第4話 彼女が僕を好きな理由

 青色のワンピースを着て、ピンクのクッションに尻を預けた前田。

 彼女はがっしりと、そのワンピースの裾を手で持ち上げて、こちらからその中身が見えないようにガードしていた。


 やれやれ。

 彼氏のことを信じられないのだろうか。


 彼女の下半身に視線が行くような、そんな奴だと思われているなんて心外だ。


 僕はこれでも、自分のことを紳士だと思っている。

 いや自負している。


 絶対にそんなことしない。

 彼女のパンツを見ようとなんてしない。


 絶対にだ。


「……視線」


「へ?」


「さっきから、下半身にすごい視線を感じるんですが」


 まぁ、こうして見ちゃってる時点で、何の説得力もないよね。


 桃色に染まった前田の顔を見て、僕は己の行いを恥じた。


 うむ、無暗に女性の下半身なんて視線を向けるものではないぞ、鈴木悠一。

 それは紳士にあるまじき行為だ。


「やっぱり、ムッツリ鈴木だね」


「……ご、誤解なんだ」


「どうだか」


「じゃぁ、開き直ってパンツ見せて、って言ったら見せてくれるのかよ!?」


「なんでそうなるかなぁ!! 馬鹿、ほんとバカ!! 鈴木くんてバカ!!」


 逆切れ気味に言ってみる。

 だってそうだろう。

 男の子なんだから、彼女のそういうの、気になるじゃん。


 スク水姿だって見たい。

 メイド服姿だって見たい。

 パンツだって拝みたい。


 フルートの件さえなければ、プールにだって行きたかったさ。


 レアイベントじゃないか。

 スクール水着だぞ。スク水。


 惜しいことをしたよ、まったく。


「……けど、そんなバカなところ、ちょっと好きかも」


「え?」


 つっ、と、ちょっとだけ、前田がその膝を抱えている手を緩めた。

 ゆっくりとワンピースの裾が開けて来て、彼女の太ももが顕になる。


 そしてその青いカーテンに包まれた彼女の秘密の花園が――。


 という所で、またきゅっと、彼女が膝を抱えた。

 青いカーテンがさっと閉じられてしまう。


 べぇ、と、悪戯っぽく舌を出す前田。

 完全にからかわれていた。


「こうしてがあるからね」


「……ま、前田ァっ!!」


「やだ、ちょっと、怒らないでよ」


 立ち上がって怒ってみようかなとちょっとだけ思った。

 けれど、僕の下半身はたったそれだけのことでギンギンだった。


 年頃の彼女に、それを見せるのはどうなんだろうかと、流石に思い留まる。

 そこはそれ、紳士として最低限の守るべきラインだろう。


 というか、私服だと見た目完全に中学生な前田さんだ。

 そんな彼女にそういうのを見せつけるなんて。


 完全に絵面が犯罪臭しかしないぞ。


 うん、自重しよう、僕。

 そして無理だな、そういう今どきのヤングアダルトな恋愛って。


 僕らにはちょっとハードルが高いのだ。

 なんてたって、まだ、高校一年生なんだぜ。


 はぁ、と、ため息を吐いた僕。


 すると、何かが不満だったのだろう。

 げしり、と、前田はガラスの座卓越しに、僕の脚を蹴って来たのだった。


「……意気地なし」


「何の話?」


「なんでも!! もうっ、ほんと、鈴木くんって、馬鹿だよね!!」


「馬鹿なのは認めよう。けれど、連呼するのはやめて。傷つくから」


「馬鹿の癖に繊細とか、最高にめんどくさいよね」


 じゃぁ、なんでそんなめんどくさい男を、わざわざ彼氏に選んだのか。

 いい加減、そろそろ、を教えてくれてもいいだろう。


 ふと、そんな気持ちが頭を過って、僕は前田を真剣に見つめていた。

 下半身のたかぶりは、ようやく落ち着いてきた。


 改めて、僕はピンク色ののクッションの上で、脚を組みなおす。


「前田、さ」


「うん」


「俺たち、付き合って、そろそろ半年だよね」


「……そうだね。言われてみれば、それくらいになるかね」


「そろそろさ、教えてくれてもいいんじゃない?」


「何を?」


 本気で分からない、という顔をして、きょとんと前田は目を丸くした。


 彼女にとっては、僕を好きになった理由など、どうでもいいことなのか。

 フルートを聞かせてくれるという約束は忘れなかったのに。

 いつか、きっと教えるからという、その約束は忘れてしまったのか。


 聞くなら今しかないんじゃないか。


 そんな気がした。


 前田が勇気を出して、僕に告白したように。

 僕も勇気を出して、それを彼女に聞かなくてはいけない。


 そうしないと、たぶんいつまでたっても、僕達はこんな感じだ。


 真っすぐに彼女を見て、真剣マジモードになる。

 前田も、抱えていた膝を折ると正座をした。


 ちょこなんと膝の上に彼女の白くて小さい手が置かれる。


 なんだか、お見合いのワンシーンみたいな、そんな感じだ。

 もう僕達は付き合っちゃってるし、ここは前田の部屋だけれど。


 まぁいい、些細なシチュエーションのおかしさはこの際目を瞑ろう。


「ずっとずっと気になってたんだ」


「なに?」


「前田が、どうして僕を彼氏に選んだのか、その理由」


 前田の顔から少しの余裕もなくなってしまったのが分かった。

 同時に、それについて、話すのを避けたいという感情が伝わって来た。


 それを言えば、何かがきっと壊れてしまう。


 彼女はそう感じているのかもしれない。


「大丈夫」


 僕は、そんな前田の不安を、少しでも紛らわしてあげたくて、声を上げた。

 もう本当に、条件反射のようにその台詞を出していた。


「どんな理由だったとしても、僕は君の彼氏を辞めるつもりはないから」


 それが果たして、前田の気持ちを和らげることになるのか分からない。

 けれどもはっきりと、僕は今の正直な気持ちを彼女に伝えた。


 もう僕は、ずっと、君にぞっこんLOVEなのである。

 今更、理由がどんなにしょうもなくったって、僕は君を嫌いになんてなるもんか。


 なれるもんかって話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る