第五章 クリスマスより前田の季節です
第1話 サンタクロースがやってくる
クリスマスなんて、僕には必要ないものだと思っていた。
恋人たちが愛をささやき合い、夜の街がいつもと違う意味を持つその日。
けれどもそれは、恋人の居る人間たちにのみに訪れる日だ。
小中学校で女の子にフられまくった僕である。
そんな調子で、きっと大人になっても、一緒に過ごす相手を見つけられない。
クリスマスの夜が僕にとって特別な意味を持つことはない。
そんな風に思っていた。
「クリスマスイブが日曜日っていうのがショックだよね」
「……そうかな?」
「そうでしょ? クリスマスが月曜日なのって結構大きいことだと思うよ」
「意識したこともないから、分かんないや」
「一日ずれてたらなぁ。お泊りとかしやすいんだけれど」
「まず、どこに泊まるっていうのさ」
「……私の家は前に来たから、鈴木くんの家かな?」
すみません、勘弁してください。
前にも説明した通り、僕は弟と一緒に部屋を使っている身なのです。
そんな部屋に泊まりに来られても困ります。
そして、泊ったとしていったい何をするというのでしょう。
弟はまだ十歳です。
父さんと母さんも、薄い壁を隔てて隣の部屋で眠っておられます。
刺激の強いものをするのは、ちょっと――どうかと思うそんな場所です。
「いやいや、何、本気にしてるの鈴木くん」
「……だよね。冗談だよね。分かってたよ、分かっていて引っかかったよ」
「またスケベなことを考えていたのね。流石、ムッツリ鈴木」
「君が話を振ったんだろ!! なんか最近調子に乗ってない、前田!?」
別に平常運転ですけれど。
ニヤニヤと意地悪に笑って、ちっとも反省してない感じで前田は言う。
そうして彼女は、繋げた机の上で、クリスマス仕様のお弁当を箸で突いた。
レモンの匂いが香り立つ手羽元。
それをつまんで口に放り込むと、うぅん、美味しいと一言。
そのリアクションだけで、ご飯が食べれそうな、見事な表情だった。
しかし、彼女のお母さんもなんというか、マメな人である。
別にクリスマス当日という訳でもないのに、こんなお弁当を用意するんだから。
そして、こちらはといえば、いつもの冷凍食品弁当。
母さん。
少しでいいから、息子に真心を込めて弁当を作ってくれよ。
卵焼き一つあるだけでちょっと違うのに。
全部冷凍食品って、それはどうなの。
いや、作って貰えるだけ贅沢というモノか。
我慢して、僕は冷凍ハンバーグに箸を入れると、半分に割って口へと運んだ。
「それでも、やっぱりするんでしょう?」
「……なにが?」
「なにがって、デートよ、デート」
待って。
そんな話、一度も出なかった気がします。
おかしいな、僕の気のせいでしょうか。
いや気のせいじゃないよね。
どこから出て来た、デート。
「クリスマスなんだから。恋人同士で、どっか遊びに出かけるのは普通でしょ」
「あ、クリスマスから出たのか。気づかなかった」
「うん、普通気づくよね。そういうとこが、鈴木くんのダメな所だと、私、思うわ」
ダメなのですか。
そうなのですか。
クリスマスだからデートする。
そういう発想が自然にできる男でなければ、やはりいけないのでしょうか。
男って難しい。
「といっても、きっと有名どころは滅茶苦茶混むんだろうな」
「ねぇ。だから、何もしないのが一番なんじゃない? 嫌でもクリスマスの本日には補習で学校に来て顔を合わせる訳だし」
「やだ!! クリスマスに、なんのイベントもないなんて!! ありえない!!」
「……ですか」
じゃぁ、どうすればいいのか。
またいつぞやのように、ネットカフェで12時間耐久アニメレースだろうか。
それとも、カラオケでこれまた12時間耐久熱唱レースだろうか。
どっちがいいかと前田に聞いてみる。
すると、どっちも特別料金が取られるから却下、と、手厳しい答えが返って来た。
彼女の家はお金持ちのはずなのに。
結構そういうケチな所あるよね、前田って。
一応、自分から提案してみたデート案である。
却下されれば、当然ながら悲しくなる。
しょんぼりと肩を落とした僕。
すると、あぁいや、ごめんと前田が慌ててフォローしてくれた。
「じゃぁなに? 水族館とか行きたいわけ?」
「それもちょっとねぇ。魚より、カップル見るのってどう思う?」
「……すごく、気持ちがもやもやとしそうです」
「それなのよ」
「動物園とかだったら、あれじゃないかな。寒いから、きっと、皆、来ないんじゃ」
「恋の熱に浮かれているカップルを舐めてはいけない!! 奴らはたとえ雨が降ろうが、雷が落ちよようが、デートスポットに現れるぞ!!」
「……まぁ、僕らもその集団の中に含まれているはずなんだけれどね」
うーん、それがどうしてこうも消極的というか、なんというか。
妙に落ち着いてしまっているのだろう。
前田の言うとおりということか。
こういう優柔不断なところがやっぱり、男として、僕はダメなのだろうか。
もっとガッツリと、「ここへ行くぞ前田ァ!!」と、デートスポットについて、びしっと決めれるくらいのたくましさが必要とされている。
そういうことなのだろうか。
と、言われてもなぁ。
そもそもデートからして、言うほど多く前田と行ってないし。
そして、クリスマスデートなんて、そもそもした事がないんだ。
どないせえっちゅうねん。
そんな感じである。
「……映画!!」
「その発想はありきたりだね!! クリスマスに合わせてどれだけのラブロマンス映画が作られてると思ってるのさ!!」
「……デパ地下デート!!」
「却下!! 恋人以外にも、お子様や奥様方、はたまた、熟年夫婦の皆さんが、どれだけひしめいているのかと!! あんな所に入ったら、二度と出て来れないよ!!」
「……ぶらり、JR大回り140円の旅!!」
「桂川から大阪、大阪から奈良、奈良から京都で――なな、なんと、140円で乗れちゃう!! 鉄道オタクにはたまらない、クリスマスデート!! しかし、私は別に鉄道オタクではない!!」
だよね。
僕も鉄道オタクじゃないから、そのデートは正直な所、却下かな。
しかし、なんといいますか。
「本当にやるの、クリスマスデート?」
「やるの!! これはもう決定事項です!!」
前田さん、ノリノリですな。
GWもそうだったけれど、女子ってなんで、こういうイベントごと好きなのかね。
僕が無頓着過ぎるだけなのかしら。
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