第30話『シンレッドライン (極限戦闘)』




 魔族の竜騎兵は、200を越える傭兵達によって、周囲を取り囲まれていた。



 第一陣は、グレイフィアを含めた残存する27騎で対応を迫られる。彼女等は砲撃魔法を駆使し、なんとか突破口を斬り開こうとする。しかし200という戦力差に押され、寄せ付けないようにするのがやっとだった。


 

 傭兵部隊のほとんどが、砲撃魔法が使えない竜騎士で占められている。だが200という数で構築された包囲網は、予想以上に強固で、魔族は切り崩すことができずにいた。


 それに加え、傭兵達の戦意と気迫が尋常ではない。

 傭兵部隊をどれだけ墜としても、その骸の合間を掻い潜り、飢えた狼のごとく喰らいつこうとして来るのだ。




 傭兵部隊がここまで必死になるのも無理はない。

 スペッサルトと同様に、この戦いは傭兵部隊にとっても、竜騎士として名を馳せる千載一遇のチャンスだった。


 討ち取った魔族の首を持ち帰れば、名高い領主や列強国の王の目に留まる。――そうなれば今までにない、法外な額で仕事が舞い込むのだ。



 魔族と渡り合った猛者として、歴史に名を残すか、

 それともこの先一生、低賃金の駒として終わるのか――、



 彼等はこれからの人生を左右する、分水嶺に立たされていた。


 欲に魂を売り渡した者ほど、恐ろしいものはない。



 彼等は皆、『我こそが、空戦の歴史に名を残す騎士だ!』という飢えた瞳で、魔族に戦いを挑んでいく。



 絶対に逃すまい! すべての竜騎兵をこの場に繋ぎ止めるのだ!!



 底知れぬ執着心が命知らずな攻撃と化し、技量で敵うはずのない魔族の竜騎兵を、未だこの場所に押し留めていたのだ。



 名声という飢えに苦しむ獰猛な獣。


 それはなにも、傭兵に限った話ではない



 長年の夢である騎士としての名声――それをこの手に掴むため、スペッサルトもまた、魔族に牙を剥いたのだ。


 まるで鳥の群れを狙う鷲のように、スペッサルトは上空から陣形のど真ん中目掛けて飛び込む。




「行くぞ! 魔族の竜騎兵ども!」




 スペッサルトが駆るドラゴンの前方に、青白い魔法陣が展開する。ドラゴンは空気抵抗を減らすため、大きな羽を折り畳んだ。そして水中に飛び込むかのような姿勢で、魔法陣へと突入した――すると、不可思議な現象が起きる。



――ドラゴンが一気に加速したのだ。



 スペッサルトのドラゴンは、自由落下よりも遥かに速い速度で下降し、第一陣との距離をみるみる縮めていく。


 そしてすれ違いざまファイヤブレス吐きかけ、魔族の竜騎兵に炎の衣を纏わせる。スペッサルトも相棒に負けじと、炎から逃れようとする竜騎士に、巨大なランスを差し向ける。狙い澄ましたその槍先は――見事、竜騎士の胸部に喰らいついた。



 すれ違いざまの、ほんのわずかな一瞬。――瞬きした次の瞬間には、魔族側は四騎もの騎士を喪失していた。



 ランスによって胸部に大穴を開けられた魔族が、鮮血の尾を引きながら落下していく。

――悲劇に見舞われたのは彼だけではない。

 獄炎に呑まれたドラゴンや騎士が、雄叫びや悲鳴――慟哭を上げながら、引力の魔の手に導かれていった。



 圧倒的な戦果に、スペッサルトは高らかに笑い声を上げた。そして手応えのない魔族を、その程度かと罵りたてる。





「ハハハハハッ! どうした! 魔族の精鋭はこの程度なのか? 不甲斐ない! 実に不甲斐ないぞ!!」 





 急降下に加算された不自然な加速――それはスペッサルトが編み出した、空戦用魔法だった。



 大日本帝国海軍 零式艦上戦闘機や、大東亜決戦機である帝国陸軍の『疾風』『五式戦闘機』。それらを始めとする異世界の兵器は、この世界で向かうところ敵なしだった。



 その鬼神ぶりを目の当たりにしたスペッサルトは、それに対抗する術を長年研究し続ける。そして大戦中、魔族の偵察部隊が使用していた加速魔法をヒントに、対零戦用の秘策を完成させたのだ。



――それこそが、ドラゴンの前に展開したあの青白い魔法陣『ブラス・シュタイフェヴィント』である。魔法陣に入った対象物の慣性を、魔導師の望む速度へ増幅・魔法陣から射出させる空戦用加速魔法だ。



 さすがに零戦や疾風のような爆発的な加速と、それに準じた持続したスピードは得られなかったものの、異界の鳥と渡り合うには十分な瞬発性は確保できた。


 ブラス・シュタイフェヴィントによって、敵弾回避や急速接近・急速離脱が可能となり、零戦には困難な、小回りの良さを加えれば、ドラゴンでも零戦の死角に回りこむことが可能である。





 この切り札を使う機会は訪れなかったものの、零戦一機相手ならば、スペッサルト編隊が負けることはないだろう。





 その対零戦用の秘策が、零戦ではなく魔族を屠る切り札として、その能力を遺憾なく開花させた。



 瞬速の加護を得たのは、スペッサルトだけではない。



 彼の部下全員が同じ魔法を使い、蒼き旋風となってグレイフィア達に襲い掛かったのだ。




 魔族側は対応に苦慮する。


 魔法陣に入った直後、速度が急激に増すのだ。これでは砲撃魔法をしようにも、狙いの定めようがない。なにせ砲撃魔法を放った時には、すでに敵の姿が消えているのだ。


 グレイフィアを始めとする第一陣は、ブリッツェンナーデル雷光輝針などの散弾で弾幕を張り、スペッサルトの部隊を近づけさせまいとする。


 グレイフィアは紫色の針を放ちながら、その起動力に驚愕した。




「こいつらまさか! 神兵の生き残り?!」




 彼女がそう誤認するのも無理はない。彼等と対峙したことのある魔族にとって、その目を見張る速度は零戦の再来だった。


 そんな魔族のトラウマを抉るかのように、攻撃を終えたスペッサルト竜騎兵部隊が、乱れた編隊を組み直しつつ旋回――、再度襲撃態勢を整え、今度は第一陣の真下から強襲する。


 スペッサルト部隊が獲物に狙いを定め、ブラス・シュタイフェヴィントで加速――そして尋常でない疾さで、第一陣の彼我距離を詰めようとした。


 だがグレイフィアが攻撃魔法を詠唱しながら下降し、スペッサルト部隊の前に立ちはだかる。





「させないわ! 主の名において、我が裁きの雷に屈せよ!! 雷滅の十字架 クロイツ リヒトシュトラール!!!」





 クロイツ リヒトシュトラール。それは、魔力によって稲妻の破壊力を増大させ、それを広範囲に降らせる範囲攻撃魔法だ。


 第一陣の真下に巨大な魔法陣が展開――それに重なるように、紫色の十字架が体現する。

 処刑を執行すべく、交差した十字部からけたたましい雷鳴が轟く。そして間髪入れず、激烈たる紫電雷光が放たれた。




――耳の鼓膜を突き破るほどの轟音と、すべてを焼き尽くす烈雷。




 だが、スペッサルト部隊がその餌食になることはなかった。彼等は範囲攻撃が来ること悟り、強襲を中断――蜘蛛の子を散らすように散開したのだ。その手際の良い判断と統率のとれた行動によって、スペッサルト部隊は無事、攻撃から逃れ切る。



 他の傭兵部隊とは全く比べ物にならない技量と、一糸乱れぬ連携。そして絶対に深追いしないいさぎよさと冷静さ。

――そしてなにより一騎一騎が、熟練した動きで飛翔している。誰がどう見ても、彼等が歴戦の猛者であることは明白だった。



 かつてない強敵の出現に、グレイフィアは息を呑む。



「あの動きと勘の良さ……間違いない。 率いているのは、ゴボラを仕留めたあの手練か!!」



 グレイフィアがその編隊に視線を向けていると、そのさらに下を、何かが飛行しているのが見える。雲の切れ間から差し込む月明かりに照らされ、その全貌が明らかになる。それは竜騎兵の大編隊だった。




「なんて数の竜騎兵! この空域から……離脱しようとしているの? でもどこに? 相手は私達じゃないとすれば……――まさか!!!」




 グレイフィアの背筋に、ただならぬ嫌な悪寒が駆け抜ける。




「狙いは第二陣と第三陣?! いけない! 後続部隊の多くは鈍重な爆撃騎で占められているのよ! 空戦なんてできないんだから!!」




 グレイフィアは突破口を斬り開くため、第一陣を取り囲んでいる傭兵目掛け、ドンナ―シュトラール雷光烈破を放つ。


 高火力の砲撃魔法である。

 攻撃の射線上にいた傭兵達は、光の渦に呑まれ、包囲網に巨大な穴が空いた。 


 そのぽっかり空いた退路目掛け、グレイフィアは飛び込もうとする。




「――チィ!」




 だがグレイフィアはそれを断念し、あと一歩のところで踏み止まる。


 他の傭兵たちがその退路を即座に塞いだのだ。しかも強力な砲撃魔法を放つグレイフィアを、名立たる騎士と判断――多くの傭兵が、彼女の首を狙って一斉に群がる。


 傭兵たちにとって魔族の首は金塊であり、将来を約束する勝ち組への切符なのだ。それを誰よりも先に手に入れようと、多くの傭兵がグレイフィアへとたかる。



 グレイフィアは執拗に纏わり付く傭兵に向け、苛立ちを露わにした。





「ええい鬱陶しい! アーシアが危ないっていうのに!!」





 アーシアだけではない。このままでは彼女を始めとする、竜騎兵全員の命が、絶体絶命の危機に瀕しているのだ。


 なにせ第二陣・第三陣の多くが、まだ飛ぶのがやっとの新兵ばかりである。砲撃魔法などの基礎的な事はできるが、まだ戦場という空気に慣れておらず、状況に流されやすい。


 一方の傭兵たちは、砲撃魔法の使えない者たちばかりで、その射程は話にならないほど短い。しかし戦場慣れした戦士であることに加え、100という戦力差はあまりに脅威だ。


 新兵がその圧倒的戦力差を目にすれば、その気迫に押されて尻込みするのは明白――いくら技量で勝っていても、戦う前から心構えで負けは意味がない。


 フォルクスイェーガーが護衛として就いているが、あの戦力で畳み掛けられたらひとたまりもない。いくら単騎の力がずば抜けていても、対応できる数には限界があるのだ。



 グレイフィアは包囲網を突破できず、戦線を離脱していく傭兵たちを、ただ黙って見ていることしかできなかった。



 グレイフィアは傭兵に追い回されながら、今までにない険しい表情で毒づく。




「ほんとムカつくわね! こっちは急いでるのよ! あんた達みたいな下劣でむさい男と、デートしている暇なんてないんだから!!」






           ◆





――地下宮殿 大砦 『タルヌングフェーニクス』




 この世界では、魔導師は先天的に、使える魔法属性が決まっている。



 水属性魔法を使えるものが、氷系魔法を併用して使えるようになる事例はあるが、火属性の者が、真逆の属性である水系統の魔法を使うことは、ほぼないと言っていい。

 それができるのは、妖精を使役している類稀な存在――エレメントマスターくらいだ。




 一人の人間が、すべての属性魔法を自らの意志で自在に使いこなす――それは前代未聞であり、もはやお伽話や、神話の領域だった。


 この世界の人間が立ち入ることのできなかった、神々の領域。それを異世界の人間であるダエルが、なんの苦労も努力もなく、その一歩を踏み出そうとしていた。



 今のダエルにとって、もはや属性という縛りは過去の概念である。


 摂り込んだ仲間の体と記憶――そして魔法でさえも、すでに自分の一部と化しているのだ。


 ダエルは魔導騎士として、その能力を存分に振るう。


 まずは手始めに魔導弓兵の力を使い、レーヴァテインに炎属性を付加させる。そして炎に燃え盛る剣を振るい上げ、レイブンに斬り掛かった。



「炎を纏ったレーヴァテインのお味は、いかがかな~? ククク……ヒャーハハハッ!! そらそらァ!! ボサっとしてると焼け死んじまうぞ!!!」



 レイブンは繰り出される斬撃をカインフェルノで受け流していたが、炎を纏った太刀筋は、実に厄介極まりないものだった。

 なにせダエルが剣を振るう度に、燃え滾る炎がレイブンを撫で上げるのだ。女性の手ならまだしも、炎の手となれば即、命に関わる。これでは鍔迫り合いすらまともにできない。


 レイブンはあまりの熱波に押され、このままでは危険と判断――体制を立て直すため、一旦ダエルとの距離を取ろうとする。


 だがしかし、ダエルはレイブンの行動を見越していた。




「どこ行くんだ忘れ物かぁ! もう少し遊ぼうや!!」




 ダエルは「そう来ると思っていたぜ」という顔で、後退したレイブンに稲妻と氷槍を放つ。雷撃で体を麻痺させ、氷槍でとどめを刺そうというのだ。


 レイブンは咄嗟にカインフェルノで防御する。


 凄まじい稲妻がカインフェルノに直撃し、雷撃が周囲に拡散――なんとか体への直撃は防ぐことができた。――しかし足を止めたのが災いし、氷槍がカインフェルノに喰らいついてしまう。大気中の水分が氷槍の魔力と反応し、カインフェルノとレイブンの腕を氷漬けにしてしまった。



 ダエルは、まんまと罠に引っ掛かったレイブンを見て、してやったり!という表情を浮かべる。




「バァーカ! 引っ掛かったなマヌケめぇ!!」




 ダエルはパチンと指を鳴らす。


 その合図と共に、レイブンの足元に赤き紅蓮の魔法陣が出現。轟炎の渦が彼を呑み干し、大爆発を引き起こす。


――水蒸気爆発だ。


 魔力によって生み出された桁違いの炎。氷槍に含まれていた水分が急激に熱せられたことにより、気化した体積が1700倍にまで増大。爆発を引き起こしたのだ。



 ダエルは爆発した水蒸気の渦に向け、拍手を送る。無論称賛ではない――レイブンの死を悦ぶ侮辱を意味していた。




「ヒャヒャヒャッ! いいねいいねぇ、派手にぶっ飛びやがったな! こういう時にこの台詞使うんだろうなァ、『汚ったねぇ花火だ』ッ!!」




 もくもくと立ち昇る水蒸気の煙。勝敗は決したかに思えたが、その煙の柱を貫き、カインフェルノを手にしたレイブンが現れる。彼は魔導機関を燃焼させ、スラスターの推進力で加速。電光石火の神速で、ダエルへと突貫した。




「――なにぃ?!!」




 予想外の出来事にダエルは狼狽えながらも、レーヴァテインでカインフェルノ受け止める。




「ぬぉおぉおおぉ?!!」




 カインフェルノ剣筋は、スラスターの推進力も相まって、驚くほどの重圧だった。だがそれは魔導機関の推進力だけではない。レイブンの心に秘めた決意と意志の重さ。決して目にすることはできない確かな想いを、剣筋に宿した斬突である。


 ダエルは鍔迫り合いの状態で、レイブンにガンを飛ばしながらも驚愕する。



「んぎぃぎィ!! 野郎ォ!! いったいどうやって攻撃を防いだ?! 今のぜってぇ直撃だったろうが!!」



 歯を食いしばるダエルとは対照的に、レイブンは涼しい顔でこう答えた。



「別段大したことはありませんよ。衝壁を打ち破った時と、同じ手法を用いたまでです」



「フンッ! そうやって調子ぶっこいていられるのも今のうちだ!!」



 明らかに攻撃は直撃だったはず。――なら奴はどうやって攻撃を逃れた? 未来を見通す力以外にも、なにか、別のチート技でも使っているのか?


 ダエルは仲間たちの知識を総動員し、レイブンの使っているであろうトリックを暴こうとする。しかし、答えは見つからなかった。


 トリックを見破ろうにも、判断材料が圧倒的に不足しているのだ。

――ならばレイブンの能力を使わせ、判断材料を稼ぎ、その手の内を暴くしかない。




「今度のやつはもっとキツイぜ。せいぜい死なないように気をつけるんだなァ!!」




 その最中にレイブンが死んだとしても、所詮、その程度の雑魚だったというだけの話だ。ダエルは完全に殺す気で、レイブンに矛を向ける。



 彼はヴェノムドラゴンから魔力を吸い上げ、己の力を増幅させた。





「まずはお馴染みのこいつだ! 吹っ飛べ糞野郎ォ!!!」





 ダエルは魔力を収束させ、それを一気に体外へと解き放つ。

 解放された膨大な魔力が、衝撃波となってレイブンを襲った。



 レイブンは衝撃波によって吹き飛ばされ、宙を舞う。彼はきりもみ状態の中、剣のグリップを捻り魔導機関を作動させる。そして減速と姿勢制御を同時に行いながら、地面に着地した。


 だがこれは、ほんの始まりに過ぎなかった。

 白き鎧を身に纏った聖騎士ダエルが、着地したレイブンに手をかざし、七色に輝く魔法陣を展開させる。


 まるで魔法属性の相関図のようにあかあおきいろしろむらさき……大きな魔法陣の周囲に、属性色に彩られた魔法陣が展開された。




「死ぬ前に拝ませてやる!! 俺様の実力ってやつをよォ!!!」




 見る者を魅了する神々しく、七色に輝く魔法陣。


 その美しさとは裏腹に、邪悪な殺意によって生み出された創造物だった。この世界に存在するすべての属性魔法が、レイブンに向け、一気に解き放たれたのである。



 まず風属性の暴風がレイブンを襲い、その風の螺旋に沿って稲妻が襲来する。さらに渦の空洞部である中心を、紅蓮の業火がひた走る。三属性の同時魔法攻撃が、レイブンを呑み込んだのだ。しかもそれだけでは飽き足らず、遅れて襲来した白金と紫黒の光弾が、レイブンに喰らいつく。



 攻撃の着弾によって砂埃が舞い上がり、レイブンの姿を覆い隠す。


 ダエルは攻撃が直撃したのを見届け、その粉塵を凝視しながら呟いた。



「……妙だな。なんだこの感覚は?」



 彼がそう呟いたのには理由がある。戦士としての勘だ。これだけ攻撃したにも関わらず、手応えを感じられなかったのだ。

 そしてダエルの予感は的中する。――またしても、粉塵の中から無傷のレイブンが姿を現したのだ。



「チッ! いったいどうなっていやがる!!」



 ダエルは自分の周囲に、魔力で構成された剣を顕現させる。空間上に浮かぶ、光る剣――ヴェノムドラゴンから引き出した魔力を剣状に凝縮させ、エンチャント魔法で硬質化させた、魔影剣ファントムブレードだ。



「ならコイツはどうだ!!」



 その柄頭に魔法陣が展開すると、レイブン目掛け一斉に射出される。


 レイブンはカインフェルノのスラスターを使い、ダエルの繰り出す魔影剣を避けた。

 急停止と急加速による急発起動クイックブースト。レイブンはそれを匠に使い、次々に飛び掛かる剣の雨を躱し続ける。


 何振りかは突き刺さったかのように見えたのだが、肉を裂く前に、なぜか砕け散ってしまう。



「んあ? 魔影剣が砕けた?! ありえねぇ! 何重にも硬質化の魔法式を組み込み、ありったけの魔力を凝縮させた剣だぞ!!」



 狼狽していても問題は解決されない。ダエルは考察と疑問を投げ棄て、攻撃の手をさらに強めた。

 魔影剣を放ちながら、毒の渦や氷撃魔法――さらにダメ押しにと、火炎弾をこれでもかと放つ。


 だがレイブンはフェイントを混じえつつ、攻撃の軌道を先読みし、巧みな動きで避け続ける。

 しかし魔影剣はすべて避けたものの、広範囲に拡散した毒の霧だけは対処できなかった。レイブンの視界は毒の霧に冒され、紫色の世界へと消えていった。


 ダエルは毒の濃霧目掛け、鋭利な氷槍と高温の火炎弾が絨毯爆撃のように降り注ぐ。いくら未来を予測できても、避ける場所も、隠れる場所すらない物量攻撃の前では、なんの意味も成さないと考えたのだ。





「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇえぇえぇええ――――ッ!!!!」





 ダエルは自分の魔力が許す限り、ありったけの攻撃を繰り出し続けた。




「ハァ、ハァ、ハァ、んぐっ。ハァハァ、ハァ、ハァ……」




 攻撃を終えたダエルは汗を流し、肩で息をしていた。

 魔力を使用するのは、勇者とはいえ少なからず体力を消費する。それが高度で複雑になればなるほど、疲労度の蓄積具合は増していくのだ。

 しかも今の彼は一つの属性ではなく、この世界に存在するすべての属性魔法を使用している。それが全力全開で放たれたとなれば、その負担は計り知れない。


 ダエルは息を整えながら、戦果はあったはずだと、ぎこちない引きつった笑みを浮かべる。




「へへへ……さすがのヤツでも、あの攻撃ならひとたまりも――」




 しかしその希望は脆くも打ち砕かれる。

 まるで巨人の一息のように一瞬で濃霧が晴れ、緩んだネクタイを締め直すレイブンの姿が現れたのだ。



 そのあり得ない光景に、ダエルは驚愕する。



「そんな……馬鹿な?!!」



 斃せた手応えは薄かったものの、さすがに完全無傷という結末は予想できなかった。



 レイブンは狼狽するダエルに一言も発することなく、わざとらしく肩を竦める。そして「その程度ですか?」という表情を浮かべた。


 ダエルは苛立ち、歯をギリリと噛みしめる、そしてレイブンがどうやって攻撃を回避したのかを推察する。



「涼んだ顔しやがって、胸糞悪ぃ……さっきの攻撃を避けられるはずがない。逃げ場所がない以上、確実に当たっていたはず。――ならいったいどうやって攻撃を退けたんだ?」



 ダエルは判断材料を確保するために、攻撃を再開した。

 そして魔砲攻撃を避けるレイブンを見ながら、ダエルの脳内にある記憶が過る。――それはダエルの記憶ではない。ヴェノムドラゴンが摂り込んだ、アサシンの記憶だった。


 アサシンがレイブンにとどめを刺そうとしたその時。レイブンはなんらかの手段で、拘束魔法の鎖を引き千切り、それをアサシンの顔に叩きつけた。――そのアサシンの記憶と、攻撃がことごとく当たらないレイブンの姿と重なる。




「まさかアイツ――」




 ダエルはその記憶を手掛かりに、摂り込んだ魔導師の知識と記憶から酷似した能力を探し出す。そしてレイブンの特殊能力がなんであるのかを、大まかに推論立てた。



「――なるほどな。それなら、直撃したのに無傷なのも頷ける。よぉし……てめぇの糞つまんねぇマジックショー謎解きは終わりだ!!」



 今まで片手のみで攻撃を行なっていたダエルが、両手をレイブンへかざす――そしてダエルの全面に、今までにない巨大な魔法陣が出現する。


 それはダエルが、己の感性と直感で生み出した全方位集中オールレンジ魔法攻撃だった。


 炎・水・雷・聖・闇――それらの属性魔法がドラゴンの頭と化し、レイブンの逃げ道を塞ぐ。そして、




「お・や・す・みィ!! 魔族の勇者ァ!!!!」




 ダエルの掛け声と共に、レイブンはドラゴンのあぎとに呑み込まれた。行き場のなくなった魔力が鬩ぎ合い、レイブンの細胞内に含まれた魔力と共鳴反応を起こす。

 クリーチャー化したバルドが、カインフェルノを強制起動させた手段の応用版である。そして膨大な魔力によって、強制的に魔素連鎖反応エーテルチェーンリアクションを誘発。――勇者の体そのものが、甚大な破壊力を持つ爆発物へと変異させるのだ。


 召喚された勇者は、この世界の常人では遠く及ばないほどの、並々ならぬ魔力を持つ。その膨大な量の魔力が爆発エネルギーに変われば、どんな強靭な勇者も死に至らしめるばかりか、周囲は焦土と化すだろう。


 魔素マナによって構成されたドラゴンのあぎと

 それを無力化しない限り、死から逃れる術はない。

 それこそが、ダエルの放った究極の魔法攻撃――『魔素竜ノ顎エレメントオーバーロード』だった。




――だがレイブンの体が、魔素マナと共に死散することはなかった。




 神々しく輝いていた魔素のドラゴンが、七色の煌めきと共に無害な魔力へと分解。星屑のようにキラキラと煌く粒子となって、大気中に拡散してしまう。

 高濃度の魔力に晒された右腕を光らせながら、無傷のレイブンが姿を現す。



 強制解呪スペルブレイカー


 レイブンがこの世界に召喚される際、享受された異能の力である。その魔法を殺す魔法が、ダエルの描いた魔法式を破壊――攻撃を完全に無力化したのだ。

 魔素竜ノ顎エレメントオーバーロードの魔法式を破壊し、膨大な魔力を中和した右腕。真陽の輝きに満ちていた腕が、徐々に元の色合いを取り戻していく。



 それを見たダエルは、答えに辿り着いた喜びから、口端をニヤリと上げ、笑みを浮かべる。まったく見えなかった相手の手の内を、ここに来てようやく炙り出すことに成功したのだ。



「やっと分かったぜ! 俺の衝壁や魔影剣を無力化し、アサシンや他の連中もろもろの魔法攻撃を無効果させたトリックがよぉ!! おめぇがこの世界で目覚めた力は……


――――解呪だ。


 それもただの解呪なんかじゃねぇ。暗号化されている複雑な魔法式さえも瞬時に解読して、片っ端から原型を留めないほどブッ壊しちまう。超絶にイカれた反則魔法チートだ!!」



 レイブンは、答えに辿り着いたダエルを称賛する。この世界の誰もが暴けなかった能力トリックを、彼は見破ったのだ。



「バルドもなかなか良いところまで来ましたが、私の能力を見抜き、確信を突いたのは、あなたが初めてですよ」



「気付くのは難しいだろうな。なんせ直接的に目に見える攻撃魔法じゃなくて、その攻撃を無に戻す迎撃魔法カウンターなんだからよぉ。こうやって攻撃をバカスカ撃ち込まない限り、誰も気付けないだろ。

 にしても、お前の特殊能力が“解呪”とはな。ほんと笑えるぜ。たかが解呪も勇者クラスになると、こんなにえげつねぇ、クソ厄介な代物になるとは……マジで夢にも思わなかった」



 ダエルはレーヴァテインの剣先をレイブンへと向ける。



「――さぁてと。てめぇのご自慢だったトリックは、もう暴かれちまったぜ。種明かしされた手品ほど、クっソつまんねぇものはねぇ。今度はどんなチート技使って、俺のこと楽しませてくれるんだ? いっそ大魔王様でも召喚してみっか?

 いいんだぜ~てめぇの大好きな御主人様や、あの砦にいる女共に泣きついてもよぉ。

 こっちは魔王斃すのに城まで行く手間が省けし、女が相手なら、存分に聖剣の試し斬りができらぁ。まさかこのまま負けると分かってて、一対一で戦い続けるのか? そこまで馬鹿じゃねぇよなァ、魔王の勇者さんよォ!!」



 レイブンは威勢のいいダエルの啖呵を、鼻で笑った。



「戯言を。陛下のお力を借りるまでもありません。お忘れですか? これは私とあなたの決闘なのです。第三者の介入する余地などないのですよ」


 冗談とはいえ、決闘を挑んだ身でありながら、そのルールを無視し、事もあろうに魔王を助っ人に寄越して良いと言ったのだ。そんなものは、もはや決闘でもなんでもない。


 結局ダエルにとって、この世界における高貴な決闘など、どうでもいい事だった。

 ルールや法を守らない無法者として、弱者を虐げ、その命を弄ぶ――。彼の目的は己の欲求を満たすことであり、自分自身が満足することだった。

 そして己の力を世に知らしめ、自分がこの世界でどれだけ優秀であり、最強の存在であるのかを実現する事――それが、彼にとってすべてなのだ。


 ツノツキの王にならんとしたバルド。目的はダエルと酷似しているが、根本的な動機が異なる。他の種族から虐げられ、その復讐のためツノツキの国家を建国し、人類を始めとするあらゆる種族に報復せんとした。

 バルドもダエル同様、極悪卑劣な存在には変わりない。しかしバルドは、魔族と人間の間に産まれてしまった子であり、その境遇には、僅かであるが同情の余地はあった。


――だがダエルは違う。


 仲間と徒党を組んで近隣諸国の村を襲い、勇者でありながら嬉々として虐殺に手を染め、殺戮行為に狂酔している危険な人物だ。

 そんな彼を野放しにすればどうなるか――想像に難くない。むしろそれは、ダエルに幾度となく殺され、様々な世界線で多種多様な未来悪夢を垣間見たレイブンが、誰よりもその危険性を知っていた。


 レイブンは何万回蘇っても代わり映えのない、ダエルの愚かさと純粋な悪意に触れ、思わず鼻で嘲笑ってしまう。


 レイブンがわらったのは、ダエルの愚かさではない。


 終わりのない輪廻の中で、変わることのないと思っていた自分の見識や価値観、感情、感受性、思考能力――そして自分の精神や性格すらも、まったくの別人であるかのように変わってしまった。

 そんな変わり果てた自分とは違い、目の前のダエルは相も変わらずあの時のままなのだ。それに滑稽と皮肉さを覚え、自傷気味にほくそ笑んでしまったのである。



 レイブンはエストバキア最後の勇者――ダエルに、最後の一手を討つ。レーヴァテインを指さし、こんな質問を投げ掛けたのだ。




「ところで話は変わりますが。勇者ダエル――手にしているその剣が、なぜ“聖剣”ではなく“秘剣、、”と呼ばれているのか、ご存知ですか?」




 問いかけられたダエルは、自分の手にしているレーヴァテインに目を向ける。



「んあ? これか。エストバキアは小国のド田舎だからな。どうせ話を盛って、他国の聖剣よりも優れてるっていう印象を、周辺諸国に与えたかったんだろ。実際は秘密も糞もない、ただの聖剣のくせに」



「なるほど。まだその程度の認識、、、、、、、、、でしたか。よかった。それなら苦労せずに斃せそうです」



 その程度の認識? どういう意味だ?


 ダエルは心の中で疑問を抱いたが、それよりも斃せると豪語されたことに屈辱と苛立ちを覚え、すぐさまその疑問は掻き消えた。



「その程度の認識――だと? マジックの種明かしに飽き足らず、今度はなぞなそ大会か? ふざけるのも体外にしろよ。これはエキサイティングな決闘なんだよ。興醒めするようなことすんなよボケが」



「騎士道における決闘の原則は、一対一。アカデミー騎士学校の一年生ですら知っていることですよ。あなたとこうして会話していると、学と教養の重要性を再認識させられますね」



「気取ってんじゃねぇよインテリ糞メガネ。そういう自分は博識気取りか? テメぇは自分が優れた人間で、頭が良いと思ってんだろ。自惚れてんじゃねぇよ」



 ダエルは頭を指でトントンと叩き、『頭の中脳みそ入ってますかぁ~』と挑発する。



「本当に頭の良いお利口ちゃんなら、一回でいいから俺様に勝ってみせろよ!!」



 そう言いながらダエルは笑い声を上げ、レーヴァテインに魔力を注ぐ。剣全体の輪郭が歪むほどの、血のように真っ赤な魔力光に包まれる。



 レイブンも対抗するかのように、カインフェルノのグリップを捻り、魔導機関を燃焼させた。刀身が青白い輝きに包まれ、幽鬼のような色合いへと染まる。

 すべての世界線で非業の死を遂げていったレイブン――まるでその亡霊ファントムが刀身に宿ったかのように、カインフェルノは燎原の魔力に包まれていく……。




「そうですね。私も、負けることに飽き飽きしていたところです」


「安心しろ。どうせお前はまた負けるんだ――この俺様の手によってなァ!!」




 ダエルは離れた距離にも関わらず、その場で斬撃を振るう。刀身に宿った赤い魔力が、三日月状の光波なって放たれる。それはクリーチャー化したバルドが、レイブンとの戦いで使用した技とまったく同一のものだ。


 だがレイブンは、その攻撃が来ることを見切っていた。


 彼もまたダエルと同じように、カインフェルノを振るい、青き光波を放つ。――ただし、まったく同じ技ではない。ダエルが一閃だったのに対し、レイブンは目にも留まらぬ疾さで、大剣を二回振るっていたのだ。


 ダエルの光波とレイブンの光波が重なる――そして遅れて到来した二閃目、、、の光波が加わり、ダエルの光波をうち消した。


 鬩ぎ合いに勝った十字の光波が、ダエルへと迫る。




「やるねぇ! じゃあ、このとっておきはどうだ!!!!」




 だがダエルは逃げようとせず、拳に魔力を籠めると、それを一気に地面へと叩きつけた。

――すると、信じられない現象が起こる。

 突如、地面の中からクリスタル魔光石が隆起し、レイブンが放った裁きの十字架を粉砕したのだ。そして隆起の勢いは衰えるどころかさらに加速し、レイブン目掛けて襲い掛かる。


 レイブンは強制解呪スペルブレイカーを使わず、サイドロールとカインフェルノのスラスターを使い、押し寄せる剣山の波を避けた。――いや、スペルブレイカーを使いたくても、この攻撃では使うことができなないのだ。


 クリスタルの隆起は、間違いなくダエルの魔力によって引き起こされたものである。だがこの特殊攻撃における魔力は、間接的な起爆剤に過ぎず、攻撃そのものは結晶体による物理的なものだ。


 対するスペルブレイカーは、あくまでエンチャントや魔法・魔力といったものを高速で解析し、魔力によって構成されたものを、使用前――もしくはレイブンが望む、任意の状態へ戻す迎撃魔法である。地面から次々飛び出す鋭利な結晶を、魔法迎撃を専門とするスペルブレイカーでは、どうすることもできなかった。


 レイブンは狼狽し、歯を噛みしめる。


「――クッ?!」


 それを見たダエルは、目論見が当たったことに気を良くし、切り札を失ったレイブンを嘲笑う。



「ヒャハハハッ! あらら? どうしちゃったのかな? ご自慢の解呪は使わないのかぁ? ククク……、――使えないよなァ? だってその迎撃魔法はよぉ、魔法をぶっ壊す魔法だ! こういう物理的な攻撃の前じゃあ、その解呪はなんの意味もねぇ!」 



 ダエルは饒舌な口調と共に、拳を地面に叩きつける。


 膨大な魔力に反応し、大量の魔光石が地面の中から次々と飛び出した。それが高速で地上を駆け抜け、怒轟と砂埃を上げながら襲い掛かった。

 押し寄せる結晶剣山の荒波――。それが地上で波打つ中で、無数に枝分かれする。その中の一つが壁へと向かい、一気に天井まで駆け上があった。



 レイブンは眼前に迫るクリスタルの波を、後方へ飛び退いて躱す。


 だが攻撃はそれで終わりではなかった。



 レイブンの死角――頭上から、クリスタルの波が押し寄せたのだ。クリスタルはまるで、自律した意志を持っているかのように、その形状を巨大な手に再組成する。そして柱のような太い指を動かし、退路を塞いだ。


 レイブンはクリスタルの手に行く手を阻まれ、冷たく光る手の中へと消えた。クリスタルは彼を逃がすまいと、パキパキと音を鳴らしながら結晶は成長し、組成をさらに加速させいく……。


 ヴェノムドラゴンの創生する魔力によって、際限なく成長していく魔光石の棺桶。レイブンは生きたまま、その中に閉じ込められてしまった。


 封じ込めに成功し、赫々たる戦果に見えた――が、ダエルの直感がそれを否定する。そもそもこの程度で仕留められるなら、とうの昔に勝敗は決しているからだ。


 ダエルは乾いた唇を舌でペロリと舐め、戦闘の高揚感から、興奮気味な口調でレイブンをまくし立てる。



「下手な死んだふりはよそうぜ! さぁ! 次はどう出んだァ!! このまま終わっちまったら盛り上げに欠けちまうだろ。なァ!! もっと俺様を楽しませてくれよォ!!!」



 ダエルの予想を裏付けるかのように、結晶の中で魔導機関の燃焼音が唸りを上げる。そして少しの間を置き、鳴り止んだと思ったその刹那――結晶の棺桶が粉々に砕け散った。



 ほんのわずかな一瞬であったが、ダエルは見逃さなかった。虫も殺さないような顔をしていたあのレイブンが、節操感に満ち、焦りを滲ませた表情をしていたのを。


 ダエルはその表情に見覚えがあった。

 力のない弱者が『勝てるかもしれない』というわずかな希望に縋り、一か八かの賭けに出る時に見せる――あの顔だ。




「勝負に出る気だな――」




 そして予見は的中する。


 結晶から跳び出すレイブン――彼は地面に降り立つと、魔導機関の推進力を駆使し、ダエルとの距離を一気に詰めようとしたのだ。

 高速で移動するレイブンの姿は、ダエルのいる場所からは確認できない。レイブンは隆起しているクリスタルを利用し、その身を隠しながら接近していた。


 しかしダエルには、レイブンの居場所が手に取るように分かる。



――音だ。



 魔導機関のけたたましい燃焼音が、彼の居場所を知らせていたのだ。洞窟の反響で正確な位置特定には至らなかったが、おおよその場所と距離、襲撃コースは把握できた。



「マヌケめ、音が丸聞こえじゃねぇか。やっぱ冷静さを装って自分に酔っているヤツほど、こういう切羽詰まるとボロを出すな。もう少し手応えのあるヤツだと見込んでいたのに、残念だよ」 



 ダエルはそんな感想を添えつつ、自分がこの戦況を掌握し、優勢に転じていることを実感する。そして接近に気づいてないふりを装いながら、レイブンが罠に掛かるのを待った。



(さぁ来い、来いよ……――いいぞ、その調子だ。弱気になった惨めなツラ見せやがれ。てめぇの馬鹿な脳みそに刻んでやるよ。どんな反則技やチートを使おうが、この俺様には絶対に勝てないっていうことをなァ!!!)



 ダエルの近くに聳えていた結晶が砕け、その中から黒い影が飛び出す。




「全部お見通しなんだよ! 地獄に堕ちろ糞野郎ぉおぉぉ!!」





 ガキイィイィイイイィンッ!!!



 周囲に甲高い金属音が鳴り響く。


 捨て身の攻撃をしてきたのは、魔剣カインフェルノだけ、、だった。レーヴァテインによって弾かれたカインフェルノが、宙を舞う。



「なに?! ヤツがいない?! 野郎どこ行きやが――――」



 ダエルが背を向けていた後方の結晶が砕け散る。その爆煙と共にレイブンが姿を表わす――カインフェルノはレイブンの仕組んだ陽動だった。





「この野郎ォオォオオォ!!!」




 罠にハマったのはダエルは、後方へ体を捻りながらレーヴァテインを振るう。


 レイブンはダエルに向かって走りながら叫ぶ。




「イレーヌ殿下の友人! 返してもらう!!」




 ダエルはそれがなにを意味しているのか分からず、『何言ってるんだ?』と心の中で首を傾げた。――だがその答えはすぐに出る。


 秘剣レーヴァテインが、レイブンの手のひらに触れた瞬間――スペルブレイカーによって秘剣の本当の姿が露わになったのだ。レーヴァテインは眩い光に包まれ、剣の輪郭が一瞬で少女へと変わる。




「――――なにぃッ?!!」




 このあまりの浮世絵離れした現象に、ダエルは度肝を抜かれる。そして彼は反射的に、レーヴァテインの柄だった少女の脚を手放してしまう。


 手放された少女を、レイブンが地面に落ちる前にしっかりと受け止めた。



 普通の人間なら、何が起こったのか分からず、ここで思考が停止しまうだろう。だがダエルは違った。次から次へ小細工を繰り出す忌々しい存在を殺すため、凶器を探そうとする――そして彼の望む凶器は、頭上から舞い降りた。先に弾き飛ばしたカインフェルノが、眼前へと落下してきたのだ。


 ダエルはカインフェルノが地面に突き刺さる前に、その柄を掴みとる。そしてカインフェルノのグリップを捻り、魔導機関を作動させながら剣を振り上げた。――少女を抱きしめ、両腕が塞がっているレイブンに目掛け、断罪のつるぎを振り下ろす。



自分てめぇえものを!! 手放してんじゃねぇえぇぇえええ――――ッ!!!」



 ダエルの斬撃が振るわれようとした、――まさにその瞬間。レイブンはパチン!と指を鳴らす。



強制解体パージ!!」



 するとカインフェルノに光の亀裂が走り、刀身がバラバラになる。


 急激にバランスが崩れ、ダエルは体勢を崩す。



「ぬおぉ??!」



 レイブンはその隙に、ジャケット裏からカインフェルノの柄を取り出す――魔導機関が搭載されていない、オリジナルの柄だ。




「カインフェルノ!! ソードアクティブ来い!!!」




 その柄に呼び寄せられるように、バラバラになった刀身が集結する――元の姿に戻ったオリジナルのカインフェルノ。レイブンはありったけの魔力をカインフェルノへ注ぎ、魔剣を振るった。




 シュキィイイイィィ――――――ン………―――

 


――――居合い斬りのように素早く、研ぎ澄まされた一閃が放たれる。




 まるで時間が止まったように、硬直するダエル。その彼の首が少しずつ、横にスライドし始める。そして頭が、ゴロンと地面へ落下した。



 切断された首から鮮血が噴き出る中、レイブンはかつての宿敵にこう言い放った。




「地獄に堕ちろ? あの景色は、もう見飽きました」



 

 頭部を失ったダエルの体は、膝を折り曲げ、そのままドサリと崩れ落ちる。


 レイブンの長年の夢――ダエルを斃し、無限地獄コンテニューループから抜け出すこと。まさに今、待ちに待ち望んだその夢が、成就した瞬間だった。



 その苦労を報うかのように、決闘を見守っていたエレナやゼノヴィア、そしてダークエルフの少女達から、地を震わすほどの大歓声が沸き上がる。


 そのスタンディングオベーションの中、レイブンは少女を抱えたまま、強敵を討ち斃した安堵から、優しく、穏やかな笑みを浮かべた。





 だが彼の安息は、すぐさま終りを迎える。




 王を失ったヴェノムドラゴンが、歓声を掻き消すほどの咆哮を上げたのだ。

 


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