第三章 夏ですが前田の季節です

第1話 イチャコラがしたいです……

 GWでの出来事を経て、僕と前田の仲は縮まった――。

 のか、どうだか。


 相変わらず、恋人という実感が湧いてこない。

 よく分からないそんな関係を僕たちは続けていた。


 まぁ、アニメという共通の趣味を見つけたことにより、少しくらい話題の幅は広がった。だが、それでも、その共通項も広い意味を持っている。


「だからぁ!! なんでおそ松さんの第一期第一話を見てないの!!」


「見たくても見れなかったんだよ!!」


「あれ見てないなんて、アニメ見る人として失格じゃない!!」


「まさか、あんな面白い作品になるとは思ってなくて――というか、ぶっちゃけ腐女子向け作品だと思ってました!!」


「……その気持ちは分かる。ぶっちゃけ、私も初見は神谷目的でした」


 とまぁ、こんな感じである。


 アニメ・漫画といっても、幅広い作品がありジャンルがあり声優がいるのだ。

 共通項としてそれがあったところで、それが完全に重なる訳ではない。


 むしろ、相容れない部分も多い。


 例えば、僕は結構ギャグ系だったり、セクシー系のアニメをよく見る。

 対して、前田はいわゆる腐向けだったり、声優が豪華なアニメが好みだ。


 そしてそういうスタンスの違いが、お互いの地雷を踏むことになりえる。


 今のやり取りもまさしく、そんな危うさを孕んだものだった。

 もし、僕が「おそ松さん」を見ていなくって、「あんなの腐女子向けのサービス作品だろ」なんて、迂闊な発言をしていたらどうなっていただろう。


 きっと、前田と僕は壮絶な舌戦を、再び繰り広げていたに違いない。

 第一次「タイバニ戦争」、第二次「コードギアス戦争」はもうこりごりである。


 うん。

 前田の言う通り、タイバニは普通に面白かった。

 全然、腐向けとかそういうんじゃなかった。


 はよ続編出ないかと、オラ、わくわくしてっぞ。


 だがしかし「コードギアス」は見てない。

 何故なら、ただいま絶賛テスト期間中で、僕達は自主勉強に忙しいからだ。


 桂川イオンモール。

 大垣書店のカフェエリア。そこの少し広め――四人掛け――のテーブルを陣取って、僕と前田は期末考査の勉強に勤しんでいた。


 僕達と同じように、勉強している桂高校の生徒の姿もちらほら見受けられる。

 ここは何気に静かで、そして集中できる。

 桂の穴場な勉強スポットなのだ。


 もちろん、そんな学生たちに陣取られたら、店側としてはたまったものではない。

 なので「長時間にわたる自習のご利用はご遠慮ください」と張り紙がされている。


 が、誰も守っちゃいないのが実態である。

 大丈夫、大丈夫、分かりゃしないから。


 それに一時間も勉強する集中力が持ったら、凄い方だから。


「だぁ、もう無理。これ以上単語が頭に入って来ない」


「単語帳一つくらいで何を音を上げてるよの」


「無理です先生。私立高校に通っておられた貴方様とは、脳の造りが違うんです」


「関係ないわよそんなの。気合の問題」


 気合の問題だって。


 馬鹿を言うなよ。


 1、2、3、ダーと叫べば、覚えた単語が全て飛んでいきそうだよ。


 ほんと、人間って不公平だよね。


 できる奴は難なくなんでもできる。

 けれども、できない奴はとことんなにもできない。


 中間考査の結果で、前田から地頭の差というものを決定的に見せつけられた僕。

 そしてそこに加えて赤点連発というひどい恥を晒した僕。


 今回の期末考査では、なんとか赤点を回避しなくてはいけない。


 そのため、僕は前田に頼み込んで勉強を教えて貰っていた。


 しかし――。

 やはり人間には向き不向きというものがある。


 めくれどめくれど一向に。

 単語帳の内容は僕の頭の中に入ってきてくれなかった。


「先生。ご褒美が、何かご褒美が欲しいです」


「ご褒美?」


「何かこう、期末考査に向けて、気合の入るようなそんなご褒美はないでしょうか」


 公共の場だというのに、僕はテーブルに突っ伏してそんなことを口走った。


 もちろん、本気ではない。

 ちょっとしたジョークのつもりだ。


 安西先生――という感じのあれである。


 けど、実際のところ、頑張るため動機づけが欲しいというのは、本当だった。


 いい点数を取るためだけに勉強する。

 そんな人生って、なんだか寂しく感じないか。


 それが学生の本分だ、なんて言われちゃったら元も子もない。

 けれどもやっぱり、取り組むだけの意義が欲しい。


「うーん、そうねぇ」


 と、僕の冗談に乗っかって来る前田。

 そういうところも好き。なんだかんだで、彼女ノリがいいんだよね。ノリが。


 視線を上に向けて、ぶら下がっている照明器具を眺める前田。

 三ヶ月ほど付き合ってみて知ったが、どうやらそれが彼女の発想法らしかった。


 できる女の子は仕草まで違うね、やっぱり。


「映画とかどうかしら?」


「映画かぁ。なんかいいのやってる?」


「Free!とか、実写版銀魂とか」


「どちらも僕は興味ない奴ですね」


 げしり、と、前田が僕の前脛を蹴った。


 今、なんて言った。


 そんな暗黒のオーラを纏った前田がこちらを睨んでいる。

 あ、これはいけませんわ。第三次が始まってしまいますわ。


 慌てて、僕は話題を逸らすことにした。


「ちがくて!! もっとこう、僕ら恋人同士なんだから!! なんかあるだろ!!」


「なんかって?」


「こう、ご褒美にキスとか、そのソフトリーにタッチとか……そんなん!!」


「ナイデス」


 暗黒のオーラに、弥勒菩薩のようなアルカイックスマイルが加わった。


 やったね。

 僕、社会の成績だけはいいんだよ。


 余計に地雷を踏んだ気がする。

 あぁもう、どうしようこれ。


 と、そんなことを危惧した僕だったが――。


「うぅん。確かに、なんかご褒美があっても、いいのかもしれないわね」


「え、マジで?」


「……まぁ、思い出は大切でしょ? 恋人同士で、ずっと喫茶店で勉強してました、なんて青春。灰色すぎて嫌にならない?」


 確かに。

 それはとても嫌な青春のように思います先生。


 どうやら前田も、勉強でフラストレーションがたまっているようだ。


 これはワンチャンあるかもしれないな。


「こう、海とか、プールとか、花火とか、キャンプとか!! 何かこう、目的があると頑張れると思うんです!! 先生!!」


「先生って」


「前田先生!! イチャコラが、したいです……」


「安西先生みたいに言うな!!」


 前田は持っていた教科書を丸めると、べしりと、僕の頭を叩いた。

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