第5話 Another

 狭くて、暗くて、密着した状態で、男女が二人。

 いい歳した高校生が、そんな状況で何をするのでしょうか。


 答え。


「今日はね!! バンダイチャンネルでめっちゃアニメ見るよ!!」


「……アニメ」


「鈴木くん、貴方はアニメを見る人かね!?」


「あー、どうだろう。比較的見るほうと言われれば、見るほうかもしれない」


「ほうほう。ちなみにどんなの見てるの?」


 どんなのって。


 ダイミダラーとか、競女とか、ハイスクールD&Dとか、そういうのですかね。


 ダメだ、全部前田には言えない感じの奴だ。

 幻滅されてしまう。


 もっと、もっと当たり障りのない、そんなアニメを――。


「の、のんのんびより、とかかな」


「あー、それなー。うちもみてたのー」


「え? なに? なんでいきなり『れんちょん』になるの?」


 ちょっと意外な共通点に、僕もちょっとだけテンション上がりましたよ。


 あれ面白かったよね、と、屈託なく笑う前田。

 その姿に思わず僕は天使か、と、心の中で呟いてしまった。


 大事なことなので、もう一回呟いておこう。

 天使か。


「なんだ、前田もアニメとか見る人だったのか」


「というか、お父さんとお母さんが見る流れでかな。あと、漫画も読むし、ライトノベルもそこそこ読んでるよ」


「一カ月、付き合っているけれど、初めて知る事実に愕然とする僕」


「……なんだその独白。いるのそれ?」


「いや、いやいや、なんというか、これでちょっと距離が縮まった気がしましたよ」


「その割には、物理的にめちゃくちゃ離れている気がするけれど」


 前田の身体に触れないように。

 そして、変な気が起きない様に。


 ついでにメンズスメルが匂わないよう――念のため、股間に制汗剤は噴射しておいたが、念には念を入れて――に、僕は前田と離れて座っていた。


「遠慮しないで、近くに寄りなよ」


「いえ、結構。男と女の距離はこれくらいが適切だと僕は思うのです」


 くす、と、また、前田が指先で口元を隠して笑う。


 何が面白かったのか分からない。

 けれど、とりあえず、僕がそれ以上、彼女に近づく必要はなくなった。


「ちなみに、マガジンは何を読むつもりだったの? 徒然チルドレン?」


「はい、その通りでございます」


「私もあれ好きだよ」


「僕も大好き。WEB連載だった頃から好き」


「山根くんとかいいよね」


「分かる。本山くんも最高。けど至高は剛田くんだと思うの」


「そうか、鈴木くんの理想は剛田くんなのか」


 だってそうだろう。

 あんな男前に、俺だってなれるものならなってみたいさ。


 香取先輩もいいけどね。


 いやぁ、来季のアニメが楽しみだね、なんて話で不意に盛り上がる。

 もしかすると、それは今まで恋人同士として付き合ってきた中で、一番盛り上がった会話だったかもしれない。


 お互いの趣味を曝け出した後。

 ようやく、じゃぁ、何を見るか、という話になった。


「鈴木くんは何かオススメの作品とかある?」


「うーん、特にこれといってはないかな。けど、これから十二時間、ずっと耐久アニメレースする訳でしょ」


「する訳ですね」


「流石に4クールものとかは無理だよね。よくて2クール。1クールが限界かな」


「うーん、じゃあさ、じゃあさ。私のお勧めの作品があるんだけど」


 初めて、前田が自分のことを積極的に語って来たような気がした。


 そしてどうしてだろう。

 その彼女がおすすめという作品を、僕は見てみたいと、素直に思った。


 彼女が何を考えているのか。

 一カ月、一緒の時間を過ごしていても、まだ少し僕には分からなかった。


 前田は確かに楽しい人で、話していて飽きない娘だ。


 それはよくよく分かる。

 というか感じる。


 けれど――なんて言ったらいいんだろう。


 そういう社交的な部分とは違う、もっと内側の部分。

 彼女の内面を垣間見ることが、結局、今の今まで一度もできなかった。


 それは彼女が、自分のことについて、あまり語らないからかもしれない。

 あるいは僕が彼氏として、彼女のことに無頓着すぎるのかもしれない。


 もしかするとその両方ということもあり得る。


 だから、彼女がオススメというのなら――。


「いいよ。それ、見ようよ」


 僕はそれを見てみたいと思った。

 それで少しでも、彼女との心の距離を近づけたい。


 そう素直に思った。


 にん、と、前田が待ってましたとばかりの笑みを浮かべる。


 かちゃりかちゃりと、キーボードを叩いてPCで作品を検索。

 マウスクリックで早速それの第一話を表示すると、最大画面表示に切り替えた。


「――ところで、鈴木くんはさ。ホラーとか、スプラッターとか、得意?」


「うん? まぁ、アニメ程度ならなんとか。映画とかだとダメだけど」


 あれ、もしかして、怖い系のアニメなのかな。

 そんなことを思っている僕の前で、彼女は動画の再生ボタンをクリックした。


 すぐに画面に表示されたのはダムの映像。


 慌てて付けたヘッドホンから聞こえてくるのは少年と少女の会話。

 その会話と共に、どんどんと画面に表示されていく、意味深なカット。


 そして――主題歌が流れた時。


 僕は咄嗟にその作品名を口にしていた。


 知っている。

 再放送をBSで見たことがある。


 これは……。


「Anotherか」


 うん、と、隣で前田が頷く。


 どうして彼女は、僕の方にいつの間にか近づいてきていた。


「怖いからさ。近づいて、いいかな」


「怖いのにオススメなの?」


「……うん、オススメ。この作品がきっかけになって、綾辻行人先生の作品を読むようになったくらいに好き」


 綾辻行人。

 確かこの作品の原作者だよな。

 結構有名な推理小説作家だったように思う。


 あぁ、そういえば、彼女、入学式の時に言っていたっけ。

 僕はどちらかというと、キャラデザがいとうのいぢ先生だったから見た口だけど。


 そうか――。


「知ってる? 鈴木くん?」


「なに?」


「綾辻行人先生はね、桂高校のOBなんだよ」


「まじで?」


 私がね、桂高校に転校してきた理由。

 そう言って、まだ怖くないのだろうか、前田はししっと、歯を出して微笑んだ。

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