第6話 僕は君の彼氏だろう

 前田。


 どうして、君は泣いているんだ。


 何がそんなに君を悲しませているんだ。


 その悲しみは、彼氏である僕には取り除けないものなのか。


 こんなにも楽しいクリスマスデートだったじゃないか。

 その最後に。


 最後の最期に。


 どうしてそんな堪えられないという感じに、君は涙を流し始めたんだ。


 彼女の気持ちが分からなくって、僕は言葉を失くした。


 そしてすぐに彼女は、「」と、僕に言った。


 なんでもない訳、ないだだろう。

 そんな風に泣いておいて。


 いくら僕がバカだからって、気づかない訳がないじゃないか。


 君のその悲しさに。

 辛さに。

 感情の波に。


「前田!!」


 僕は人が居ないのをいいことに、思いっきり叫んでいた。


「……なに?」


「隠し事するなよ!! 辛いことがあるなら言えよ!! 僕たち、恋人だろう!?」


「……そうだね」


「僕は確かに、帰宅部員で、腕っぷしもそんなに強くない!! ガタイばっかりでかいだけの男だ!! けど、ちょっとくらいの悩み事なら、きっと解決できる!!」


 というか、解決してみせる。

 前田の悲しみを、僕は取り除いてやりたい。


 本気で、心の底から、僕はそう思ったのだ。


 けれど……。


「無理だよ」


 前田はそう言って俯くと、淡い木目をしたテーブルに視線を落とした。

 濡れた彼女の瞳から零れ落ちた一滴が、そこに水たまりを作る。


 紙コップに結露した水。

 それに混じって、小さな川がカウンターに出来上がっている。


 まるで、彼女の代わりに、今でも泣いているような。

 そんな光景だった。


「どうして、そんなこと、言うんだよ」


「どうして?」


「やってみなくちゃ分からないだろう?」


「やってみなくても分かるよ」


「なんで?」


「だって、鈴木くんは、じゃないでしょう?」


 先生ってなんだ。

 そんな断片的な言葉では、ちっとも僕には内容が伝わってこない。


 彼女の抱えている問題はそんな特殊な知識が必要なものなのか。

 僕如き、ただの高校生が、解決できる話ではないのか。


 なんなんだよ。

 いつもいつだってそうだ。


「はっきり教えてくれよ!! 前田!! お前のことを!!」


「……鈴木くん」


「俺、お前の彼氏だよな!! こんなどうしようもない、女々しい俺のことを、お前は好きなんだよな!! そう確かに言ったよな!!」


 だったら、ちゃんと彼氏らしく頼ってくれ。


 入学式、僕に告白してくれたことも。

 GW、僕だけに転校してきた理由を教えてくれたことも。

 夏休み、一緒に勉強したことも。

 君の部屋で、フルートを聞いたことも。


 忘れられないキスをしたことも。


 全部全部、前田――君にとってはどうでもいいことだったのかよ。


「教えてれよ!! 前田!! なんでお前、そんなに悲しそうなんだよ!! 今日は、楽しいクリスマスじゃなかったのかよ――なのに!!」


「おまたせしましたー、ワッパージュニアとダブルワッパーチーズのKINGBOXになりま……」


 店員が、空気を読まずに入って来た。


 出ていけ邪魔だ。

 そんな視線を、僕は彼に対して咄嗟に放っていた。


 店員の反応によっては、僕は理不尽に彼に殴りかかっていたかもしれない。

 それくらいに、僕の中で我慢ならない刺々しい感情が渦巻いていた。


 怒りという単純なモノじゃない。

 悲しみなんいうありきたりなものでもない。

 絶望とは真逆の暴力的な衝動。


 なにもかも滅茶苦茶にしてしまいたい、そんなどうしようもない暴力性。


 それに飲み込まれるのを止めたのは――。

 再び僕に正気を与えてくれたのは――。


「やめてよ!! 鈴木くん!!」


 やっぱり、前田だった。

 彼女はいつだったか、僕が浅田を殴りそうになった時と同じように、僕の身体を抱きとめてくれた。僕を強い怒りの渦の中から引き揚げてくれたのだった。


 そして。


「全部。全部話すから。私のこと、鈴木くんに話すから」


 そう言ってまた、涙を流し始めたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 とても、そのままバーガーキングに居続けることは、困難なように思えた。


 せっかく注文したハンバーガーをキャンセルして、平身低頭して店を出る。

 再び交差点を越えると、オレンジの看板が眩しいファーストキッチンに改めて僕と前田は入った。


 二人掛けの席を確保する。


 それから、カウンターに出向いて僕はコーラを。

 前田はアイスティーを頼んで、改めて席についた。


 バーガーキングの時と同じだ。

 飲み物を置いてみたけれど、二人とも口につけることはしない。


 重苦しい空気を察してくれたのだろうか。

 いい時間帯だというのに、僕達の周りには人の姿がなかった。


「いつかはね、言わなくちゃ、いけないことだと思ってたの」


 前田はそう言って、僕の顔を真っすぐに見た。

 いつもの、強い意志に裏付けされたものとは違う。

 張りぼての今にも壊れてしまいそうな。そんな儚い勇気に支えらえた、寂しい瞳を彼女はしていた。


 それでも。

 彼女は勇気を出して、僕に真実を告げてくれた。


「私ね、頭に病気を抱えてるんだ」


「……病気?」


「うん」


「なんの?」


「脳腫瘍。脳の中にね、イボみたいなものがあるんだ」

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