第29話『死線の先に』
レイブンがグリップ部分を撚る。
まるでバイクのエンジン音のような音が鳴り響き、小さなエアインテークのような場所から、光り輝く粒子が排出された。
柄の上部に内蔵された魔導機関――その魔力に触発され、刀身が青白く輝き始める……。
レイブンは再度グリップを深く捻り、魔導機関を数回蒸かす。すると燃焼度が上がり、刀身の輝きがさらに増大していく。
ダエルは改良されたカインフェルノを目の当たりにし、楽し気に目元を緩め、口端がニヤリと上がる。異世界生活の長いダエルだが、魔導機関という存在は、未だかつて見たことのないものだった。
「ほほぉ、コイツはおもしれぇ………」
ダエルもまた、その燃焼音に対向するように、レーヴァテインを限界まで発狂させる。
女性の悲鳴と魔導機関の咆哮――。魔剣と聖剣が互いの存在を誇示し、けたたましい二つの音色が、歪な狂騒曲を奏で上げた。
レース前の空吹かしのように、剣は競い合うように唸りを上げていく。
――そして、それが最高潮に達した瞬間、勇者VS勇者の火蓋は切って落とされた。
レイブンとダエルが同時に駆け出し、彼我距離を一気に詰める。そして刃と刃が交差し、二人の魔力が衝突した。
桁違いの魔力――行き場の無くなった力場が衝撃波となり、周囲の空気を荒々しく掻き乱す。
レイブンが勝利した初戦は、剣の斬れ味を競う技術戦であった。
それに対し、今回は魔力の創生量に物を言わせた物量戦。どちらがより強い力場を形成させ、剣に纏わり付く相手の魔力を削ぎ落とすかが目的となる――まさに力と力の殴り合いだ。
剣に帯びている魔力を消滅させれば、あとは勝者の思うがまま。震動やエンチャントで斬れ味を高め、敗者の手にしている剣ごと叩き斬ればいい。
勇者二人の魔力の放出量が、さらに増大していく……
剣と剣との接点と中心に、高密度の
光の奔流の中で、二人はお互いの魔力をぶつけあう。
だが突如として、その真っ向勝負から手を引く者が現れた――、レイブンである。
魔導機関を搭載し、既存のポテンシャルを引き上げた魔剣カインフェルノ――その魔剣があるとはいえ、勇者15人を吸収したダエルとでは、優勢とは言い難い。
しかし手を引いたのには、別の理由が存在していた。
このままでは魔力を放出し続ければ、
かといって加減をしてもいられない。
下手をすれば、こちらの意図を勘づかれるばかりか、ダエルの狂剣によって命を失ってしまう危険性がある。そのためレイブンは、周囲に被害が及ばないよう配慮しながら、ダエルと渡り合わなければならなかった。
これ以上危険は冒せないと、一旦身を引いたレイブン。――そんな彼を畳み掛けるように、ダエルの剣が牙を剥く。
「なんだよ、もうバッテリー切れかァ? 根性ねぇなァ!! そんなんじゃ、俺
ダエルはレイブンとは違い、守るものはおろか、失うものすらなかった。彼の目的は短絡的で、残虐性に富む。相手の肉体と精神を追い詰め、絶望と屈辱の水底で溺死させる――。彼にとってそれこそが、この戦いの目的であり、レイブンに科せようとしている
自分こそがこの世界における絶対的な君臨者であり、唯一無二の強者である。――その愉悦を味わうため、ダエルは一対一の決闘を申し込んだのだ。
女どもの希望の象徴である
英雄視しているその男を、彼女達が“高貴な戦い”と位置付けている決闘で斃せば、その心は完全に打ち砕かれるだろう。
絹を裂くような悲鳴を上げ、絶望にうち伏せる女ども――。
希望を抱くということが、どれだけの愚行なのかを思い知るがいい。
ダエルはその未来を描く執行人として、レーヴァテインの柄を力強く握り締めた。
「楽しいなァ! 本当に楽しい戦いだァ!!」
ダエルは目にも留まらぬ疾さで剣を振るう。薙ぎ払いや突き、切り上げ――数多の攻撃を繰り出すが、レイブンは紙一重のところで躱し続ける。
レイブンは匠に攻撃を回避しながら、カインフェルノのグリップを捻り上げた。そして魔導機関を燃焼させ、削り取られた魔力を再び刀身へ宿らせる。
ダエルの力任せな太刀筋――一方のレイブンは、それとは相反する速度を活かした剣捌きを駆使し、ダエルと渡り合う。
先ほどの国辱が尾を引いているのだろう。ダエルは過剰なまでに報復感情を宿し、一撃一撃にこれでもかと力を籠めて聖剣を振るっていた。だがそれによって余分な力が掛かり、太刀筋にわずかな“濁り”がある。
「死ねや!!!」
過剰な力によって淀んだ太刀筋。その合間を縫うように、レイブンは攻撃を避ける。そしてタイミングを見計らい、ダエルが繰り出した渾身の突きを、身を屈めてやり過ごした――レイブンはそのまま、ブレイクダンスのウィンドミルのように体を一回転させ、脚で弧を描く。
その円に脚を絡みとられ、ダエルは体勢を崩す――そして飛び込み前転のように、レイブンの真上を通り過ぎていった。
決め手と自負していた攻撃を避けられたばかりか、文字通り、レイブンに足を掬われたのだ。
「ぬおッ?!!」
レイブンは真上を通過するダエルに、なぞるように滑らかな剣筋を重ねる。そして回転した慣性を活かして立ち上がると、魔導機関の推進力を使って飛び退き、ダエルとの距離を離す。
意図せず飛び込み前転を行う形となったダエル。彼は地面の上で受け身をとり、後退したレイブンに向かって叫んだ。
「へぇ、その剣おもしれぇな! 大気中の魔力を摂り込んで圧縮させんのか! ずいぶんと良い腕の
レイブンは、カインフェルノの魔導機関に指先を置くと、「これのことですか?」と、コンコンと叩いた。
「この魔導機関の設計者なら、あなたの目の前にいますよ。自分で言うのも烏滸がましい話ですが、かなり
レイブンはそう言いながら、ダエルに手を降った――だがそれはレイブンの腕ではない。切断された何者かの左腕だった。
「―――――ッ?!」
ダエルは目を見開き、『そんなバカな!』と自分の腕をみる。あるべきはずの肘から先の前腕が、忽然と消えていた。
あまりの斬れ味に、切断面からはほとんど血は出ておらず、内部に救う魔界のヒルですら、腕の欠損に気付かなかったのだ。
レイブンは手にしていた前腕を、ダエルに向かって投げ返す。
前腕は傾斜の深い放物線を描きながら、ダエルの真上へと落下していく。
ダエルは残された上腕を動かし、切断面を前腕へとかざした。
――すると空中を舞う前腕から触手を伸び、肘の切断面からも触手が伸びる。それが空中で絡み合うと、まるで鎖鎌のように手繰り寄せられた。
ダエルは切断面を結合させると、腕を馴染ませながらレイブンの技を称賛する。
「やるじゃん! 俺もいろんなヤツと戦ってきたが、腕を持って行かれたのは産まれて初めてだ。無駄に死んでねぇってことだな。褒めてやるよ」
ダエルは未だかつてないイーヴィルスマイルで、この戦いを混沌としたものへ変えようとしていた。宿主の中に寄生している魔界のヒルが、それに呼応するかのように、モゾモゾと蠢き始める。
「じゃあ俺もそろそろ、本気出しちゃおっかなぁ~」
ダエルの左腕で蠢くヒルの群れが、ジュルジュルと身の毛もよだつ音と共に、不純物質分泌させながら体外へ湧き出し始める。
「へへへ……、なァ! コレを見たことあんだろ?」
左腕のヒルの群れが、互いの隙間を埋め合い、徐々になにかの形へと変化していく。
それはレイブンにとって、忘れようにも忘れられないものだった。
「まさかそれは! バルドのドラゴンガントレッド?!」
「――大正解。そのバルドとかいうツノツキが使っていた、ドラゴンガントレッドだ」
ダエルはヒルの記憶を頼りに、かつてバルドの腕であったドラゴンガントレッドを再現したのである。
――再現したのは腕だけに留まらなかった。
ダエルの体中にヒルが湧き出し、彼の全身を覆い尽くす。
不快感の塊と言っても過言ではない、ヒルの群れ。
その蠢く群獣が、腕のドラゴンガントレットに似合った形状へ変わろうとしていた……――
ガッドナーの開発したオリジナルのガントレッドは、陸竜の腕に内側から魔力を流し込み、魔剣ですら凌ぐほどの強靭な防御力を獲得していた。
――しかしダエルは独自の方法で、ドラゴンガントレッドを完成させる。
魔界のヒルそのものを装甲外殻として定着させ、外と内からヒルを挟み込む形で形状を再現し、防御魔法で固定。さらに魔力結合によって凝固したヒルに、鎧の堅牢さを高めるエンチャントを、何重にも施す――独自の技法だ。
魔力を隅々まで生き届けるため、装甲内面に血管を模倣した
アルトアイゼン随一と謳われたガッドナー博士――。その彼が何十年という月日を費やした研究成果を、ダエルはわずか数秒で塗り替えたのである。
そして彼は、堂々とした口ぶりで叫んだ。
「どうだ! これが俺の新しい鎧だ!!」
全身を覆い尽くす赤黒いヒルが、ダエルの脳内にある鎧のイメージを元に、その形へ姿を変えていく……。
変化したのは形状だけではない。外殻を形成する段階で、その色さえも変わっていた。
神聖さと純血の象徴である白を基調としたデザイン。そして、その気高さに色を添える黄金のエングレーブが、鎧表面各所に浮かび上がる。
魔界のヒルは、皮膚表面の色素胞を収縮・弛緩させ、ダエルが望む配色へと塗り替えられたのだ。
だが、どれだけ彩りを変えて神聖な姿になろうとも、内なる心の色までは変えることはできない――。
禍々しい心を持つ聖騎士が、レーヴァテインの剣先を天井へとかざす。まるで宣誓するかのように、高らかにこう叫んだのだった。
「
◆
――同時刻 地下迷宮上空 深淵の森
月の明かりすらも隠す雲。
その雲の切れ間から差し込む月明かりが、地上を照らす。
地下に張り巡らせられた迷宮。その上に広がる地上もまた、負けず劣らずの迷宮だった。
魔力よって急成長を促された森は、まるで数千年の樹齢を誇る太い幹を有しており、その樹木そのものが、遠征騎士団の侵攻を妨げる森の守護者として君臨していた。
普通の森なら、焼き払うなり毒を撒くなりで対処すればいいのだが、この森ではそれはできない。なぜなら森全体に耐毒・耐火・対防御魔法が施されているのだ。
魔法や毒、火を使えば使うほど、まるで免疫作用のように攻撃を受け付けなくなり、効力を緩和――無力化してしまう。この深淵の森全体が、魔力によって統合された一つの生命体なのだ。
一番効果的な手段は、魔法でも薬物でもなく、意外なことに木を伐採する古典的な方法である。しかし、深淵と称されるほどの広大な森を切り崩すのには、気が遠くなる年月を有す。しかもその間、魔族の猛攻に晒されながら作業しなければならないのだ。
例え奴隷を使おうにも、費用対効果として割にあわない。
奴隷とはいえ
列強国が手を組んだ大戦下でも、『侵攻困難』の烙印を押された森。そんな茨の道を、わざわざ魔都攻略線に選ぶ者はいなかった。
――従って、この森に足を運ぶ者の面子は限られてくる。
ツノツキを始め、あらゆる国から追われる身となった、無法者か世捨て人――そして隠密を生業とする者たちだ。
現在の列強国の力を持ってしても、隠密戦でダークエルフの右に出るものはいない。そのためこの森一帯は、ダークエルフの
そんな第一線を任され、魔族とダークエルフの眼として活躍しているのが、
馬を使った最短ルートがあるが、一度使用したルートを重ねて使用するのは、敵に察知される危険が高かった。そのため今回は、少し遠回りになってしまうが、より安全性の高い迂回路を選択している。
なにせ並みの人間には困難な、樹の上を行くルートだ。枝から枝へ渡る道を使うのは、身軽な獣族かダークエルフくらいだろう。
雲の切れ間から月の光が差し込む。
その刹那の月明かりに照らされ、樹の枝から枝へ華麗に跳び移るクロエ達――その姿はまるで、月夜と戯れる褐色の妖精である。
そしてその光景こそ、ダークエルフがいかに隠密性と機動力を優れ、その二つに特化した民族であることを象徴するものだった。
クロエが枝から枝へ跳びながら、一瞬だけ視線を上に向け、夜空を確認する。その彼女の瞳に、漆黒の闇に彩られる殺意の光跡が映った。
「あれは竜騎兵の攻撃……ついに戦争が始まったのね」
開戦の灯りを目の当たりにし、クロエはさらに身が引き締まる想いに抱かれる。
戦時下では、平時よりも偵察部隊の重要度は跳ね上がるからだ。より正確な情報が求められ、それを濁りなく本陣に届けなければならない。一見簡単そうに思えるが、自分の主観に惑わされず情報を相手に伝えるのは、実はとても難しいことだった。
極度の緊張下で見た情報を、本人が意図せず大げさ、もしくは過小評価で伝えてしまうのはよくある話だ。現にクロエでさえ、このミスを犯してしまうくらいだ。
偵察部隊の情報を元に、作戦は立案される。もう先のような失態は犯せなかった。
間違った情報とは猛毒である。それ即ち仲間の死と敗北に直結し、さらにその先には、民族の滅亡という最悪の未来に繋がっているのだ。
偵察部隊の宿命。それは敗北に繋がる道筋をすべて絶ち、正確な情報を提供することで、民族を勝利へ導くことだ。
クロエはそれを肝に銘じつつ、それに気付かせてくれたレイブンに感謝していた。
もしレイブンが居なければ、状況はさらに悪化していただろう。彼の助言が、偵察部隊の重要度を再認識させてくれたのだ。
「レイブン……貸しは必ず返すわ。正当な対価でね!」
クロエが自分のすべき事を改めて実感していた――その時である。
彼女の鼻腔に、この場に相応しくない臭いが届く。
「――?! この臭いは?」
クロエは後続の仲間に向け、ハンドサインで『その場で待て、周囲を警戒せよ』と指示を出す。そして彼女は一人で地上へと降り立ち、自身も警戒しながら慎重に脚を進めた。
臭いの発生源は近い。シーフナイフを引き抜き、敵との邂逅に警戒しながら、岩場や幹の影から影へと移動し、その場に辿り着いた。
「これは!」
クロエが見たもの――、それは黒焦げの焼死体だった。
それも、一体や二体ではない。目につくだけでも、焼死体の数は六人以上ある。
彼女は正確な人種を特定するため、死体が身に付けていた鎧を外し、まだ焼け焦げていない肌の部分を探す。焼け焦げた頭部に角が生えており、甲冑下の皮膚色は薄いミルクティー色であることが確認できた。魔族の死体ではない、これは焼け焦げたツノツキの骸だった。
そして彼等の周囲には、欠けたロングソードやメイスが散乱している。中でも多かったのが、騎兵を馬から引き釣り下ろすギザームだ。それが不自然な量で転がっていたのだ。
クロエはしゃがみこむと、黒い煤まみれのギザームを拾い上げ、首を傾げた。
「これだけのギザームがあるということは、騎兵隊を襲撃しようとしていたの。でもここは深淵の森。こんな場所を騎兵隊が通るわけがない。
それに死体の数が多い、目に入るだけでも六……いえ、それ以上ある。それにこの焼失範囲……いったいなにが?」
彼女の言う通り、焼け焦げた範囲が思いのほか広かった。草木や地面、太い樹までもが黒い煤まみれだ。砲撃魔法による直線的なものではない。もし砲撃魔法なら、高速で撃ち出される魔素と高熱によって、地面が抉れ、もっと樹の幹が削り取られてなければならない。
クロエは地面の土を掴み、焼失の度合いを確認する。そして立ち上がり際、ある異変に気付く。
――突如、なにかに吸い寄せられるように、空気の流れが変わったのだ。
クロエに、偵察部隊として研ぎ澄まされた感性がなければ、気付けなかったであろう微かな異変だ。
「――まさか!!」
それがある現象の前触れであることを、クロエは肌で感じとる。それとほぼ同時に、周囲を警戒していた仲間から『敵に注意せよ!』の笛の音が鳴った。
クロエは瞬時の判断で、樹の幹に空いた亀裂へ逃げ込む。――直後、まるで隠れた彼女を掴もうとするかのように、業火が炎の腕を伸ばした。
ツノツキを葬った炎が、その殺意をクロエに向けたのだ。
炎の魔の手から逃れたクロエは、ツノツキの身になにが起こったのかを推察する。
これだけの数のツノツキ、
騎士を馬から引き釣り下ろすためのギザーム、
焼け焦げた死体……
――答えは自ずと導かれた。
「なるほど。ツノツキは
◆
――数分前 深淵の森 上空 グレイフィア
レイブンとダエルの戦いが、新たな局面を迎えようとしていたその頃。その上空では、グレイフィアがシュバルツヴィントを駆り、第一陣を追っていた。
遠方では、第一陣の魔法砲撃やドラゴンの火炎がちらつき、漆黒の闇に束の間の光を灯している。
矛先は唯一の生き残りである、敵竜騎兵へと向けられていた。エストバキアの奇襲部隊は事実上壊滅し、残りはその一騎のみである。
しかしアルトアイゼン第一竜騎兵団は、その一騎を未だ仕留められずにいた。それは決して、彼等に技量がないからではない。むしろ彼等は第一陣を任されている、精鋭中の精鋭なのだ。
仕留められない原因は、敗走しているエストバキアの竜騎兵にあった。
多勢に無勢という劣勢下に置かれて尚、その竜騎兵は匠に攻撃を躱し続け、魔族の竜騎兵達を手玉に取っていたのだ。
その動きに諦めや失意は感じられない。
むしろ竜騎兵が描く軌跡は、執念にも似たアグレッシブさを感じるほど鮮麗されていた。なにせただ逃げるだけではなく、隙を見て反撃しているのだ。
現に数で優勢を誇っているはずのアルトアイゼン竜騎兵団は、たった一騎相手に翻弄され、手を焼かされている――それがなによりもの証だった。
その光景を目の当たりにし、グレイフィアは確信する。
あの竜騎兵は只者ではない。並みの竜騎兵が赤子同然に思えるほどの、類稀な技量を持つ猛者。それも今まで出逢った中で、かなりの手練に入る騎士だ。
「間違いない、奴が奇襲部隊の指揮官ね」
敗走する騎士の指揮官を目で追いながら、グレイフィアはある事に気付く。
その軌道は不規則で、一見逃げることに専念しているように見えるのだが、注意深く観測すると、微かな法則性が見て取れたのだ。
あきらかに、第一陣をどこかに誘おうとしている。
「いけない! このままじゃ!!」
グレイフィアは第一陣にそれを報せるため、危険な賭けに打って出る。
「ちょっと力づくだけど、文句言わないでよね!!」
彼女は第一陣に手をかざすと、詠唱を開始した。手のひらに円形の魔法陣が展開され、周囲の魔力が中心部に収束していく――砲撃魔法だ。
「災いの根源を、我が命によって滅殺する!!
ドンナ―シュトラール。それはあらゆる魔法の中でも、屈指の射程を誇る遠距離砲撃魔法だ。
光の矛先が第一陣へと向かっていく。
ドンナ―シュトラールの猛光が、敵の竜騎兵と第一陣の間を割くように炸裂した。
第一陣は後方からの予期せぬ攻撃に、追撃を諦め、態勢を立て直そうとする。彼等も驚いたはずだ。なにせ攻撃してきたのが、味方がいるべき方角からであり、それを行使したのがグレイフィアだったのだ。
まだ諦めきれない竜騎兵三騎が、第一陣から離れて追撃を再開してしまう。だが大部分は状況把握のため高度を上げ、上空待機に移行する。
そんな彼等に追いつくため、グレイフィアはさらに速度と高度を上げた。
第一陣を指揮している副官が、高度を下げ、グレイフィアの元へ飛翔してくる。
そして出迎え早々、グレイフィアに激昂した。
無理もない。目の前で親友であるゴボラを墜とされた挙句、その弔い合戦の最中に水をさされたのだ。
「正気か貴様! 手柄欲しさに砲撃魔法を撃ちおって! 危うく巻き添えになるところだったぞ! 我々が追撃していたのが見えなかったか!」
「見えてなかったのはあなたよ! あんたの追ってるアイツは、第一陣を罠に掛けようとしていたのよ! あのまま追撃を行なっていたら、第一陣は全滅していたわ!!」
「罠だと? デタラメを言いおって! 奴は偵察部隊の生き残り、そんな用意周到な事をできるはずがない! そもそもヤツを逃せば、我々の奇襲攻撃は失敗に終わる! 本作戦はエストバキアに悟られてはならんのだ!! 絶対に!!」
「頭冷やしなさい! こんな月明かりすらない夜に、偵察部隊を飛ばすと思う? 最初からこの奇襲作戦は、エストバキアに漏洩していたのよ! だから先手を討たれ、ゴボラは墜とされた!!」
「バカな?! この短時間にどうやって、奴らは我々の作戦を知り得たというのだ!」
「んなもんこっちが知りたいわよ!!」
――その時だった。ほんの一瞬であったが、深淵の森に朱色の灯りが煌めいたのだ。
空を飛ぶグレイフィア達からすれば、その炎の灯りは指先ほどの小さなものだった。だが竜騎士として訓練を積んでいる彼等は、それを見逃さなかった。
「――ッ!! 今のは?!」
そして不自然な光が灯った近辺から、『我、敵ト邂逅セリ! 厳重警戒セヨ!』を意味する、信号弾が撃ち出される。
それはクロエ率いる偵察部隊から、魔族の竜騎士に宛てて撃ち出された信号弾だった。
第一陣を指揮する副官が「高度を上げろ! 下から攻撃が来るぞ!」と檄を飛ばす。
その指示が第一陣の命運を分けた。
――直後。深淵の森から魔光弾が放たれる。
一発や二発ではない。百を越える魔光弾が第一陣を襲ったのだ。
簡易魔法。
魔法を使えない者でも、魔力を内封した紋符を手の甲に張り、一発だけ魔光弾を放つことを可能にする、使い捨ての攻撃魔法だった。
高度を下げ、追撃を行なっていた魔族の竜騎士達が、その攻撃の餌食となる。次々に魔光弾が着弾し、炎に呑まれながら森の中へ消えていった。辛うじて生き残った一騎も、森から現れた傭兵の竜騎兵によって、討ち取られてしまう。
だが第一陣の本隊は、その攻撃から逃れることができた。地上から高度をとっていたため、魔光弾の奇襲を受けることなく、視認で回避することができたのだ。
これもダークエルフ偵察部隊からの警告と、副官の咄嗟の判断。――そしてなにより、追撃中断のきっかけとなった、グレイフィアのドンナ―シュトラールが、彼等の命を救ったのだ。
だが、これはほんの始まりにすぎなかった。
深淵の森の中から、400あまりの竜騎兵が現れたのだ。彼等は今日この日のために、スペッサルト卿が雇った傭兵達だった。
彼等は空路ではなく陸路で森の中を進軍し、二日間もの間、人知れず身を潜めていたのだ。広大な深淵の森とはいえ、実質この森の支配権を握るダークエルフの目を欺き、駐留し続けたのは称賛に値するだろう。
しかし彼等には、絶対に気付かれない秘策があった。
なぜなら魔族の内通者から、ダークエルフの巡回ルートを知らされていたからだ。巡回ルートに重ならないよう時間帯ごとに場所を移動することで、ダークエルフの警戒網から逃れていたのである。
だが皮肉にも、その巡回ルートと無関係な輩がいた。
無法者の筆頭株であり、この森を根城としているツノツキである。彼等に運悪く気付かれてしまったのだ。
欲に目が眩んだツノツキ達が、傭兵の駆るドラゴンを奪おうと襲いかかる。しかしドラゴンの炎による反撃を受け、ツノツキは全滅。だがその痕跡を、巡回ルートとは関係のない、迂回路を使用していたクロエに気づかれてしまったのだ。
それを知らないスペッサルト卿。彼はなぜ作戦が見破られたのか分からず、現状に怒りをぶつけた。
「なぜだ! なぜ我々の策が気付かれたのだ!!」
辛くも難を逃れたグレイフィアと副官が、高度をとるための時間稼ぎに
砲撃魔法の知識に乏しい傭兵たちは、その射線から散開することなく、まっすぐ直進してくる。
射線上にいた十騎の竜騎兵が、ブリッツェンナーデルの餌食となる。ドラゴンや傭兵が槍衾となり、深淵の森に誘われるように落伍していった。
無事本隊と合流した副官が、第一陣に指示を下す。
「奇襲作戦は中止! 繰り返す! 奇襲作戦は中止だ! ここは一旦引くぞ! 我に続け!!」
だがそれをさせまいと、傭兵部隊が数で第一陣を抑えようとする。
もちろん第一陣も黙ってそれを許すはずがない。
第一陣は退路を斬り開くため、傭兵達にはできない砲撃魔法で応戦した。
今の傭兵達には、飛び道具と呼べるものはファイヤブレスしかない。エストバキアから支給された紋符は一枚しかなく、あれはあくまで、奇襲専用にしつらえたものである。
エストバキアの目論見では、この時点で過半数の竜騎士が墜とされていなければならなかった。そのため紋符も、予め必要な数しか配給されておらず、数で押せばなんら問題はないはずだった。
そして唯一の飛び道具であるファイヤブレスは、空戦における中・近距離空戦で使用される戦法だ。砲撃魔法のように長距離射程の前では、まったく歯が立たない。
第一陣を抑えようとする傭兵の竜騎兵が、次から次に叩き落とされていく。ファイヤブレスの有効射程に入る前に、砲撃魔法という長槍によって射抜かれ、屠られていったのだ。
第一陣はこのまま、包囲網から離脱できるかに見えた。
――しかし。この場にいる竜騎士は、粗悪な者たちだけではなかった。
魔族の竜騎士と対等――いや、それ以上の能力を持つ者達が存在していた。
超空の神兵に活躍の場を奪われ、没落貴族に堕ちて尚、魔族を討つことに執念を燃やす竜騎士達。
騎士としての誇りを泥に晒し、汚い仕事に手を染めてまで生きてきたのだ。そして今、かつて手にできなかった名誉が眼下を飛翔している。
スペッサルト卿率いる大戦の騎士達が、名声の奪還――そして没落した御家再興のため、第一陣に牙を剥く。
「我が名は栄えあるスペッサルト家当主、ゼハルダ・スペッサルトである! 我こそ、魔族の竜騎士を討ち取る本物の騎士である!! さぁ! 我に畏れぬ愚か者は掛かって来るがいい! 無謀と勇気の違いを、その身に教えてやろうぞ!!」
スペッサルトは、自らの名を名乗り宣誓を告げる。そして第一陣の真上から、強襲を敢行した。
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