第4話『魔剣の試運転』【後編】




 グレイフィアは闘技場の地面に、ロッドの先端を付ける。


「さすがは勇者さま、その度胸褒めてあげる♪ じゃあその御言葉に、甘えさせてもらおうかしら!」


 グレイフィアは回転し、ロッドで円を描く――その描いた円が魔法陣となり、眩い光りを放った。


 輝きが増した光の底から、唸るような身の毛もよだつ咆哮が鳴り響く。そして魔法陣の中心から、咆哮の主である巨大なクリーチャーが出現したのだ。


 サソリとも蜘蛛とも言えない奇っ怪な体格に、蟹のような強固な外殻を持ち、エビに酷似した額角の頭部に攻撃性を重視した巨大なハサミ――。様々な生き物を掛け合わせて誕生した、異形のバケモノだった。


 グレイフィアは、その召喚した怪物の上に跳び乗ると、レイブンをその高みから見下し、自慢気に語り始める。



「刮目しなさい! これが魔界で製造された攻城戦用複合魔獣戦車! シュトラフェ・ハーミットクラブよ!!」



 その禍々しい姿を目にしたレイブン。彼は不敵な笑みを浮かべ、こう呟いた。


「いつみても素晴らしい造形美ですね。あのマッドサイエンティストにしては、好みのデザインですよ」


 グレイフィアは、腰までスリットが入ったスカートを靡かせながら、ハーミットクラブの頭部へと立つ。ハーミットクラブの頭部外殻には切れ目があり、瑞々しい肉壁が蠢いていた。



「ガッドナーの置き土産。ここで存分に使わせてもらうわ!」 



 グレイフィアの下半身が、肉壁へジュブジュブと呑み込まれていく……。

 それと同時に、ハーミットクラブは小刻みに痙攣を始める。そしてグレイフィアの下半身が完全に呑み込まれたと同時に、痙攣はピタリと止まった。


 グレイフィアの下半身と化したハーミットクラブ。巨大なハサミを振り上げ、高らかとその存在を高らかと誇示して見せる。



「レイブン! あなたの望んでいる演習をしましょう! 本物と見紛うことのない、本物の戦争をねぇ!」



 巨大なクリーチャーがレイブンへと迫る。

 ハサミがレイブンを八つ裂きにしようと突き出される。

 レイブンはサイドローリングで突進を避け、すれ違い様に振るわれた胸脚による攻撃を、カインフェルノでガード――そのまま受け流した。



「ここは戦場だ! ボサッとするな案山子ぃ!」



 ゼノヴィアがレイブンへと跳びかかる。彼女は肉体を武器に、レイブンに強襲を仕掛けたのだ。

 レイブンは木の葉のように舞い、次々に繰り出される拳や蹴りをスレスレのところで避ける。ゼノヴィアの攻撃によってレイブンの髪やフォーマルスーツが擦れ、背筋の凍る音を奏でた。


――だが次々に繰り出される攻撃は、本命を打ち込むためのフェイントだった。


 ゼノヴィアは手を広げながら爪を伸ばし、突如、レイブンに斬りかかったのである。

 レイブンは鉤爪の攻撃を殺しきれず、衝撃でグリップから手を放してしまう。弾き飛ばされたカインフェルノが宙を舞い、闘技場の地面へと突き刺さった。


 唯一の武器を失ったレイブン。

 その姿に、勝利を確信したゼノヴィアが叫んだ。



「もらったァアアアア!!!」 



 レイブンは思いもよらない方法を使い、鉤爪を攻略する。


――鞘だ。 


 レイブンは背負っていた鞘を前に出し、シールドの割合で鉤爪を受け止めたのだ。複合繊維のナノカーボンは軽さもさることながら、特殊な分子構造状をしているため、鉤爪を受け止められるほどの硬度を保持していたのだ。


 剣に続けて、鞘にまで攻撃を塞き止められてしまったゼノヴィア。まさか、自分の技が二度も封じられるとは思わず、追撃するのも忘れて驚愕してしまった。


「なんで鞘ごときを貫けない! 剣といいあの鞘といい! いったいなんなんだよ!!」


 ゼノヴィアが狼狽している隙に、レイブンは、地面に突き刺さったカインフェルノへと走り出す。


 そんな彼に三人目の刺客が襲来する。――地将のアーシアだ。彼女が地中から強襲を仕掛けたのである。

 地面を貫き、レイブンの真下から現れるサンドウォーム。レイブンはその円口に呑み込まれてしまう。


「――クッ!!」


 だがレイブンは呑み込まれてはいなかった。

 彼は手足を歯の上に乗せ、体全体を使って口を塞がれないよう抗っていたのだ。

 だがレイブンは脱出できない。現状少しでも力を弱めれば、口が塞がって呑み込まれてしまうからだ。何かを足場にして、口が塞がれる直前に脱出する必要があった。


 そんな中、サンドウォームの喉奥からアーシアの声が木霊す。



「往生際悪いわね。さっさと呑み込まれちゃいなよ」



 ピンク色の肉壁が躍動し、サンドウォームの喉奥からアーシアが現れた。そして身動きが取れないレイブンに向かい、蜂蜜のように甘い言葉で誘惑する。


「近くで見ると、なかなかのイケメンじゃない。どう? お姉さんと、この中で暮らさない? 蕩けるような最高の時間を、ココで一緒に過ごしましょう。いい夢、た~くさん見れるわよ♪」


「それに関しては後ほど、慎重に検討したいと思います」


 レイブンは丁重にお断りしつつ、誘惑してきたアーシアの肩に足を置く。そしてその肩を踏み台とし、一気に蹴り上げた。彼は無事、サンドウォームの口から脱出を果たす。


 闘技場に舞い戻ったレイブン。不幸中の幸いか、カインフェルノの近くに着地することができた。


 だが彼に休まる暇はない。

 グレイフィアとゼノヴィアが同時に襲いかかったのである。


 さすが四天王。二人の攻撃は息のあった抜群の連携で、レイブンを追い詰めていく。

 攻められるレイブンはカインフェルノを手に、すべての攻撃を受け流した。

 彼は防御の一点張りで、なぜか攻勢に出る隙があったにも関わらず、攻撃に出ようとはしない。

 グレイフィア、ゼノヴィア、そして断続的に地面下から襲いかかるアーシアからの攻撃を、片っ端からすべて避けるか、受け流すしかしないのだ。


 その姿はさながら、剣を用いた合気道である。


 彼の行動に、グレイフィアは心の中で首を傾げた。明らかに自分たちを一切傷つけないよう配慮しているのだ。

 グレイフィアは、アーシアとゼノヴィアにアイサインを送り、一旦レイブンとの距離を置くよう指示する。


 グレイフィアも距離を置くと、ハーミットクラブの頭胸部を地面へ下ろし、レイブンを見下ろす形で語りかけた。



「レイブン。これはいったいどういう事かしら?」



「なにがでしょうか?」


「なにがですって? 白々しい……『殺す気で来い』と煽っておいて、肝心のあなたは攻撃しないじゃない。演習は実戦さながらにやるからこそ、意味があるのではなくて?」



 レイブンはメガネをクイッと上げ、闘技場の地面に視線を向ける。そしてグレイフィアへと視線を変えた。



「これはカインフェルノの限界性能実験。貴女方あなたがたを傷つけるつもりはありません。魔都アルトアイゼンを護る要を、こんな演習如きで失うわけにはいきませんから」


「言っておきますけど、私、あなたを殺すつもりなのよ」


「私からそうして頂くよう、あなたにお願いしました」


「しらばっくれないで! こっちは本気で殺しにかかっているのに、さっきっから、守りに徹するばかりで戦う気がまったくないじゃない。あなた、いったいなにを企んでいるの?」


「企み? そういうことなら、私からも質問があります。貴女の方こそ、わざわざ魔剣の起動テストに乱入したのですか? あなた達の狙いは、私の力量を見極めるだけではないでしょう。他のなにかを探ろうとしている――違いますか?」


 グレイフィアは黙諾し、レイブンを見据える。


 視線を注がれているレイブンは微動だにせず、グレイフィアの回答を待ち続けた。


 この沈黙を破ったのは、やはりグレイフィアだった。



「ガッドナー博士を知ってるわよね」



「この城内で、兵器開発部門を指揮していた方だと存じています。マッドサイエンティストであり、城内に勤務する使用人の管理も行っていたと。たしか……私がこの世界に召喚される直前、ガッドナー博士は行方不明になったと聞いておりますが――その彼が、どうかしましたか?」


「正確には、あなたが召喚されたその日の夜に、ガッドナー博士は行方を晦ましたの。彼の行方を知らなくて?」


「彼と親しい関係だったのですか?」


「まさか。あの男は色欲の権化。侍女を隠し部屋に連れ込むような、最低で下劣な暴食家よ。誰に殺されたとしても不思議はないわ。ただ私が気にしているのは、誰かが我々の戦力を削ぐために、ガッドナー博士を殺害したのではないか――という事よ。人間の側についている、誰かの手で……ね」


「行方不明なだけで、まだ殺されたと決まったわけではないでしょう。それに私ならまず、怨恨の線を疑い、暴行を受けた女性から聴取しますね」


「お忘れかしら? あなた、魔族じゃなくて人間なのよ。城内の娘を疑う前に、敵と同種であるあなたが疑われるのは、至極当然の話とは思わなくて? そもそも偶然にしては、なにもかもが出来過ぎているじゃない。あなたが召喚されたその日に、彼が行方を晦ますなんて」


「なるほど。では、召喚したばかりで右も左も解らないこの私が、城内にいる重要人物を早急に探り当て、誰にも知られることなく暗殺したばかりか、城内を警護している近衛兵や侍女に見られることなく、ガッドナー博士の遺体を遺棄する――。やはりあなたの仮説には、少々難があると感じます。それこそ、出来過ぎた話ではないかと」



 グレイフィアは一旦、この話を棚上げする。



「では質問を変えましょう。人間であるあなたが、なぜ陛下に忠誠を誓うの?」



 レイブンはスーツのネクタイを閉め直し、スーツに着いたホコリを払いながら質問を質問で返す。



「いけませんか? 異世界から召喚された私が、陛下に忠誠を誓うのが」



「ありえないわ。陛下は魔族であり、人類が斃そうとしている宿敵――魔王なのよ。いくら魔族の存在しない異世界から召喚されたとはいえ、人間であるはずのあなたが、魔王に忠誠を誓うだなんておかしいじゃない」


 グレイフィアは俯き、陛下に対する不満を口にした。


「人類を駆逐し、地上にアルトアイゼンの王旗を翻すのが陛下の願いだったはず。それなのになぜ、陛下は勇者を必要としたの……」


 それは誰に言ったわけでもない、単なる独り言だった、だがレイブンはその言葉を拾い上げ、陛下の心情をグレイフィアへと伝える。


「彼は人類根絶を望んではいません。彼が願うのは、適切な距離感を置いた人類との調和です。だからこそ人間である私を、アルトアイゼンに召喚されたのです……」


 断じて聞き捨てならない台詞だった。

 対人類を想定して設立された、強襲打撃騎士団アサルトナイツ――四天王。その存在を、根底から否定する言葉だったのだ。

 グレイフィアは只ならぬ剣幕で捲し立てる。


「ちょ、調和……ですって?! デタラメを言わないで!! 陛下が人間との共存や調和を望むはずがないわ! 人間と我々の間にあるのは、もはや憎悪しかない!」


 その攻撃的な言葉に、レイブンは悲しげな言葉でこう綴った。



「エリス殿下……あの事件のことですね――」



 その言葉に、三人の顔色がより一層険しいものとなる。アルトアイゼンに住む魔族にとって、その件を口にするのは禁句に等しかったからだ。



――王女エリス。



 ガレオン陛下の娘であり、魔都の象徴。そして国民にとって敬愛すべき対象であり、遍く照らす太陽のような、誠実で神々しい存在だった。

 可憐と優雅さ、愛くるしさと気品さを兼ね揃えており、どんな人物にも別け隔てなく接するその姿は、国の象徴と呼ぶに相応しい人物だった。


 グレイフィアにとって親友であり、妹のような存在だったエリス。その笑顔を胸に、人間であるレイブンに怒りをぶつけた。


「そうよ! だからこそ陛下が、そんな戯言を言うはずがないじゃない! エリス殿下を――いえ、自分の娘を目の前で殺されて!! それでもなお、人間と共に生きるなどと! そんな世迷い言を言うはずがないんだから!」


 待機状態だったハーミットクラブが起き上がり、レイブンに向かい突進を始める。怒気を孕んだその姿は、今だかつてない凶悪な憎悪に身を包んでおり、触れるすべてを八つ裂きにする勢いだった。



「レイブン! あなたの口にした狂言は、亡きエリス殿下を愚弄し、アルトアイゼンすべての魔族を侮辱するものよ!!」



 ゼノヴィアとアーシアが、冷静さを失ったグレイフィアを止めようとするが、その制止を振り切り、グレイフィアは暴獣を止めることなく、レイブンへと走らせた。そして――



「魔族に勇者なんていらない! 死をもって詫なさい! レイブン!!」



 ハーミットクラブの巨大なハサミが、勢いをつけ、レイブンへと突き出された。



 激しい衝突音が闘技場に鳴り響く。



 カインフェルノの剣先とハーミットクラブのハサミの先が衝突する。衝撃で空気が震え、地面の砂埃が舞い上がった。


 剣先同士の点と点での押し合い。


 その競り合いに勝ったのはカインフェルノだった。カインフェルノの魔導機関が唸り、衝撃波と共にハサミを一気に押し返したのだ。


 押し合いに負けたグレイフィアが、ハーミットクラブの態勢を立て直しながら叫ぶ。



「誰?!」



 カインフェルノを手にしたのは、レイブンではなかったのだ。


 レイブンから魔剣を奪い、ハーミットクラブを押し退けた人物――それはレイブンを警護し、観覧用バルコニーにいるはずの近衛兵だった。


 近衛兵は慣れた手つきでカインフェルノを振り、魔剣の感想を口にする。



「まったく。カインフェルノを直すと言ったのに、預けてみれば案の定これだ。信じた私がバカだったな……」



 そして魔導機関を蒸かしながら、少女は兜の中でほくそ笑む。



「まぁコレはコレで、悪くないが――なッ!!!」



 カインフェルノのスラスターベーンが解放され、燃焼光が推進力として一気に噴出す。近衛兵はその力を借り、水平斬りを行った。



 グレイフィアは近衛兵の正体を見破る。



「その太刀の振るい方……、――まさかエレナ?!」



 近衛兵はバレルヘルムを脱ぎ、グレイフィアに素顔を晒した。兜の中に収まっていた髪が、サラリと流れ落ちる。

 正体を表したエレナが、四天王の上に立つ騎士団長としてグレイフィアを名指しで批難した。


「なにを企てているかと思えば、私がいない間に勇者を襲撃か。大層良いご身分になったものだな、グレイフィア。やはり好戦派は信用できん」


 グレイフィアはレイブンに対する怒りを沈め、いつもの上品な口調で、エレナを軽くあしらう。


「腰抜けの穏健派がなんの御用かしら? 見ての通り私達、今すごく忙しいの」


「忙しいだと? よくもぬけぬけと言えたものだ。陛下が召喚した勇者に矛を向けるということは、陛下に矛を向ける事と同罪なのだぞ。これはその事実を知っての狼藉か?」


「『知らない』と言っても、どうせ罰するおつもりなのでしょう、騎士団長様。だって、好戦派を叩く絶好の口実ができたのだから」


「陛下の御意向に逆らったお前らを、もはや野放しにはできん。騎士団長である私の権限で、強襲打撃騎士団『四天王』を凍結させる。異論は認めんからな!」


「新入りが騎士団長に任命されたくらいで、いい気になっているんじゃなくて?」


「先人だから敬意を払えと言うのか? そうしてほしいなら、それなりの事をしてから言うのだな」


「だからしてるんじゃない。陛下に四天王の存在を見せつけ、勇者はいなくても魔族だけで、アルトアイゼンは護れるということを!」


「好戦派はいつもそうだ。愚直なまでに直線的で、周囲を巻き込んで破滅するまで突き進む。それに付き合わされる国民はどう思うか、その頭で一度でも考えたことはあるのか? グレイフィア」


「自分がお利口さんだとでも? エレナ、あなたが冗談を言うだなんて珍しいわね。なかなかユーモアのセンスがあるわよ」


 エレナとグレイフィアの終わりの見えない口論。

 それをよそに、レイブンは再び闘技場の地面を確認する。

 闘技場の地面は、度重なるサンドウォームの移動で穴だらけになり、その上ハーミットクラブ重戦車の攻撃によって、大きな亀裂が入っていた。亀裂が徐々に、少しずつ拡大している……。


 レイブンは「そろそろだな」と呟くと、口論をしているエレナとグレイフィアの間に入った。


 それは決して、仲裁するためではない――



「グレイフィア! 竜騎兵の経験、ありますよね?」



「なによ唐突に…… え? なんであなたが、そのこと知ってるの! ドラゴンに乗れることは、誰にも話したことないのに!」


「地下のダンジョン防衛は我々が請け負います。グレイフィアとアーシアは空からの襲来に備えて下さい」


「空からの襲来? あなた、いったいなにを言っているの?」


「いずれ分かります。アルトアイゼンの空を護るのは、貴女達です。地下迷宮からの侵攻部隊は、我々にお任せ下さい――あぁそれと! 捜索部隊を出す必要ありませんから。我々は決して死にはしないので、どうかご安心を――」



 レイブンが台詞を言い終えると同時に、それは起こる。


 まるで彼が台詞を言い終えるのを待っていたように、轟音が轟き、闘技場の地面が崩落したのだ。


 レイブンは崩落した岩盤共々、奈落の底へと落ちていく。


 まさかの事態にグレイフィアは咄嗟に後方へと飛び退く。同じくアーシアも崩落から逃れるため、サンドウォームを闘技場の観覧席へと急いで避難させた。


 レイブンの近くにいたエレナとゼノヴィア。彼女達が気づいた時にはもう遅く、逃げる間もなく立っていた地面ごと、漆黒の闇へと落ちていった。




 崩落が終わり、残されたのは大量に巻き上がった砂埃。そして地下水脈の存在を意味する、濁流の音だけだった。



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