃アンチマテリアルライフルの弾丸が、シールダーの頭部を肉片に変えたのだ。


 シールダーの体は、頭部を失ったにも関わらず走り続け、岩壁にぶつかって倒れこむ。


 他の勇者達も、このシールダーと同じ末路を辿った。


 ワイヤーから逃れようとしている重装騎士達を、弾丸が貫いていく。


 弾丸には対防御魔法用の紋章魔法ルーンが刻まれており、彼らの魔法効果を無力化していたのだ。魔法効果がなければ、鎧はなんの変哲もない鉄に成り下がる。対物を念頭に設計された弾丸に、叶うはずがない。



 彼らは最初からレイブンの手の平の上だった。そして彼が決めた振付を、自覚なしに踊っていたのだ。



 まずは、彼らの力を確固たるものにしている源――付与術師を先に仕留め、その力を弱体化させる。そして弾幕で適切な距離を維持したまま後退し、罠がある箇所へと誘導。身動きが取れなくなったところを、高火力兵器によって殲滅する。


 古典的ではあるが、シンプルな戦法であるがゆえに汎用性が高く、シナリオ通りに行った場合の戦果は硬い。

 演算によって約束された終焉。現に彼らはそのレールの上を歩き、時刻表通り、死という終着駅ターミナルで停止した。


 ダエル率いる勇者達の中で、もっとも高い防御力を誇る重装騎士――だがその結末は、なんとも呆気ない幕引きだった。





 レイブンは伏せ射と呼ばれる腹ばいの状態で、ロングレンジライフルを構えていた。黒く無骨な殺傷兵器の名は、M82 バレット。米軍御用達の対物セミオートライフルである。

 絶大な破壊力を誇るライフルだが、取り回しが悪いこの武器を使用する事は、もうない。


 レイブンは起き上がると、ライフルをその場に残し、魔光石の側まで移動する。その結晶の下には、弾薬ケースが隠されていた。夜な夜なダークエルフ達の目を盗み、地下迷宮各所に、こうした補給所を設置していたのだ。

 レイブンは新しい武器を手にすると、動作不良がないかチェックを行う。



 魔光石の灯りによって伸びた、レイブンの影――その影の中から一人の男が姿を現した。まるで水面から上がるように姿を見せると、レイブンの背後から、ゆっくりと忍び寄る。



 重装騎士と相反する軽装甲ライトアーマーを装着し、包帯で口元を覆った黒尽くめの男――。



 仲間の命を犠牲にし、レイブンが油断する機会を狙っていた暗殺者アサシンだった。


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