第4話 三白眼ですか? いいえ違います
僕の顔が好みだって。
馬鹿を言ってくれるな。
今さっき、ついぞさっき、浅田の奴に「その顔で」なんて弄られたばかりだぞ。
その辺りの話を彼女は聞いていなかったのだろうか。
いや待て、もしかすると、何か特殊な性癖が――。
「……えっと、その、黒縁の眼鏡。とても似合ってると、思う、よ?」
顔自体ではなく、顔の付属パーツを褒める奴があるだろうか。
駄目だ。
駄目だだめだ。
駄目だだめだダメだダメダ。
絶対に何か裏がある奴だこれ。
例えば、やっぱり彼女はこのクラスの中で既に友人を持っているのだ。
そしてその友人たちと共に、僕をからかおうとしている。
あるいは、彼女の家は何か危ないマルチ商法や宗教をやっているのだ。
つられてほいほい彼女の家へとやって来た僕に、高額な石なり壺なり、教祖様の素晴らしい言葉が収められた本なりを売りつける。
きっとそういう魂胆に違いない。
いけない、ころりと騙されてしまうところだった。
しっかりしろ鈴木悠一。
お前のことを好きな女子など、この世に一人だって存在しない。
それを、お前はこれまでの十五年間で、トラウマになるほど思い知っただろう。
主に十歳から十五歳の五年間で思い知っただろう。
そう、僕は一生彼女を作れない。
生涯童貞を貫き通す宿命を背負いし者。
女の子に近づくことを赦されぬ。
忌まわしき「ムッツリ鈴木」という罪の名を背負いし者。
「騙されないぞ!!」
「ひゃぁっ!!」
僕は強引に、僕の手を握りしめている前田を振り払う。
そして、振り払ったその左手で、彼女を指さして高らかに宣言した。
「前田恵理!! お前がどういう魂胆で僕に声をかけたのかは知らない――だが!! 断じてお前の彼氏になぞなるものか!! その手には乗らない!!」
「……ごめん、ちょっと、なんて言えばいいのかわからなくて、嘘を吐きました」
謝って来た。
しょんぼりと、俯いて、前田は僕に謝って来た。
うむ。
なんだろう。
とりあえず、マルチや怪しい宗教という線は、ないと考えていいのかな。
えっと、と、呟いて前田は口元に手を当てる。
視線は相変わらず逸れていて、先ほどよりちょっと下へと向かっていた。
床を眺めたまま、彼女はしばらく何も言わずに静止する。
人を好きになる理由って、そんな考えないと出てこないものなのだろうか。
少なくとも、僕は今でも、かつて僕をフった女の子たちに、惚れた理由をすぐにでもこの場で答えることができる。
そんな自分と比較して考えてみれば、前田の言動に不安な感情を抱いてしまうのは仕方ないことのように思う。
だが同時に。
前田が真剣な顔をしてそれを考えているということに、また僕は何か期待めいたものを感じていた。
とにかく、彼女が誠実なことは間違いない。
嘘を嘘だと自分から白状したことからも、それは疑う余地なく事実だろう。
なにか事情があるのかもしれない。
「ごめんね、それについて正直に言っても、たぶん鈴木くんは納得しないと思う」
「どういう意味?」
「言葉の通り。たぶん、絶対に私の言う理由を、君が分かることはないと思う」
そんなに特殊な性癖を、この前田恵理は抱えているのか。
それならそれで、僕はそんな特殊なお眼鏡にかなってしまった、特殊な男なのか。
変わっているところなんて、特にないように思うが――。
いや、待て。
三白眼か。
もしかして、彼女、三白眼フェチなのか。
確かに僕は、他人より瞳孔が小さく白目が多い。
いわゆる三白眼という瞳をしている。
それ故に女子から、「鈴木ってなんか顔が怖いよね、主に目が」と、陰口を叩かれていたりしたことも知っている。
漫画などでは、美味しいキャラクターの要素として描かれる三白眼。
二次元の世界に限って言えばフェチの人も多い。
もしかして彼女はそのフェチなんじゃないだろうか。
三白眼の僕を見て、思わずときめいてしまったのではないか。
ぱちりと、頭の中でピースがハマった、そんな感覚がした。
「分かった、前田!! そういうことだな!!」
「ひぇっ!? ど、どうしたのいきなり、大声で!!」
「三白眼フェチなんだな!! そういうことなんだろう!! 恥ずかしがることはない、人間誰だって、そういう譲れない性癖みたいなものがあるもんだ!!」
気にするなよ。
そういう理由で人を好きになる。
僕はそういうのも別に構わないように思う。
いやむしろ、この怖いと言って忌み嫌われてきた僕の眼に、ときめいてくれたのなら、その方がうれしい――。
「……いや、なに? 三白眼って?」
「……違うんですかぁ」
どうやら僕の勘違いだったようです。
だったらいったい、僕の何に惚れたって言うのさ。
分からない。
やっぱり女子の考えていることって、僕には分からないよ。
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