第四章 文化祭ですが前田の季節です
第1話 文化祭実行委員
高校一年目の夏休みはとても短かった。
桂高校の二学期が、8月の最終週から始まるというのもある。
けれども最も大きな原因として挙げられるのは――。
僕が厄介な役目を受け持ったということにあった。
「どうして、文化祭実行委員なんて引き受けてしまったんだろう」
「仕方ないじゃない。じゃんけんで負けちゃったんだから」
桂高校の文化祭は九月の第二週にある。
その実行委員は、期末考査の終了後に速やかに各クラスから選出された。
そして、クラスの出し物を成功させるための人身御供にされるのだ。
そう、彼らは夏休みの大半を潰して、その準備に従事することになる。
そういう伝統なのだ。しきたりなのだ。
まず、部活をしている連中が、部活動が忙しいという理由で候補を抜けた。
次に委員会活動をしている連中が、こちらも忙しいという理由で抜けた。
最後に残ったのは、僕のような、何もやっていない帰宅部員たち。
帰宅部員だってな帰宅するのに忙しいんだぞ。
いつだって、最速で家に帰って、ゲームをしたり、漫画を読んだり。
することはたくさんあるんだ。
それを「帰宅部なんだから暇なんだろう」「こんな時くらい働けよ」なんて。
横暴もいいところじゃないだろうか。
「来年は、なんかの委員会に入って、絶対に回避してやる」
「そっちはそっちで大変なんじゃないの? 展示って、クラスだけじゃなくて、部活や委員会でもやるんでしょう?」
「……文化祭なんて、この世から無くなればいいんだ!!」
「出た、鈴木くんの極端な思考」
そう言いながら、とんてんかんと、前田が金槌を鳴らす。
鮮やかな水色のジャージに身を包んだ僕の彼女。
一緒に実行委員を引き受けてくれた前田は、出し物の看板を作ってくれていた。
僕も彼女に負けてはいられない。
当日の飾りつけに使う道具をしつらえ始めた。
といっても、同じ看板なんだけれどもね。
内装の道具や衣装なんかは、ほとんどドンキで手に入る。
そもそも手間をかけて作るよりも、そういうのを使った方が見栄えがいい。
そこらへんは、予算の範囲で都合をつければよかった。
ただまぁ、看板だけは、流石に買うと高くつく。
それで、ホームセンターでベニヤ板を買ってきて自作しているのだ。
こんな看板、作ったところでいったい何人が来てくれるのか。
「モンスター喫茶か。普通に、メイド喫茶とかの方が、良いんじゃないのかな」
「鈴木くん、風営法って知ってるかな?」
「だよね。まずいよね、風営法的に」
本物の女子高生が、メイド服を着て接客をするメイド喫茶なんて。
どう考えてもアウトな商売である。
問答無用で摘発されてしまう。
文化祭でなければ。
もちろん、候補として上がらない訳ではなかった。
だが、速攻でクラス女子の猛反対。
そして担任のやんわりとした否定によって、メイド喫茶は候補から除外された。
それも永久に。
きっとこの先、二年生になっても、三年生になってもこうだ。
メイド喫茶が桂高校で開かれることはないだろう。
それってなんだか、とっても悲しいことね。
「……前田のメイド服姿。一目でいいから見たかった」
「……うわぁ」
「ドン引きされてもいい。本当に、見たかったんだぁ」
「私の彼氏ながら最高に気持ち悪いなぁ、鈴木くんって」
「ちびっこメイドさんが、舌っ足らずで言うんだぁ」
「なんか危ないこと言い出したぞ?」
「いらっしゃいましぇ、ごしゅじんしゃまぁって」
「げんじつにおかえりくださいごしゅじんさま」
彼女のメイド服姿が見たくない男の子なんていません。
僕は割と本気で、メイド喫茶が開かれないことを悲しんでいた。
メイド姿の前田を合法的に見ることができないことに絶望していた。
くそぉっ、なんてこの世界は残酷なんだろう。
何度だって言ってやる。
「メイド喫茶のできない文化祭なんて、無くなればいいんだ!!」
「力いっぱいだねぇ。うん、真面目に仕事しようよ。もう時間ないんだし」
そうだったそうだった、と、僕はまた止まっていた手を動かす。
なんだかんだといいつつ。
ここまで僕と前田は一生懸命、文化祭の準備をしてきた。
手伝ってくれるクラスメイトも少なからずいる。
張り切って特殊メイクをしてくれるという美術部メンバーの女子。
筋肉おばけなら任せろと言ってくれたボディービル同好会の男子。
そして、普通に黒魔術的なことならアドバイスするよと、黒ずくめの格好でやって来た魔法研究会――学校非公認の同好会――の皆さん。
彼らの期待に応えるためにも、この出し物を中途半端に投げ出すことはできない。
「やるぞ、前田!! 絶対にモンスター喫茶を僕たちの手で成功させるんだ!!」
「お、やる気モード入りましたか。それでこそだよ、鈴木くん!!」
前田に言われて僕は再び金槌を振るった。
この看板を完成させる。
おどろおどろしい絵を描く。
やらなければいけないことは、それだけだ。
あとはドンキで買ってきたパーティマスクやマントで、フランケンシュタインや、吸血姫とか、狼男とか、そういうのを揃えればいい。
カーテンで室内を暗くして、天井から紙で作った蝙蝠を吊るせば――完璧だ。
付け入る隙の無いモンスター喫茶だ。
モンスターペアレントも、モンスタースチューデントも、モンスターティーチャーも、全部返り討ちにしてくれるくらいに、少しの隙だってないモンスター喫茶だ。
「あとは料理だけだねぇ。パンケーキだと、あんまりありがたみないけど」
「ブラッディソースがけのパンケーキだぞ!! 売れない訳がない!!」
「……ただのイチゴジャムだよね。しかも、着色料多めの」
「やる前からあきらめるなよ!! 前田、やってから、後悔すればいいだろう!!」
「……鈴木くんって、余裕なくなるとそんな風に自分を見失うとこあるよね」
なんだかちょっと遠い目をして前田が言う。
そんな馬鹿な。
僕はいつだって、自分のことを客観的に、そして、冷静に見ているのだ。
こんな落ち着いたジェントルメェン。
高校生にしちゃそういないってもんだぜ。
「うぉぉおおおっ!! 前田、前田ぁっ!! 前田メイド!! メイド前田ぁ!!」
「ちょっと、なんか誤解が生まれそうなこと叫ぶのやめてくれる!?」
ここ連日で溜まった、文化祭準備疲れを補うためため。
僕は脳内にメイド前田を思い描いて、モチベーションを高めるのだった。
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