第2話 優先順位:ゲーム>前田

 入学初日は入学式とホームルームだけで授業は終わりだ。

 自己紹介を終えると、さっそく僕たちは学校から追い出されることになった。


 別にだからといって不満はない。

 僕はすぐに荷物を学校指定のカバンの中に詰め込んだ。

 そして何事もなかったように、さっさと帰ろうとしたのだ。


 けれど――。


「待ってよ鈴木くん!!」


 その矢先に、僕は彼女に捕まえられた。


 ホームルームでの自己紹介。

 クラスメイトたち全員の前で――ムッツリ鈴木であるこの僕に告白してきた少女。


 その小柄な体のいったいどこから、そんな勇気と図太さを出してくるのか。


 前田恵理。


 右前の席に座っている彼女。

 さっさとこの教室を後にしようと立ち上がった僕の気配に気が付いたらしい。

 彼女は、自分の帰り支度もそこそこに、あわてて僕に声をかけて来た。


 黒髪ぱっつんの前髪。

 その下から、じろりとこちらを睨みつけてくる前田。

 市松人形をそのまま大きくして制服を着せたような女の子だ。


 僕とは頭二つ分くらい身長が違う。


 けれどもどうしてだろう。

 下からにらみつけられるその表情が――少し僕には怖く感じられた。


「大事な話があるの。待っててくれない?」


「待てない。今日は家に帰って、ゲームをする予定があるんだ」


 Fallout4。

 一昨年に発売されたアメリカの超大作オープンワールドRPGである。


 受験勉強で忙殺された中学二年生から三年生。

 まったくゲームのできなかった僕は、ようやくこれに最近手を出せたのだ。


 CEROレートがZ(18歳以上)であるため、手に入れるのにすごく勇気が要った。だが、意外と中古屋の店員さんは、その辺り無頓着なものである。


 まぁ、裸の女の子が描かれている訳でもない。

 一目には分からないから仕方ないか――。


「鈴木くん」


「ようやくファーザーと主人公の関係が分かって、面白くなってきた所なんだ。このまま一気にクライマックスで突っ走って」


「鈴木くん!!」


「えっ、あっ、はい」


「人が話をしてるのに、そういう態度ってどうなの?」


「……あぁ、ごめん」


 ついつい僕の悪い癖が出た。


 自分の世界に入り込んで人の話を聞かなくなってしまう。

 それは、僕が幼いころから抱えている悪癖である。


 自分のお願いが、ゲーム以下の扱いを受けたことが腹立たしかったのだろうか。

 それとも、僕が彼女の話をまともに聞かなかったことが嫌だったのだろうか。


 前田恵理はその十五歳にしては整った顔をぷっくりと膨らませた。

 そして、僕を更にきつい目つきで睨みつけてきた。


 二百パーセント、彼女の話を聞いていなかった僕が悪い。

 それは間違いない。


 けれども、こんな真っすぐに、怒りの視線を女子からぶつけられるのは、生まれてこの方はじめてだ。どうにも困惑してしまう。


「ごめん、ちゃんと聞いてなかったのは謝るよ。けど、用事があるから」


「ゲームより、私との話の方が優先順位が低いってこと?」


「そういうことになるね」


「どうして?」


 どうしてって言われても。


 強いて言うなら、のことを、まともな奴だとは思えないからだ。


 クラスメイトは、僕のも、前田のも、一種のパンチが聞いたジョークだと考えているようだった。


 先生にしたってそうみたいだ。

 不順異性交遊がどうこうと、本来ならば止めなくてはならない立場。

 にも関わらず、多くのクラスメイトと一緒に笑っているばかり――というありさまであった。


 しかし、彼女と真っすぐ顔を合わせていた僕だからわかる。


 いや、惚れっぽい僕だから、もしかすると勘違いかもしれない。


 けれども――僕はそう感じたのだ。


 この娘、割と本気で、付き合おうと僕に言っている。

 その意図がどうにも分からない。


 そして、怖い。


 さんざ女の子に告白してきた男がだ、いざ、告白されると怖いと感じる。

 こんな滑稽な話があるだろうか。


 とにかく、僕はこの前田恵理という同級生に深く関わりたいと思えなかった。


「あれでしょ? 友達との罰ゲームか何かで、言わされたとかでしょ?」


 さりげなく打ってみたジョブ。


 どうして僕なんかに付き合おうなんて言ったの。

 そんな言葉をストレートに言い出せないのが歯がゆい。


 前田恵理はそんな僕の言葉のジョブに、軽やかに首を横に振って応えたみせた。


「立命館中学から転校してきたのは私だけよ。友達なんて、一日でできると思う?」


「……じゃぁ、その中学校の友達と、何かゲームをしているとか?」


「そんなんじゃないから」


 きっぱりと、そう言い切って前田は更に僕との距離を詰めた。


 もう半分以上の生徒が帰ってしまった教室の中。

 ホームルームの話題をかっさらった、と、を、注意して見る者たちはいない。


 そんな状況をいいことに。

 前田恵理は、何故か、懇願するような感じに僕の手を握ってきた。


 柔らかい女の子の手。

 なんだかそれを握るのは、久しぶりの気がした。


 そうだ、小学校六年生で、お別れ会の準備を一緒にした御堂筋唯ちゃん。

 彼女の手を握って以来だろうか。


 その唯ちゃんにも、こっぴどくフられてしまったけれど。


「また、変な顔してる」


「……ごめん、こういう性格なんだよ」


「目の前に女の子がいるのに、どうして、そんなことできるの?」


「……どうしてだろう」


 あるいはこんな僕だから、これまで告白してきた女の子たちは、僕をフっていったのかもしれない。

 これについては、一度熟考してみる価値があるかもしれない。


 そんなことを思った時だ。


「……ぷっ」


 前田恵理が、それまでの怖い顔を一気に崩した。

 そしてそのままくすくすと、上品に口元を指先で隠しながら、まばゆい笑顔をこちらに向けてきた。


 なぜだろう。

 僕は笑われているはずだった。


 なのに、彼女のそんな表情が、どうにも何故だか眩しくって。

 少しも抗議する気になれなかった。


「変なの、鈴木くんって、本当に変」


「そうかなぁ?」


「変だよ。だって、のに、なんで女の子の話を聞けないの?」


 ……あんだって?


 なんで僕が惚れっぽいことを、彼女は知っているんだ?

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