第3話 レッツ・クリスマス

 見繕ってもらった花束は、結構な大きさのモノになった。

 なんていうか、、と、躊躇うサイズだった。


 鞄の中に隠すこともできず。

 どこかに保管する場所もない。


 しかたなく、家に持って帰れば、さもありなん。

 いったいどうしたんだと、食事中の両親たちに驚かれた。


 そこで僕は初めて、「実は僕、付き合っている彼女がいるんだよね」と、両親&たまたま居合わせていた弟に向かって告白してみた。


 うどんの汁が空を飛び。

 麺がテーブルの上を踊り。

 悲鳴が我が家に木霊した。


 どうしてそんな大事なことを、もっと早く相談しないんだ、と、三人が怒る。

 いや、言っても仕方のないことでしょう、と、切り返すと、彼らは押し黙った。

 押し黙ったが――。


「それでも、もうちょっと早くそういうのは家族に相談してよ」


 と、なんだか引き気味に、母さんが僕に言った。


 相談したところで、何がどうなる訳でもないというのにだ。


 それで、前田が喜んでくれるのだろうか。

 うちの家族が喜んでくれるのだろうか。


 というか、こんな感じに驚くくらいだしね。

 言わない方がよかったんじゃないかと、ちょっと後悔してるくらいだしね。


「もしかして、明日、家に来るとか――そういうんじゃないわよね?」


「あ、大丈夫。明日は新京極でデートの予定だから」


「「「クリスマスデート!!」」」


 三人が驚愕の顔をして、その場に尻もちをついた。

 クリスマスの前日だというのに、うどん汁でびったびったな我が家のダイニング。


 そこに尻を浸して、あばばあばばと驚く三人。

 とりあえず、そんな彼らを放っておくことにして僕は自分の部屋に戻る。

 そして花束を自分の机の上にそっと置いた。


「ほんと、喜んでくれるといいんだけどね」


◇ ◇ ◇ ◇


 翌12月24日。

 恋人たちのクリスマスイブの日である。


 前田へのプレゼントをどうにかするため。

 そしてデートに遅れないため。


 この日、僕は集合予定時刻の一時間前に阪急河原町駅へと降り立った。


 時刻は十一時。

 ようやく、寺町商店街の電気店が暖簾を上げる時間帯だ。


 ちょっと余裕があるし、見て回ろうかな、とか、思ったがやめておいた。

 僕はそういうのを見だすと時間を忘れてしまう性質タチなのだ。


 デートの終わりには、たぶんだけれど地下道を通ることにになるだろう。

 その時に、プレゼントを渡すとしよう。


 僕はコインロッカーに花束をしまった。


 預けるのに300円かかったのは財布に痛い。

 けど、それで前田の喜ぶ顔が見れるなら、安いものだろう。


 うん。しっかりと前田に毒されて来ているな。

 月並みな表現だけれども骨抜き。

 メロメロって奴だ。


 思えば、前田の一声により、強引に始まった僕たちの関係。


 けれども、今になって改めて考えてみると思う。

 なんとも充実した高校生活だったんじゃないか――と。


「前田が勉強教えてくれたおかげで、成績もよくなって来たし」


 きっと、友達作って遊んでいたら、成績はボロボロ。

 最悪留年みたいな話もあったかもしれない。


 とまぁ、それはともかくとして。


 前田と過ごしたこの十二月までの日々は、刺激的で、生命的で。

 なんというか、青春という言葉がぴったりとあてはまる――。


 そんな尊い季節だったように思う。


 そして今日もまた、僕の心が躍る一日が廻って来る。


「すっかりと、前田に踊らされた季節だったなぁ」


 彼女はどうなんだろう。


 僕と過ごしたこの日々を。

 一緒に居たこの季節を。

 どんな風に思っているのだろう。感じているのだろう。


 時間は八時まで、たっぷりとあるのだ。

 場面も、からふね屋から、ラウンドワン、バーガーキングといっぱいある。


 今日のデートのタイミングで、それを彼女に聞いてみるのもいいかもしれない。

 そんなことを思いながら、寺町通りを僕は北へ北へと昇って行った。


 かに道楽の突き当り。

 そこで右折すると、河原町通りまで移動する。


 さらに右折して、しばらく下っていくと、からふね屋は現れた。


 はじめて入る店だが、まぁ、京都じゃちょっと有名なお店だ。

 十二時も前だというのに、同じようなことを考えるカップルが多いのだろう。

 店の前には行列ができていた。


 まぁ、彼らもこの後の予定があるに違いない。

 回転はそう悪くないはずだろう。


 もしかすると、この状況に、既に列に前田が並んでいるかもしれないな。

 そんなことを思って、僕は前田の姿を列の中に探した。

 けれど、結局、それは見つからなかった。


「どうしたもんかな。先に、並んでおいた方がいいだろうか」


 スマートフォンで時刻を確認する。

 デート開始時刻の十五分前を、液晶画面は示していた。


 と、同時に、LINEにメッセージが入ったと通知が出る。

 送信元は――前田だ。


「……どうしたんだろう」


 まさか、あの、時間に煩い前田が遅刻するとか。

 いやいやあり得んだろう。


 そんなことがあったら、クリスマスから盆と正月まで一緒に来ちゃうよ。


 僕は携帯の通知をタップしてLINEを起動してみた。

 きっと、「いま、どこ?」とか、そういう他愛もない話だろう。

 そう思っていた。

 そう信じていた。


 しかし驚いたことに。


「え?」


 開いたLINEの画面には、「ごめんなさい、三十分遅れます」とだけ、実に簡素なメッセージが書かれていたのだった。


 ……どういうことだろう。


「……もしかして何かあったんだろうか?」


 寝坊、とかかな。


 あのしっかりしている前田でも、そういうのあるんだな。

 けれどもどうして、この妙にそっけない文面が――僕の心をざわつかせた。


 何もなければいいんだけれど。

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