第7話『襲撃?! ダークエルフの村』




――魔法都市 アルトアイゼン

    アイゼルネ・ユングフラウ城



 重厚な扉が開き、謁見の間からグレイフィアとアーシアが姿を現す。扉が閉まると同時に、王との謁見を終えたグレイフィアが、落胆と哀しみに満ちた表情を浮かべた。


「闘技場をメチャクチャにしたばかりか、勇者を襲撃したというのに……、更迭どころかお咎め一つ無しですって?」


 アーシアも、陛下に抱いた疑問を口にする。


「ゼノヴィアとエレナ、そして勇者レイブンが地下水脈に落ちたというのに、『捜索隊を出す必要ない』だなんて、おかしいです。しかも事前通達もなく、グレイフィアお姉さまが竜騎兵に配属させるだなんて……」


「すべて、あの勇者の言った通りになっているわ。なんだか気味が悪い……」


 二人は謁見の間から離れ、廊下を歩き出す。


 二人が歩き出したのも束の間、一人の女性が彼女達の目の前に姿を表した。


「あ! グレイフィアちゃんとアーシアちゃんだぁ~」


 妙に間延びした甘い声が、廊下いっぱいに響く。城内を歩くには相応しくないビスチェ姿で、大きな胸を揺らしながら二人の元にやって来た。


 その女性は、年齢とは不釣り合いな子供のような口調で、天真爛漫、元気いっぱいにこう告げた。



「グレイフィアお姉ちゃん、アーシアお姉ちゃん! あそぼあそぼ! あのねあのね! さっきすごく綺麗な蝶々を見つけたの!」



 楽しそうに誘われたグレイフィアとアーシアだが、二人の表情は曇り、憐憫な瞳で女性を見ていた。



「女王陛下! お待ちください女王陛下!!」



 彼女を世話するメイド達が、焦燥感に満ちた表情で追いかけて来る。

 メイドの一人がグレイフィアに平謝りした。


「グレイフィア様、アーシア様! 申し訳ありません! お着替えの最中突然暴れ出し、逃げてしまったのです!」


「いいのよ。あなた達も大変ね……」


「気鬱の病から抜けだしたのですが、幼児化に拍車が掛かり、今ではこんなお姿に……」


「王妃の世話役を増やすよう、私からガレオン陛下にお願いしてあるわ。もう少しで人員が補充されるから、我慢してね」



 それを聞いたメイド達は、嬉しそうな表情で礼を述べた。



「ありがとうございます! グレイフィアお姉さま!」


 グレイフィアはメイドの口に指をそっと置き、「ここでお姉さまは禁句よ」と囁く。囁かれたメイドは、耳と顔を恥ずかしげな色に染め上げ、コクンと可愛らしく頷いた。



 城内を切り盛りし、裏方として翻弄しているメイド達。そんな彼女達にとって、グレイフィアは心を許せる味方であり、メイド長よりも人望が厚かった。

 もちろんグレイフィアが、夜な夜なメイドをつまみ食いしているというのもある。

 だが一番の理由はそれではなく、彼女たちの出身にあった。メイドの中には平民の出が多く、親元を離れ、城内に住み込みで働いている者もいた。そういったメイド達の心細さを、グレイフィアは埋めていたのである。

 直属の上司でないこともあり、メイドたちは様々な悩みを打ち明けることができた。そしていつの間にか、グレイフィアはメイド長よりも親しい関係を築いていたのだった。



 メイドたちはグレイフィアに会釈し、王妃を連れて戻っていく。

 グレイフィアとアーシアはそれを見送り、気鬱な溜息を吐いた。


 アーシアは変わり果てた王妃の姿に、抱いていた純粋な感想を口にする。



「あの美しかったユースティア王妃が……今ではあんな、おいたわしい姿に……」



 グレイフィアは、アーシアの言葉に不快感を覚え、暗い表情を浮かべる。

 察しの良いアーシアは、すぐさまそれに気付き、失言を詫びた。


「ごめんなさい、私――」


「いいえ、いいのよアーシア。私も同じ気持ちを抱いたから……」


 グレイフィアは罪悪感からか、アーシアとそれ以上会話を交えることなく、目的地に向けて歩き始めた。


 二人は大きな扉を押し、部屋の中へと入る。


 王族特有の絢爛豪華な部屋ではあるが、その中にある古いアンティークの素朴さと樹を用いた家具によって、どこか優しい印象を来賓した者にもたらしてくれる。


 その部屋は、エリス殿下のプライベートルームだった。


 主を失ったこの部屋は、密談にはうってつけの場所。そしてエリスの親友であるグレイフィアとアーシアにとって、彼女の面影が残るその部屋は、慣れ親しんだ憩いの場でもあった。

 エリスが亡くなる前は、暇さえあればここに集まり、紅茶を飲みながら他愛もない話に花を咲かせていた。


 ここに来てもエリス殿下がいるわけではない。

 ここに来れば、さらに悲しさが増すだけ……。


 頭では分かっていても、二人は心の奥底でエリスの面影を探し求め、ここに足を運んでしまうのだった。


 二人はいつもの定位置に座ると、黙祷するかのように黙りこんでしまう。




 しばらくして、グレイフィアが重い口を開いた。


「陛下は変わられてしまった。昔は寝室で素顔を見せてくれたのに、殿下が亡くなられてからというもの、私が寝室に入ることを拒むようになった。――それはいいの。娘を亡くせば、誰だってそんな気分になれないわ。でもあの惨劇以来、陛下は心を固く閉ざし、終いには私を避けるようになった。常に漆黒の鎧に身を包み、顔すらも見せてくれない……」


 グレイフィアは椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰いだ。


「挙句の果てにはなにを血迷ったか、誰にも相談もなしに異世界から勇者を召喚する始末。そして我々の言葉は参考程度にしか聞かなくなり、人間であるレイブンの言葉しか聞かなくなった。殿下を殺した、あの忌々しい人間の言葉を――」


 グレイフィアの中に込み上げた怒りが、徐々に膨張していく。そして国王の后であるユースティア王妃を吐き捨てた。


「こんな時こそ陛下の側にいる者が支えになり、彼の力にならなければならないというのに…………。肝心のあの人は――ユースティアは陛下の心を切り刻む、無垢な獣と化してしまった! 支えてあげなければならないのに! ガオレンにとって今が一番苦しく、辛い時だというのに!!」


 あまりの苛立ちから、グレイフィアは八つ当たり気味にテーブルを叩き、椅子から立ち上がる。


「私は陛下の……ガレオンの支えになりたかった! エリスを失ったこんな時だからこそ、彼の側に寄り添い、彼の力になりたいのに! 彼は私を必要としてくれなかった! なぜ陛下はレイブンを選んだの? どうして私を頼って、私の言葉に耳を傾けてくれないの? いったい私のなにがいけないの!!」



 グレイフィアは涙目で訴えかけながら、エリスが亡くなってからの出来事を脳裏に思い起こす。



 国家の象徴である殿下を失い、魔都の各所から上がる嗚咽と噎び泣く声。


 娘を亡くしたあまりの絶望から、気鬱の病に蝕まれ、正気を失ってしまったユースティア王妃の姿……。


――そして。この世の終焉と言ってもまだ余りあるほどの、深い絶望と哀しみに満ちた国葬……



 だが次第に、グレイフィアの怒りを凌駕するものが現れる。かけがいのない親友を失ったという事実。その哀しみと、彼女を救えなかった悔しさだ。


 グレイフィアは目が潤ませ、アーシアに今まで隠していた心の内を晒す。


「殿下がアルトアイゼンを抜け出し、エストバキアのイレーヌと出逢った話しを聞かされた。

 『イレーヌは物静かで怖そうな子だけど、聡明で、歌が上手なのよ』――って。

 もちろん私は反対したわ。

 それは国家を危険に晒す行為。即刻止めないさいって、何度も何度も言い聞かせた。人間との友情は成立しない、この間にあるのは憎悪に満ちた深い溝だけよ、ってね。

 でもあの時、エリスは嬉しそうに、強気な口調でこう反論したの。『彼女と分かり合えたのだから、人と魔族だってきっと分かり合えるはずよ。友人という小さな視点から、国家という大きな視点に発展させればいいだけじゃない』ってね」


「それから数ヶ月後。殿下は不可侵協定を現実のものとして昇華させた。エリスとイレーヌ。互いに王の娘同士だからこそ、お伽話のような協定を現実のものにすることができた」


「ええそう。完璧な形ではなかったけれど、対話のテーブルを用意することができた。魔族との不可侵協定が公になれば、エストバキアの立場が危うくなる。だから水面下という形には甘んじたけれど、この協定は、魔族と人間の調和という快挙であり、歴史的な一歩になるものだった。

 あの時……私思ったわ。エリスの言う通り、人と魔族は分かり合えるんじゃないか――って。でもその希望は無情にも、人間たちの手によって打ち砕かれた」


 アーシアが凄惨な結末を語る。


「密談に赴いた先で奇襲を受け、エリス殿下は命を落とし、ガレオン陛下は瀕死の状態で魔都に帰還なされた……」


「すべては巧妙に張られた罠だった。あの時……エリスがイレーヌと出逢っていることを打ち明けたあの夜に、なんとしても止めるべきだったのよ。そうすればあの悲劇は、回避することができたのに……」


 アーシアは顔を横に振り、その言葉を否定した。


「お姉さま、自分を責めないで下さい。すべては人間達の策略。殿下は彼らの思惑に踊らされ、優しい心を利用されたのです。憎むべきはお姉さま自身ではなく、あの忌まわしき人間です!」


 いつになく必死なアーシアの声。その真摯な想いに、グレイフィアの折れそうな心が勇気づけられ、癒やされていく。

 彼女は自虐に満ちた心を洗い流し、真っ直ぐな瞳で前を見据えた。


「ありがとう、アーシア……」


 アーシアは、グレイフィアの瞳に希望が宿ったのを確認すると、いつもの口調で、ツンとした態度をとる。


「んもう! お姉さまはいつになっても、アーシアの手助けが必要なのですね」


「言ったわね~アーシア!」


 グレイフィアは笑いながら、中指でアーシアの鼻をピン!と弾いた。

 アーシアは嬉しそうに笑いながら、弾かれた鼻を押さえる。



 グレイフィアはバルコニーへと繋がるガラス扉を開ける。観音開き状に扉が開き、吹き込んだ風によってカーテンが波のように揺れた。


 バルコニーにはエリスの姿があり、グレイフィアに向かって振り向くと、彼女は優しげに笑った。


 エリスの姿が、太陽の陽に溶けていく……



――それはグレイフィアの記憶が見せた、幻だった。



 グレイフィアはバルコニーに出ると、エリスの幻が居た場所まで歩む。そして彼女が触れていた部分の手すりに、そっと自分の手を乗せた。



「こんなんじゃ駄目ね……エリスに笑われるわ」



 グレイフィアは深呼吸をしながら空を見上げる。



 魔法都市アルトアイゼンは、地下に建国された国家だ。


 だが大戦の最中、攻撃魔法によって天井が破壊されてしまい、都市の全貌が露わになってしまうほどの、巨大な大穴が空けられてしまった。

――吹き天井と化し、地上に晒されてしまった地下都市。

 大戦後の現在。もはや地下都市と呼んでいいのか、迷うほどの状態となっていた。今ではこうして、眩しい蒼天の空を見上げることができた。


 アーシアもバルコニーに出る。


 魔都が空からの驚異に晒されるようになったため、竜騎兵による哨戒任務が行われるようになった。


 哨戒を終えた竜騎兵の一団が戻ってくる。


 吹き抜けの天井からドラゴンが舞い降り、都市上空を旋回した後、二手に分かれた。一騎は報告のためアイゼルネ・ユングフラウ城へ、他は竜を休ませるため厩舎に向かって降下していく。


 グレイフィアは無事な帰還を祝福するため、バルコニーから竜騎士に向かって手を降った。それに気づいた竜騎兵は城の周りを旋回し、グレイフィアの敬意に、行動で感謝を示す。


 グレイフィアは竜騎士の腕前を称賛した。


「あの旋回飛行……いい腕ね。城に接するほどの距離で、見事な旋回をしているわ」


「天井を落とされる前は、魔都を護る竜騎兵の腕前は未熟でしたが、今はこうして竜騎兵の練度が上がり、熟練と称しても過言ではない騎士が守りについています。空の守りは万全。お姉さまが空に上がる必要なんてないですよ。ね?」



 その言葉に、グレイフィアはなぜが言いようのない不安を覚える。

 レイブンの残した言葉が、どうしても気になるのだ。



 彼が言い放った時の、あの眼。その瞳の奥には、確かに訴えかける真っ直ぐな想いを見たのである。だからグレイフィアは、どうしてもレイブンの言葉を、無視することができなかったのだ。



「いいえ。私は空に上がるわ」



 予想を裏切る言葉に、アーシアは目を丸くして聞き返してしまう。


「え? あ、上がる? 空にですか?!」


「そうよ。あの男、嘘はついていないように感じるの。人間は嫌いだし、陛下の虎の子であるレイブンに至っては、殺意を抱くほどよ。――でも、彼が落ちる間際に言ったあの言葉は、絶対に無視してはいけないなにかを感じたのよ」


「女の勘――ですね」


 グレイフィアは真剣な表情で頷いた。そして笑顔でおどけて見せる。


「それに、気晴らしにドラゴンに乗ってみたくなったの。ドラゴンに颯爽と乗って陛下の度肝を抜けば、彼、私のこと惚れ直すかもしれないでしょ☆」



          ◇



 ダークエルフの村。


 地下にある巨大なドームのような空間。そこにシャンデリアのような魔光石が、天井から垂れ下がっていた。この村のシンボルとも言える、“天空石”である。


 地下にあるダークエルフの村。彼女たちにとって太陽の代わり。それがこの燦々と輝く、巨大な魔光石だった。

 その遍く照らす光に下に、人とエルフの迫害から逃れたダークエルフの集落があった。


 地上を追われたダークエルフは、魔族と不可侵条約を結び、この地下迷宮を新たな故郷として制定したのである。

 もちろん地下迷宮は人間のみならず、多くの外敵と接する機会が多い。だがそのリスクを冒しても、ダークエルフには守らねばならないものがあった。



――民族の尊厳。



 故郷を追われた難民として魔族に縋るのでなく、自らの脚で立つ清高なダークエルフとして、国家の再建を果たしたかったのである。



『地下迷宮を住むことを容認する代わりに、人間からの侵攻を妨げる盾となれ』


 だからこそダークエルフは魔族からの要求を受け入れ、魔都を護る盾として生きることを選んだのだ。

 そして魔族はダークエルフとの譲歩を兼ね、植民地としての搾取は一切行わず、彼らの尊厳を尊重した独立自治区として、領土を提供したのである。


 

 ダークエルフによって地下迷宮は大きく手が加えられた。

 元々魔族の造り上げた地下迷宮であるため、魔力を駆動源とするトラップが数多く存在している。人間たちによって破壊されたものもあったが、幸い駆動率も満更でもないもので、現役として機能していた。

 ダークエルフは破壊されたトラップを修復する一方で、村と魔都に続くルートに二重三重の砦を構築。彼女たちの知識を総動員し、正面からの侵入・突破を絶対不可能とする、難攻不落の要塞を築き上げたのだった。


 そして現在。これまでダークエルフは、あらゆる種族からの侵攻を防いできた。だが、多くの戦いを乗り越えた彼女たちでさえ、まさか真下から敵が襲来するとは夢にも思わず、ツノツキの奇襲を許してしまったのである。



 村の中央部にある広場が陥没し、奈落の底から悪魔が湧き出す。

 ツノツキの男達が梯子をかけ、地下から襲来した。



 まったく予期していなかった奇襲――、だがダークエルフの対応は、ツノツキの想定を遥かに越えるものだった。

 ダークエルフはこれが奇襲と気付くやいなや、村に戦鐘を鳴らし、残っていた非番の兵士がすぐさまかき集めたのだ。

 伊達に戦場慣れした女性達ではない。戦士として切り替えるスイッチが早く、対処も異様なほど迅速だった。


 弓兵が建物の上に上がり、広場に空いた穴に向かって矢を放つ。


 放たれた無数の矢が、梯子を登り終えたツノツキの男に次々と突き刺さる。

 喉や眼球、プレートメイルのわずかな隙間――。

 そういった防御の弱い箇所や急所などを、ダークエルフの弓兵がピンポイントで射抜いていった。



「ぐうッ?!」       「ぐあぁあ!!」

       「ぎゃ!!!」



 短いうめき声や悲鳴を上げ、ツノツキの男たちが落ちていく。

 落ちたツノツキが梯子を登っていた仲間にぶつかり、さらに梯子を登ろうとしていたツノツキの上へと落ちた。

 それを見たツノツキの達は、『待ちぶせされていたのか?!』とたじろぐ。


 思わぬ反撃に臆するツノツキ。だがここまで来て、退くわけにはいかない。地下鍾乳洞からの襲撃は、この一回が勝負なのだ。

 奇襲が失敗に終われば、もう二度とダークエルフの村に踏み込むことができない。



――そしてなにより、人間たちへの復讐を可能とする神機は目前にある。

 悲願成就の要となる絶対的な力。それが手を伸ばせば届く距離にあるのだ。


 だからこそ彼らは犠牲を顧みず、死を恐れずに突き進んだ。


 雄叫びを上げ、死の恐怖を忘却し、飢えたネズミの群れの如く村を目指す。


 憎しみと欲望に囚われた者に、正気も理性はない。内にある邪な欲望を昇華させるため、暴力を免罪符に突き進むケダモノの群れだ。

 ツノツキは煉獄から這い出ようとする飢えた亡者のように、死に物狂いでエルフの村へ上がろうとした。



 彼らが村に入れば、なにをされるかは明白である。

 この村はダークエルフにとって生活の拠点。生きるために必要なものだけではなく、戦うために必須な兵站や装備までもが備蓄されている。


――そしてこの村には、絶対に護らなければならないものが存在していた。


 ダークエルフの歴史や文化。代々受け継がれてきた多種多様な知恵や技術――知識がここにはあるのだ。ここが陥落されるということは、ダークエルフのすべてを失うことを意味していた。

 だからこそダークエルフは、ツノツキ以上に必死だった。


 弓兵が時間稼ぎをしているうちに、巨大な盾を持ったシールダーが村の中央部へと集まる。そして身体が隠れてしまうほどの巨大な盾で、穴から這い出たツノツキを突き戻し始めたのだ。


 ツノツキの奇襲は失敗に終わった――誰もがそう思い始めた時である。


 穴から“なにか”が飛び出す。


 穴から飛び出したソレは、獣人や獣魔族のような脚力を誇り、村に降り立つと豪腕を存分に振るった。圧倒的な力で、重武装のシールダーを次々に吹き飛ばしていったのである。


 片腕を包帯で隠し、一際大きな角を持つツノツキ――。その人物こそ、この一団を率いているツノツキのかしらだった。


 敗北に彩られたこの状況を払拭させるため、ツノツキの頭は、未だ穴にいる手下を鼓舞した。


「ビビるな野郎ども!! ダークエルフの数は少ない! このまま数で押し切るぞ!!」 


 その声に背中を押され、手下の戦意が一気に向上する。

 切り開かれた突破口――。 ツノツキの男達がそれを活かし、梯子を一斉に駆け上った。


 打ちのめされたシールダーは、それをさせまいと急いで立ち上がろうとする――が、彼女が立ち上がった時には、もう後の祭りだった。多くのツノツキが村へ上がり終え、シールダーを取り囲んでいたのだ。


 大勢のツノツキに囲まれるシールダー。


 重い防具に加え、身を隠すほどの巨大なシールドによって、彼女たちの防御力は極めて高い――が、過剰なまでに追求された防御力によって、鎧とシールドの重さが大きくかさみ、身動きが非常にとり難くなっていた。

 もっともシールダーに俊敏性は必要ない。必要なのは敵の猛攻を食い止めるための高い防御力だ。

 そしてその防御力は多くのシールダーと陣形があってこそ成り立つものだ。

 シールダーの母数が少ない上に、彼女たちをサポートする騎士もおらず、援護しているのは弓兵一人しかいない。

 単騎になったシールダーは、ひっくりかえった亀同然だった。

 そして文字通り亀のように押し倒されるシールダーに、わらわらと男達が押し寄せる。まるで弱った昆虫にとりつく蟻のように、ツノツキの男達がダークエルフに群がった。


 ダークエルフは瞬く間に、身ぐるみを剥がれていく。


 女性の悲鳴に混じり、男達の口論が飛び交った。


 ツノツキは「これは俺のものだ!」「放せよ! 俺が先に取ったんだ!」「よこせ糞が!!」などの聞くに耐えない言葉が飛び交い、シールダーのブレストプレイトやフォールドを力任せに剥ぎ取っていった。

 村の所々でシールダー各個撃破され、次々に悲鳴が上がる――だがその悲鳴も、男達の下品な笑い声によって上書きされ、掻き消されていった……。


 ツノツキ同士による醜い略奪行為。

 

 建物の上で援護していた弓兵が、シールダーへの蛮行を止めさせるため、取り囲んでいるツノツキに矢を放とうとした。


――だがその時!

 突如彼女の目の前に、巨漢のツノツキが現れる!


 着地した衝撃で屋根が大きく揺れ、弓兵はバランスを崩しそうになったが、弓兵は姿勢を低く保ち、なんとか転倒を免れる。


 人外な脚力を披露したのは、やはりツノツキの頭だった。

 ツノツキの頭は弓兵の射線上に立ち、彼女をジワジワと追い込んでいく。


「よくも今まで散々仲間を殺してくれたな。へへへ、どうだ? 今まで殺した相手に追い詰められていく気分は? 命乞いするなら、俺の専属奴隷にしてやってもいいぜ」


 弓兵のダークエルフが命乞いをするはずがなく、隙を見て突貫する。


「ツノツキに命乞いなどするものか! 死ね!!」


 弓兵は腰に下げていたシーフナイフ手にし、ツノツキの頭に斬りかかった。

 ツノツキの頭は、包帯の腕でガードする。



 キィイィィイィ―――ン!!!



「?!!」



 弓兵は驚愕する。手が痺れてしまうほどの衝撃を残し、斬りつけたナイフが欠けたのだ。

 ツノツキの頭は包帯の腕をさすりながら、怯える弓兵に向け、意気揚々と語る。


「驚いたか? この腕はお前たちに斬り落とされた腕でな。ダークエルフを斃すために、新しく“こさえた”んだよ!」


 ツノツキの頭はその腕で弓兵の首を掴む。

 あまりの素早さに弓兵は反応することができなかった。彼女は太い指を掴み、なんとか拘束から逃れようと、手足をバタつかせて必死に暴れる。――だが首を掴んでいる指は鉄のように固く、ビクともしなかった。



「カハッ?! あがっ!!」


「苦しいか? んん?」



 ツノツキの頭が弓兵の口に耳をつけ、締め上げの感想を訊く。彼は弓兵が命乞いをすると踏んでいたのだ。


 だがツノツキの頭の思惑は、大きく外れる事となる。



「くたばれ……魔族と人間の雑種が!」 



 ダークエルフの弓兵は、命乞いをするどころか、ツノツキに言ってはならない禁句を吐きつけたのだ。


 ツノツキの頭はオークのような形相で激昂する。


「あぁそうかよ!!」

 

 ツノツキの頭は、地面に向かって弓兵を叩きつけた。

 ただ地面に叩きつけるとはわけが違う。建物の上から地面へと投げられたのだ。

 弓兵はあまりの恐怖で悲鳴を上げることすら叶わず、地面へと墜ちていく。

 弓兵は悔しさに涙を流しながら死を覚悟した。この速度で頭から落下しているのだ。首が折れて絶命するのは絶対に避けられない。


 弓兵は神に祈りを捧げた。



 ツノツキの侵入経路である穴から、なにかが飛び出す。


 そのなにかは、地面に叩きつけられようとしている弓兵目掛け、ツノツキを吹き飛ばしながら一直線に駆け抜けた。そして地面へ叩きつけられようとしている弓兵を受け止めると、勢いを殺すため地面を転がり、砂埃を上げながら止まった。



 その予期せぬ来訪者に、略奪を行っていたツノツキ達は、一斉に手を止めて砂埃の方向に目を向ける。

 シールダーのシュミーズを手にしていたツノツキがゴクリと息を飲み、弱々しい声で呟いた。


「なんなんだありゃ……つうか今、下の穴から出てきたよな?」


「あぁそうだ」


 誰に言ったわけでもない独り言だったのだが、背中から誰かが答えてくれた。シュミーズを手にしたツノツキが、その方向を見ると――、



「女性に対して追い剥ぎか……。語るに落ちるとは、まさにこの事だな」



 魔剣カインフェルノを手にしたエレナが、シュミーズを手にしているツノツキの、すぐ後ろにそこに立っていたのだ。

 その口調、視線、表情に至るありとあらゆるものが、驚くほど冷たかった。その粛々な憤怒とは裏腹に、カインフェルノの魔導機関が唸りを上げ、青白く刀身を輝かせる。エレナの想いを代弁するかのように、魔導機関がさらに唸りを増大させていく。


 エレナは一切の躊躇も迷いもなく、カインフェルノを振るい上げた。



「ツノツキ、よく覚えておくがいい。――女性のシュミーズに触れていいのは! 愛する者だけだ!!!」



――審判が下る。


 シュミーズを手にしていたツノツキは、カインフェルノによって上半身と下半身に分断された。 斬撃によって切断面から臓物が飛び散り、周囲のツノツキに降り注ぐ。血肉を浴びたツノツキから、戦々恐々の悲鳴が木霊した。

 魔族の存在に気づいたツノツキが、エレナから逃げるように距離をとる。


 そして薄まり始めた砂埃の中から、ゼノヴィアが弓兵を抱えて姿を現した。


「ケホッ! ケホッ! けむっ!」


 ゼノヴィアは体格と不釣合いな、なんとも可愛い咳き込みをする。そして抱えていた弓兵を、ゆっくりと下ろした。

 助けてもらった弓兵が、『信じられない!』といった目の色でゼノヴィアに尋ねる。


「どうして魔族の方がここに?!」


 さすがに「地下水脈に流されて、たまたまこの出来事に遭遇した」とはかっこ悪くて言い出せず、ゼノヴィアは即興で、颯爽と現れた救世主を演じた。


「ダークエルフは魔都を守ってくれてるからよ。こういった時ぐらい魔族の俺達が助けたって、バチは当たんねぇだろ? そうだよなァ! エレナ!」


 エレナもまたゼノヴィアの意見に賛同する。



「不可侵条約を結んでいるからといって、この窮地を黙認するほど魔族は非情ではない。そもそもここは魔族の領土だ――」


 エレナは蛮行を働いていたツノツキに向け、殺意を含んだ瞳で、キッと睨みつけた。


「――従ってこの土地で暴れるということは、魔族に宣戦布告したと同義に他ならない。ツノツキ! 貴様らそれを知っての蛮行か!!」



 いつもならこの一言で恐れをなし、ツノツキは一目散に退散していく。


 魔族相手に戦争となれば、ツノツキに一切の勝ち目はないからだ。

 人類と全面戦争をした魔族と、小さな農村を襲うことしかできないツノツキとでは、戦力差に絶望的な差がある。もし戦争が勃発すれば、戦いにすらならないだろう。


 だがツノツキの頭はだけは違った。彼は恐れるどころか、エレナとゼノヴィアに挑発をしたのだ。



「だからなんだ! たった二匹の魔族如きになにができる!」 



 上が明確な姿勢を見せれば、従属している下もまた同じ姿勢を見せる。それは上の態度が強固で堂々としていればしているほど比例する。

 ツノツキの士気は瞬く間に向上していった。


 エレナとゼノヴィア以外、地下鍾乳洞から増援が来る気配はない。


(かしらの言う通りだ! たった二人でなにができる!)

 

 臓物まみれになった手下も、かつて仲間だった肉片を拭いつつ「よくも仲間を殺したな!」と殺気立つ。彼らの瞳から魔族への恐れが消え、報復の色に取って変わる。


 ツノツキの頭はさらに手下をけしかけた。


「いいか野郎ども! 相手は魔族二匹だけだ!! こいつらを殺せば魔都に知られることはねぇ! コイツら魔族のせいで、俺達ツノツキがどれだけ苦しんだ! どれだけ冷たい視線を受け続けた! 俺達の苦しみを! この女どもに刻みこんでやれ!」


 

 ツノツキの頭の号令。それと共に、手下がエレナとゼノヴィアに向かって駆け出す。



「「「うぉおおおおおおおおお!!!!」」」



 大地が揺れているのでは? そう錯覚するほどの凄まじい雄叫びを上げ、ツノツキの男達が一斉に襲いかかった。


 

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