第2話 赤点先生

「じゃぁ、こうしましょう」


「ほんほん」


「各テスト80点以上取ったらご褒美をあげるわ」


「マジですか」


「苦手な科目ほど豪華なご褒美を設定してあげる」


「具体的には――ごくり」


「ごくりって自分で言うかね。そうね――まぁ、プールくらいが最大かな」


「よっしゃ、燃えて来たァ!!」


 僕はガッツポーズ――勢いよくその場に立ち上がった。


 急に立ち上がったものだから周りは僕を見る。


 前田も僕を見る。

 ちょっとドン引きしたような眼で見る。


 はしゃぎすぎたかもしれない。

 こほん、と、咳払いをして、こちらを睨む店員さんに頭を下げて座る。


 そして、僕は前田と、詳細なご褒美について詰めることにした。


「ちなみに、前回赤点だったのは?」


「数Ⅰ、生物、英語です!!」


「見事に理数系だめだめなのね鈴木くんって」


「自分でも驚くくらいにそういうのできなくて、びっくりだよ」


 本当にね。


 中学の頃はそこそこできてた気がするんだけれど。

 どうしてこうなっちゃったんだろうか。


 まぁ、人間、向き不向きがあるのは仕方ない。


「特に酷かったのは?」


「I am a English!!」


「……中学生からやり直したら?」


 流石にこれはふざけて言いました。

 こういうお茶目って、生きていく上で重要でしょう。そうでしょう。


 まぁ、それはともかく。

 英語は本当に点数が低かった。

 そりゃもう、ぶっちぎりに低かったものだから、「お前は本当にこの学校の入試を受けたのか」と、先生から言われたくらいである。


 本気で、勉強しなくちゃまずいなと思い、今も最優先で勉強しているくらいだ。

 これが最も大きいご褒美になるのは間違いないだろう。


「じゃぁ、英語で八十点以上取れたら、プールということで」


「ひゃっほう!! 最高だぜぇ!!」


「いちいち叫ばないでください、秋山殿」


「……はい」


「次に低かったのは」


「数Ⅰかなぁ」


「じゃぁ、数Ⅰで八十点以上取れたら、八坂神社で浴衣デートしてあげる」


「我が生涯に一片の悔いなし!!」


「天に帰らないで!!」


 その他。


 生物で保津川下りデート。

 コミュ(コミュニケーション英語)で鴨川カップル座り。

 数Aでカラオケデートという形に相成った。


 社会系の科目についてはそこそこできているのでご褒美はなし。


 なんとも破格なご褒美である。

 物理的に太くはないけど、精神的に太っ腹な前田に、僕は心の底から感謝した。


「どう、これでちょっとはやる気でた?」


「出た!! 僕、頑張る!!」


「……しかし、一年の一学期から赤点って、地味にすごい話よね」


 本当にね。


 うん。

 入学して早々彼女なんてできたから浮かれちゃったんだと思う。


 その当の彼女は、ちゃっかりと高得点叩きだしてたけど。

 学年で七位だったか、八位だったか。


 下から数えた方が早いくらいの成績の僕とはえらい違いだ。


 というか、割と放課後・休日なんかは、僕と一緒に遊んでた気がするんだけど。

 それなのにどうしてこんなに差がついてしまうのか。


 これが地頭の差という奴なのか。

 あるいは、立命館中学校では、既に一般高校レベルの勉強をしているとか。


 ――やだやだ、考えたくない話である。


「なんで顔振ってるの?」


「え? いや、その?」


 レモンシロップの入ったアイスティーをすすりながら前田が僕を見て言う。


 またやってしまった、僕の悪い癖だ。


 このあたり、彼女も最近よく分かってきてくれているらしい。

 最初の時のように「失礼だよ」、とか、「真面目に聞いてるの」とか、そういうことは言わなくなってきた。


 その代わりに。


「また変なこと考えていたんでしょう? なに考えてたの?」


「……あぁ、いや、その」


「へぇ、彼女に隠し事するんだぁ」


 うりうり、と、前田がブラウンのローファーで、僕のスニーカーのつま先を弄る。

 誰の目にも留まらない、机の下の悪戯だ。


 サディスティックに微笑んで、前田は僕に妄想それをゲロるように促した。


 そう、最近はもっぱら、彼女は妄想それについて聞いてくることようになった。

 彼女のことを聞いても何も答えてくれないのに、不公平な話である。


「えっと、その、地頭が違うな――って、そんなことを思ってました」


「なにそれ、つまんないの」


「だから僕も言いたくなかったんだけどね」


「もっと面白いこと考えてるかと思ったわ」


「面白くない彼氏ですまない。本当にすまない」


「いやいや、いつもが面白過ぎるくらいだから、別にいいわよそんなの」


 せめて会話くらいは面白くしてあげよう。

 しょぼんとした顔をしてあげると、けたけたと、満足そうに前田は笑った。


 彼女がご機嫌になってくれたみたいで、よかったよかった。


 さて。それはそれとして。


「先ほどの言葉に二言はないか前田よ」


「おう!! 女に二言はないよ!!」


「ならば僕は全力でテストに挑もう――そして拝まさせてもらおうじゃないか、前田の全力全開の水着姿という奴を!!」


「まぁ私、スクール水着しか持ってないんだけどね」


「……それはそれで!!」


 濃紺色の水着に身を包んだ前田。

 ちみっこい彼女の身体にスクール水着。


 それはそう、ちょっと変な性癖が目覚めてしまいそうですよ。

 いや、彼女は確かにちまっこいけど――高校生だからセーフのはずだ。


 安心しろ、僕はロリコンじゃない。


 前田がロリなだけだ。

 恋人が普通にロリだった、それだけの話じゃないかぁ。


「私のスク水姿で喜んじゃうなんて……」


「ぎくり」


「鈴木くんって、もしかしてロリコン?」


「……君がそれを言うかね」


 断じて違う。

 僕がロリコンなんじゃなくて、君がロリなだけなんだ。

 そう言ってやると、前田は腹を抱えて笑った。


「やっぱり、鈴木くんっておかしいね」

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