第8話『バトルフィールド・アンダーグラウンド』【前編】
ツノツキの男達がエレナに向かって一斉に駆け出す。
エレナはカインフェルノを地面に突き刺し、グリップを深く撚る。
撚る度に魔導機関の燃焼音が鳴り響くが、その音ですら、男達の雄叫びによって掻き消されてしまう。
ツノツキの男達が、ドカドカと不揃いな足音を立てながら、カインフェルノの攻撃
「ぶっ殺してやる! 魔族の糞女ァ!!!」
エレナは腰を落とし、吸い込んでいた息をすぅと吐き出す。
そしてツノツキの言い放った言葉と肉体を一纏めにし、カインフェルノで一気に斬り棄てた。
スラスターベーンから魔力の燃焼光が吹き出し、刀身を爆発的に加速させる。
エレナは推進力の力を借り、鮮やかな円を描いた。
推進力として排出された魔力光が、なびくエレナの髪を輝かせ、鎧の光沢を際立たせる。
――円を描くエレナは、まるで剣舞のように麗らかで、殺傷行為とは思えないほど美しかった。
玲瓏たる剣舞。だがそれと相反し、円の中にいた男達は斬り裂かれ、鮮血が飛び散った。呻きと悲鳴・慟哭のフルコーラスが奏でられ、周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
その合唱団を踏み越え、ハルバートを手にした一団が襲い掛かる。
常識外れな戦法にエレナは思わず、部下を叱咤するような口調で怒鳴りつけてしまった。
「い、今さら鉾槍の投入?! 順番が逆だ馬鹿者!」
彼女が目を疑ったのも無理はない。
仲間に犠牲が出てから、まるで思い出したように長柄の鉾槍兵が登場したのだ。
本来は攻撃レンジの長い槍兵や鉾槍兵が先陣となり、弓兵や剣士を護りながら戦うのがセオリーなのだが、ツノツキのとった行動はまったくの逆だった。
おそらくハルバートはダークエルフのものだろう。
剣やウォーハンマーでは勝ち目がないと踏み、ダークエルフの武器庫を急いで漁り、勝手に持ち出したのだ。
だが使い慣れていない武器ゆえに、ツノツキのハルバートはフラつき、不慣れにもたついている。
そもそも長柄は鍛錬を積んでいない兵士が扱えるほど、容易い武器ではない。闇雲に鍛えているからといって扱えるシロモノではなく、それ以上に鉾槍をコントロールするための技術と経験を必要としていた。
鉾槍は、攻撃レンジの短いエレナと戦う上で、相応しい武器と言える。
だがいくら状況に見合った武器とはいえ、身の丈に合わない武器を持ちだしたところで、武器に振り回された挙句、仲間の陣形を乱して足を引っ張りあうのがオチだ。
現にツノツキは使い慣れていない武器のせいで、周囲の足並みを乱していた。
「訓練を積んでない武器で、容易く討ち取れると思うな!!」
エレナはまごついている鉾槍兵めがけ、突貫する。
一騎当千のエレナに鉾槍兵は尻込みするが、それでも数で押せれば勝てると信じていた。彼らはエレナを串刺しにするため、ハルバートを一斉に突き出す。
――その光景はまさしく槍衾だ。
だがエレナは、突き出されたハルバートを踏み台に、二段飛びで越え、鉾槍兵を華麗にスルーする。そして彼らの後ろで待機し、油断していた剣士達の中へと着地した。
「鉾槍兵がいるから、ここまで来れまいと思っていただろう?」
そしてエレナはまるで解き放たれた人食いリザードのように、剣士達に次々と斬り掛かった。
剣士達は剣ほど叩き切られ、手足が千切れ飛び散る。その血飛沫がエレナの頬を濡らすが、彼女は一切気に留めることなく、兵士の間を高速で駆け抜け、次々と骸を作り上げていった。
骸製造機ことエレナは、剣士達をあらかた片付けると、魔導機関を燃焼させながら鉾槍兵に向かって駆け出す。
鉾槍で武装したツノツキの一団は、これ以上接近させまいとハルバートで一斉に斬り掛かった。
「死ねぇええええぇえッ!!!」
長柄とその重量ゆえに、鉾槍の攻撃モーションは遅い。
エレナはハルバートによる攻撃を意図も簡単に躱し、鉾槍兵の懐へと滑りこむ。眼下の死神に、鉾槍兵の顔が恐怖で歪み始める――。そんな彼らに向け、エレナはこんなアドバイスを口にした。
「よく覚えておくがいい、長柄は、懐に潜り込まれたら終わりだ!!!」
その言葉と共に、エレナはカインフェルノのトリガーを引いた。魔導機関を一気に解放され、刀身内に格納されていたスラスターベーンが刀身に爆発的な加速を与える。
カインフェルノとはいえ、人間を斬るのは容易ではない。
もし魔剣に魔力を流さなければ、剣にこびりついた血糊や肉片によって、斬れ味が急激に落ちるのだ。
そのため剣に魔力を流して斬れ味を向上させたり、エンチャントで刀身に魔法を付加させたりなど、剣のコンディションや戦場の状況に合わせ、様々な創意工夫を熟しながら戦わなければならない。
だが、レイブンによって手が加えられたカインフェルノは、そういった手間が一切必要なかった。グリップを撚るだけで高濃度の魔力が生成され、トリガーを引くだけでバケモノ染みた加速を得られる。その比類なき推進力は凄まじく、成人男性を同時に斬り裂ける程だ。
あまりの利便性の高さに、エレナは心の中でこう呟く。
(やれやれ、これでは剣の腕が鈍ってしまうな……)
そしてレイブンに感謝しつつ、エレナはカインフェルノを振るった。
――横薙ぎの一閃。
青白い炎が横一閃の軌跡を描く。すると、ハルバードを手にしたツノツキの腹から臓物が飛び散り、糸が切れた傀儡のように、血溜まりの地面へ次々と崩れ落ちた。
その鬼神の如きエレナに、ツノツキ達が今更ながらに気付く。この立ちはだかる少女は、只者ではないということを――
「なんだあの剣は!」 「この女、魔導騎士か!!」
「剣が炎を吐き出したぞ!」
「こ、こんなの聞いてねぇよ!!」
そんな彼らの頭上に、ツノツキの兵士が降ってくる。
「「「ぐぁ?!!」」」
降り注いだツノツキは、ゼノヴィアの一撃を喰らい、吹き飛ばされたものだった。
ゼノヴィアはエレナとは相反し、肉弾戦でツノツキと渡り合っていた。
肉弾戦といっても単なるパワー押しではない。巧みなフェイントで攻撃を誘い、敵に隙ができたところで強烈な
次から次にツノツキが押し寄せるが、すべて避けられゼノヴィアの餌食となる。筋肉質の男達が、まるで綿でできた人形のように軽々と宙を舞う。
ゼノヴィアは戦いながら、後ろにいるダークエルフに撤退するよう促した。
「俺が突破口を開く。お前らは砦か詰め所まで後退して、仲間をしこたま呼んで来てくれ!」
身ぐるみを剥がれたシールダーが、ゼノヴィアの要請を拒否する。
「増援を呼ぶのは一人で十分です! 私達も村を守るために戦います!!」
「そんな素っ裸でどうやって戦うんだ! シールドだって取られちまったじゃねぇか! いいからココは俺達に任せりゃいいんだ、よッ!!!」
ゼノヴィアはそう言いながらツノツキにスマッシュをかます。
強烈な一撃に、ツノツキ数人が巻き込まれながら吹っ飛んだ。その人間榴弾がエレナの足元に着弾した。
「危ないだろゼノヴィア! 撃ちだす方向を考えから殴れ!!」
男達の声を掻き消さんが如き、エレナの怒声。
ゼノヴィアは「そんな余裕あるわけないだろ……」とボヤきながら、心のこもってない簡素な謝罪を口にする
「わりぃ! 次からは気をつけるわ!」
そう叫んでいるゼノヴィアの死角から、ハルバートを手にしたツノツキが不意打ちを仕掛けた。
だがゼノヴィアは持ち前の反射神経で身体を仰け反らせ、ギリギリのところで突きを躱す。そしてバックステップで跳び退き、鉾槍兵と距離をとった。
ゼノヴィアは手招きしながら「かかって来いよ」と挑発する。
挑発されたツノツキの男は「なめやがって!」と意気込み、ハルバートの柄を強く握りしめた。
ゼノヴィアは悪戯小僧のような笑みを浮かべながら、ツノツキを驚かすため手の鉤爪を伸ばす。
シャキンッ!
背筋を凍らせる金属音――、その音と共にゼノヴィアの手の爪が伸び、鋭利な鉤爪と化す。
まるで指先にレイピアを装着しているかのようなゼノヴィアに、ツノツキの男は硬直してしまう。
ゼノヴィアは臆しているツノツキを嘲笑った。
「おいおい、どうしたどうした? さっまでの威勢は?」
「う! うるせぇ!」
半ばヤケクソ気味にハルバートが突き出される。
ゼノヴィアは鉤爪をハルバート柄に絡めながら円を描き、ツノツキの手から鉾槍を剥がし取る。
空中に舞うハルバート。次第に重力に導かれ、放物線を描きながらエレナの方向へと落ちていった。
一方その頃、エレナは地面にカインフェルノを突き刺し、魔導機関を燃焼させていた。そんな彼女の背後からツノツキが襲い掛かる
「死にさらせぇえぇええ!! ―――んぎゃふンッ?!!!」
威勢の良い咆哮が、間の抜けた断末魔に変わる。落下してきたハルバートの柄が、ツノツキの頭頂部にクリティカルヒットしたのだ。
エレナはそれを横目で確認しつつ、カインフェルノを肩で担ぐ。そして取り囲んでいるツノツキを見渡しながら、その程度か?と一喝する。
「どうしたツノツキ! 女を襲うのはお前たちの常用手段だろ! まさか、臆病風にでも吹かれたか? 同じ女でも、強者になった途端にこのザマか! 弱者しか襲えん民族とは、ツノツキは本当に誇り高い部族だな! 尊敬に値するぞ!」
小娘にここまで侮辱され、ツノツキの男達が平然としていられるはずがなかった。彼らは悔しさを滲ませ。憤懣した瞳でエレナを睨む。
だがエレナをねじ伏せたくても、自分達の力では到底歯が立たない。
ツノツキ達は化け物染みたエレナを恐れ、周囲を取り囲むことしかできなかった。
――その時だ。
「なるほど。なかなかの腕じゃねぇか」
高みの見物を決め込んでいたツノツキの頭が、愉悦な笑みを浮かべながら地上へ降り立つ。
着地の衝撃で土煙が上がり、その粉塵がエレナの元にまで到達する。
エレナは腕を使って砂埃から目を守りつつ、元締めの登場を歓迎した。
「ようやくその気になってくれたか。怖気づいて降りて来ないと思ったぞ」
「嬉しいことに、俺の見込みが外れちまってな。相手はたった二人で、しかも女ときている。すぐにカタついちまうと思っていたんだが……どうやらお前ら、想像以上の上物らしい」
かしらの登場に、ツノツキの手下達は汚い笑みで「ヒヒヒ」と笑い、すでに勝ち誇った表情をしている。
だがツノツキの頭は、彼らとは違った笑みを浮かべていた。
嘲笑っているのではなく、エレナとゼノヴィアを完全に格下と見下しているのだ。
圧倒的な自信に裏打ちされた瞳。その視線に、エレナは言いようない不安感を覚える。
その自信は、なんらかの確証があってこそのもの。この劣勢を覆し、魔族二人の猛者を打ちのめす“なにか”が、ツノツキの頭にはあるのだ。
エレナの抱いた不安を助長させるように、ツノツキの頭はさらにこう言い放った。
「この魔族の女ども俺の獲物だ! 他の奴らは逃げたダークエルフを追え! そしてそのまま裏から砦を攻め落とすんだ!! さぁ野郎ども、かかれ!!」
ツノツキの手下は雄叫びを上げ、一斉に出口へと向かった。
ゼノヴィアが出口に陣取り、ツノツキの流出を食い止めようとする。
「させるかよ!」
だがそれを阻む者が現れる。ツノツキの頭だ。彼が手下の突破口を開くため、自ら戦いを挑んだ。
「魔族の女ァ! 存分に愉しませてくれよ!!」
「邪魔すんじゃねぇツノツキぃ!!」
繰り出された拳をゼノヴィアは拳をもって押し返そうとする――が、押し返されたのはゼノヴィアだった。彼女はパワー負けし、拳を弾き返されてしまう。
「なに?!」
まさかの事態に反応できず、よろけてしまうゼノヴィア。態勢を立て直そうとしたわずかな隙に、強烈な蹴りが炸裂した。
「ぐはッ!!!!」
ゼノヴィアは凄まじい勢いで吹き飛ばされる。弾き出された彼女の体は家の壁を貫き、屋台骨を粉砕して止まった。家を支えている柱を失い、家が少しずつ傾き始める。そしてゼノヴィアは轟音と共にその下敷きになってしまった。
ゼノヴィアの元に向かっていたエレナは、彼女が敗北する瞬間を目の当たりにする。無事でいてほしいという一心で、彼女の名を叫んだ。
「ゼノヴィア!! ―――くっ!!」
だが彼女も例外ではなかった。エレナという新たなる獲物を求め、ツノツキの頭が襲い掛かる。
エレナは咄嗟にカインフェルノを盾代わりに、拳による強烈な一撃を防ぐ。だが相手は、ゼノヴィアですら打ち倒す男――。その攻撃を防ぎきれず、受け止めた衝撃によってエレナもろとも吹き飛ばされてしまった。
「ちぃ!!!」
エレナは空中で一回転し、カインフェルノを地面に突き刺して減速させる。そして速度を殺しながらグリップを捻り、魔導機関を燃焼させた。
エレナはカインフェルノを引き抜くと、ツノツキの頭めがけて再び駆け出す。
「ツノツキ如きが! 調子に乗るなァ!!」
エレナは走りながら、カインフェルノのトリガーを引いた。
スラスターは本来、斬る際に刀身を加速させるものだ。だがエレナは一か八か、自身を加速させるために利用する。
ぶつけ本番の危険な賭けだったが、彼女の思惑は功を奏す。爆発的な加速を味方に、エレナは地面スレスレを滑空するかのように駆け抜けたのだ。
そしてツノツキの頭とのすれ違い様、カインフェルノによる斬撃を喰らわす。
この一撃で雌雄を決しようとは思っていない。ただ相手の実力や弱点を探るための牽制が目的だった。
だが浮き彫りになったのは、ツノツキの頭が只者ではないという事実だった。
「おいおい包帯が切れちまったじゃねぇか。どうしてくれんだよ、これ」
ツノツキの頭の腕。その太い腕を覆い隠していた包帯が、ハラリと地面に落ちる。
天空石に照らされた巨腕に、エレナの視線は釘付けになった。
「な?! なんなんだ……その腕は!!」
◇
ゼノヴィアに脱出を促され、村を後にしたダークエルフ達。
彼女たちはダンジョンを駆け抜け、村を守る砦へと向かっていた。
その遥か後方から男達の叫びが聞こえ始める。幸いまだ見つかっていないが、彼らとの距離が縮まっていることを意味していた。
汚い雄叫びにシールダー達は悪寒を走らせた。
もう自分達を守ってくれる存在はいない。もし捕まれば、あの時の続きが待っているのだ。
自然と足並みが早くなり、表情が強張る。
その時だった。
前方から、見慣れない人物が走って来た。
「あれは……、――ッ?!! 人間?!」
弓兵とシールダーは足を止め、戦闘態勢に入る、だがその男は彼女達を素通りすると、手にしていたケースを放り投げて立ち止まる。
「ツノツキは私が足止めします。早く逃げて下さい」
魔族ならまだしも、敵である人間に言われてこの場所を去れるはずがなかった。
シールダーが男に噛み付く。
「あ、あんたいったい何者!」
「あなた達の味方です」
「味方? 人間が我々の味方をするはずがないだろう! さてはツノツキの仲間だな!!」
その間にもツノツキの男が、この場所まで迫っていた。
そしてついに、彼らに見つかってしまう。
「いたぞぉおおぉおぉ――――ッ!!」
男は実力行使で味方であることを証明する。
ケースから取り出し、手にしたHK51Bを構える。
――HK51B
それはレイブンの世界に存在する殺傷兵器だ。
HKMP5に改良を加え、使用弾薬を9x19mmパラベラム弾から7.62x51mm NATO弾に変更したコンパクト・ライトマシンガンであり、短機関銃の銃身でありながら、軽機関銃並みの火力を誇る。取り回しが良くなった反面、射撃時の反動と制御が難しかった。
だが、このダンジョンという閉鎖された空間では、それほど問題にならなかった。むしろこういった場所でこそHK51Bの真価が発揮される場所だ。なにせ正確な射撃は必要ない。通路という狭い面に、ありったけの弾丸を注げばいいだけなのだ。
レイブンは銃の反動を抑制するため、膝を付いた
そしてピープサイトで、ツノツキの男達に狙いをつけた。
「…………許せ」
その言葉と共にレイブンは引き金を引いた。
連続的な射撃音を共にNATO弾が放たれる。銃弾が押し寄せるツノツキの群れに、次々と突き刺さった。
先頭にいるツノツキを始めに、次々と男達が倒れていく。
死体を飛び越えたツノツキが異変に気付き、HK51Bの猛火から逃れようとする。だが狭い通路のため逃げ場がなく、後方から押し寄せるツノツキによって押し戻され、銃弾の餌食となった。
後方にいたツノツキが、ようやくその異変に気付く。踵を返して撤退をしようとするのだが、すでに後の祭りだった。彼らにも無慈悲な弾丸が襲い掛かり、背中に無数の穴を開けられていく……。
レイブンが引き金を戻す頃には、通路は血と硝煙の臭いが充満し、全滅したツノツキの男達が幾重にも折り重なっていた。
何人かは逃したが、ツノツキの部隊は壊滅したと判断していい戦果である。
この戦いを見守っていたダークエルフ達は、呆気にとられ、なにが起こったのか理解できずにいる。
彼女達が目を丸くするのも無理はない。奇っ怪な武器を取り出し、あれだけ苦戦したツノツキをものの数秒で壊滅させたのだ。
弓兵のダークエルフが、蚊の鳴くような声で尋ねる。
「あなた……なんなのよ」
レイブンはHK51Bに弾薬を装填しながら、彼女達に振り向き、こう答えた。
「話と長くなります。詳細は後ほど彼女から聞いてください」
「彼女? 誰のこと?」
その彼女こと、弓と矢を背負ったシルエラが遅れて姿を現す。
「みんな無事!」
彼女の姿を見た弓兵とシールダーは、安堵した表情を浮かべる。中には涙を流す者までいた。
「姫様!」
「村は! 村はどうなっているの!」
ダークエルフの弓兵が、シルエラの問いに答える。
「まだ火の手は上がっていませんが、時間の問題です。目下魔族の兵士がツノツキと戦っており、我々を逃がすために時間を稼いでくれました。一刻も早く、彼女達に救援を!」
「わかったわ。でもあなた達には、これをお願いしたいの」
シルエラは革製のポシェットから薬草を取り出し、それを弓兵へ手渡した。
手渡された薬草を見た瞬間、弓兵はそれがなんであるのかを悟る。
「姫様、これは!」
「薬草のカシュタムよ。地上に上がって手に入れて来たの。これでレパン出血熱を抑えられるわ」
「ですがこの量では――」
「二人分に分けて使って。時間を稼げればいいから……」
そう告げたシルエラは、ポケットからワクチンが入った銀色の筒を取り出し、それを見つめた。そして視線をレイブンへと移す。
レイブンは力強く頷き、「信用してくれ」という視線でシルエラを見つめた。シルエラは優しい視線に背中を押され、仲間にこう告げた。
「大丈夫、ナダルとカイムを救う薬は他にある。だから今は時間を稼げればいいの。さぁ行って! 村にツノツキが攻めてきたことを、砦にいるみんなに知らせるの!」
「ナダルとカイムのところに行かないのですか? 峠を越えるのは今夜、二人の側にいてあげたいのでは?」
シルエラはその言葉に甘えたかったが、族長の娘としてやらねばならないことがあった。
「私は族長の娘として村を守る義務がある。ナダルとカイムを救っても、村が守れなかったのでは意味がないわ。そもそも敵を魔族に任せて我々がなにもしなかったのでは、ダークエルフの恥であり、魔族との今後の関係が確実に悪化する。ここでなんとしても、我々の誠意と意志を見せないと」
弓兵とシールダー達は、現族長であるシルエラの意向を汲む。
「姫様どうかご武運を……」
「すぐに救援を呼んできます。それまで耐えてください!」
「無理だと思ったときは、どうか退いてください。姫様を失うということは、我々にとって敗北以上の痛手なのです」
シエルエラは絶大な信頼を得ている。このわずかなやり取りだけでも、それが垣間見れるものだった。
薬草を手にした弓兵は、ナダルとカイムがいる祠へ、シールダーは砦に向かって走りだす。
シルエラの傍らにいたレイブンが、言葉で彼女の肩を叩いた。
「さぁ急ぎましょう」
その言葉にシルエラ頷くと、二人は村に向かって走り出した。
◇
村に辿り着いたシルエラは、信じられない光景を目にする。バラバラになったツノツキの骸に、破壊された家や倒壊した見張り櫓。無惨に大きく陥没した村の中心広場……。
――そして今まさに、首をへし折られようとしている魔族の騎士団長、エレナの姿だった。
「――させない!」
シルエラは弓を構え、背中に背負った矢を手にする。
素早く最小限の動作で弓を構え、弓の弦を引き、矢を放つ。エルフが得意とする速射撃ちだ。
速射撃ちとはいえ、狙いは驚くほど正確だ。
放たれた矢は、エレナを掴んでいるツノツキの腕へひた走る。矢は腕に命中したものの、甲高い金属音と火花を散らして弾かれてしまった。
シルエラの存在に気づいたツノツキの頭は、エレナを飽きたおもちゃでも捨てるように投げ、シルエラの登場を心から歓迎する。
「ぉお! 待ってたぜシルエラぁ!!」
「ツノツキが軽々しく私の名を口にしないで! 族長から頂いた名が穢れるわ!!」
「そんなつれないこと言うなよ。お前に礼するためにわざわざ、ありったけの手下こさえて、ここまで来てやったんだぜ」
「礼ですって?」
「ほら! この腕だよ腕! お前が斬り落としたこの腕が、会いたい会いたいってうずいちまってよ。神機の奪いがてら、お前に会いに来てやったってわけよ」
ツノツキの頭の腕は、人外染みたものと化していた。
魔族の甲冑のような攻撃的で禍々しい腕。その色合いも毒々しく、まるで生物のような不気味な光沢を放っている。
シルエラはその腕を見ながら、その男との邂逅を思い出す。そのきっかけとなったのは、『斬り落とした』という言葉だった。
「斬り落とした? ……まさかあなた! あの時の人さらい!!!」
「やっと思い出してくれたか~。ほんと物覚えの悪いお姫様だ」
「あの時命乞いして見逃してあげたのに。その礼がこれ? やはりツノツキは最低の部族ね!!」
「喰うか食われるか。そんな餓えと貧困の中で、家畜以下の扱いをされて生活すれば、義理も人情も無意味と悟るさ。
――所詮この世は力と金。
エルフはよぉ、その金になるんだよ。なんせ数百年劣化しない女だ。その長寿を利用すれば、薬だのなんだの様々な商売ができんだよ。そしてその中でもダークエルフはとりわけレアリティが高い。つまり市場でも、べらぼうに高い値で取引されてんだよ」
「やはり殺しておくべきだったわ! この下衆め!」
「シルエラ、よぉ~く覚えておくんだな。 優しさはいつだって愚かさと世間知らずの象徴だ。だってそうだろ? 現にお前が情けをかけずに殺しておけば、恨みを買うこともなく、村もこうならずに済んだんだよ。まぁ、今更後悔しても遅いがな!」
「あなたに優しさはないの? 娘がいるからって命乞いしたから、逃してあげたのに!!」
その言葉を聞いた途端、ツノツキの頭はニタニタと気味の悪い笑みを浮かべ始め、彼女の言葉を否定する。
「ハァ? 娘ぇ? おいおい俺に娘なんているわけないだろ。まぁそんなに見たいんなら、これから作ってやろうか? お前の使い込んでいない、その腹ん中になぁ!」
女性にとって吐き気を催すほどの邪悪な言葉。シルエラは反論することも忘れ、唖然としてしまう。
ツノツキの多くが差別を受け続け、あらゆる民族への劣等感を抱いていることは知っていた。そしてシルエラも、それなりに理解しているつもりだった。だが彼らの心の奥底にある歪んだ感情を垣間見た瞬間、自分の認識がどれだけ甘かったのかを思い知らされる。
生理的嫌悪感からシルエラの肌に鳥肌が立ち、身の毛がゾワッとよだつ。
まるで、この世のすべてに絶望し、途方に暮れているかのようなシルエラ。その姿にツノツキの頭は嬉しそうに笑った。
「お姫さまっていうのは、どいつもこいつも世間知らずでおもしろい娘ばかりだ。個人的にはプライドが人一倍高い没落貴族が、良い具合に笑いを誘ってくれるがな。
いいか、地下に潜っているお前らは知らないだろうが、世の中っていうのは、お前らお嬢様が描いているような、美しく綺麗な世界じゃないんだよ。国を動かす権力。底なしの欲望。そして欲という飢えを潤す唯一の妙薬であり宿痾である――金。それが蠢いてこそ、この世界は成り立っているんだ。むしろ陽の当たらないその汚い部分こそが、世界の本質なんだよ。もうちょっと世間を知るべきだったな。族長のお・ひ・め・さ・ま」
ツノツキの頭は落ちていたカインフェルノを拾い、投げ捨てたエレナに向かって歩き出す。
「まぁこっちはいろいろと楽しめたし、神機も手に入るからいいんだけどさ」
「なにをする気なの! 止めなさい!」
「俺に指図する気か? なら止めてみろよ、力強くでな!」
ツノツキの頭はカインフェルノの刃を、気絶しているエレナの上に乗せてこう述べる。
「暴力に対抗できるのは暴力しかない。所詮、牙を持たない弱者は強者に弄ばれ、殺されるしかないんだよ!」
ツノツキの頭はカインフェルノを振り上げ、気を失って横たわるエレナに叩き落とした。
「己の無力さを噛み締めろ! シルエラ!!」
振り下ろされたカインフェルノが、エレナに届くことはなかった。
突如エレナが消え、カインフェルノが虚しく地面に突き刺さる――。
まさかの事態に、ツノツキの頭は狼狽えた。
「な!! ど、どこに消えた?!」
そして彼は、自分の背後に気配を感じ、その方向へガバッ!と振り向く。
するとそこには、異世界の正装であるフォーマルスーツに身を包み、メガネを掛けた男――レイブンが立っていた。
彼の腕には、救い出されたエレナがしっかりと抱きかかえられ、ツノツキの男に背を見せる形で立っていた。
ツノツキの頭はその速さに感心しつつ、噛みごたえのある男の登場に笑みを零した。
「ほほぉ、コイツはおもしれぇ。てめぇ、何者だ!」
問いかけられたレイブン。彼はバリトンボイスの深みのある声を用い、半ば飽食気味な口調でこう綴った。
「また説明しなければならないのですね……いやはや、大した者ではありませんよ」
「気配を消して俺に近づき、目にも留まらぬ速さでその女を救い出した。どう考えでも、並大抵の腕じゃない」
「そういうあなたの腕だって、普通のツノツキとはだいぶ違います。まさしく並大抵の“腕”ではないと言えるでしょう。ドラゴンと契約を交わしたのですか?」
「この腕のことを知っているとは、ますます驚きだ。そう、この腕はドラゴンと契約を果たした証、――ドラゴンガントレッドだ!!」
自慢気に語るツノツキの頭。
だがレイブンは顔を横に振り、バッサリと否定した。
「それは違いますよ。契約の手順を踏まずにドラゴンガントレッドが手に入るわけありません。そもそもその腕を移植したであろうツノツキは、ツノツキではないのですから……」
「ツノツキじゃないだと? どういう意味だ!」
「知らないのも無理はありません。そのツノツキの正体は、魔族のマッドサイエンティスト ガッドナー博士です。そしてあなたは彼の口車に乗せられ、彼の実験体にされたのです。その腕は死んだ陸竜騎の利用して作られた、ドラゴンガントレッドの模造品。神竜と契約を果たした本物のドラゴンガントレッドと比べれば、おもちゃ未満の劣悪な
ツノツキの頭にとって、ガントレッドは自身の誇りであり、彼のプライドと力の体現化と言っても過言でないものだ。
そのプライドの象徴に泥を塗りたくられ、ツノツキの頭は最悪なまでに気分を害す。
彼は報復を胸に、立ちはだかる男に名を訊ねた。
「俺の腕をコケにするとは、いい度胸してるな。 俺はツノツキの王になる男、バルド。お前の名は?」
「私の名はレイブン。――魔王に召喚された勇者です」
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