第2話 GWどこ行く問題

「まぁ友達の話は置いといてさ。GWだよ、ゴールデン・ウィーク」


「……今日と五月一日きのうのためだけに登校するのかったるいよな」


「よね」


「いっそ、一日も二日も休みにしてくれたらいいのに」


「五月一日はメーデーって言って、労働者の日なんだって。それで、最近は休みにしている企業も多いみたいだよ?」


「……まじかよ」


 まじかよ。


 大人ずるくない。


 子供が学校出て来てるのに、休みとかずるくない。


 訳知り顔をしてもしゃりもしゃりとレタスを頬張る前田。

 流石は、私立中学校出身者。基礎教養が違うということだろうか。


 そして躾けも違うということだろうか。

 彼女はしっかりとレタスを咀嚼し、口の中を空にしてから話を続けた。


「うちのお父さんの会社もそうだからね。ちなみに、五月二日に有給取得して、今年は九連休だぁ――って、喜んでたよ」


「いいな、僕もお前のお父さんの会社に入りたい。なんて会社?」


「ふふふ、それは教えられないなぁ」


「なんでだよ。もったいつける必要ないだろ、そこ」


 またレタスを口の中へと放り込む前田。

 この話は終わりとばかりに、彼女は少し長くそれを噛んでいた。


 けっこう、彼女は自分のプライベートについて、秘密主義的な所があった。


 住んでいる所や、家族構成など。

 どれだけ聞いても、何度聞いても、彼女は僕に教えてくれないのだ。


 そんな謎多き前田のプライベート。

 何よりその中で気になるのが――どうして立命館高校に進学せずに、わざわざ桂高校に進学してきたのかということだ。


 立命館は小中高、下手すると大学までエスカレーター式の名門私立学校だ。

 そんな所から飛び出してまで、桂高校に来る理由があるようには思えない。


 なんてたって、普通の高校だよ。

 偏差値もそこそこ。


 農業系の学科があることくらいしか、特色という特色もない学校である。

 卒業生だって、僕が知っている限りでは、ブラックマヨネーズの小杉竜一くらいしか、パッとしたのはいない。


 わざわざレールを外れてまで、飛びこんでくるような場所じゃないよ。

 やっぱり。


 なので、ことにつけて、僕は彼女にそれを尋ねていた。

 だけれども、さっきのような調子で、けんもほろろろに誤魔化される。

 そういうやりとりが常だった。


 付き合ってみて知ったのだけれど。

 けっこう前田は、そういう話題の逸らし方が上手い。


 なのでいつも僕は彼女に振り回されてばかりだ。


 なんかそういうのを考えると悲しくなってくるよ。

 とほほ。


「まぁ、学生は学生らしく、五日のゴールデンウィークで我慢しようよ」


「そうだよな。学生には夏休みがあるしな」


「そうそう。そういう前向きな姿勢って大事だよ」


「けど、五日かぁ。なにができるかなぁ」


 もう一回、Fallout4でも徹夜プレイしようかな。


 なんて僕が思ったところに、ふっふっふ、と、前田が不敵な笑いを差し込む。


 なんだろう、何故だろう。

 腕を組んで前田はどうしてか自信満々である。


 我に策ありという感じだ。


「我に策ありぃいいい!!」


 そして言っちゃったよ。

 立ち上がって、手を腰につけて声高々に言っちゃったよ。


 こういう分かりやすいくらいに分かりやすい反応をするのは、前田のいい所だと僕は思う。秘密主義さえなければ、あとは本当にもう完璧な彼女なんだけれどね。


 クラスメイトの誰もが、びっくりしてこちらを見ていた。


 注目を集めたことに満足したのか。

 それとも、キレッキレの台詞を発せられてよほど心地よかったのか。


 前田さんはふんすと鼻を鳴らして席に座った。


 そうして、彼女はぽんと僕に――細長い紙きれを手渡す。


 その黄色い紙には『インターネットカフェ割引券』と書かれていた。


「なんだいこれは?」


「四条大宮に大きなネットカフェあるでしょ?」


「知らない」


「知らないの? まぁいいや。つまり、そこの割引券です」


 なんでそんなの持ってるんだろう、彼女。


 そしてどうしてこの会話の流れでそんなの出してくるんだろう、前田。


 元気なのはいいことだ。

 けれど彼女、時々こういう訳の分からない行動をするんだよな。


 ちょっと困るよね。

 せめてまともに会話を成立させてほしい。

 ちゃんと日本語は話せているというのに。


 いや待て、彼女の方がどう考えても、地頭の方は僕よりいいはずだ。

 僕がバカすぎて彼女の発想についていけていない――という可能性も。


 それはないよな。考えすぎだ。


 うん。


 ないと思いたい。


 何が言いたいんだろうと、僕は首を傾げて彼女を見つめ返してみた。


 すると前田さん。

 はぁ、と、深いため息をさきほどの僕のように吐いた。


 彼女の甘いため息に乗って、割引券が机の上を滑る。


「もう。なんでこれだけお膳立てして、気づいてくれないかな?」


「ごめんよ。僕、推理小説とかあんまり得意じゃなくって」


「推理の問題じゃないよ。女心の問題」


「……僕、男の子だもん」


「そういう変なボケいらないから!!」


 つまりね、と、彼女はその割引券に手をついて、僕を真っすぐ見据えてきた。


 前田マジモード。

 と、僕は彼女のその状態に名前を付けている。


 ちんちくりで、実はちょっと繊細な所がある前田。


 そんな前田が、そのちっぽけな体からありったけの勇気を振り絞って、僕に何かを言ってくる。


 それが前田マジモード。


 それを無碍にすることは、男として断じてできない。


 僕も、ちょっと前のめりだった肩を後ろにひくと、どっしりと構えた。

 そして彼女が次の言葉を口にするのをおおらかな気持ちで待ってみた。 


「デートをしましょう、鈴木くん」


「……デートですか」


「そう、デートです」


「どこでですか? 桂川をお散歩しますか?」


「ネットカフェの割引券出しといて、それをいいますか?」


 ですよねぇ。


 流石にデートとそれを合わせられれば勘違いもできない。

 いくらニブチンの僕でも、流石に前田の言わんとせんことは察せた。


 というか……。


「こういうのって、普通、男子から誘うものじゃない?」


「……ごめん」


 彼女いない歴が長すぎて、どうしていいか僕も分からないんだ。

 本当なんだ。十五年も生きてて、彼女なんて初めてできたんだから。


 だから許して。


 許さない、という感じに、前田がぷくりと顔を膨らませている。

 背丈の割に美人なその顔が、なんとも台無しな感じになっていた。

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