最終章 もう一度、前田の季節を

第1話 連絡

 手術終わったよ。


 メッセージがLINEに送られてきたのは、1月6日の正午を過ぎた頃だった。


 地獄のような郵便局のバイトを終えて、ベッドでぐったりとしていた僕。

 けれども、その報告に、すぐにベッドから跳び起きた。


 続いて送ったメッセージは。


「僕のこと、覚えてる?」


 だ。


 少しくらいの間があって、それから既読が付いた。

 しかし、なかなか返事が返って来ない。


 どうしたのだろう。やはり、混乱しているのだろうか。

 なんてことを考えていると――。


「塚地くん?」


 と、微妙に分かりにくいボケをかましてきた。


 ドランクドラゴンじゃないよ。

 そして、そのツッコミは、アンジャッシュの児嶋だよ。


 すぐに、僕は「鈴木だよ!!」と、分かり切っているツッコミを返した。


「知ってる」


 と、淡泊な返事と共に、笑うウサギのアイコンが送られて来た時には、前田のその悪意あるやり取りに、ちょっとばかり怒りを感じずにはいられなかった。


 まぁ、それはそれ。


 無事に手術が終わってなによりである。


 すぐに、僕は彼女に、どこの病院に入院しているのかを尋ねた。


 彼女の記憶が失われなかったのなら。

 彼女が無事に、手術を終えたのなら。

 それを教えて貰う――そういう約束だったのだ。


 今度はすんなりと、メッセージが帰って来た。


「京都大学医学部付属病院。南病棟4F」


 まぁ、それはそうだろう。

 それなりの病院で手術を受けるのだろう、と、僕も考えてはいた。

 京都大学系か、それとも赤十字系か。そのどちらかには違いない。


 なにせ、前田の家は五条通りより上の、高級分譲マンション。

 娘の治療に、中途半端な施設を選ぶとは、ちょっと考えにくかった。

 そりゃ府内でも最高の病院を、入院先に選ぶだろう。


 そんな妙な納得をしているうちに、続けてメッセージがやって来る。


「今日と明日は、お父さんとお母さんが、付きっ切りだからまずいかも」


 さいですか。


 娘の手術が無事に終わったのだ。

 しかも、術後の経過も良好となれば、そりゃ喜んで暫くつきっきりだろう。


 加えて、6日・7日・8日は休みだ。


 前田の両親が共働きかどうかは知らないけれど。

 休日ならば、付きっ切りで手術を終えた娘の傍にいてやりたい。

 そう思うのが親心というものだろう。


 しかたない。


 しかし、僕だって一刻も早く彼女と会いたいのだ。

 言っちゃなんだが、クリスマス以来会えていないんだぞ。


 僕は今、重度の前田欠乏症にかかっていると言って差し支えないだろう。


 いつならいけそう、と、僕は彼女にラインでメッセージを送る。

 すぐに返って来たのは――始業式があり短縮授業の一月九日であった。


 じゃぁ、その日に行くから、と、僕は前田に返信した。


 それしか持っていないのだろうか。

 先日と同じ、サムズアップするキャラのLINEスタンプが、送信されてくる。

 それを確認すると、ふぅ、と、ため息を吐き出して、僕は布団の中に沈み込むようにして突っ伏したのだった。


「なんか、いろいろと疲れちゃったな」


 さんざん大騒ぎして、結局、なんともなかった

 そりゃとんだ拍子抜けってもんだ。


 しっかりと僕のことも覚えてくれている。

 ラインだってボケを交えて返してくれる。


 クリスマスの夜、あれだけ怯えていたのは、いったいなんだったのだろう。

 僕も、そして彼女も。


 というか、そもそも人間は忘れる生き物だ。

 それを怖がるのが、どうかしていたのかもしれない。


「なんか、あれだな。まるで悲劇の主人公みたいなことしてるんだもの。今更だけれど、滑稽極まりない話だよな」


 ないない。

 自分の人生にいったいなにを求めているんだか。


 そんなドラマティックな恋愛がしたいの。

 ははっ。こりゃまたあれだね、前田との笑い話の種が一つ増えたね。


 布団の上にうつぶせになって寝転がる。

 もみ殻の入った枕を引き寄せると、僕はそれを顔に当てた。そして――。


「……うーっ!!」


 と、思いっきり叫んでみるのだった。


 ほんと。

 恥ずかしいったらありゃしない。


◇ ◇ ◇ ◇


 彼女の見舞いに向かう前日のことだ。

 僕は、桂川イオンモールに寄ることにした。


 年賀状配達のバイトによって僕の財布はかつてないほど潤っていた。

 なので、見舞いの品として何か持って行こう――そんなことを考えた訳だ。


 色々と見て回ってはみたが。


「結局、花に落ち着いちゃうんだよな」


 僕は、クリスマスに前田にプレゼントした花屋に寄った。

 そしてまた、同じ値段を提示して花束を見繕ってもらった。


 ちょうど、僕の対応してくれたのは、前に花を見繕ってくれた店員さんだ。

 三が日は過ぎたけれど、早々に働いている辺りベテランさんとかなのかな。

 なんにしても、クリスマスに花をプレゼントしたことを覚えていてくれたらしい。


「月に一度、花束を贈るなんて、情熱的ですね」


 なんて、見るからに年下の僕におべっかを彼女は言う。


 情熱的なのかどうかは分からない。

 けど、前田が喜んでくれるのを、期待している僕が居るのは間違いない。


 かれこれ、クリスマスから二週間が経過している。

 前にプレゼントした花は、きっと枯れてしまっていることだろう。


 そういえば、元旦に送ってくれた写真の中にも、それはなかったように思う。


「女性は花が好きですから。きっと喜んでくれると思いますよ?」


「そうだと良いんですけれどね」


 とりあえず、渡した時は喜んでくれたっけか。

 またあのこっぱずかしい、クリスマスの夜のことを思い起こして、げんなりとした気分になってしまった。


 いかんいかん。

 前田が無事に回復してくれたっていうのに、何を考えているんだ僕は。


 まるで記憶喪失にでもなってくれた方が、ロマンチックでよかった――。

 とでも言いたいみたいじゃないか。


 そんなの要らないよ。

 ドラマじゃないんだ。


 彼女が元気に笑って、また僕と一緒に笑い合える日が訪れてくれるなら。


 それ以上に望むものなんて、いったい何があるっていうんだろう。


 充分だよ。

 それだけ僕は幸せだ。

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