第5話『狂乱と策士達の宴』



 エストバキア王国 遠征騎士団 魔族討伐部隊 野営地



 騎士団が駐在している、野営地のテント群。その中で一際大きいテントが存在していた。それは、勇者専用に用意された宿泊テントだ。


 その中で勇者は一際豪華な椅子に腰をかけ、背もたれにだらしなく寄りかかっている。


「ねぇわ~。超ねぇわ~」


 彼は折れた聖剣の柄を手に、不機嫌さを一切隠そうとはせず、辺りに撒き散らしていた。


 テントの中には地下遺跡に同行していた弓兵の少女達がいる。

 その腕を遺憾なく発揮し、命令通り勇者を援護した弓兵達であるが、今はその面影はなかった。なぜなら彼女達は服を脱ぎ捨て、あられもない下着姿で立たされていたからだ。


――少女達が望んだことではない。 


 少女たちは職務を果たしたにも関わらず、勇者の命令でこの理不尽な恥辱を受けていたのだ。

 並ばされている娘の中には、今にも泣き出しそうな娘もいる。だがなんとか、栄えあるエストバキア王国の弓兵としての誇りだけで、溢れ出そうになる涙を必死に押し殺していた。


 その痛々しい光景を、勇者ダエルはヘラヘラと笑いながら観覧している。



「お~い、泣くんじゃねぇぞ~。言っとくけど、てめぇらが仕事しねぇから負けたんだからな。まさか自分がかわいそうとか思っているわけ? ねぇ? だとしたらマジでねぇわ~、超ねぇわ~。主人であるこの俺が、こんだけ屈辱うけたんだからさぁ、やっぱおめぇらも、俺の気分味わうのが筋ってもんでしょ?」



 その中で一人の少女が恥ずかしさの頂点に達し、手と腕で股と胸を隠してしまう。

 それを見た勇者は激昂する。


「てめぇ! なにかくしてんだよ!!」


 怒鳴りつけられた少女は萎縮し、ガタガタと震えながら申し訳なさそうな目で赦しを乞う。



「ごめんなさい……私、もう……」



「ハァ? 限界ですとか言うなよ。ただ下着姿で立ってるだけじゃん。なに? それ以上のことお望みなわけ?」


 少女はそれを想像し、顔面蒼白で顔を横に振った。


「じゃあ、ちゃんとしろや」



「…………はい」


 少女は震える手と腕をゆっくりと下ろす。だが勇者ダエルは気にくわないところがあり、もたついている少女を怒鳴りつけた。




「ちゃんと背筋伸ばせや! ブチ殺すぞクソガキァ!!」




 突然の罵声。あまりの威圧に少女の瞳が点になる。そして今にも涙が零れんばかりの目で、ピンと胸を張った。


「ハハハッ! おもしれぇ! おどしたら超ビビってんの! てか胸でけぇ! 今すっげぇ揺れてたし! つーかその爆乳でよく弓打てたよな! そんなデカ乳じゃあ隠したくもなるわなぁ~。ぷっ! ハハハハハ! ヒャハハハッ!」


 やりたい放題。テントの中は、勇者という名の暴君が支配する、無法地帯と化していた。


 一列に並ばされた少女達。その中から一人の娘が一歩前に出る。そして震える声で、自分達に非がないことを堂々と進言した。


「ゆ、勇者ダエル様。なぜ我々が、このような仕打ちを受けなければならないのでしょうか? 理解に苦しみます」


「ハ? おめぇなに言ってんの?」


「我々は地下神殿で最善を尽くしました。その我々が、このような仕打ちを受けるのは納得いきません。したがって今一度、考え直して頂けないでしょうか」


 勇者ダエルは意見をした少女の前に立つと、わざとらしく聞き耳を立てた。



「ねぇねぇポニテ巨乳ちゃん。なに? 全っ然。全っ然聞こえなかったんですけど?」



 勇者は怒りで歪んだ顔で、意見をした少女へと詰め寄る。

 少女は後悔と許しを乞いたい感情を抱く。だが、誇りあるエストバキア王国の騎士としてのプライドが、毅然とした態度を崩させなかった。

 勇者ダエルはそれを反抗的な態度と捉え、彼女の鼻先が接する距離にまで顔を近づけて、至近距離でガンを飛ばす。


―― 一触即発。


 他の少女達も気が気ではない。まるで処刑宣告を待つ囚人のような顔色で、神に祈りを捧げ続けた。



 その祈りが届いたのか、彼女達の前に思わぬ救世主が現れる。

 テントの中に白銀の騎士が姿を表したのだ。




「勇者ダエル様。お呼びですか」



 白銀の騎士がテントに入るやいなや、破廉恥な姿を披露している少女達に目を奪われる。そしてあまりの痛々しさから直視できず、即座に視線を外した。視線の先にある少女達は、かつて自分の下で仕えていた部下なのだ。


 少女達もまた、胸が張り裂けるような想いに襲われる。


 かつて仕えた白銀の騎士に、このような醜態を晒すとは夢にも思っていなかったからだ。


 男性とは思えない白銀の騎士の美貌。そのあまりの美しさに、恋心を抱く者も多かった。

 そんな白銀の騎士を眼の前に、野営テントで裸同然の姿を晒してしまったのだ。

 少女達は短い悲鳴を上げ、手で恥部を隠す。

 その様子を勇者ダエルはゲラゲラ笑い、弓兵と白銀の騎士にこう言った。



「どう? 俺のサプライズ? 気に入ったろ?」



 ついに弓兵達の心は折れ、その場に泣き崩れてしまう。

 白銀の騎士はあからさまに不快感を示し、勇者にキッと睨みつけた。

 勇者は反抗的な態度を気にする様子もなく、本題へと入った。



「いやぁ~あんたの情報さぁ、あれマジであてになんねぇのな。武装してないからすぐ斃せるとか言ってたくせによぉ、コレだわ」



 勇者ダエルはそう言いながら、聖剣を白銀の騎士に向かって投げつけた。ブレストプレートに聖剣の柄が当たり、地面へと落ちる。

 聖剣の変わり果てた姿に、白銀の騎士は驚愕した。


「こ、コレはッ?! ありえません! エリアス聖剣が……折れというのですか?!」


「見てわかんねぇの? おめぇが掴んだ情報がウソだった挙句、俺に偽物掴ませるなんてよぉ、ほんと超良い度胸してんな。お前ら」


 白銀の騎士は立膝をつき、頭を深々と下げて謝罪する。


「いいえ違います! 断じてこの剣は偽物ではなく、正真正銘エリアスの聖剣であり、折れたのはなんらかの別の要因が――」



 そんな彼にフルスイングの蹴りが命中する。



「言い訳する暇あったら! さっさと折れねぇ剣持って来いや!!」



 白銀の騎士は顔面に蹴りを受け、テント内を転がった。


「ガハッ! がぁ?!」


 白銀の騎士は、その美貌とは相反する無様な鼻血を流す。


 そんな彼の顔を、勇者は容赦なく、何度も何度も踏みつけた。


「もう少しで死ぬところだったろうが!! 俺達勇者がおめぇらの国守ってんの忘れたのかよ!! 俺達がいなかったら、他の勇者達から攻められるんだろうがよォ!!!」


「お、お許しを!! どうか怒りをお静め下さい!! 勇者ダエル様! 勇者ダエル様ぁ!!」 


「あとそのダエルって名前、かつて暴虐を尽くした覇王の名前らしいじゃん。なに? 嫌がらせ? それとも覇王みたいな酒池肉林の不埒な活躍でも期待してんの? あぁ?! 答えろギルバルド!」


 白銀の騎士ギルバルドは地にひれ伏し、まるで命乞いでもするかのように弁明する。


「ち、違います!! これは重臣達がつけたもので、決してあなたを侮辱するものではありません!! 覇王ダエルのように雄々しく、戦場を駆け抜けて活躍してほしいという一心で名付けた名です! 他意はありません!!」


 勇者ダエルは、とりあえず納得した素振りを見せ、ギルバルドへの踏みつけを止める。


「へぇ~あっそ。まぁいいや、とにかく聖剣用意しろよ。本物のな――」


 勇者ダエルはギルバルドの髪の毛を掴み、彼を無理矢理立たせる。そして弓兵達に聞こえないよう、耳元で囁くように告げた。


「もし用意できなかったら、また隣国の村を襲っちまうぞ。そうなれば証拠隠滅や隣国への賄賂、あと口封じなんかでいろいろ翻弄するハメになるよな? 無駄な仕事増やされたくなかったら、ちゃ~んとした斬れ味最ッ高の剣を、用意 し ろ よ な!」


 要望を告げたダエルは、ギルバルドを地面へ叩きつけ、頭を掻きながら椅子へと戻った。

 勇者が椅子へ座ると、テントの入口からダエルの仲間がゾロゾロと現れる。



「ちょりーす! 兄貴ぃ、調子どうっすかぁ~」



 勇者ダエルは慣れ親しんだ口調で、仲間達の来訪を歓迎する。

「『調子どうっすか~』じゃねぇよ! こっちは大変だったんだぞ!」

「え? なになに?! なにかあったんっすか?!」

「魔王の召喚した勇者に俺の聖剣折られるわ、弓兵はミスして死にそうになるわで、糞最悪だったんだからよぉ!」

「弓兵マジ使えないっすねぇ~。マジで躾しなおしたほうがよくないっすかぁ~」

「お前らってほんと、そういうの好きだよな」

「兄貴だって弓兵を下着姿にさせるなんて、負けず劣らず鬼畜っすわぁ~」

「それ超言えてる。ヒャハハハハハハッ!」



 勇者ダエルとその仲間たちは、『テメぇもう邪魔だから出てけよ』という視線を、ギルバルドへ向ける。


 無言の退去命令を受けたギルバルド。彼は蔑んだ笑みを浮かべている勇者達に一礼すると、テントの出口に向かう。

――だがその途中、弓兵の一人がギルバルドの腕を掴んだ。そして今にも消えそうな声で、彼に助けを求める。



「た、助けて……このままじゃ私達――」 



 ギルバルドは彼女に視線を向けることなく、こう告げた。


「今のお前たちは勇者様の部下であり、彼らをあらゆる面で支援するのが仕事です。栄えあるエストバキア王国の弓兵として、勇者を退屈させないよう努力するのもまた、大切な仕事なのです。課せられた職務を全うしなさい……」


 ギルバルドは幌をめくり、テントを後にする。


 少女の悲鳴と男達の下劣な笑い声。それがギルバルドの耳に届くことはない。彼は心の蓋をし、現実から目をそらしたのだ。

 後ろのテントを見れば、蝋燭に照らされたシルエットでなにが起こっているのか分かるのだろうが、ギルバルドはあえて振り返ろうとはしなかった。


 ギルバルドは鼻血を拭いながら、眉をひそめ、忌々し気な口調で勇者達を罵る。



「蛮族どもが……」



「ギルバルド! 大丈夫ですか?」


 ギルバルドを心配して中年の男が駆け寄って来る。

 不摂生な太鼓っ腹ではあるが、重臣を意味するクスィードの服に袖を通し、白髪に大きな白ひげを蓄えた、貫禄のある男性だ。

 彼はかつて王女に仕えた、宰相のグエムである。

 今はギルバルドを補佐する役割を担い、この野営地の兵站の調達や物資の管理を任されていた。


 グエムはギルバルドに何が起こったのかを悟る。彼もまた、勇者達の蛮行に怒りを覚えた。


「なんと酷いことを……。勇者の傍若無人っぷりには、真に度し難いものがありますな!」



           ◇



 二人は歩きながらテント群から離れ、近場にある湖に向かった。

 ギルバルドとグエムは、あの勇者達の下品な笑い声に辟易しており、その声が届かないところに逃げたかったのだ。



 二人は湖のほとりに立つと、問題児にしていいようにやられている現状を愁い、不満をぶちまける。



「こちらの世界に召喚した時は、あの子供たちは怯えた目をしていました。それが力を手にした途端に、横柄な態度で我々と接するようになり、次第には我々を見下し始めたのです。常に我々の足元を見るようになったばかりか、弱みにつけこみ、領内で暴れ回るようになった。挙句の果てには隣国にまで手を出し、忌々しい頭痛の種と化している……。だが、それならまだ良い――」



 ギルバルドの鼻から血が流れ落ちた。彼はそれを手で拭い、指についた血に目をやる。そして、口調が別人のように豹変した。



「私が許せんのは!! 騎士を愚弄し! 他国の重臣や権力者に頭を下げさせ! 今だかつてない屈辱をこの私に与えた事だ!!! このような屈辱と無礼の数々! 産まれて初めてだ!!」



 ギルバルドの肩は戦慄き、心の内から込み上げる殺意によって声が震えていた。



 グエムは湖を見ながら、ギルバルドが吐き出す憎悪の言葉を、ただ黙って聞いていた。


 ギルバルドの興奮はさめやらず、あまりの怒りに、歯ぎしりをしながら肩で息をしている。

 それでも消えかけていた理性がなんとか繋ぎ止め、冷静さを取り戻し始めた。



「だが今は……この屈辱に耐えるしかない。曲り形にも、彼らは国王の召喚した勇者。国王の息のあるうちは、適当な餌を与え、おとなしくさせる他ありません。これ以上、問題を起こさせないためにも……」



「懸命なご判断です。まぁ彼らには利用価値があります。例の仕事を仕上げるまでは、せいぜい良い夢を見させてやりましょう」


「そうですね。私の手で殺せないのは、いささか不満ではありますが。今宵、最後の夜を満喫させてやりましょう」


 グエムとギルバルドは視線を合わせると、策士的な笑みで彼らの運命を嗤った。


 グエムは落ち着きを取り戻したギルバルドに、昔話をふる。その昔話とは、あの勇者達を召喚させる事となった経緯だ。


「国王が独断で召喚魔法を使わなければ、誰もこんな悪夢を見ずにすんだというのに……」


「超空の神兵が使用していた神機。それを召喚しようとして出てきたのが、あんな連中とは……。皮肉な話です」


「満足な神機は手に入れること叶いませんでしたが、大量の勇者を国内に召喚することができた。私を含め、当時は強国に並んだと色めき立ったものでしたわい」


 ギルバルドは当時を振り返り、懐かしさと虚しさを混ぜ合わせため息を吐く。


「王国全土が、勇者降臨という吉報に湧き、連日連夜お祭り騒ぎになりましたからね。民の喜ぶあの姿は、今も目に焼き付いて離れません」


「それもそうでしょう。なにせあれだけ数の勇者を召喚できたのですから。強国や隣国の慌てふためきようといったらもう、今思い出しても笑いが止まりませんわな」


「いくら嗜好品で国家の優劣が決まるといっても、やはり武力のない国家は強国の恫喝に屈するしかなく、媚び諂うことしかできないのが現状です。それを是正するために国王は、あろうことか召喚魔法を展開してしまった。魔族を討滅した、あの神機を手に入れるために……」


「窮地に追いやられた人間は、なにを仕出かすか分からないという典型的な実例ですな」


「神機が入手できなかったばかりか、肝心の勇者でさえも、蓋を開ければ無法者の集まりだったとは……あまりにも高い代償です」


 ギルバルドは勇者達が起こした蛮行の数々を思い出し、体中に虫酸を走らせる。頭の中に浮かんでしまったその光景を掻き消すため、ギルバルドは本題を切り出した。


「グエム卿。魔族の内通者からは、なんと言っておられましたか?」

「予定通り、魔都への侵攻は空から行われたし――とのことです」

「罠である可能性もあります。念のため向こうに報告した数よりも多く、竜騎兵を投入させましょう」

「そう言うと思いました。ギルバルド卿、すでに手筈は整っておりますぞ」

「さすがグエム卿。宮廷内随一と謳われる手腕は、今なお健在ですね。本当に助かります」


「なんの。あのじゃじゃ馬の女王に仕え、散々こき使われましたからのう。このくらい、造作も無い事です」



 ギルバルドは気鬱な溜息を吐く。



「まさか国王を失脚させるために魔族と手を組み、ガレオンとイレーヌを暗殺することになろうとは……」


「互いの目的が一致すれば、敵と手を組むのはよくある話です。今回の場合、たまたま相手が魔族だったというだけの話。それにしてもギルバルド卿もお人が悪い。あなたに恋心を抱いていたイレーヌ殿下を、なんの躊躇いもなく手に掛けるとは」


「グエム卿。私に罪悪感も後悔もありません。なにせイレーヌは、国王と妾の間に産まれた娘なのですから。そして国王を失脚させるのは、唯一血の繋がりがあるイレーヌの存在は、あってはならないのです。そしてなにより『魔族と人間は調和できる』と、世迷い言を日頃から唱えていた、危険人物でもあるのです。妄想と現実の区別のつかない穢れた娘が、王女の椅子に座るべきではなかったのですよ――違いますか?」


「きっと魔族と人間の恋愛模様を描いた本に、影響されてしまったのですな」


「そういった本はすべて禁書にし、焼き捨てるべきです。魔族と人間の調和など、絶対にあってはならない。あまりにも悍ましく卑猥で、穢らわしい妄想なのですから」


 グエムはイレーヌの死を、鼻で嗤い捨てた。


「さすがは劣情から産まれた娘。あの美貌とは裏腹に、穢らわしくも邪な心をお持ちのようで……。生前、イレーヌ殿下とは寝室でお逢いしたかったものですな」


 冗談めかしにそう言いながら、グエムはギルバルドに書簡を渡す。封蝋がされており、ガレオン陛下から差し出されたという印璽が押されていた。

 ギルバルドは不快な表情で封を開ける。


「相変わらず嫌味なことを。魔王家のシーリングスタンプで封蝋がされています」


「『次はしくじるな』――という意味でしょう」


「忌々しい魔族め……」


 ギルバルドは印璽を見ながら、数カ月前の暗殺を思い出す。


 イレーヌと魔王ガレオンが行っていた、不可侵条約を結ぶための会合。その密約の場を奇襲し、王女イレーヌを反逆者として討ち取った――あの夜のことだ。


「イレーヌとガレオンの娘、エリスは砲撃魔法で始末できたところまではよかった。だが魔王ガオレンには攻撃を防がれ、一騎打ちにまで追い込んだというのに……あと一歩のところで逃げられてしまった」


「致命傷は、確かに負わせたのですよね?」


 確証があるギルバルドは大きく頷く。


「あぁ、確かな手応えがあった。そもそもガレオンは砲撃魔法の直撃を受け、手負いの状態。加えて、私の剣撃を受けたあの傷で、城内まで逃げ戻れるはずがない。なぜ戻ることができたんだ?」


「残念ながらガレオンは生きております。あの魔王を斃さない限り、内通者との密約は果たしたことになりませんぞ」


 ギルバルドは手紙に目を通しながら、グエムの言葉に頷いた。


「あぁ、そうだな……」


「内通者の手紙にはなんと?」


「いや、ほとんどは地下迷宮に関する地図だ。まず生息しているクリチャーの分布図に、地下を守るダークエルフの住処と、彼女達が仕掛けたトラップの設置場所が記された地図。三枚目には地下迷宮から侵攻した場合の最短ルート。そして最後の手紙には、見張り兵が交代する時間帯と、対空要員が手薄になる時間帯が明記されていますね」


「ここまで情報を明らかにするということは、我々との信頼を回復させるための譲歩でしょうな」


「裏を返せば、内通者はなんとしても我々に、魔王ガレオンを討ち取ってほしい――という事ですね」


「ここまで情報を晒してくるというのは、まずそう見て間違いないでしょうな。我々が罠ではないかと勘ぐっているのを、予め察してのこと。向こうの焦りが感じられます」


「内通者の事情はどうでもいい話です。ただ我々としても、魔王ガレオンには死んでもらわねばなりません。私が魔王を討ち斃せば、列強国や近隣諸国も、エストバキア王国に一目置くでしょう。弱小国という偏見から脱した暁には、抑止力として機能している勇者どもには、舞台から退場してもらいます」


 そう言いながらギルバルドは、地下迷宮の地図をグエムへと手渡す。


 グエムは地図と手紙を受け取り、勇者達の行く末を嬉々として嗤った。



「あの地下迷宮を、いったい何人の勇者が突破できるか見ものですな。彼らにはせいぜい、豚のような断末魔を上げてもらいましょう。今までの罪を贖罪するためにも、哀れで無様なその悲鳴を神々に捧げるのです」



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