第15話『レイブンの秘密』


 地下宮殿 大砦 『タルヌングフェーニクス』 鳳凰の霊廟


 レイブンは零戦に弾薬と燃料の補給を行っている。


 零戦は整備員達の努力により、機体そのものは一切問題のない状態である。しかし、翼の中に残されていた弾薬も燃料は十分とは言えず、その状態も決して良いと呼べないものだった。


 レイブンは零戦が持つ本来の性能を発揮させるため、まず古い燃料と弾薬をすべて取り除き、新しいものへと交換したのである。いくら固定化魔法で零戦の時間を止めていたとはいえ、すでに戦時下において燃料は相当劣化しており、ガゾリンのオクタン価が低下していたのだ。


 この世界ではガソリンが入手できないため、整備員達は苦肉の策として、澱粉などから作成したアルコールを生成し、それをガソリンと混合させたりなどと、限られた燃料で試行錯誤を繰り返していた。

 そのため翼内のガソリンは、決して最高の状態とは言えず、そのまま使用するのは極めて危険だった。


 弾薬に関しても同様に、様々な環境で保管されてきた事により、状態は完璧とは言えず、使用の際に暴発の危険性が存在していた。

 整備員達によって厳重な管理がなされていたが、やはり安全性が確保された、新規の実包に移し替えるのが得策だった。


 もちろん手間は多少掛かるが、命には代えられない。幸い力仕事のできるゼノヴィアがいたため、比較的スムーズに交換作業を終えることができた。


 補給作業を終えたレイブンは、燃料蓋を閉じ、零戦の翼から下りた。



「これで弾薬も燃料も無事補給できました。手伝って頂き感謝します、ゼノヴィア」


 ゼノヴィアは空になったドラム缶を肩から下ろしつつ、「いいってことよ」漢染みた笑みを浮かべる。


「にしてもなんか複雑だな。かつて大戦で魔族を叩き落としまくった神機が、今度はこうして、俺達の味方になるだなんて……」


「お気持ち分かります。神機は魔族と交戦し、貴女の同胞をとドラゴンを数多く葬って来ました。さぞかし、心が落ち着かないでしょう」


 ゼノヴィアは臆しているというよりも、恋する乙女のようにモジモジしながら、恥ずかしげに尋ねる。


「まぁな。あぁ~……、あのさ、変なこと訊くと思うかもしれないけど、この神機――じゃなくて、零戦だったっけ? この空飛ぶ奴は、独りでに暴れたり、襲ったり……しないよな?」


「貴女の身の安全は、この私が保証します。この零戦に誰かが乗らない限り、火を噴くどころかピクリとも動かないので、どうかご安心して下さい」


「ほんとに?」


「ほんとにほんと」


「そ、そっか! ならいいんだ!」


 ゼノヴィアは心底安心した表情で、「ホッ」と胸を撫で下ろす。

 実は彼女、いつ襲われるのかヒヤヒヤしながら、この補給作業を手伝っていたのだ。

 異世界の兵器である零戦。近くで見れば生き物ではないことは容易に分かるのだが、アーティファクト・クリーチャーという線も捨てきれない。そして名立たる騎士を墜とした異界の鳥であり、魔族にとって忌まわしき死と破滅を齎す使徒なのだ。それを目の前にして、『恐怖を感じるな』というのが無理な話だ。


 そもそもレイブンが何食わぬ顔で補給を行っているのに、四天王である自分が臆していると、断じて悟られるわけにはいかなかった。だからゼノヴィアも何食わぬ顔で平然を装いつつ、恐怖を紛らわすため力仕事に精を出していたのだ。


 無害であることが分かった途端、ゼノヴィアは緊張感から開放され、安堵の湯に肩までどっぷり浸かる――が、その途中で我に返ったように焦り出し、慌てふためきながら威圧的な言葉を並べ始めた。


「い、言っておくけど、全然ビビってねぇからな! 四天王なめんなよ!! い、いい、いざとなったらこんな零戦とかいう怪鳥、一秒でけちょんけちょんに瞬殺してやるぜ!」


 すべてを察していたレイブンは、優しげな視線で微笑みを浮かべる。そしてゼノヴィアの言葉を、少しだけ訂正した。


「一秒? いえいえ、貴女の腕なら一秒未満で片がつくでしょう。なにせ零戦胴体の装甲と翼等の暑さは、0・5mm。厚い部分でもせいぜい1mm。装甲はかなり薄いのです。翼に一発でもパンチを食らわせれば、零戦は飛べなくなりますよ」


 予想に反する意外な言葉に、ゼノヴィアは目を丸くした。


「え! 零戦ってそんな弱いのか?!」


「零戦は航続力と空戦における機動力向上のために、極限まで軽量化を図っています。したがって場所によっては、乗っただけで凹んでしまうほど、外装は脆いのですよ」


「へぇ~意外だな。大戦中、ドラゴン相手にあんだけ無双してたんだから、てっきり竜の鱗よりも硬いもんと思っていたよ。じゃあレイブンのいた世界では、こういう空飛ぶ奴の装甲って、全部薄いのか?」


「民間の旅客機や輸送機の外装は、比較的薄く防御力は皆無です。ですが戦闘用、それも対地上用に特化した航空機は、装甲が厚く防御力は極めて高く設計されています。

 例えばロシアのMi-24ハインドやアメリカのAH-64D アパッチ・ロングボウ。こういった航空機は、矢やマスケット銃を大量に撃ち放っても、すべて弾き返してしまう程の防御力を持ちます。せいぜい矢やマスケット弾丸で与えられる効果は、塗装を剥がすくらいの効力しかありません」


「そんな強い奴がいるのか……。ちょっと待て! じゃあどうやって、その装甲が硬い奴を斃すんだ?」


「対空砲かミサイルによる撃墜が一般的ポピュラーですね。不可視レーザーによる攻撃という方法や、対戦車ライフルによる狙撃という方法もあります。ですが、『一番有効的な対空火器と言えば』と尋ねられれば、誰もが『ミサイル』と答えます」


「み、みさいる?」


「標的にむかって自動追尾し、最終的に自爆する武器の名称です。たしかガッドナー博士が、魔界の魚で似たような研究をしていましたね。彼が最低な人間という評価は変わりませんが、そういった着眼点の良さは、評価せざるを得ません」


「なんつうか……ほんとお前ってさぁ、なんでも知ってるんだな。神様かよ」


「滅相もない。言っておきますが『なんでも』ではありませんよ。知っていることだけです。私にだってこの世界で分からないことは、たくさんあるのですから」


 レイブンはそう言いながら懐中時計を取り出すと、蓋を開け、時間を確認する。そして「そろそろ時間のようです」と話しを切り上げ、鳳凰の間を去ろうとした。

 置いて行かれそうになったゼノヴィアは、小走りでレイブンに追いつきつつ、どこに行くのかと尋ねる。


「行きますって? ちょ、待てよ! いったいどこ行くんだ?!」


「いくら零戦を整備しても、滑走路なしでは離陸できませんからね。この地下ダンジョンを制御する中枢区画へ向かいます。今頃この件でお困りでしょうから」



           ◇



 地下宮殿 大砦 『タルヌングフェーニクス』 円卓の間


 大砦の最上部に、この地下迷宮のすべてを管理・制御する中枢区画が存在していた。薄暗い室内中央部に巨大な円卓があり、空中には魔力を帯びた球体が浮かんでいる。

 その球体の名は、フェーニクスツァイヒェン。この中に高位魔導師が入り、この地下迷宮を司る頭脳として制御するのだ。


 室内の中央に置かれた巨大な円卓。その上に、魔力で構成されたミニチュアの地下宮殿が再現されている。崩落した場所やトラップが故障している箇所は、黄色、もしくは赤で表示されており、地下迷宮の全貌が網羅できた。


 魔導師達がその円卓を取り囲み、祈りを捧げるように詠唱を行っている。自分達が生成した魔力を、球体に送り込んでいるのだ。だが魔力の供給が不足しているため、室内は暗く、円卓の上の地下迷宮も浮かんだり、消えたりを繰り返していた。

 シルエラと魔導師の指揮官が、その地下迷宮のミニチュアの前で頭を悩ませていた。

 シルエラが落胆の色を隠せない口調で、重い口を開く。


「この人数でも駄目なの……」


「姫様、やはり魔力が不足しています」


「地下迷宮のトラップに使用している魔力を、すべてこの砦にまわしても無理なの?」


「勇者や騎士団の大隊が押し寄せて来るのです。できればその方法は、避けるべきかと……」


「あくまで仮の話よ。零戦を発進させることができなければ、今度は竜騎兵の驚異に晒されることになる。レイブンの言う通り、いくらこの砦を死守しても、魔都側から攻めこまれればすべての苦労が無意味になる。なんとしても、零戦を空に上げなければならないわ……」


「他の砦に派兵させている部下を、現在こちらに呼び戻しています。全員の魔力を持ってしても、できるかどうかかなり厳しいと見ています」


「万事休すね。他に魔力を供給する方法は……」


 シルエラは深刻な表情で打開策を模索する。その後ろをレイブンとゼノヴィアが素通りし、シルエラの後方でなにかをし始めた。シルエラは死角で行われているそれに、まったくもって気付いていない。彼女は今後の策を真剣に考えこんでいるため、周りが見えていないのだ。


 それを見ていた魔導師の指揮官が『レイブンはいったいなにを?』と、チラチラとその方向を伺う。

 シルエラはそんな指揮官の視線に気付くが、てっきり今後の不安に駆られ、目を泳がせてしまったのだと勘違いしてしまう。そして指揮官の肩に優しく手を置くと、彼女を力強く励ました。


「大丈夫。きっとまだ策はあるから、そんな不安な表情しないで。ほらみんながあなたを見ている。指揮官であるあなたが不安な表情を浮かべれば、みんなが不安になってしまうわ」


「あ、いえ、そうなのですが……」


 シルエラは不安が浸透していないかを確認するため、円卓を取り囲んでいる魔導師へ視線を移す。彼女達は不安よりも、レイブンがなにをしようとしているのか、そちらのほうが気になってしかたなかった。

 その視線の中間地点にいるシルエラは、自分の後ろでなにが行われているかも知る由もない。彼女達が不安に脅かされていると感じ、その心を勇気づけようと声を上げた。


「みんな聞いて! 勇者の一団とエストバキアの騎士大隊。今までにない脅威に、臆してしまう気持ちも分かるわ!

 でも私達には! 大戦の勝敗を覆した神機――零戦がある! そして零戦を動かすことのできる、勇者レイブンがいるのよ!」


 レイブンという名を口にした途端、高らかな演説が失速の陰を見せ始める。


「彼を信用ならないという人もいるでしょう! でもよく考えて! 確かに彼は! 彼は……こう、なんていうか……なにを考えているのか分からない部分もあるし、私達の内情だけでなく、敵の動向に関しても異様に深く精通していてあからさまに怪しい…… けど! 私は彼を味方であると思いたい! ――のだけれど、どこか言動に感情がなくて、不気味で、そういったこともあってやっぱり、いろいろ怪しいし……じゃなくて! だ、大丈夫よ! 味方だから! 大丈夫よ! うん、大丈夫だから!」



 空中分解した演説に、レイブンは『それのどこが大丈夫なのですか?』という視線でシルエラを見る。


 魔導師の一人が、残念そうな表情で肩を竦めたレイブンを目にし、思わず「ぷっ」と吹き出しそうになる。それもそうだろう。悪口を言われているその本人が、ちゃっかり姫様の後ろに居て、肩を竦めているのだ。魔導師はその光景がツボにハマってしまい、口を押さえ、吹き出しそうになる笑いを必死に押し殺す。

 シルエラが、俯きながら肩を振るわせる魔導師に気付き、それが高まる感情を抑え、震えているものだと誤認する。そしてもっと力強い言葉を投げかけなければと、より一層の使命感に駆られ、声を張り上げた。


「とにかくレイブンは良い人よ! と、とりあえず今は! そういうことにしといて!」


 シルエラは「コホン」と咳込み、燐とした表情で仕切りなおす。


「我々ダークエルフが置かれている状況は、決して劣勢ではない! 敵の数を網羅しているばかりか、敵の出方も掌握している。むしろ我々は、敵であるエストバキアよりも、遥かに優勢な立場にあるの!

 その優勢を確固たるものにするには! 少しでも多くの魔力を掻き集め、このタルヌングフェーニクスを完全起動させること! そして我々が守り続けていたあの零戦を、再び空へと上げるのよ!!」


 シルエラの鼓舞を尻目に、レイブンは床のある部分に足を乗せると、力強く踏み込む。ガチンという結合音と共に、床下から台座が出現する。レイブンは鞘からカインフェルノを引き抜くと、なんの躊躇いもなく台座に差し込んだ。


 カインフェルノを台座に差し込むと、薄暗かった円卓の間に光が灯り始める。魔力が円卓の間の隅々まで行き渡り、不鮮明だった地下宮殿のミニチュアが、鮮明なものへと生まれ変わった。

 壁や天井が発光し、薄暗かった円卓の間に隅々まで光が行き渡る。まるで皎天のような夜明けと共に、円卓の間の全貌が露わとなった。


 突然起こったその現象に、シルエラは何事かと驚く。そして振り向いた彼女の肩に、レイブンが手を乗せた。


「素晴らしい演説でした。私に関して言葉を詰まらせた以外は」


「レイブン! いつの間に?!」


 シルエラの懸案事項を払拭させたレイブンは、自らが定めたフローチャートを確実に消化していく。


「砦を動かすための魔力は、この魔剣カインフェルノでカバーします。これで、零戦は飛び立つための滑走路は確保できました。あぁそれと。シルエラ、時計の見方は分かりますよね?」


「え、ええ。もちろん知っているけど――」


 レイブンはジャケット裏から銀色の懐中時計を取り出すと、それをシルエラに託した。


「この時計のベルが鳴ったらダンジョン内に設置されているトラップを、可能な限り、すべて作動させてください」


「ちょっと待って! 全部のトラップを作動させるの? そんなことをしたら、あなたもトラップの脅威に晒されてしまうわ」


「無論、承知の上です。この砦を攻めようとしているエストバキアの勇者達は、トラップが作動していないルートをすでに知っています。このままでは危険なのです」


「いいえ、そんなはずはないわ。抜け道は魔族でも、ごく一部の者しか知らない軍事機密なの。エストバキアの連中が知っているはずがないわ」


「では魔族の側に、その軍事機密の情報を売り渡している、裏切り者がいるとしたら? しかも一ヶ月ごとに、抜け道のルートを変えていることも知っていて、今日この日、どこが抜け道なのかも把握しているとしたら?」


 魔族に裏切り者がいる。レイブンの言い放った言葉に、円卓の間にいた者達の耳目を驚かす。彼女達は動揺を隠しきれずざわめき出し、互いに「そんなバカな!」「なぜ魔族に裏切り者が?」という視線を交差し始めた。

 魔導師だけではない。

 シルエラやゼノヴィアまでもが驚愕し、レイブンの言葉に耳を疑った。


 シルエラとゼノヴィアが掴みかかるような勢いで、レイブン元へと歩み寄る。


「有り得ない! 魔族に裏切り者がいるというの?!」

「裏切者だって?! そいつはマジなのかよ?! 初耳だぞ!!」


 レイブンは感情的に詰め寄ってきた二人とは対照的に、冷静に言葉を並べ立て、その理由を説明した。


「残念ながら、すべて事実です。軍事機密情報が筒抜けである以上、従来の対処法では危険と判断するべきでしょう。したがって我々は、それを逆手に取るのです。抜け道のトラップが作動していれば、勇者達は混乱し、その足並みが大いに乱れるはずです」


「でもそれじゃあなたが――」


 シルエラの言葉を遮るように、レイブンは力強く断言する。


「問題はありません。ベルが鳴り次第、すべてのトラップを順次起動させ、勇者を足止めして下さい。勇者が手負いになれば、ここで仕留めやすくなりますから」


 要件を済ませたレイブンは、最後にこう締め括り、円卓の間を後にしようとした。


「私はこれから地下ダンジョンに向かい、エストバキアが送り込んだ勇者達と交戦します。すべて仕留めるつもりですが、取り零しがあった場合こちらで処理して下さい。それと、エストバキアの弓兵5人が、この砦に助けを求めて来るはずです。彼女達は傷心状態で心身がかなり疲弊しています。どうか、手厚い保護を」


 そして最後に「武運をお祈り申し上げます。魔族とダークエルフに栄光を」と告げ、レイブンは出口に向かおうとする。


 だがその説明で納得できない者が、円卓の間を去ろうとするレイブンの前へと立ち塞がった。その行く手を遮ったのは、黒いローブを身に纏い、身の丈を越える大きな杖を手にした魔導師の指揮官だ。


「レイブン卿、ここで話を終わらせるのは時期尚早かと」


「さすがにあれでは説明不足でしたか? 魔導学者スペルシーカーエステラ」


「やはり知っているのですね、私の名を」


「名前だけではありませんよ」



 レイブンはエステラの顔の横まで顔を近づけ、彼女の耳元でこう囁いた






「エステラ・ルゥフェ・シェルフィード」






 その名を囁かれたエステラは、目を見開いて喫驚する。それは驚くというよりも戦慄に近いものだった。


 シェルフィード家の末裔であるエステラ。その事実は仲間どころか、族長のシルエラにすら話していない秘密だった。


 胸の奥に隠していた、誰も知るはずのない秘密――。しかしレイブンは、さも当たり前のように口にした。数多くの情報がこの手の中にあることを、エステラに証明するために……。




 かつて栄華と繁栄を享受していた名門シェルフィード家。ダークエルフが栄えていた時代、その中核を担っていた一族である。



 高名な魔導師を多く送り出した名家ではあるが、同時に、人間よりも発展した魔導学を得るため様々な掟に背き、禁忌にまで踏み込んでしまった愚かな一族でもあった。

 それが祟り、一族は没落の憂き目を見る事となる。シェルフィード家の栄光は、すでに過去のものとなった。

 そんなシェルフィードの名を恥じ、同族からの蔑視を避けるため、多くの者が素性を隠して生活している。


――そして、そのシェルフィード家の末裔であるエステラ。彼女もまた、名を伏せて生きる者の一人だった。




 エステラは真の名を告げられ、思わず「なぜそれを知っている!」という視線でレイブンを見てしまう。その視線は剣先のように鋭利であったが、レイブンは動じる事ない。彼はエステラが思い描く最悪のシナリオを掻き消すように、優しい笑顔で否定した。


「大丈夫です。誰にもこの件は話していません、これは、私とあなたの秘密ですから」


 意味深げな含みと共に、レイブンは誰にも聞こえないよう囁く。だがエステラは納得できるはずがない。そんな約束を交わした覚えは一切ないのだ。

 エステラはレイブンに対し、益々不信感と疑惑を募らせる結果となる。


 周囲の人物に悟られぬようエステラは動揺を隠し、常日頃から慣れ親しんだポーカーフェイスで話しを進めた。



「レイブン卿。貴殿は我々の村を守り、ナダルとカイムを死の淵から救ってくれた。その気高き崇高な精神は、確かに、神兵と同じであるとお見受けします。

 神兵を心から敬愛している姫様が、あなたを信頼しようとするのも無理はありません。姫も私達にも、彼らには恩がありますから……――だがそうだとしても、どうしても納得できない点があるのです」


 シルエラはエステラを止めようとしない。彼女はレイブンを仲間として受け入れるために、どうしても訊いておきたかったのだ。

 シルエラの代弁者となった魔導学者のエステラ。彼女はレイブンの周りを歩きながら、彼の本質に踏み入る問いを投げかける。


「あなたはあらゆる人物の素性を熟知し、精通している。それはもはや、世故に長けるどころの話ではありません。あまりにも詳しすぎるのです。

 しかも我々の内情だけに留まらず、この砦を守る我々ですら知らない事や、敵の情報に関しても、まるで手に取るようにすべてを網羅している。それも、あなたが言っていた“裏切り者”と思えるほどに……」


 エステラの言い放った言葉に、他の魔導師達が反応する。――いや、不穏な空気が流れた直後に、彼女達はなにが起こってもいいよう万全の態勢を整えていた。エステラが合図を送れば、彼女達は直ちに行動に移すだろう。



 エステラはあらゆる状態に備えつつ、さらにレイブンを牽制した。


 

「もし敵でなく私達の味方であると言うのなら、なぜ敵の詳細な情報までも知っているのか、そのすべてをお聞かせ願いたい。このまま疑念に苛まれた状態で、あなたに言われるがまま、我々は部隊を動かすことはできません。命を預ける以上、それ相応の信頼関係は維持したい」


 ゼノヴィアもここぞとばかりに続く。


「レイブン。俺もお前と戦ってて、妙な違和感があった。お前の戦い方は、なんつーか……決められた手順を淡々と熟すみたいで、なんか気味が悪いんだよ。

 おかしな点はそれだけじゃねぇ。零戦の燃料だって、あれをわざわざ壁の奥に隠すなんてどう考えても変だ。お前はいったいなんなんだ? いい機会だからこの際、ハッキリさせようぜ」


 最後の締めは、族長のシルエラだ。彼女もまた蟠りを拭い去りたい想いに駆られ、その胸の内を曝け出す。


「私達の名前。ナダルとカイムの事。そして私達の置かれている状況や、神機の存在まで知っていた。疑惑の目を摘むためにも、あなたがどうして私達のすべてを知り、敵の内情までもを知り得たのか、どうか教えて欲しい」


 シルエラはレイブンが答えやすいよう、環境を整えてあげた。


「エステラの言う通り、あなたが裏切り者であるというのなら、私達を助ける必要なんてなかった。ツノツキの襲撃を利用すればよかったのだし、そもそもナダルとカイムのために、私に薬を届ける必要なんてどこにもなかった。神機に関しても、隠してある場所も扉の開け方も知っているのだから、私達がいなくても目的を果たすことはできた。

 あなたはただ純粋に、私達に救いの手を差し伸べてくれた。そうでしょ? レイブン……」


 レイブンはいつの間にか懐中時計を手にしており、彼女達の言葉に耳を傾けながら時計を見つめていた。そして時計の蓋を閉めると、ジャケット裏に戻しつつ、彼はこう答えた。



「こうなってしまっては、答えないわけにはいかないですね。答えないでこの場を去るという選択肢もありますが、どうやらそれでは、穏便に事が済みそうにありません」



 レイブンはそう言いながら、エステラや魔導師達に視線を向けた。彼女達が密かに矛を向けているのを、すでに知っていたのだ。


 殺気に満ちた円卓の間において、レイブンはほんのわずかな時間、黙諾に徹する。この場に居る彼女達全員が、聞く態勢になるのを待ったのだ。



 そして一同がレイブンに注目し、その視線が自分に向けられているのを確認すると、軽い溜息と共に真実を告げた。


「ではお答えしましょう。なぜ私が貴女達の名前から、知り得るはずのない事に至るまで、そのすべてを」 



 彼は語る。なぜ知るはずのない情報を手にしているのか、なぜこうまでして、魔族やダークエルフのために尽くすのかを――。



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