第二章 GWですが前田の季節です
第1話 友達より先に彼女ができることの苦悩について
充実した高校生活を送るうえで必要不可欠なもの。
それは友人だろうと僕は思う。
なんといっても、半日以上を過ごす学校生活だ。
それを誰とも関らずに一人で過ごすというのは地味に辛い。
いや、地味なんてものじゃない。
普通に辛い。
休み時間に、昼休み、そして放課後、更に休日。
学生というのは、意外と時間を持て余している。
更に言ったら、授業中も――先生によっては――持て余すことになる。
そしてその持て余した時間をどう使うか。
高尚な趣味など持ち合わせている人間などはいい。
その趣味に取り組んで、上手に時間を使うことができるのだろう。
だが、こちとら、特にこれといった趣味など持っていない。
ちょっとゲームに造詣が深い程度の、ごくごく普通の男子学生だ。
そんな普通の学生に、どうやってその持て余した時間を使えというのか。
普通に考えて、友達と雑談あるいは一緒にゲームをするなどして過ごす。
それが現実的に考えられる一番手っ取り早い時間の使い方だ。
そして充実した学園生活というものだ、と、僕は思う。
「……鈴木くん。来週、ゴールデンウィークだね」
「……そうだね」
「どう思う?」
「……どう思うとは?」
「五日も休みがあるんだよ?」
「五日しか休みがないのか」
「……鈴木くんのそういうネガティブ思考はいったいどこから来るわけ?」
しかし、恋人がいると話が変わってきてしまう。
往々にして恋人ができると、友人関係が雑な扱いになる。
これは、世の中で一般的に言われている経験則であり、そして真理だ。
実際、そのようにそっけなくなった友人を、僕は中学時代に見たことがあるのだ。
ただし。
そいつはその恋人と三カ月くらい付き合った後、あっけなく破局した。
そして何食わぬ顔をして、また僕たちグループに戻って来た――。
持つべきものはなんとやら。
やはり、帰属するべき仲良しグループがある安心感は、何物にも代えがたい。
しかしだ。
友達を作る前に、恋人ができてしまった。
こういう場合はいったいどうすればいいのか。
「……前田さぁ」
「うん?」
「ずっと、思ってたんだけどさ。お前、女子の友達作らなくていいの?」
「どうして?」
僕の質問の意図が100%理解できない。
そんな顔をして、前田は弁当箱の中からミニトマトを摘まんで口の中に入れた。
五月二日。
ゴールデンウィーク前の登校日。
その昼休み。
僕と前田は机を合わせて、いつものように恋人たちのランチタイムを行っていた。
きゅっと、彼女が目と口をすぼませる。
ミニトマトの酸っぱさに、おもわずそうしてしまったという感じだ。
色どりやら栄養やらが考えつくされた、前田の鮮やかなお弁当。
対して、冷凍食品で埋め尽くされた僕の茶色いお弁当。
これが二つの机をくっつけて作られた、テーブルの上に置かれている。
そして、僕と前田が向かい合い、気の抜けたそれでいてなんとも色気のない、とぼけた会話を交える。
もはやそれは、クラスメイトたちがはやしたてるまでもないこと。
この教室の自然な風景というくらいに馴染んでいた。
どうしてこうなってしまったんだろう。
「例えばだよ。もし、僕が君と別れたとしよう」
「なにそれ!! 私、鈴木くんに嫌われるようなこと何かしたっけ!?」
「例えばだよ。一応、まだ、そんなつもりは僕にはない」
「……なんだ例えばの話か。安心」
ほう、という顔をして、ミニトマトの房を弁当箱の蓋の上に前田は置いた。
本当に心の底から安心したという感じの表情だ。
なんというか、そういう彼女の仕草が、僕にはいじらしくってしかたない。
ぶっちゃけ、別れろと言われても、僕は別れないだろう。
今のところは。
先のことはどうなるかわからないから、何ともだけれど。
まぁ、それはそれとしてだ。
「そうなった時にさ、教室で話す相手とか、ちゃんと居た方がいいだろ?」
「えぇ? うぅん?」
前田はミニトマトを食べた時よりも、なんだか酸っぱそうな顔をした。
なんだその反応。
僕、なんかおかしなことを言っただろうか。
一般論を語っただけのつもりなんだけれども。
別にそんなことないけれどな。
という感じが、言葉にしなくてもひしひしと伝わって来る。
僕がおかしいのだろうか。
それとも前田がおかしいのだろうか。
その疑問に答えるように、にひひと前田が笑った。
「鈴木くんさえいてくれれば、私は別に満ち足りてるから」
「いや、満ち足りてるとか、足りてないとかじゃなくてさ」
「彼氏の居る女の子ってさグループで浮いちゃうんだよね」
「まぁ、男でも浮くけどね。それでも友達って大事じゃん?」
「うーん、それは、人の価値観によらないかな?」
価値観か。
そうか、価値観が違うのか、僕と前田とでは。
前田は別に、友達とか居場所とか、そういうのにこだわらないタイプなのか。
そりゃそうだわな。
小中高と一貫教育であるはずの、立命館中学校からわざわざこうして桂高校に進学して来るくらいなんだもの。
そういうのに無頓着じゃなきゃ、進学なんて普通はしないわな。
「別にさ、友達が居なくたって、青春はできるよね?」
「友達が居た方が、青春の彩はよくなると思うけど?」
「けどさけどさ、どうでもいい友達が十人居るより、大切な人が一人居る方が、よっぽど価値のあることだと思わない?」
説得力のある言葉だった。
前田は時々、こういう、核心を突いたような発言をしてくることがあるから怖い。
そう言われてしまうと何も反論できない。
僕は黙って、弁当箱のから揚げに箸を突き刺すと、それを自分の口へと運んだ。
あ、と、それを見とがめて前田が叫ぶ。
「刺し箸だよ、みっともない」
「……君は僕のなんなんだよ。お母さんかよ」
「へっ? 普通に彼女ですけど?」
胸を張って言う前田。
胸はないけど張って言う前田。
そうですね、まったくもってその通りで、返す言葉が見つかりません。
僕は参りましたと肩を落としてため息を机に吐きかけた。
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