前田の季節

kattern

第一章 入学式ですが前田の季節です

第1話 もう恋なんてしない、って言ったんだ

「鈴木悠一!! 桂徳中学校出身!! 中学校ではテニス部所属でした!! 趣味はゲーム!! 高校での目標は――もうです!!」


 どうしてそんなことを口走ってしまったのか。


 自分の衝動的な性格にはうんざりする。

 けれども、こうやって予防線を引いておけば、もう嫌な思いをすることはない。


 京都府立桂高校。


 阪急京都線は桂駅と洛西口駅のちょうど真ん中にある学校。


 その入学式。

 配属された新しいクラスでの自己紹介の席で、僕はこれからの三年間を傷つかずに過ごすための、心の壁を展開した。


 これできっと女子は僕に不用意に近づいてくることはないだろう。


 男子はどうだろうか。

 変な奴と近づいて来なくなるかもしれない。

 いや、意外と、面白い奴だと話しかけてくるかもしれない。


 なんて思っていると、さっそく隣の席に座っている――既に自己紹介を終えた男子――浅田が僕にひそひそと話しかけて来た。


「なぁ、どういう意味だ?」


「何が?」


って話」


「そのまんまの意味だよ。僕はもう、この高校三年間を、色恋なんかとは無縁に過ごすつもりだ。そういう意思表明さ」


「その顔で?」


 顔は関係ないだろう。

 初対面の人間に失礼なことをいう奴だな。

 不思議そうな瞳をこちらに向け顔をしかめる浅田を、僕は素直にそう思った。


 それに、僕はといったんだ。


 受動ではない。

 能動に、僕はそれをしないと言っている。


 だというのに、顔という要素は関係ないだろう。

 きっとこの浅田は、頭もそれほどよくないに違いない。


 いや、しかし、一方で真理でもある。


 この顔がもう少しイケていたら……。

 僕はここまで傷つく小中学生時代を過ごさずに済んだのかもしれない。


「まぁいいけど、なんかあったの?」


「聞いてくれるか、浅田よ」


 浅田は既に僕の中で失礼な同級生のカテゴリに分類されていた。

 だが、そんな相手でも、なんだか話さずには居られない気分だった。


 たぶん、入学初日の高揚感と、さきほどの所信表明で、心がふらついていたんだと思う。話すことで、何か、ふわふわとした心地の自分を落ち着かせたかったのだ。


 僕は僕の恋愛歴について――多くの惨敗の記録について彼に語った。


 小学校四年生の頃だ。

 図書委員として一緒に一年間活動して来た、同じクラスの小鳥遊咲ちゃん。

 彼女に、「君のことが好きだ」と、面と向かって告白した。


 小顔に縁なし眼鏡をかけた、ショートポニーの大人しい女の子だった。

 どこか大人っぽい感じのするキルト地の服を好んで着ていたのをよく覚えている。


 彼女は言葉を濁したあと、小声で「悠一くんと私の関係って、そういうのじゃないと思うの」と、僕に告げた。


 つまるところ、あっさりと僕はフられてしまったのだ。


 別にそれがトラウマになっている訳じゃない。


 問題はその後だ。


 次の日、学校に来てみると、僕は女子から囲まれて総攻撃を受けた。


 図書委員の仕事で顔を会わせなければいけない。

 そんな立場を利用して、に「」と、事実無根、そして、まったく心当たりのない糾弾を受けたのだ。


 人の噂も七十五日。

 そうはいうけれど、「ムッツリ鈴木」の悪名は、どうしてかそれから一年近く僕に付きまとうことになった。


 ようやく五年生になりそんな騒動も忘れ去られてきた頃のことだ。

 今度は、同じクラブ活動――プログラミング同好会――で仲良くなった、田島秋葉ちゃんに僕は恋をした。


 ようやく薄まって来た「ムッツリ鈴木」の悪名。

 それに気を許した僕は、ある時、また不用意に彼女に告白してしまったのだ――。


 そして悪夢は繰り返される。


「そんなこんなということが続いて、僕はムッツリ鈴木という悪名を、小学校から中学校までずっと引きずって来たんだ」


「惚れっぽ過ぎるだろう、いくらなんでも」


「一番ひどいフられ方をしたのは、中学二年生の時に惚れた相川奈々子ちゃんだな。彼女とは部活が同じだったんだけれど――告白したら、大学生の彼氏がいるからと」


「やめてくれ!! そんな話聞きたくない!!」


 浅田が音を上げた。

 その時。こら、と、僕らのクラスの担任も声を上げた。


「他の生徒が自己紹介中なんだからちゃんと聞け」



 黒髪に白髪が薄っすらと混じった壮年の教師。

 彼は僕と浅田を睨んで強い口調で言った。


 まったくもって返す言葉がなかった。


 頭の悪そうな――ついでに素行もおそらくよくなさそうな浅田。

 入学初日から先生に目をつけられるのは勘弁だ、という感じに、彼はさっさと顔を僕から背けた。


 僕も、既に変な奴の烙印を自らに押したばかりであった。

 これ以上変なカルマを背負って、高校生活をスタートするには不安がある。

 すぐにすみませんでしたと謝ると、視線を黒板に向けた。


 まだまだ心は不安定だ。

 だが、確かにこれ以上くっちゃべって、周りに迷惑をかけることはできない。


 僕と浅田が話し込んでいるうちに、自己紹介の順番は僕の右前の席に座っている女子生徒へと移動していた。


 背の小さい女の子だ。

 黒髪ショートの姫カット。


 病的にまで白い肌には年頃にもかかわらずニキビもそばかすもない。

 そして、十五歳にして美女という顔をしている。


 残念なのは、その身長とバストサイズくらいだろう。


 きっと僕なんかと違って、これからの高校生活でモテることになるんだろうな。

 なんというかそんな気がした。


「前田恵理。私立、立命館中学校から来ました。趣味は読書で、ここの卒業生の綾辻行人先生の作品が好きです。それと、高校三年間での目標は――」


 そう言って。

 それから、彼女はなぜか――僕の方を振り返った。


 ちび――小柄な癖に力強い、生命力に溢れた瞳が僕を見ている。


 思わず、ムッツリ鈴木の惚れやすい心臓が、とくりと高鳴った。


 やめろよ。

 僕は、そんな視線を向けられただけで、簡単に惚れちまう男なんだぜ。


 そんな僕を真っすぐに見つめる前田恵里。

 そのまま、彼女は僕に向かって――


「素敵な彼氏を作ることです!!」


 ざわり。

 教室中が妙などよめきに包まれる。


 どくり、と、また、僕の心臓が不器用なビートを刻んだ。


「鈴木くん!! 付き合いましょう!!」

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